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第0話 ロックウェルドという男
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ギィー、バタン。
さっきまで背に当たっていた双つの月明かりは、閉めた木の扉によって遮られた。俺は黒の擦り切れた外套を微かに揺らし歩く。
「相変わらず、カビくせぇ場所だな。この盗賊ギルドって場所は」
背には黒狼剣を、右手には汚れたズタ袋を引っ提げ、薄汚れた木の床をギシギシと踏み鳴らす。
室内はクッソ暗く、普通の民家の二件分程度の広さで、手前がロビーで、奥には窓口が一つあるだけだ。
まぁ存在意義上、明るく無いのはわかっちゃいるが、それでも息が詰まって仕方がねぇ。
「にしても、辺鄙なところに建てやがって」
このエオルフェンの街の隅にある小さな貧民街の、さらに奥の区画を入り込み、ようやく辿り着ける。
鼻をほじりつつ、陰気そうなギルド員がたむろしているロビーを通り過ぎる。
「大して守るモノが無い連中に限って、奥まった陰気なところに、ゴミを隠したがるんだよなぁ」
いや~、まだ飲んでも無いのに、今晩は舌回ってんなぁ俺。
だって、気配を消すのすらヘタクソそうな、フードとマントで姿を覆う陰気な連中が、ショボい殺気を飛ばしてくるくらいだからな。まぁ、陰険な癖に群れないと何も出来ないとか、カス未満ってことで、無視して奥へ進む。
錆びて色あせたランプが照らす受付にて、禿げた五十歳くらいの奇妙な顔の男が、眉を吊り上げて髭を動かす。
「ロックか」
普通のギルドなら、若い姉ちゃんか、愛想のいい姉ちゃんかいるんだけどな。まぁ、盗っ人どもの領域だから、変なヤツばかりなのも仕方ねぇ。
「オッサンに名前を覚えられても気持ち悪いだけだ」
黒の硬い短髪を軽くかきつつ、目線も合わせず――ドチャ――っと右手のズタ袋を、カウンターに乗せる。オッサンはズタ袋へ顔を向けつつ、だが小さな目だけ、こちらへ動かす。
「――獣狩りのロックウェルド。ここいらじゃアンタを知らない方がモグリってもんだ。三十歳過ぎで色黒の、大柄で筋肉隆々、そして背中の黒狼剣。どれか二つでも遠目から見りゃ、女なら距離を置くってもんさ」
ヒッヒッ。キモい引き笑いをしつつ、両手を合わせて九本しかない指でズタ袋を開ける始める。
微かにひろがる血の生臭さと魔獣独特の臭気が漂う。しかし仕事柄、盗品だの遺体だのを扱い慣れているであろうこの男は、歪み曲がった顔でもって、何とも形容できない不気味な表情を作った。
「混合翼獣の頭じゃねぇか! よく一人で狩れたな。ランクBの魔獣だぞ?」
Bとは、冒険者ギルドが指標とする危険度分類の階級区分で、S、A、BとEまである。その分かりやすさと精度の高さから、この盗賊ギルドみたく、世間的に活用されるくらいに世間に浸透していた。
「一人だから狩れた。足手まといなんぞいたら無理だったろうなぁ」
ロビーの連中に聞こえる風に口にすると、座っている雑魚ギルド員から小さな息が漏れる。あ~、煽るの楽し。
「ふぅむ。状態も悪く無さそうだな」
切株大くらいの大きさの、獅子みたいな頭部とその切断面より、ポタポタと血が染み垂れていた。
キマイラはその鱗や角はもちろん、爪や尻尾、さらに臓器までもいい値段で売買される。武具の素材にうってつけだが、装飾品や貴族共の調度品や、魔術師系の触媒用の素材など、多種にわたる。
腕をカウンターへ置いて体重をかけると、ギシギシと安っぽい音が響いた。
「いくらだよ」
「そう急かすなって。――にしても、ウチに卸していいのか?」
「他にどこがあんだよ。肉屋にでも売れってか?」
「ヒッヒッ、ちげぇねぇ。……頭以外は、隣の盗品買い取り兼解体所だな?」
答える代わりに手の平を差し出す。古傷が浮かぶ分厚い浅黒い皮に覆われた手で、グーとパーを繰り返す。
「とりあえず前金。今晩使う金を出せ」
「強盗みてーな物言いだな」
「コソ泥(笑)の根城で強盗するなら、そりゃ一種の義賊だぜ?」
さっきから俺の声ばっか響いてら。
「……口の減らねぇヤツだ。に、しても本当にいいのかぁ?」
再び気味悪く顔に皺を刻む。んだよ?
「盗賊ギルドは買い取りだけだ。もし冒険者ギルドに所属して討伐報告と引取をやりゃあ、討伐報酬が追加される上、敬意まで得られるだろうに。――お前さんも昔は冒険者ギルドに所属してたそうじゃないか」
オッサンは顔を斜めにして、重そうな目蓋を少し下ろして、笑う。とりあえずオチまでは聞いてやる。
「――けどたしか。あぁ、そうそう。仲間だった女冒険者達を、何人も犯かし倒しちまったんだっけか? 除名どころか指名手配されても」
バギィ。
「おっとと。ちょっと肘に力を込めただけで、木台が壊れちまった。やっぱ安物はダメだな」
窓口の木台にポッカリと穴が開く。いや~、うっかりうっかり。
「おお、怖い怖い。――まぁウチが儲かれば何でもいいさ。とりあえず金貨で五枚だ。残りは明日でもいいだろう?」
ジャリン。
重々しく、硬くも僅かに柔らかい、金貨の擦れ合う音が耳奥に響く。何度、聞いても心地よいってもんだ。
無言で引っ掴み、懐へしまう。
「たった五枚かよ」
「庶民なら金貨一枚で一週間は飲み食いできるだろうが。――さては、女でも買いに行くのか? いい店を知ってるぜ」
おこぼれに預かりたいのか、手を揉み始める。
「顔だけの鍛えてねぇ女はイラネ。すぐに壊れるからな」
「ヒッヒ。お前さんの相手をして壊れない女か。まぁ確かに冒険者や騎士くらいかもな」
「イイ女の冒険者なんぞ稀だし。女騎士に至っては珍獣レベルだぞ?」
いい加減に出たいと、俺は自分の鼻を摘まんで尻をかく。湿って臭くて暗い、低品質の不定迷宮未満のこんな場所、耐えられない。
ロビーに屯する雑魚共を睨んだ後、来た時と同様に扉を蹴り開けようとするも、オッサンの声が背中に当たる。
「――そうそう。ボルト高地で竜が出たとかの噂だぜ」
寸前で足を止めて、声だけ返す。
「どうせ翼竜か、せいぜい土竜だろ?」
「それがモノホンの真竜らしい。近々、冒険者ギルドが調査部隊を編成して送り込むとか。どうだい? 汚名返上する好機じゃぁ――」
馬鹿馬鹿しいと、息を吐いて首をひねる。
「する気もねぇし、竜狩りはしない。ありゃ魔物魔獣共とはわけが違う」
ドラゴンと名が付くに弱ぇヤツはいない。アレと戦う日がくるとしたら、それは生死を賭けた時だけだ。英雄なんぞクソ食らえ。
「――ヒッヒ。主題はそこじゃねぇさ。ソイツの出現で、あちこちで魔獣やら獣、魔物達の生息範囲がグッチャグチャになってるって話だ」
ふ~ん。しかしボルト高地は、ここから北東へ二百マイル(※約三百二十一キロメートル)以上は離れている。
さらにいくつもの砦や町といった人間らの拠点に、山や川の自然の要害など、緩衝地帯が存在する。
「(季節風でドラゴンの臭いが漂ってきても、ここら辺は問題ないだろう)どっちにしろ、俺には関係のねぇ話だ。明日の朝イチに代金を受け取りに来る」
ガァン、っとボロっちい扉を蹴り飛ばす。
「……盗賊ギルドだと、明朝は閉店間際だぜ?」
さっきまで背に当たっていた双つの月明かりは、閉めた木の扉によって遮られた。俺は黒の擦り切れた外套を微かに揺らし歩く。
「相変わらず、カビくせぇ場所だな。この盗賊ギルドって場所は」
背には黒狼剣を、右手には汚れたズタ袋を引っ提げ、薄汚れた木の床をギシギシと踏み鳴らす。
室内はクッソ暗く、普通の民家の二件分程度の広さで、手前がロビーで、奥には窓口が一つあるだけだ。
まぁ存在意義上、明るく無いのはわかっちゃいるが、それでも息が詰まって仕方がねぇ。
「にしても、辺鄙なところに建てやがって」
このエオルフェンの街の隅にある小さな貧民街の、さらに奥の区画を入り込み、ようやく辿り着ける。
鼻をほじりつつ、陰気そうなギルド員がたむろしているロビーを通り過ぎる。
「大して守るモノが無い連中に限って、奥まった陰気なところに、ゴミを隠したがるんだよなぁ」
いや~、まだ飲んでも無いのに、今晩は舌回ってんなぁ俺。
だって、気配を消すのすらヘタクソそうな、フードとマントで姿を覆う陰気な連中が、ショボい殺気を飛ばしてくるくらいだからな。まぁ、陰険な癖に群れないと何も出来ないとか、カス未満ってことで、無視して奥へ進む。
錆びて色あせたランプが照らす受付にて、禿げた五十歳くらいの奇妙な顔の男が、眉を吊り上げて髭を動かす。
「ロックか」
普通のギルドなら、若い姉ちゃんか、愛想のいい姉ちゃんかいるんだけどな。まぁ、盗っ人どもの領域だから、変なヤツばかりなのも仕方ねぇ。
「オッサンに名前を覚えられても気持ち悪いだけだ」
黒の硬い短髪を軽くかきつつ、目線も合わせず――ドチャ――っと右手のズタ袋を、カウンターに乗せる。オッサンはズタ袋へ顔を向けつつ、だが小さな目だけ、こちらへ動かす。
「――獣狩りのロックウェルド。ここいらじゃアンタを知らない方がモグリってもんだ。三十歳過ぎで色黒の、大柄で筋肉隆々、そして背中の黒狼剣。どれか二つでも遠目から見りゃ、女なら距離を置くってもんさ」
ヒッヒッ。キモい引き笑いをしつつ、両手を合わせて九本しかない指でズタ袋を開ける始める。
微かにひろがる血の生臭さと魔獣独特の臭気が漂う。しかし仕事柄、盗品だの遺体だのを扱い慣れているであろうこの男は、歪み曲がった顔でもって、何とも形容できない不気味な表情を作った。
「混合翼獣の頭じゃねぇか! よく一人で狩れたな。ランクBの魔獣だぞ?」
Bとは、冒険者ギルドが指標とする危険度分類の階級区分で、S、A、BとEまである。その分かりやすさと精度の高さから、この盗賊ギルドみたく、世間的に活用されるくらいに世間に浸透していた。
「一人だから狩れた。足手まといなんぞいたら無理だったろうなぁ」
ロビーの連中に聞こえる風に口にすると、座っている雑魚ギルド員から小さな息が漏れる。あ~、煽るの楽し。
「ふぅむ。状態も悪く無さそうだな」
切株大くらいの大きさの、獅子みたいな頭部とその切断面より、ポタポタと血が染み垂れていた。
キマイラはその鱗や角はもちろん、爪や尻尾、さらに臓器までもいい値段で売買される。武具の素材にうってつけだが、装飾品や貴族共の調度品や、魔術師系の触媒用の素材など、多種にわたる。
腕をカウンターへ置いて体重をかけると、ギシギシと安っぽい音が響いた。
「いくらだよ」
「そう急かすなって。――にしても、ウチに卸していいのか?」
「他にどこがあんだよ。肉屋にでも売れってか?」
「ヒッヒッ、ちげぇねぇ。……頭以外は、隣の盗品買い取り兼解体所だな?」
答える代わりに手の平を差し出す。古傷が浮かぶ分厚い浅黒い皮に覆われた手で、グーとパーを繰り返す。
「とりあえず前金。今晩使う金を出せ」
「強盗みてーな物言いだな」
「コソ泥(笑)の根城で強盗するなら、そりゃ一種の義賊だぜ?」
さっきから俺の声ばっか響いてら。
「……口の減らねぇヤツだ。に、しても本当にいいのかぁ?」
再び気味悪く顔に皺を刻む。んだよ?
「盗賊ギルドは買い取りだけだ。もし冒険者ギルドに所属して討伐報告と引取をやりゃあ、討伐報酬が追加される上、敬意まで得られるだろうに。――お前さんも昔は冒険者ギルドに所属してたそうじゃないか」
オッサンは顔を斜めにして、重そうな目蓋を少し下ろして、笑う。とりあえずオチまでは聞いてやる。
「――けどたしか。あぁ、そうそう。仲間だった女冒険者達を、何人も犯かし倒しちまったんだっけか? 除名どころか指名手配されても」
バギィ。
「おっとと。ちょっと肘に力を込めただけで、木台が壊れちまった。やっぱ安物はダメだな」
窓口の木台にポッカリと穴が開く。いや~、うっかりうっかり。
「おお、怖い怖い。――まぁウチが儲かれば何でもいいさ。とりあえず金貨で五枚だ。残りは明日でもいいだろう?」
ジャリン。
重々しく、硬くも僅かに柔らかい、金貨の擦れ合う音が耳奥に響く。何度、聞いても心地よいってもんだ。
無言で引っ掴み、懐へしまう。
「たった五枚かよ」
「庶民なら金貨一枚で一週間は飲み食いできるだろうが。――さては、女でも買いに行くのか? いい店を知ってるぜ」
おこぼれに預かりたいのか、手を揉み始める。
「顔だけの鍛えてねぇ女はイラネ。すぐに壊れるからな」
「ヒッヒ。お前さんの相手をして壊れない女か。まぁ確かに冒険者や騎士くらいかもな」
「イイ女の冒険者なんぞ稀だし。女騎士に至っては珍獣レベルだぞ?」
いい加減に出たいと、俺は自分の鼻を摘まんで尻をかく。湿って臭くて暗い、低品質の不定迷宮未満のこんな場所、耐えられない。
ロビーに屯する雑魚共を睨んだ後、来た時と同様に扉を蹴り開けようとするも、オッサンの声が背中に当たる。
「――そうそう。ボルト高地で竜が出たとかの噂だぜ」
寸前で足を止めて、声だけ返す。
「どうせ翼竜か、せいぜい土竜だろ?」
「それがモノホンの真竜らしい。近々、冒険者ギルドが調査部隊を編成して送り込むとか。どうだい? 汚名返上する好機じゃぁ――」
馬鹿馬鹿しいと、息を吐いて首をひねる。
「する気もねぇし、竜狩りはしない。ありゃ魔物魔獣共とはわけが違う」
ドラゴンと名が付くに弱ぇヤツはいない。アレと戦う日がくるとしたら、それは生死を賭けた時だけだ。英雄なんぞクソ食らえ。
「――ヒッヒ。主題はそこじゃねぇさ。ソイツの出現で、あちこちで魔獣やら獣、魔物達の生息範囲がグッチャグチャになってるって話だ」
ふ~ん。しかしボルト高地は、ここから北東へ二百マイル(※約三百二十一キロメートル)以上は離れている。
さらにいくつもの砦や町といった人間らの拠点に、山や川の自然の要害など、緩衝地帯が存在する。
「(季節風でドラゴンの臭いが漂ってきても、ここら辺は問題ないだろう)どっちにしろ、俺には関係のねぇ話だ。明日の朝イチに代金を受け取りに来る」
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