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城門の向こう側に広がる荒野。
そこに、見覚えのある豪華すぎる馬車が止まっている。
泥にまみれ、車輪の一部が欠けた無惨な姿だ。
かつてなら魔動エンジンで滑らかに走っていたはずの代物。
だが、今のあの中には、馬を動かす魔力すらまともに残っていないのだろう。
馬車から降りてきたのは、王国の外務大臣、マーカス侯爵だ。
私が処刑台に送られる際、真っ先に「税金の泥棒猫」と罵った男。
彼の自慢だった特注のシルクの法衣は、埃で薄汚れ、シワだらけだ。
魔法による自動洗浄が機能しなくなった証拠だ。
実に滑稽で、飯が美味くなる光景である。
「サラ……! おお、サラではないか!」
私の姿を見るなり、侯爵は転びそうな勢いで駆け寄ってきた。
後ろには、震える手で剣を握った騎士たちが数人。
彼らの装備も、魔力付与が切れてただの重い鉄屑に成り下がっている。
ギルバートが私の前に立ち、巨大な影で侯爵を遮った。
「止まれ。これ以上近づけば、貴様の首と胴体をおさらばさせることになるぞ」
「ひっ……! あ、暗黒騎士団長……!」
侯爵は腰を抜かし、無様に地面に這いつくばった。
かつての尊大な態度はどこへやら、今の彼は怯えた小動物そのものだ。
私はギルバートの肩越しに、冷ややかな視線を投げかける。
「何かご用でしょうか、侯爵閣下。ここは王国の領土ではありませんわ」
「サラ、冗談を言っている場合ではない! 今すぐ国に戻るのだ!」
「戻る? 私を殺そうとしたあの場所へ?」
「それは……あれは手違いだったのだ! エドワード殿下も反省しておられる!」
侯爵の言葉に、私は思わず吹き出した。
反省。
あの傲慢の塊のような男が、そんな高尚な感情を持つはずがない。
「手違いで人の首を撥ねようとしたのですか? 随分と物騒な冗談ですこと」
「そんなことはどうでもいい! 今、王国は未曾有の危機なのだ!」
侯爵は必死な形相で、唾を飛ばしながら叫ぶ。
「大聖堂の結界が消失し、各地で魔物が暴れ回っている! 王都の魔導インフラも全停止だ!」
「おやおや、それは大変。でも、魔力レベル1の無能な私に何ができると?」
「し、白を切るな! お前が去った直後に『聖なる種』が消えたのだ!」
侯爵の指が、怒りと恐怖で激しく震えている。
「お前が何か細工をしたのだろう! あの種がなければ、我が国は滅びる!」
「あら、心外ですわ。私はただ、自分の荷物をまとめて出てきただけですもの」
私は自分の胸元、服の下で脈打つ「聖なる種」の鼓動を感じながら微笑んだ。
これは私の命を削って維持してきたものだ。
私の所有物であって、あんな強欲な連中の共有財産ではない。
「サラ……頼む、戻ってくれ! 国王陛下も、お前を正聖女として迎え入れると仰っている!」
「お断りします」
私の即答に、侯爵の顔が絶望に染まる。
「な、なぜだ! 王国の聖女という最高の地位を与えてやると言っているのだぞ!」
「最高の地位? 私は今、この暗黒騎士団で賓客として扱われていますわ」
私はギルバートの腕に、そっと自分の手を添えた。
「ここでは、私の力を誰も疑わない。無能だと罵る者もいない。何より、食事が美味しいのです」
「そんな野蛮な連中と一緒にいてどうする! お前は王族の道具なのだぞ!」
侯爵が我を忘れて叫んだ瞬間、大気が爆発したかのような重圧が彼を襲った。
私の魔力が、無意識のうちに外へと漏れ出したのだ。
侯爵の背後の地面が、目に見えるほどの衝撃波で陥没する。
騎士たちの鎧がギチギチと悲鳴を上げ、馬車の窓ガラスが粉々に砕け散った。
「道具……ですって?」
私は一歩、前へ踏み出す。
私の足元から放射状に氷の結晶が広がり、一瞬で周囲の温度を氷点下まで叩き落とす。
侯爵の眉毛が白く凍りつき、彼が吐き出した息が空中で氷の粒となって落ちる。
「私の力を、王族の財布か何かだと思っていたのかしら」
「あ……ああ……」
侯爵は声も出せず、ガチガチと歯を鳴らして震えることしかできない。
今の私は、王国の全魔力をその身に宿す唯一神にも等しい存在。
その気になれば、この男の体内の水分をすべて結晶化させ、彫像に変えることなど造作もない。
「帰りなさい、侯爵。エドワードに伝えなさいな」
私は氷のように冷たい碧眼で、這いつくばる男を見下ろした。
「私が捨てたのは魔力だけじゃない。あなたたちへの慈悲も、すべて捨ててきたのよ」
私が魔力を収めると、侯爵は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
騎士たちが慌てて彼を引きずり、ボロボロの馬車へと運び込む。
馬車は逃げるように、ガタガタと音を立てて王国へと引き返していった。
「いいのか? 追い返して」
ギルバートが、少しだけ心配そうな顔をして私を見た。
「ええ。あの方たちが、暗闇の中で自分たちの愚かさを噛み締める時間は、まだ始まったばかりですもの」
私は満足げに頷き、城へと続く橋を渡り始めた。
背後で、王国の騎士たちが絶望の叫びを上げているのが聞こえたが、私は一度も振り返らなかった。
そこに、見覚えのある豪華すぎる馬車が止まっている。
泥にまみれ、車輪の一部が欠けた無惨な姿だ。
かつてなら魔動エンジンで滑らかに走っていたはずの代物。
だが、今のあの中には、馬を動かす魔力すらまともに残っていないのだろう。
馬車から降りてきたのは、王国の外務大臣、マーカス侯爵だ。
私が処刑台に送られる際、真っ先に「税金の泥棒猫」と罵った男。
彼の自慢だった特注のシルクの法衣は、埃で薄汚れ、シワだらけだ。
魔法による自動洗浄が機能しなくなった証拠だ。
実に滑稽で、飯が美味くなる光景である。
「サラ……! おお、サラではないか!」
私の姿を見るなり、侯爵は転びそうな勢いで駆け寄ってきた。
後ろには、震える手で剣を握った騎士たちが数人。
彼らの装備も、魔力付与が切れてただの重い鉄屑に成り下がっている。
ギルバートが私の前に立ち、巨大な影で侯爵を遮った。
「止まれ。これ以上近づけば、貴様の首と胴体をおさらばさせることになるぞ」
「ひっ……! あ、暗黒騎士団長……!」
侯爵は腰を抜かし、無様に地面に這いつくばった。
かつての尊大な態度はどこへやら、今の彼は怯えた小動物そのものだ。
私はギルバートの肩越しに、冷ややかな視線を投げかける。
「何かご用でしょうか、侯爵閣下。ここは王国の領土ではありませんわ」
「サラ、冗談を言っている場合ではない! 今すぐ国に戻るのだ!」
「戻る? 私を殺そうとしたあの場所へ?」
「それは……あれは手違いだったのだ! エドワード殿下も反省しておられる!」
侯爵の言葉に、私は思わず吹き出した。
反省。
あの傲慢の塊のような男が、そんな高尚な感情を持つはずがない。
「手違いで人の首を撥ねようとしたのですか? 随分と物騒な冗談ですこと」
「そんなことはどうでもいい! 今、王国は未曾有の危機なのだ!」
侯爵は必死な形相で、唾を飛ばしながら叫ぶ。
「大聖堂の結界が消失し、各地で魔物が暴れ回っている! 王都の魔導インフラも全停止だ!」
「おやおや、それは大変。でも、魔力レベル1の無能な私に何ができると?」
「し、白を切るな! お前が去った直後に『聖なる種』が消えたのだ!」
侯爵の指が、怒りと恐怖で激しく震えている。
「お前が何か細工をしたのだろう! あの種がなければ、我が国は滅びる!」
「あら、心外ですわ。私はただ、自分の荷物をまとめて出てきただけですもの」
私は自分の胸元、服の下で脈打つ「聖なる種」の鼓動を感じながら微笑んだ。
これは私の命を削って維持してきたものだ。
私の所有物であって、あんな強欲な連中の共有財産ではない。
「サラ……頼む、戻ってくれ! 国王陛下も、お前を正聖女として迎え入れると仰っている!」
「お断りします」
私の即答に、侯爵の顔が絶望に染まる。
「な、なぜだ! 王国の聖女という最高の地位を与えてやると言っているのだぞ!」
「最高の地位? 私は今、この暗黒騎士団で賓客として扱われていますわ」
私はギルバートの腕に、そっと自分の手を添えた。
「ここでは、私の力を誰も疑わない。無能だと罵る者もいない。何より、食事が美味しいのです」
「そんな野蛮な連中と一緒にいてどうする! お前は王族の道具なのだぞ!」
侯爵が我を忘れて叫んだ瞬間、大気が爆発したかのような重圧が彼を襲った。
私の魔力が、無意識のうちに外へと漏れ出したのだ。
侯爵の背後の地面が、目に見えるほどの衝撃波で陥没する。
騎士たちの鎧がギチギチと悲鳴を上げ、馬車の窓ガラスが粉々に砕け散った。
「道具……ですって?」
私は一歩、前へ踏み出す。
私の足元から放射状に氷の結晶が広がり、一瞬で周囲の温度を氷点下まで叩き落とす。
侯爵の眉毛が白く凍りつき、彼が吐き出した息が空中で氷の粒となって落ちる。
「私の力を、王族の財布か何かだと思っていたのかしら」
「あ……ああ……」
侯爵は声も出せず、ガチガチと歯を鳴らして震えることしかできない。
今の私は、王国の全魔力をその身に宿す唯一神にも等しい存在。
その気になれば、この男の体内の水分をすべて結晶化させ、彫像に変えることなど造作もない。
「帰りなさい、侯爵。エドワードに伝えなさいな」
私は氷のように冷たい碧眼で、這いつくばる男を見下ろした。
「私が捨てたのは魔力だけじゃない。あなたたちへの慈悲も、すべて捨ててきたのよ」
私が魔力を収めると、侯爵は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
騎士たちが慌てて彼を引きずり、ボロボロの馬車へと運び込む。
馬車は逃げるように、ガタガタと音を立てて王国へと引き返していった。
「いいのか? 追い返して」
ギルバートが、少しだけ心配そうな顔をして私を見た。
「ええ。あの方たちが、暗闇の中で自分たちの愚かさを噛み締める時間は、まだ始まったばかりですもの」
私は満足げに頷き、城へと続く橋を渡り始めた。
背後で、王国の騎士たちが絶望の叫びを上げているのが聞こえたが、私は一度も振り返らなかった。
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