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最終話 陰
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ギィ――バタン。
閉めた扉で、冬の夜風を撒けたのはいいが――相変わらずカビ臭く、不潔な臭いが充満した建物に、鼻がもげそうだ。
にしても、この盗賊ギルドって場所は、いや、建築物うんぬんじゃなくて、籠もっている人間共のせいなのか、反吐が出る。
「おっ? 久々だなロック。ついに死んだのかと思ってたぜ」
「寝言は寝て言え」
ヒッヒ、と相変わらず汚れた歯を覗かせて、引き笑いする受付へ、嫌々ながらも黒の外套を揺らしつつ近寄る。
暖炉が赤々と燃える中、たかだか四ヶ月ぶりだというのに、随分と久しい気もした。オッサンが屈み込んだ後――ジャラリっと重そうな茶色の革袋を握り立つ。
「この前の混合翼獣の買取料だ。律儀に預かっててやったんだぜ?」
重そうな音を立ててカウンターへ投げ置く。
「……あぁ。そういやそんな事もあったな」
「んだよ。気の抜けた返事だな。――おっ、そうだ。ところでよぉ」
さっさとこっちの要件を伝えたいだけなのに、やむなくくだらん(であろう)話に耳を貸す。
「同じ四ヶ月前のあの日以降、ウチのギルド員が三人行方不明になったんだ。男二人と女一人、何か知らねぇか?」
太い片眉を俺は上げて、さらに欠伸をする。
「ふぁぁ。犯罪者くずれの末路なんざ、俺が知るわけねぇだろ。んなことよりいいか?」
金貨の入った袋を懐へしまいつつ、カウンターに手を置く。同じ位置に、割れを修復したみたいな跡があった。
「なんだ? また買い取りか」
「あぁ――ワーキャットの雌だ。しかも生きてる」
オッサンが歪んだ顔の歪んだ眉を、さらに歪ませる。
「はぁ? ワーキャットの、しかも雌だぁ? いや、いらんいらん。ワーキャットは気性が荒いし、雌は素材になる部分が髪とせいぜい爪くらいしかねぇ」
「気性については心配すんな。調教済だからな」
くくくっ、と笑うと、曲がったオッサンの顔が、さらに曲がる。
「魔獣使いでも奴隷調教士でもないお前が調教? ……い、いや。現物を見ねぇと信用できん。連れて来てんだろうなぁ?」
「いつもの場所だ」
笑う俺の前で、急ぎ洋灯を引っ掴み、暗い裏口への扉を開け出る。蜘蛛の巣を避け、壁に立てかけれた廃材を避けつつ、解体所へと向かった。
冬だからまだマシだが、夏場はマジで鼻が曲がりそうになる場所だ。
「寒ぃな」
重い引き戸を音を立てて開け開き、出口の方から入る。解体作業は今日やっていなかったが、そこかしらに魔物や魔獣の遺体が吊されたり磔にされていた。
小鬼や獣狼は元より、愚像魔や巨獣蛙――お、雪牙熊だけは少し珍しいな。
それらの死体の林の奥、外へと繋がる入り口付近にて、白く揺れる人型の存在が見え隠れした。最初オッサンは、魔霊か何かと勘違いしてかランプをかざしつつ、すり足にて近寄る。脅えた顔を作りつつも、やがて大股で進み始める。
「お、おおっ」
目を丸くし、素で溜息を漏らした。
そりゃそうだろうな――目の前に、首輪と手枷を着けられた、だが怯えるみたく震えて直立する、全裸の人型雌猫がいるんだから。
「くっは! スケベな身体してんじゃねぇか! 肉付きもだが毛艶も良さそうだ」
――オッサンは知る由もないが、毛並みの見た目や手触りは悪くなっていた。だが、鎖で拘束しなくとも、逃げないようにはなっていたからまぁいいだろう。
「抱き心地だけじゃないぜ?」
俺が近づき、左手を伸ばして胸を揉み、右手で尻尾を引っ張る。
「――ヒン。ニュ」
痛みに耐えつつ弱々しくそう呟くと、伺うみたく上目遣いで俺を見上げてきた。まさに、力により完全に隷属させられた、ただの雌の獣だ。
「従順だ。蹴っても殴っても逆らわん。――まぁ、優しい俺は、暴力なんてほぼ振るわんかったがな」
「ど、どうやって飼い馴らしたんだ? ワーウルフやワータイガーもだが、いくら雌とは言え、特性も理解せず飼い慣らすとなると、かなり手こずったはずだ」
笑いを堪える俺は、レギンスの上から股間を軽く叩いた。
「肉の槍を、穴という穴に刺し込みまくっただけよ」
なぁ? と顔を近づけて振り向くと、ビクリと三角の耳を動かして、身体を震え縮こまり、俯く。
「――ばっはっは! ロックウェルドという暴漢は、とんでもねぇな!」
オッサンもいやらしげに顔を寄せるも――やはり脅えて萎縮するだけだった。
「しっかし、お前さんに抱かれまくって壊れないとは、半獣はすげぇもんだな。――ふぅむ。王都の変態貴族や成金商人なんかにはウケるかもしれん」
破顔しつつ、皮算用も兼ねて無遠慮にあちこちを凝視する。
「雌穴の具合も確認させてやろうか?」
「そ、そりゃ魅力的だが、売り物に傷がつくのはできねぇ相談だ。ギルマス(※ギルドマスターの略語)にバレたら殺されちまう」
「その顔で真面目かよ」
主に顔や尻、そして胸を何度も確認したオッサンは、パン! と手を叩く。
「よしわかった! 取引だ?」
「相場がわかんねーからなぁ。ん~。五十枚でどうだ?」
「おめぇ……混合翼獣より高いじゃねぇかよ。流石に無くねぇか?」
俺は太い腕を人型雌猫の首に絡ませて、乱暴に引き寄せる。その痩せこけた頬を何度も舐める。
「一番難しい調教まで済んでるんだぜ? それにそこそこの上玉で若いワーキャットの雌なんざ、あちこちの不定迷宮に潜ったって、簡単には見つけられんぞ?」
眉をいがませて眺めるオッサンは、思わず舌舐めずりをしつつも、まだ迷う素振りを見せる。
「う~ん。ちょっとギルマスに相談してもいいか?」
「俺の気の短さを知らないのか? 即決しないなら他所で売る。こっちは別に売春ギルドでだって構わないんだぜ? 最低限に働けるくらいには仕込んであるし、この希少さなら十分な売値になる」
そう言って口の中に太い舌を突っ込む。
グチョ、ヌチョ。
舌を噛み切ろうとしたかつての面影なんぞ欠片もなく、ただただ俺の機嫌を損なわない様、口を開けて涎を垂らすだけだった。
「! 金貨四十枚でどうだ!」
「チュポン。――四十五」
「ちっ。強欲野郎だ」
――よしよし。さって、これが最後だろうと、顔でもってその体毛の感触を味わいつつ、乳首に吸い付く。
「……ニィ」
今日でお別れか――まぁ、ぶっちゃけもう飽きたし、何より毛並みがもうダメだ。
これからの野郎共はいいだろうが、全盛期の毛触りを知ってしまった俺からしたら、物足りないにもほどがある。
「じゃ、じゃあ前金で十枚」
「チュパ――即金で持って来い」
「はぁ? ――おいおいいくらなんでもいい加減に」
「今日、街を出る」
頬に冷たさを感じたと思ったら、雪が降ってきた。――腕の中の柔らかで温かい獣も、少しずつ冷たくなることだろう。
「急だな。ついに賞金首になったのか?」
「お前らと一緒にすんな。ここいらに飽きただけだ」
やや前屈みで歩くオッサンは、屋内へ消えたかと思うと、すぐに戻ってきた。
「たまたま用意があった。おらよっ――その代わりもうウチの商品だ。離れな」
髪が伸びたその顔を、間近で眺める。赤い瞳は初めて会った時よりも陰を帯びているような気もした。腕を外して一步離れる。
俺とオッサンの今しがたの取引の意味がわかっていないコイツは、不安気に俺らの顔へ瞳を動かすけだった。
ジャラ。
黒い革袋を受け取る。金貨四十五枚がコイツの価値の全てだと思うと、軽いのか重いのか。
「ん? お、おい。待ちなロック!」
「あぁ? 返金はお断り――」
受け取った金貨の真偽を噛んで確認していた俺は、耳だけ貸す。
「こ、コイツ。腹が少し膨れてねぇか?」
ランプをヘソの方へと近付けており、腹部が僅かに流線型を描いているのを指摘してくる。流石に盗賊ギルドの関係者だけあってよく見てる。
「――あぁ。妊娠してるのかもな」
「なっ! き、聞いてねぇぞ」
「言ってねぇからな。――そもそも俺が取っ捕まえた時にすでに妊娠してたのかもしれんし、俺の目を盗んで妊娠したのかもしれん」
まぁ、確率はクッソ低いだろうが。
「つか、おめぇの子供の可能性もあるんじゃねぇのか?」
くはっ。準違法組織の薄汚れたこんなオッサンに、そんな道徳を問われる日がくるとは。
「……仮にそうでも、獣が産んだ子供なんざ、どーなろーが知ったことかよ」
やけに星が瞬いて見える。だが、そんな漆黒の夜空を見上げて、馬鹿馬鹿しいと嗤う。
「チッ。てか、おれぁどう説明すりゃいいんだよ?」
「ん~。そうだなぁ。……こういうのはどうだ? しばらく飼って、腹が膨らんで来たくらいに、出産ショーをすりゃいい。んで、母親と産まれた赤子を競売にでもかけろよ」
俺みたいな戦いと性欲だけの子供大人にとって、壊れた玩具も飽きた玩具も、等しく無価値に近い。大事なのはこの懐の重みだけだ。
オッサンは開いた口をしばらく覗かせていたが。
「……おれも頭がオカシイ方だとは思っていたが、上には上がいるもんだぜ。ロック。お前さんは獣より立ちが悪いな」
「知性を持った獣を人間って呼ぶんだぜ」
どっかの哲学者か思想家だかが言っていた言葉を、煙幕の代わりに吐き捨てる。外套を翻して、暗い路地へ足先を向ける。
「あ、最後に。――コイツの名前は?」
……俺は顔だけひねり向ける。汚い貧民街の汚い建物の前、汚いオッサンの横に立つ生き物へ目をやる。
髪や体毛はカサつき、耳は折れ垂れ、冷たい壁に尻と背をつけて、情けなく顔色を伺うだけの、全裸の半獣を。
「忘れた。『コレ』とか『アレ』でいいんじゃねぇの?」
「――は?」
「もう行くぜ。クレームも返却も、受け付けねぇ。二度と会うことも無いだろうから、な」
なぜかわからないが、この場所にいるのが急に嫌になってきた。
この区画は、建物も、路地も、人も、空気も、影すらも重く汚く――臭い。
そう感じると、汚れた街の影と夜の闇が、俺ごと覆った風に感じた。まるで、慈悲深いと謳われる、双月を象る女神達にすら、忌み嫌われるであろう存在を隠すみたく。
「ニ、ァ」
最後に、猫なる動物の鳴き声を、聞いた気がした。
閉めた扉で、冬の夜風を撒けたのはいいが――相変わらずカビ臭く、不潔な臭いが充満した建物に、鼻がもげそうだ。
にしても、この盗賊ギルドって場所は、いや、建築物うんぬんじゃなくて、籠もっている人間共のせいなのか、反吐が出る。
「おっ? 久々だなロック。ついに死んだのかと思ってたぜ」
「寝言は寝て言え」
ヒッヒ、と相変わらず汚れた歯を覗かせて、引き笑いする受付へ、嫌々ながらも黒の外套を揺らしつつ近寄る。
暖炉が赤々と燃える中、たかだか四ヶ月ぶりだというのに、随分と久しい気もした。オッサンが屈み込んだ後――ジャラリっと重そうな茶色の革袋を握り立つ。
「この前の混合翼獣の買取料だ。律儀に預かっててやったんだぜ?」
重そうな音を立ててカウンターへ投げ置く。
「……あぁ。そういやそんな事もあったな」
「んだよ。気の抜けた返事だな。――おっ、そうだ。ところでよぉ」
さっさとこっちの要件を伝えたいだけなのに、やむなくくだらん(であろう)話に耳を貸す。
「同じ四ヶ月前のあの日以降、ウチのギルド員が三人行方不明になったんだ。男二人と女一人、何か知らねぇか?」
太い片眉を俺は上げて、さらに欠伸をする。
「ふぁぁ。犯罪者くずれの末路なんざ、俺が知るわけねぇだろ。んなことよりいいか?」
金貨の入った袋を懐へしまいつつ、カウンターに手を置く。同じ位置に、割れを修復したみたいな跡があった。
「なんだ? また買い取りか」
「あぁ――ワーキャットの雌だ。しかも生きてる」
オッサンが歪んだ顔の歪んだ眉を、さらに歪ませる。
「はぁ? ワーキャットの、しかも雌だぁ? いや、いらんいらん。ワーキャットは気性が荒いし、雌は素材になる部分が髪とせいぜい爪くらいしかねぇ」
「気性については心配すんな。調教済だからな」
くくくっ、と笑うと、曲がったオッサンの顔が、さらに曲がる。
「魔獣使いでも奴隷調教士でもないお前が調教? ……い、いや。現物を見ねぇと信用できん。連れて来てんだろうなぁ?」
「いつもの場所だ」
笑う俺の前で、急ぎ洋灯を引っ掴み、暗い裏口への扉を開け出る。蜘蛛の巣を避け、壁に立てかけれた廃材を避けつつ、解体所へと向かった。
冬だからまだマシだが、夏場はマジで鼻が曲がりそうになる場所だ。
「寒ぃな」
重い引き戸を音を立てて開け開き、出口の方から入る。解体作業は今日やっていなかったが、そこかしらに魔物や魔獣の遺体が吊されたり磔にされていた。
小鬼や獣狼は元より、愚像魔や巨獣蛙――お、雪牙熊だけは少し珍しいな。
それらの死体の林の奥、外へと繋がる入り口付近にて、白く揺れる人型の存在が見え隠れした。最初オッサンは、魔霊か何かと勘違いしてかランプをかざしつつ、すり足にて近寄る。脅えた顔を作りつつも、やがて大股で進み始める。
「お、おおっ」
目を丸くし、素で溜息を漏らした。
そりゃそうだろうな――目の前に、首輪と手枷を着けられた、だが怯えるみたく震えて直立する、全裸の人型雌猫がいるんだから。
「くっは! スケベな身体してんじゃねぇか! 肉付きもだが毛艶も良さそうだ」
――オッサンは知る由もないが、毛並みの見た目や手触りは悪くなっていた。だが、鎖で拘束しなくとも、逃げないようにはなっていたからまぁいいだろう。
「抱き心地だけじゃないぜ?」
俺が近づき、左手を伸ばして胸を揉み、右手で尻尾を引っ張る。
「――ヒン。ニュ」
痛みに耐えつつ弱々しくそう呟くと、伺うみたく上目遣いで俺を見上げてきた。まさに、力により完全に隷属させられた、ただの雌の獣だ。
「従順だ。蹴っても殴っても逆らわん。――まぁ、優しい俺は、暴力なんてほぼ振るわんかったがな」
「ど、どうやって飼い馴らしたんだ? ワーウルフやワータイガーもだが、いくら雌とは言え、特性も理解せず飼い慣らすとなると、かなり手こずったはずだ」
笑いを堪える俺は、レギンスの上から股間を軽く叩いた。
「肉の槍を、穴という穴に刺し込みまくっただけよ」
なぁ? と顔を近づけて振り向くと、ビクリと三角の耳を動かして、身体を震え縮こまり、俯く。
「――ばっはっは! ロックウェルドという暴漢は、とんでもねぇな!」
オッサンもいやらしげに顔を寄せるも――やはり脅えて萎縮するだけだった。
「しっかし、お前さんに抱かれまくって壊れないとは、半獣はすげぇもんだな。――ふぅむ。王都の変態貴族や成金商人なんかにはウケるかもしれん」
破顔しつつ、皮算用も兼ねて無遠慮にあちこちを凝視する。
「雌穴の具合も確認させてやろうか?」
「そ、そりゃ魅力的だが、売り物に傷がつくのはできねぇ相談だ。ギルマス(※ギルドマスターの略語)にバレたら殺されちまう」
「その顔で真面目かよ」
主に顔や尻、そして胸を何度も確認したオッサンは、パン! と手を叩く。
「よしわかった! 取引だ?」
「相場がわかんねーからなぁ。ん~。五十枚でどうだ?」
「おめぇ……混合翼獣より高いじゃねぇかよ。流石に無くねぇか?」
俺は太い腕を人型雌猫の首に絡ませて、乱暴に引き寄せる。その痩せこけた頬を何度も舐める。
「一番難しい調教まで済んでるんだぜ? それにそこそこの上玉で若いワーキャットの雌なんざ、あちこちの不定迷宮に潜ったって、簡単には見つけられんぞ?」
眉をいがませて眺めるオッサンは、思わず舌舐めずりをしつつも、まだ迷う素振りを見せる。
「う~ん。ちょっとギルマスに相談してもいいか?」
「俺の気の短さを知らないのか? 即決しないなら他所で売る。こっちは別に売春ギルドでだって構わないんだぜ? 最低限に働けるくらいには仕込んであるし、この希少さなら十分な売値になる」
そう言って口の中に太い舌を突っ込む。
グチョ、ヌチョ。
舌を噛み切ろうとしたかつての面影なんぞ欠片もなく、ただただ俺の機嫌を損なわない様、口を開けて涎を垂らすだけだった。
「! 金貨四十枚でどうだ!」
「チュポン。――四十五」
「ちっ。強欲野郎だ」
――よしよし。さって、これが最後だろうと、顔でもってその体毛の感触を味わいつつ、乳首に吸い付く。
「……ニィ」
今日でお別れか――まぁ、ぶっちゃけもう飽きたし、何より毛並みがもうダメだ。
これからの野郎共はいいだろうが、全盛期の毛触りを知ってしまった俺からしたら、物足りないにもほどがある。
「じゃ、じゃあ前金で十枚」
「チュパ――即金で持って来い」
「はぁ? ――おいおいいくらなんでもいい加減に」
「今日、街を出る」
頬に冷たさを感じたと思ったら、雪が降ってきた。――腕の中の柔らかで温かい獣も、少しずつ冷たくなることだろう。
「急だな。ついに賞金首になったのか?」
「お前らと一緒にすんな。ここいらに飽きただけだ」
やや前屈みで歩くオッサンは、屋内へ消えたかと思うと、すぐに戻ってきた。
「たまたま用意があった。おらよっ――その代わりもうウチの商品だ。離れな」
髪が伸びたその顔を、間近で眺める。赤い瞳は初めて会った時よりも陰を帯びているような気もした。腕を外して一步離れる。
俺とオッサンの今しがたの取引の意味がわかっていないコイツは、不安気に俺らの顔へ瞳を動かすけだった。
ジャラ。
黒い革袋を受け取る。金貨四十五枚がコイツの価値の全てだと思うと、軽いのか重いのか。
「ん? お、おい。待ちなロック!」
「あぁ? 返金はお断り――」
受け取った金貨の真偽を噛んで確認していた俺は、耳だけ貸す。
「こ、コイツ。腹が少し膨れてねぇか?」
ランプをヘソの方へと近付けており、腹部が僅かに流線型を描いているのを指摘してくる。流石に盗賊ギルドの関係者だけあってよく見てる。
「――あぁ。妊娠してるのかもな」
「なっ! き、聞いてねぇぞ」
「言ってねぇからな。――そもそも俺が取っ捕まえた時にすでに妊娠してたのかもしれんし、俺の目を盗んで妊娠したのかもしれん」
まぁ、確率はクッソ低いだろうが。
「つか、おめぇの子供の可能性もあるんじゃねぇのか?」
くはっ。準違法組織の薄汚れたこんなオッサンに、そんな道徳を問われる日がくるとは。
「……仮にそうでも、獣が産んだ子供なんざ、どーなろーが知ったことかよ」
やけに星が瞬いて見える。だが、そんな漆黒の夜空を見上げて、馬鹿馬鹿しいと嗤う。
「チッ。てか、おれぁどう説明すりゃいいんだよ?」
「ん~。そうだなぁ。……こういうのはどうだ? しばらく飼って、腹が膨らんで来たくらいに、出産ショーをすりゃいい。んで、母親と産まれた赤子を競売にでもかけろよ」
俺みたいな戦いと性欲だけの子供大人にとって、壊れた玩具も飽きた玩具も、等しく無価値に近い。大事なのはこの懐の重みだけだ。
オッサンは開いた口をしばらく覗かせていたが。
「……おれも頭がオカシイ方だとは思っていたが、上には上がいるもんだぜ。ロック。お前さんは獣より立ちが悪いな」
「知性を持った獣を人間って呼ぶんだぜ」
どっかの哲学者か思想家だかが言っていた言葉を、煙幕の代わりに吐き捨てる。外套を翻して、暗い路地へ足先を向ける。
「あ、最後に。――コイツの名前は?」
……俺は顔だけひねり向ける。汚い貧民街の汚い建物の前、汚いオッサンの横に立つ生き物へ目をやる。
髪や体毛はカサつき、耳は折れ垂れ、冷たい壁に尻と背をつけて、情けなく顔色を伺うだけの、全裸の半獣を。
「忘れた。『コレ』とか『アレ』でいいんじゃねぇの?」
「――は?」
「もう行くぜ。クレームも返却も、受け付けねぇ。二度と会うことも無いだろうから、な」
なぜかわからないが、この場所にいるのが急に嫌になってきた。
この区画は、建物も、路地も、人も、空気も、影すらも重く汚く――臭い。
そう感じると、汚れた街の影と夜の闇が、俺ごと覆った風に感じた。まるで、慈悲深いと謳われる、双月を象る女神達にすら、忌み嫌われるであろう存在を隠すみたく。
「ニ、ァ」
最後に、猫なる動物の鳴き声を、聞いた気がした。
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