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第33章:太郎は悩む

七輿・3

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 1559年5月1日
 上野国東甘楽七輿山北方1里
 竹中半兵衛
(上司に苦労している新入社員)


 半刻程前の会話を思い出す。

「ですから先も申し上げましたように、現在は状況が変わっております。第3大隊潰走後、戦況は変化しました。武田はこれ以上倉賀野には近寄らぬ筈。なぜならばもう間に合わぬことと、今進撃すれば今度はこの第1旅団が背後を遮断されまする」

 先の第3大隊の壊滅と言ってよい程の負けっぷりを見て、さらに頭に血が上った後藤様は、武田義信本陣へ突っ込むと言い出された。

 高々4000以下の旅団で敵6000以上とぶつかれば、たとえ鉄砲の交互反転射撃(注)による進軍でも、品川の際の東雲様のように多数の負傷者が出る事は必至。

 ここは別の手を考えねばならぬ。

 そのためにも頭を冷やしていただかねば。
 あれを使うしかないようですね。

「後藤様。お慶様よりの文が届いておりまする。わたくし宛に。
 後藤様が手が付けられぬようになった時には、大声でお読みするようにと」

 武田の本陣を睨みつけて槍を振り回し威嚇していた後藤様が、振り向いた時そのお顔は青ざめていた。

 どうやら効果があったらしい。
 わたわたと手を振りながら私に近寄って来た。

「やめい! 
 やめてくれ! 
 やめてください! 
 お願いだ! 
 何でもします。
 この通りじゃ」

 片手の甲を縦にして頭を下げて来る後藤様に、呆れかえると共にお慶様はそれ程怖い方ではないのにと思った。
 わたしも嫁を貰えばわかるのであろうか?

「では。小声で言います。
 ……官兵衛殿の気持ちを……」

 途端に後藤殿の肩がうなだれる。
 それと同時に小さき声で

「儂が悪かった。許せ、官兵衛、半兵衛。許してくれ、第3大隊の皆」

 と、つぶやかれた。
 そしてガバリと顔を上げ、私に目を潤ませて近づき肩を掴まれた。

 イタイ!

「どうすればよいのじゃ? 
 この場合。
 ただ黙って殿の来援を待てばよいのか?
 それとも反撃にでればよいのか?
 それならばどこを攻める? 
 小幡のいるあの塚山か? 
 解らんのじゃ」

 取り敢えず、肩から手をどけてもらう。
 すぐに軍医に湿布を貰おう……

「まずは敵の目的を考えましょう。
 此度の戦は大胡との決戦。
 上杉との連携で大胡の和田付近を占拠、もしくは乱取り。これが目的でございましょう。
 しかし後藤様の第1旅団がここへ先に到着することでそれを阻止できました。普通なればここで武田は撤退いたしまする。しかし信玄は大胡との決戦を上杉が東から侵攻してきている今、おこないたい筈。それ以外に他日はございません。
 よってこの先、西方にある富岡の盆地にて防御設備を構築しているでしょう。
 そこで対陣。大胡が兵を減らさねばならなくなるのを待ちます。
 という事は、お判りでしょう」

 ここまで言えば分かるようになってきているはず。
 大分熱心に華蔵寺の兵学校にて講義を受けてきた故。

「武田は北条との決戦との折り、大胡がやったような遅滞戦術に出ると?」

 お見事!

 以前にはこれすらわからぬ方だと聞いていたが、この短期間でよく向上成された。
 お褒めしておくと同時にその後の対応策を考えていただく。

「では暇が出来るな。
 先の狭隘地と橋を守っているだけではもったいない。考えればこの東甘楽の地に住む者共はまだ小幡の事を慕っている様子。これを離反させると?」

 それに思いをいたせるようになるとは!

 元々、頭の悪い方ではないと殿から伺っていたが、まさか戦以外の事まで考えて戦を見る視点を持たれようとは。

 筋が良いというよりも民の事、弱きもののことは人一倍気にされる方。
 その民が大胡に靡いていないことに気づかれた。

 そこまで分かればやることが分かりましょう。

「小幡の評判を落とす策を教えてくれ」

 私は漸く自分の策をお伝えできるようになった。

 ◇ ◇ ◇ ◇

 同日同刻直ぐ後
 七輿山
 小幡憲重


 見物じゃったなぁ。
 初めて見た。赤備えが突撃する所を。

 殆ど煙って見えなかったが最後の方は見えた。
 あの大胡が蹴散らされていたのは痛快じゃた!

 武田を頼った甲斐があったというものよ。

 しかしよく近在の百姓どもが協力したものよ。
 大胡の治世になると殆どが大胡贔屓びいきになる。

 儂(と馬場殿)に誘われて蜂起した北条の元家臣どもが嘆いて居った。
 そんなにこの地の民を優遇した覚えはなかったが。

「申し上げます。ただいま、白い布を振りながら騎馬が1騎、大胡の陣より近づいて参ります。木部範虎と名乗っております」

 北条の者が多いこの手勢。
 木部は知らぬか。

 この北15町にある山名城の主だった木部範虎。新田の末裔とか言っておった奴じゃ。儂と共に西箕輪衆であった。
 気の良い奴だが戦下手で儂には頭が上がらぬ。そんな奴であったが民には慕われていたの。

 あ奴は大胡にくみした。
 今ではこの隊にいるのか?

 その木部が大声で言い放った。

「山名の衆!! 聞いてくれ、済まんじゃった。許してくれい!
 ここを離れてもっと広い土地の内政を任されてしもうての。
 その間に大胡の代官がひどい仕打ちをしたんじゃろ?
 すまんかった。
 儂が近くにいてやればのう、こんなことには……これからは儂が面倒みるから許しておくれ。殿にはそう伝える。命に代えてお願いする。決して見捨てん。
 あの小幡のようなものに仕えるな。
 切り捨てにされるぞ。武田も同じじゃ。
 奴らは決して、家族ではない。儂の家族はお主らじゃ。これからも一緒に生きていこう! だから……逃げろ!」

 あ奴の声がこの東甘楽に木魂する。

 くそっ!
 離間の計か。

 この地は代々、彼奴が治めてきた。
 その地を憲政の奴の計らいで儂が引き継いだ筈。

 もう先程のような策は採れん。
 それどころかここはもう大胡の領地と同じようなもんじゃ。

 倉賀野もそれを狙って時間をかけて落としているのであろう。

 もうここは引き払うべきじゃな。
 東甘楽は放棄じゃ。
 国峰周辺を死守するしかあるまい。

 そう御屋形様を誘導する。
 そこで決戦するために今は退く。

 というても包囲されつつある。
 南へ逃げるしかあるまい。

 在地の侍はほとんどおらん。
 北条の侍に率いられた足軽は多分逃げるじゃろう。
 一戦もせぬうちに潰走か。

 やられたのう。
 七輿山の立地は良かったのじゃが。
 それは武田が逆撃する際の囮でしかない。

 それがなくなればここは捨て石じゃ。
 己の命だけは拾うていくか。

 あの猪武者ですら、
 このような策を思いつくのか?

 やはり大胡は手ごわい。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 注)
 交互反転射撃=カウンターマーチ

 その場で、もしくは行進しつつ横隊ごとに銃撃を繰り返す事。
 言ってみれば三段撃ちを行進しながらやるという
「物凄く変態的な程の訓練」
 をした部隊でしかできない難易度の高い業!


「第3大隊潰走後、戦況は変化しました」

 ラップ少佐を思い出す……

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