陽だまりの魔法パン工房 ~もふもふ狼さんと焼きたての幸せ~

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コリコの町の市場は、私が想像していた以上に活気に満ち溢れていた。石畳の広場には、たくさんの露店が所狭しと並び、様々な種族の人々が行き交っている。陽気なハーフリングたちの野菜を売る声、屈強なドワーフたちの工芸品を品定めする声、そして、子供たちの楽しそうな笑い声。その全てが混じり合って、町全体が生き生きと輝いているようだった。

「すごい……! こんなに賑やかなんですね」

「ええ、市場の日は、近隣の村からもたくさんの人が集まってくるのよ。さあ、こっちよ、ユイさん。面白いお店がたくさんあるから、案内してあげるわ」

エララさんは私の腕を引いて、人混みの中をすいすいと進んでいく。彼女は顔が広いらしく、すれ違う人々のほとんどが「やあ、エララさん」「こんにちは!」と声をかけていた。

最初に立ち寄ったのは、小柄なハーフリングのおじいさんが営む、蜂蜜の店だった。棚には、色とりどりの蜂蜜が入った瓶が並んでいる。

「おや、エララちゃん。隣のかわいいお嬢さんは、もしかして、あのパン屋の?」

「ええ、そうよ、ホビットさん。こちらはユイさん。私の大切なお友達なの」

「おお、あなたが! いつも美味しいパンをありがとう。うちの孫たちが、あなたのパンの大ファンでね」

ホビットさんは、しわくちゃの顔いっぱいに笑みを浮かべてくれた。そして、小さなスプーンで、琥珀色に輝く蜂蜜をすくって、私に味見させてくれる。

「これは、ハニースライムから採れた、アカシアの蜜だよ。よかったら、パンに使ってみておくれ」

口に含むと、上品で優しい甘さが広がった。ハニースライム。この世界の不思議な生き物から採れる蜂蜜は、私のパンをさらに美味しくしてくれそうだ。私は喜んで、その蜂蜜をいくつか購入した。

次にエララさんが連れて行ってくれたのは、もふもふとした、可愛らしいウサギがたくさんいる一角だった。

「ここは、もふ綿ウサギの毛で、布製品を作っているお店よ」

店主の女性は、ウサギの毛で紡いだという、真っ白でふわふわの布巾を見せてくれた。

「この布はね、生命魔法が少しだけ宿っているから、汚れを寄せ付けなくて、いつでも清潔なのよ。パンを包んだり、工房で使ったりするのに、ちょうどいいんじゃないかしら」

触ってみると、驚くほど滑らかで、温かい手触りだった。これも、私のパン作りの心強い味方になってくれそうだ。

市場を歩いていると、たくさんの人から声をかけられた。

「あんたの所のパン、最高にうまいぜ!」
「いつもありがとうね、陽だまりのパン屋さん」

私のパンが、こんなにも多くの人に受け入れられている。その事実が、じわりと胸に広がって、私は言いようのない幸福感に包まれた。

市場をひと通り見て回った後、ふと、人混みから少し離れた場所で、見慣れた後ろ姿を見つけた。銀色の毛並みと、大きな背中。ルゥフさんだ。

彼は、地面に敷いた布の上に、何種類かの薬草のようなものを並べて、静かに店番をしていた。普段、森の中で一人でいることが多い彼が、こうして市場で人と接しているのは、少し意外な光景だった。

ちょうど、年配の女性が彼の店に立ち寄り、薬草について何かを尋ねている。ルゥフさんは、相変わらず口数は少ないけれど、一つ一つの薬草の効能について、丁寧に、身振り手振りを交えながら説明していた。その真摯な横顔は、いつもの無口な彼とはまた違う、頼もしさを感じさせた。

ふと、彼と目が合った。ルゥフさんは一瞬、驚いたように目を見開くと、少しだけ気まずそうに、ふいっと視線を逸らした。その仕草がなんだか可愛らしくて、私は思わずくすりと笑ってしまった。

エララさんと別れ、市場からの帰り道、私はボルギンさんの工房へ向かった。工房の扉を開けると、いつもの金属音ではなく、静かな熱気が私を迎えた。

「来たか」

ボルギンさんは、工房の中央に置かれた、一抱えほどの大きさの鉢を、満足げに見下ろしていた。

「これが、お前が言ってた『自動こね鉢』だ」

そこにあったのは、虹色粘土で作られた、美しい曲線を描く鉢だった。表面は七色に鈍く輝き、側面には温石がいくつか埋め込まれている。それはもはや道具というより、一つの芸術品のようだった。

「すごい……! なんて綺麗なんでしょう」

「見た目だけじゃねえ。俺の技術の粋を集めた、最高傑作だ。さあ、お前のその不思議な魔法とやらを、注ぎ込んでみろ」

私は言われるがまま、自動こね鉢にそっと両手をかざした。そして、パン生地を美味しく、元気にこね上げる様子を心に思い描きながら、生命魔法をゆっくりと注ぎ込んでいく。

すると、鉢に埋め込まれた温石が、ぽうっと淡い光を放ち始めた。そして、鉢そのものが、まるで心臓が脈打つかのように、ごうん、ごうんと微かに振動し始める。

「よし、材料を入れてみろ」

ボルギンさんに促され、私は持ってきていた小麦粉や水、笑い酵母を鉢の中に入れた。すると、信じられないことが起こった。

鉢の内側が、滑らかに変形し、まるで巨大な手のように、生地を優しく、しかし力強くこね始めたのだ。最適な力加減で、最適な速さで。それは、熟練のパン職人が、何十年もかけて習得するような、完璧な動きだった。

「……すごい」

思わず、感嘆の声が漏れた。これがあれば、一度に今までの何倍もの生地を、しかも最高の状態で仕込むことができる。

「へっ、どうだ。お前の魔法と俺の技術を合わせりゃあ、不可能はねえって言っただろうが」

ボルギンさんは、腕を組んで、得意げに鼻を鳴らした。その顔は、ぶっきらぼうだけど、とても誇らしげに見えた。

新しい相棒を手に入れたことで、私のパン作りは、新たな段階へと進んだ。自動こね鉢のおかげで、パンの生産量は飛躍的に向上した。これまで、お昼過ぎには売り切れてしまっていたパンも、夕方まで棚に並べることができるようになった。

「やっと買えたわ! いつも売り切れだったのよ」
「これだけたくさんあると、選ぶのも楽しいね」

お客さんたちの喜ぶ顔が、私にとって何よりの報酬だった。

生産に余裕ができたことで、私は新しいメニューの開発にも、より多くの時間をかけられるようになった。市場で手に入れたハニースライムの蜂蜜を使った甘いパンや、ルゥフさんが持ってきてくれたキノコを使った惣菜パン。私の店のメニューは、日に日に豊かになっていく。

「これだけ美味しいパンがあるのなら、それに合う飲み物や、軽い食事も欲しくなりますな」

ある日、店でお茶をしていたフェンウィック先生が、そんなことを言った。確かに、サンドイッチや、温かいスープがあれば、お客さんはもっと喜んでくれるかもしれない。

私は先生に、この世界の一般的な料理について、色々と教えてもらうことにした。先生の豊富な知識は、私の新しいレシピ作りにとって、最高の教科書になった。

そして、お店がますます忙しくなってきたある日、私は新たな課題に直面していた。それは、かまどの火の管理だ。特に、長時間ゆっくりと火を通す必要があるライ麦パンなどは、夜通し火の番をしなければならないこともあった。

その話を、道具のメンテナンスに来てくれたボルギンさんに何気なく漏らした。

「一晩中、火の番をするのも、なかなか大変で……」

すると、ボルギンさんはニヤリと笑って、面白いことを言った。

「それならいっそ、窯の番人でも作っちまうか?」

「え? 窯の番人、ですか?」

「おう。この工房には、俺がかまどを作った時に余った、魔法の力が馴染みやすい粘土がまだ残ってるはずだ。そいつで人形でも作って、お前の生命魔法とやらをたっぷりと注ぎ込んでみたらどうだ? 面白いもんができるかもしれねえぞ」

ボルギンさんの冗談めかした提案に、私の心は躍った。かまどに住む、小さな番人。なんて素敵なアイデアだろう。

私は早速、ボルギンさんに教えられた通り、工房の隅に保管されていた粘土を探し出した。それは、レンガと同じ、温かみのある赤茶色をした粘土だった。

私はその粘土をこねて、小さな人形を作り始めた。身長は、私の手のひらに乗るくらい。丸い頭に、短い手足。不格好かもしれないけれど、心を込めて、一生懸命作った。

そして、その小さな人形に、私は自分の生命魔法を、これまでにないくらい、たっぷりと注ぎ込んだ。

「お願い。私の代わりに、このかまどの火を、優しく守ってね」

祈るように、魔法を込めていく。すると、私の手の中の人形が、ぴくりと小さく動いた。そして、ゆっくりと、その丸い頭に描いた目を開いたのだ。

きょとんとした顔で、私を見上げる小さな人形。私は、その子に「ホカちゃん」と名前をつけた。

ホカちゃんは、私が教えるまでもなく、自分の役割を理解したようだった。彼はよちよちと歩いてかまどに近づくと、小さな手で薪の燃え具合を確かめ、空気を取り入れるための小窓を、器用に開け閉めし始めた。その動きは完璧で、かまどの温度は常に、パンを焼くのに最適な状態に保たれている。

「すごい……ホカちゃん、ありがとう」

なんて健気で、頼もしい相棒だろう。私は、ホカちゃんの頭をそっと撫でた。

その日の夜、私はホカちゃんにかまどの番を任せて、久しぶりに自分の居住スペースでゆっくりと休むことができた。新しい家族が増えたような、温かい気持ちだった。

翌朝、私が工房に入ると、ホカちゃんは既にかまどの温度を完璧に調整してくれていた。おかげで、私はすぐにパンを焼き始めることができる。

ホカちゃんが小さな手で薪をくべたり、時々、かまどの壁をぽんぽんと叩いて温度を確認したりする姿は、見ていて飽きることがなかった。

「すごいわ、ホカちゃん。本当に完璧な仕事ぶりね」

私が感心してホカちゃんの働きぶりを見守っていると、工房の奥、私の居住スペースに繋がるドアが、ゆっくりと開いた。

そこに立っていたのは、ルゥフさんだった。彼は何か荷物を持っていたようで、それを床に置くと、私の方へまっすぐに歩いてくる。そして、何か言いたげに、少しだけ口を開きかけた。
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