地味スキル『浄化』で寂れた土地を掃除してたら、邪神の呪いを解いてしまい聖女と勘違いされています

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翌日、私は少し緊張しながらESOにログインした。
ワールドアナウンスの影響で、またプレイヤーからの連絡が殺到しているんじゃないかと心配だったからだ。
案の定、ログインした途端、視界の端に大量のメッセージ通知アイコンが点滅しているのが見えた。

恐る恐るメッセージボックスを開いてみると、フレンド申請は昨日の比ではない数に膨れ上がっている。
ウィスパーチャットも数十件届いていた。
どうやら、私が何の反応も示さないので諦めた人がいる一方で、諦めきれない人たちがさらにメッセージを送ってきたらしい。

『聖女様、お願いです! 呪われた装備を浄化してください! 報酬はいくらでも払います!』
『ミサさん、はじめまして。もしよろしければ、一度お話できませんか? こちらはアルトリア王国の騎士団に所属している者です。我々はあなたのお力を必要としています』
『おい、聖女。どこにいる。俺のギルドに入れ。悪いようにはしない』

丁寧な依頼から、高圧的な勧誘まで様々だ。
中には、明らかにただのプレイヤーではなさそうな、大きな組織に所属していることを匂わせる相手からのメッセージもあった。
でも、今の私には、他のプレイヤーと積極的に関わるつもりはない。
私は全てのメッセージを未読のままそっと閉じ、自分の家の外に出た。

「きゅん!」

家の前では、シロが尻尾をちぎれんばかりに振って私を待っていた。
昨日の夜、ログアウトする前に、家の前に藁を敷いて小さな寝床を作ってあげたのだ。
私がしゃがむと、シロは嬉しそうに駆け寄ってきて、私の頬をぺろぺろと何度も舐めた。

「おはよう、シロ。いい子で待ってたんだね」

シロのふわふわの頭を撫でながら、今日の予定を考える。
村はすっかり綺麗になったし、他にやることはあるだろうか。
エリアーナさんに相談してみようかな、と顔を上げた時だった。

村の入り口の方が、少し騒がしいことに気づいた。
誰かがエリアーナさんと話している声が聞こえる。
この村には結界が張られているはずだけど、誰か来たのだろうか。

シロを連れてそっと様子を見に行くと、村の入り口で、エリアーナさんが数人のプレイヤーと話しているのが見えた。
プレイヤーたちは、豪華な銀の鎧を身につけた騎士のような男性二人と、優雅なローブを纏った女性術士一人の、三人組だった。
どうやら、エリアーナさんが言っていた結界は、悪意のない者なら通れるらしい。

「ですから、聖女様はお呼びでないと、そう申しているでしょう。あの方は、この村の平穏を望んでおられるのです」

エリアー-ナさんが、少し困ったような、しかし村の代表として毅然とした態度で言っている。
どうやら、私のことを訪ねてきた人たちらしい。

「そうおっしゃらずに。我々は、ただ一目お会いして、お話を伺いたいだけなのです。決して、危害を加えるようなことはいたしません。アルトリア王国の名誉にかけて誓います」

騎士の一人が、紳士的な口調で答える。
でも、その目には、隠しきれない強い好奇の色が浮かんでいた。
やっぱり、私を探しに来た人たちみたいだ。

どうしよう、と私が物陰から様子を窺っていると、不意に、女性術士とばっちり目が合ってしまった。
彼女は、驚いたように少しだけ目を見開いた後、にこりと優雅に微笑んだ。
そして、私の方を指差して、隣の騎士たちに何かを囁いた。

騎士二人が、勢いよくこちらを振り返る。
その視線が、まっすぐに私を捉えた。
まずい、見つかった。

私は咄嗟に身を隠そうとしたけど、もう遅かった。

「おお、あちらにいらっしゃるのが、もしやミサ殿では!?」

騎士の一人が、朗々とした大きな声で言った。
もう、逃げられない。
私は観念して、ため息をつきながら物陰から姿を現した。

三人組は、私の姿を見ると、少し意外そうな顔をした。
きっと、彼らが想像していた『聖女』のイメージとは、私の地味な初期アバターがかけ離れていたのだろう。

「あなたが、ミサ殿ですか? 私は、アルトリア騎士団、第一部隊隊長のクラウスと申します。こちらは副隊長のゲオルグ、そして宮廷術士長のイザベラ殿です」

クラウスと名乗った金髪碧眼の騎士が、代表して胸に手を当て、丁寧な礼をしてくれた。
絵に描いたような美丈夫だ。

「我々は、昨日のワールドアナウンスを見て、あなたに会いに来ました。まさか、こんな辺境の村にいらっしゃるとは思いませんでしたが」
「私に、何か用でしょうか……?」

おどおどと尋ねる私に、イザベラと呼ばれた女性術士が、優雅な仕草で一歩前に出た。
彼女は、銀色の髪を美しく結い上げた、知的な雰囲気の美人だ。
その鋭い紫色の瞳が、私を値踏みするように見ている。

「ええ。単刀直入に申し上げますわ、ミサ様。あなたのその『浄化』の力、我々アルトリア王国にお貸しいただけないでしょうか?」
「力を、貸す……ですか?」

「はい。ご存知かもしれませんが、この世界には、未だに大崩壊戦争の爪痕が、穢れた土地や呪われた場所として数多く残っています。我々アルトリア王国も、長年その浄化に努めてまいりましたが、遅々として進んでいないのが現状です」

イザベラさんは、真剣な表情で続ける。

「ですが、あなたの力があれば、この状況を大きく変えることができるかもしれません。どうか、我々と共に、この世界を救う手伝いをしていただけませんか?」

世界を、救う。
あまりにも、スケールの大きな話だった。
私は、ただ自分の気が済むように、汚れているものを綺麗に掃除していただけなのに。

「無理です。私には、そんな大それたことは……できません」

私がか細い声で断ると、隊長のクラウスさんが慌てたように言った。

「もちろん、無償でとは言いません! 相応の報酬は国からお支払いします。それに、ミサ殿の身の安全は、我々騎士団が必ずお守りすることを約束します」
「いえ、そういう問題じゃなくて……」

私は、人前に出るのがとにかく苦手なのだ。
大勢の人に注目されながら、何かをするなんて、考えただけで胃が痛くなってくる。

「わたくしも、ミサ様のご意思を尊重していただきたいと存じます」

見かねたエリアーナさんが、私の前に立つようにして助け舟を出してくれた。

「ミサ様は、この村を救ってくださった大恩人。これ以上、あの方に心労をかけるようなことは、このわたくしが許しません」

その毅然とした言葉に、三人は少し気圧されたようだった。
しかし、彼らも簡単には引き下がれないらしい。
ゲオルグと呼ばれた、体格の良い無骨な騎士が、少し困ったように兜の縁を掻いた。

「そうは言ってもなあ、巫女殿……。実は、我々も切羽詰まっているんだ。王都で流行している奇病の原因が、どうやら呪いによるものだと判明してな。浄化の力を持つ聖職者たちも総出で手を尽くしているんだが、一向に効果がなくて困っている」
「奇病……ですか?」

「ええ。発症すると、徐々に体が衰弱していき、最後には石のように固まって死んでしまうという、恐ろしい病です。今、王都では多くの人々がその病に苦しみ、絶望しているのです」

イザベラさんが、悲痛な面持ちで説明してくれた。
その話を聞いて、私の心は少し揺らいだ。
病気で苦しんでいる人がいる。
もし、私の力でその人たちを助けられるのなら……。

でも、やっぱり怖い。
王都なんて大きな街へ行って、大勢の前で力を使うなんて……。
私が葛藤していると、クラウスさんが懐から一つのアイテムを取り出した。
それは、黒く変色し、禍々しいオーラを放つ古びた短剣だった。

「これは、先日我々が討伐したアンデッドナイトが持っていた呪具です。強力な呪いがかけられており、我が国の最高の術士であるイザベラ殿の力をもってしても、解呪することができませんでした。もし、ミサ殿がこの短剣の呪いを解くことができたなら……我々の依頼、少しだけでも前向きに考えてはいただけませんか?」

試されている、ということだろうか。
私は、恐る恐るその短剣を受け取った。
ずしりと重い。そして、祠の時と同じような、ぞっとする不快な気配が手のひらから伝わってくる。
でも、あの祠を満たしていた濃密な穢れに比べれば、ずっと弱い。
これなら、私にもできそうだ。

私は、短剣にそっと手をかざした。
そして、意識を集中させる。

「浄化」

私の手から放たれた淡い光が、短剣を優しく包み込む。
黒い錆が、まるで陽光に溶ける雪のようにみるみるうちに剥がれ落ちていく。
その下から現れたのは、白銀に美しく輝く、見事な刀身だった。
刀身には、古代のルーン文字のような精緻な紋様が刻まれている。
短剣から放たれていた邪悪な気配は、完全に消え去っていた。

『呪われたダガーの浄化に成功しました』
『聖銀のダガーを入手しました』

【聖銀のダガー】
ランク:レア
効果:アンデッド系のモンスターに特攻ダメージ(大)、神聖属性付与

鑑定すると、呪われたアイテムから、かなり高性能なレア武器に変化していた。

「おお……なんと……!」
「信じられない……。あれほど強力な呪いを、一瞬で浄化するとは……」
「これが、ワールドアナウンスで語られていた『聖女』の力……」

三人は、驚愕の表情で、浄化された短剣をまじまじと見つめている。
その視線は、やがて私へと注がれた。

「やはり、噂は本当だったのですね。あなたこそが、我々が探し求めていた『聖女』様に違いありませんわ」

イザベラさんは、恍惚とした表情で私を見つめていた。
その熱のこもった視線が、なんだか少し怖い。

「あの、それで……依頼のことなんですけど……」

私は、おずおずと切り出した。

「やっぱり、私が王都へ行くのは、少し考えさせてください。でも、病気で困っている人がいるなら、何か私にできることがあるかもしれません」
「本当ですか!?」

クラウスさんが、ぱあっと顔を輝かせた。

「例えば、その病気の原因になっているものとか、患者さんが身につけているものとか……そういう呪われた品物をここに持ってきてもらえれば、浄化できるかもしれないです」

これなら、私がわざわざ王都へ行かなくても済む。
私の提案に、三人は顔を見合わせた。

「なるほど……。その手がありましたか」
「ですがイザベラ殿、原因が特定できていない以上、手当たり次第に物を運んでくるわけにもいくまい」
「ええ、その通りですわ、ゲオルグ。ううむ……」

三人が唸っていると、話を聞いていたエリアーナさんが、ぽん、と手を打った。

「それでしたら、良い考えがあります」
「と、申しますと?」

クラウスさんが、期待の眼差しでエリアーナさんを見る。

「わたくしの一族には、古くからこの村に伝わる『神託の鏡』という宝具がございます。それを使えば、呪いの元凶となっている場所や物を、水面のように映し出すことができるやもしれません」
「なんと、そのような都合の良いものが!」

クラウスさんが、興奮したように身を乗り出す。

「ですが、その鏡も長年の穢れに蝕まれ、すっかり力を失っておりました。ミサ様、もしよろしければ、その鏡も浄めてはいただけませんか?」

エリアーナさんにそう言われて、私が断れるはずもなかった。
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