地味スキル『浄化』で寂れた土地を掃除してたら、邪神の呪いを解いてしまい聖女と勘違いされています

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エリアーナさんに案内され、私と騎士さんたちは浄化された祠の裏手へと向かった。
そこには今まで気づかなかったが、地面へと続く古い石の階段が存在していた。階段は苔むしていて、ひんやりとした空気が下から流れてくる。

「この下に、代々この村の巫女が『神託の鏡』を保管してきた、小さな祭壇がございます」
エリアーナさんは、静かにそう告げた。
「ですが、わたくしも長年、呪いの影響でその存在を忘れておりました」
彼女は、少し申し訳なさそうに眉を下げた。

「大丈夫ですよ。これから綺麗にすればいいんですから」
私がそう言うと、エリアーナさんはほっとしたように微笑んだ。

階段を一段ずつ慎重に降りていくと、そこは洞窟のようになっていた。
壁はじっとりと湿っていて、ぽたぽたと水の滴る音が静寂の中に響いている。
奥に進むと、少しだけ開けた空間に出た。

そこが、祭壇らしかった。
石を切り出して作った簡素な台座の上に、一枚の鏡が置かれている。
でも、鏡と言われなければ、ただの黒い石の板にしか見えなかった。

表面は分厚い埃と、黒い煤のようなもので完全に覆われている。
もちろん、何も映し出してはいない。
そして、その鏡からは今まで感じた中でも特に強力な、どろりとした邪悪な気配が放たれていた。

「これが、神託の鏡……。ひどい穢れようだ」
クラウスさんが、思わずといった様子で呟いた。
イザベラさんも、美しい顔をしかめて鏡を鋭く見つめている。

「ええ。これほどの穢れを放つアーティファクトは、わたくしも初めて見ましたわ」
彼女は、吐き捨てるように言った。
「下手に触れれば、精神を汚染されかねません」

「ミサ殿、大丈夫か? 無理はしないでくれ」
ゲオルグさんが、心配そうに私に声をかけてくれた。
三人の心配をよそに、私の心は別の意味で高鳴っていた。

すごい。これは、今までで一番の掃除のしがいがありそうだ。
「大丈夫です。任せてください」
私は腕まくりをすると、決意を固めて祭壇に近づいた。

鏡に触れる寸前、びりびりと空気が震えるような抵抗を感じる。
祠を浄化した時よりも、ずっと強い。
でも、ここで怯んではいられない。私は意を決して、鏡に両手を触れた。

ずん、と全身に重い圧力がかかる。
頭の中に、直接不快な念が流れ込んでくるような不快な感覚があった。
これは、かなり手強そうだ。

「浄化!」
私は、ありったけの力を込めてスキルを発動させた。
両手から溢れ出した光が、鏡の表面を覆う黒い汚れに触れる。

ジュウウウッ、と肉が焼けるような、嫌な音が響き渡った。
黒い煙が上がり、洞窟の中に鼻をつく異臭が立ち込める。
「うわっ、なんだこの匂いは!」

「ミサ殿から離れろ! 瘴気に当てられるぞ!」
騎士さんたちが、慌てて後ろに下がるのが見えた。
私の光は、確かに鏡の汚れを少しずつ剥がしている。

でも、汚れの奥から次から次へと新しい穢れが湧き出してきて、きりがない。
まるで、底なし沼のようだった。
スキルゲージが、恐ろしい勢いでみるみるうちに減っていく。

このままじゃ、押し負けてしまうかもしれない。
「くっ……!」
歯を食いしばり、必死に力を込め続ける。

綺麗にしたい。
この汚いものを、元の綺麗な姿に戻してあげたい。
その一心だった。

私の額から、汗が流れ落ちる。
ゲームの中のはずなのに、まるで本当に体力を消耗しているみたいだ。
もうダメかもしれない、と心が折れかけた、その時だった。

私の胸元で、アイテムボックスに入れておいた指輪が、ふわりと温かい光を放った。
【聖巫女の指輪】が、私の浄化の力に呼応している。
指輪から流れ込んできた清浄な力が、私のスキルゲージを瞬く間に回復させた。

そして、目の前にシステムログが表示された。
『称号:穢れを払う者、廃村の解放者の効果により、浄化スキルの効果が50%上昇!』
『装備:聖巫女の指輪の効果により、神聖属性の力が大幅に上昇!』

全身に、力がみなぎってくるのを感じる。
これなら、いける!
「はあああああっ!」

私は雄叫びのような声を上げ、最大出力で浄化の光を放った。
カキンッ!という澄んだ音。
また、クリティカル・ピュリファイだ。

私の手から放たれた光は、今までとは比べ物にならない輝きを放つ。
巨大な光の柱となって鏡を貫いた。
洞窟全体が、まるで昼間のように明るく照らし出される。

鏡から、今までとは比べ物にならない、甲高い絶叫のような音が響き渡った。
黒い穢れが、光の中に一瞬で飲み込まれ、完全に消滅していく。
やがて、眩い光が収まった時。

祭壇の上には、神々しいまでの輝きを放つ、一枚の美しい鏡が鎮座していた。
鏡の縁には、白銀の精緻な彫刻が施されている。
鏡面は磨き上げられた水晶のように、どこまでも透き通っていた。

鏡は、自ら淡い光を放ち、洞窟全体を優しく照らしている。

【神託の鏡】
ランク:エンシェント
効果:世界の真理の一部を映し出すことができる。

鑑定すると、そんな情報が表示された。
エンシェント、というのは、レジェンダリーよりもさらに上のランクだろうか。

「すごい……。これが、神託の鏡の、真の姿……」
イザベラさんが、恍惚とした表情で呟いた。
クラウスさんもゲオルグさんも、言葉を失って、ただ呆然と鏡を見つめている。

「ミサ様……! 本当に、なんとお礼を申し上げたら……」
エリアーナさんは、涙ぐみながら私の手を取った。
「いえ、私も夢中だったので……。それより、この鏡で、王都の病気の原因が分かるんですよね?」

「はい。わたくしに、お任せください」
エリアーナさんは力強く頷くと、祭壇の前に進み出た。
そして、厳かな仕草で鏡に手をかざし、古の言葉で何かを唱え始める。

すると、鏡の表面が、水面のように揺らめき始めた。
やがて、そこに一つの映像が映し出される。
それは、薄暗く、じめじめとした石造りの通路だった。

下水道だろうか。
壁からは、汚れた水が染み出している。
カメラが、その通路を奥へ奥へと進んでいくようだった。

そして、一番奥にある、行き止まりの場所を映し出した。
壁には、不気味な紋様が描かれた、古びた石の扉があった。
扉の中央には、黒く濁った宝玉のようなものが埋め込まれている。

その宝玉から、もわり、と黒い瘴気が溢れ出しているのが見えた。
「これは……王都の地下水道、その最深部ですわ」
イザベラさんが、息を飲むように言った。

「あのような場所に、封印された扉があったとは……。全く気づきませんでした」
「あの扉の奥に、呪いの元凶があると?」
クラウスさんの問いに、エリアーナさんは静かに頷いた。

「間違いございません。あの宝玉こそが、王都に呪いを振りまいている元凶でしょう」
彼女は断言した。
「あれを破壊するか、浄化しない限り、病の流行は止まりません」

映像が、扉の宝玉を大きく映し出す。
それは、まるで邪悪な意志を持っているかのように、不気味に脈動していた。
「よし、場所が分かれば話は早い。早速、王都に戻って、あの扉を破壊するぞ」

ゲオルグさんが、拳を握りしめて言った。
しかし、イザベラさんが、静かに首を横に振る。
「お待ちになって、ゲオルグ。あの宝玉から放たれている瘴気は、尋常なものではありませんわ」

「下手に手を出せば、こちらが呪いに侵されてしまいます」
「では、どうするというのだ!」
「ミサ様のお力をお借りするしか、方法はありません」

イザベラさんは、真っ直ぐに私を見つめてきた。
その瞳には、切実な願いが込められている。
「ミサ様。どうか、我々と共に王都へ来て、あの宝玉を浄めてはいただけないでしょうか?」

「もちろん、道中の護衛は我々が責任を持って行います。王城にて、最高の待遇でお迎えすることも、お約束いたします」
再び、王都への誘い。
鏡を浄化したことで、私の役目は終わったと思っていたのに。

「それは……」
私が返答に困っていると、クラウスさんが私の前に進み出た。
そして、恭しく片膝をついた。

「どうか、お願い申し上げます、聖女ミサ殿」
彼の真剣な声が響く。
「あなたの力だけが、我々の、そして王都の民の希望なのです。この通り、どうかお力添えを」

金髪のイケメン騎士に、そんなことをされてしまった。
周りからの視線が、痛いほど突き刺さる。
エリアーナさんは心配そうに私を見ているし、ゲオルグさんは申し訳なさそうな顔をしている。

イザベラさんは、期待に満ちた目で私をじっと見つめている。
断れる雰囲気では、まったくない。
私は、一体どうすればいいんだろう。

王都になんて行きたくない。
人混みは苦手だし、注目されるのも嫌だ。
でも、病気で苦しんでいる人たちがいる。

その人たちを見捨てるなんてこと、私にはできない。
私が一人で葛藤していると、足元で、シロが「きゅん」と鳴いた。
そして、私のローブの裾をくん、と優しく引っ張った。

見ると、シロは心配そうな顔で、私を見上げていた。
その温かい眼差しに、私の心は少しだけ、軽くなったような気がした。
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