陽だまりの魔法パン工房 ~もふもふ狼さんと焼きたての幸せ~

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収穫祭の朝は町中が浮き立つような特別な空気で満ちていた。空はどこまでも青く澄み渡り、広場から聞こえてくる音楽と人々の楽しそうな笑い声が窓を開けた工房まで届いてくる。

私は日の出前から工房に立ち、コンテストに出品するパンの最後の仕上げに取り掛かっていた。昨日からじっくりと発酵させていた生地は森の酵母のおかげでふっくらと、そして生命力に満ち溢れて膨らんでいる。そのきめ細やかな生地は、まるで呼吸をしているかのようだった。

その生地を私は丁寧に三つの塊に分けた。一つには甘く煮詰めた栗のペーストを。もう一つにはルゥフさんが選んでくれた香ばしい胡桃を。そして最後の一つには陽だまりベリーを優しく練り込んでいく。それぞれの素材が持つ物語を、生地が受け入れてくれるように。

三つの生地をそれぞれ細長く伸ばし、それを一本の三つ編みにする。栗の生地、胡桃の生地、ベリーの生地。異なる個性が一つに編み込まれていく。そしてその三つ編みを輪にして繋ぎ目をしっかりと合わせた。リースのような円い形。それは森の命が絶え間なく巡っていく「循環」を表現したかったからだ。

「美味しくなあれ。みんなを笑顔にしてね」

パンに最後の生命魔法をたっぷりと注ぎ込む。私の手のひらから放たれた金色の光が、リース全体を優しく包み込み、すうっと染み込んでいった。私はそれを熱したかまどの中へそっと滑り込ませた。あとはホカちゃんが完璧な火加減で焼き上げてくれるはずだ。

焼き上がりを待つ間、私は窓の外を眺めた。広場へ向かう人々の波は朝から途切れることがない。誰もが晴れやかな顔をしている。この町に来て本当によかった。心からそう思った。

やがてかまどからこれまで嗅いだことのないような豊かで複雑な香りが立ち上り始めた。焼けた小麦の香ばしさ、栗の甘い香り、胡桃の力強い香り、そして陽だまりベリーの甘酸っぱい香り。それらが森の酵母によって見事に調和し、一つの素晴らしい芳香となって工房を満たしていく。

焼き上がったパンは完璧な出来栄えだった。こんがりとした狐色の表面はつやつやと輝き、編み目からは栗や胡桃がのぞいている。陽だまりベリーの赤がまるで宝石のようにパンを彩っていた。

私はその「森の恵みのリースパン」を白い布を敷いた大きな籠に大切に乗せた。

「行ってきます、ホカちゃん。お店のこと、お願いね」

小さな相棒に声をかけると、彼は任せろと言わんばかりにぽんと自分の胸を叩いて見せた。

広場は想像を絶するほどの賑わいだった。色とりどりの露店が立ち並び、吟遊詩人の奏でる音楽に合わせて人々が楽しそうに踊っている。その一角にパンコンテストのための特設ステージが設けられていた。

私が会場に着くとすぐに仲間たちが駆け寄ってきてくれた。

「ユイさん、待ってたわ! なんて美味しそうなパンなの!」

エララさんは自分のことのように目を輝かせている。

「お姉ちゃんのパン、絶対一番だよ!」
「いいにおーい!」
「がんばってね!」

ハーフリングの三つ子たちは私の籠を囲んでぴょんぴょんと跳ねている。

「ユイ殿、平常心で臨まれよ。あなたのパンはすでにこの町の人々の心を掴んでおりますからのう」

フェンウィック先生が落ち着いた声で励ましてくれた。

「おう、嬢ちゃん! 思いっきりやってこい! 結果がどうだろうと、あんたのパンが一番うめえってことは、俺たちが知ってるからな!」

ボルギンさんもぶっきらぼうな口調の中に温かい気持ちを込めてくれているのがわかった。

そして少し離れた木陰にはルゥフさんが静かに立っていた。彼は何も言わないけれどその金色の瞳がまっすぐに私を見つめている。その視線が何よりの力になった。

やがてステージの上でファンファーレが鳴り響き、パンコンテストの開始が告げられた。町長さんの挨拶の後、出場者が順番にステージへと上がっていく。

最初に登場したのはガンツさんだった。彼は巨大なまな板のような板に乗せた、ずっしりと重そうな黒パンを審査員たちの前にどすんと置いた。会場がその迫力に少しどよめく。

「わしのパンは『大地の心臓』。代々伝わる石臼でこの土地の小麦だけを挽き、うちの井戸水と岩塩だけで捏ね上げた。小細工は一切なし。ただひたすらに大地の恵みと向き合ったパンだ」

その言葉には何十年もパンを焼き続けてきた職人だけが持つ、揺るぎない誇りが満ちていた。試食した審査員たちはその力強い味わいに深く頷いている。観客席からも「あれぞ本物のパンだ」という声が聞こえた。

次にステージに上がったのはリリアさんだった。彼女が披露したのはまるで芸術品のような美しいブリオッシュだった。

「私のパンは『妖精のティアラ』と申します。朝露を集めた水と百種類の花の蜜を使って焼き上げました。食べる方に森の妖精たちの囁きが聞こえるような、そんなパンを目指しましたの」

彼女がパンを切り分けるとふわりと花の甘い香りが広がり、観客席からため息が漏れた。その繊細な美しさと味わいは審査員たちを魅了しているようだった。

そしていよいよ私の番が来た。私は緊張で震えそうになる足を叱咤し、リースパンの入った籠を持ってステージの中央へと進んだ。

「こんにちは。陽だまりパン工房のユイです」

深呼吸を一つして私はゆっくりと話し始めた。

「私が今日持ってまいりましたのは『森の恵みのリースパン』です。このパンには私がこの町に来てから感じた森の素晴らしさが詰まっています」

私はルゥフさんと一緒に森を歩いた日のこと、倒木から新しい命が芽生える循環を見た時の感動を自分の言葉で伝えた。

「森の中ではすべての命が支え合い巡っています。このパンも栗や胡桃、ベリーといった森の恵みが一つの輪の中で手を取り合っています。このパンを食べて皆さんの心の中に陽だまりのような温かい森が生まれたらとても嬉しいです」

話し終えると私は籠からリースパンを取り出し、審査員たちの前に置いた。会場が一瞬静まり返る。

パンにナイフが入った瞬間、堰を切ったように豊かな香りが溢れ出した。それはただ甘いだけの香りじゃない。森の土の匂い、木々の匂い、果実の匂い。様々な香りが幾重にも重なり合って会場全体を優しく包み込んだ。

「おお……なんという豊かな香りだ……」

審査員の一人が思わずといった様子で呟いた。

パンは切り分けられ審査員、そして観客席にも配られていく。私のパンを一口食べた人々から次々と声が上がった。

「美味しい……! なんだか子供の頃に遊んだ故郷の森を思い出す味だ……」

年配の男性が目頭を押さえている。

「温かい……。口に入れただけなのに体中がぽかぽかしてくるようだわ」

若い母親が自分の子供にパンを分け与えながら微笑んでいる。

「なんだか疲れていた心がすーっと解けていくみたいだねえ」

頑固そうな顔つきの鉱夫が、ふと表情を和らげている。いつも喧嘩ばかりしている夫婦が、黙って顔を見合わせていた。その言葉に周りの人々もうんうんと頷いている。私の生命魔法がパンを通して、みんなの心に届いているのがわかった。私の目にも自然と涙が滲んでくる。

すべての審査が終わり、いよいよ結果発表の時が来た。ステージの上に私とガンツさん、リリアさんが並んで立つ。

「それでは発表いたします! 今年の収穫祭パンコンテスト、優勝は……『石窯のドワーフ』、ガンツ殿の『大地の心臓』です!」

町長の言葉に会場から大きな拍手と歓声が湧き上がった。ガンツさんは少し照れくさそうに、しかし胸を張って賞を受け取っている。その姿はとても誇らしげだった。彼のパンがこの町の伝統の味として認められたのだ。私も心から拍手を送った。

「そして……」

町長は言葉を続けた。

「今年はもう一つ特別な賞を設けさせていただきました。審査員の満場一致、そして会場の皆様からの圧倒的な声によって決定した『観客特別賞』です!」

会場が再び期待にざわめく。

「観客特別賞は……『陽だまりパン工房』、ユイ殿の『森の恵みのリースパン』に贈られます!」

その瞬間、今日一番の割れんばかりの拍手が私に降り注いだ。

「え……?」

私は信じられないという気持ちで呆然と立ち尽くす。

「ユイ殿」

町長が優しい笑顔で私に賞状を手渡してくれた。

「あなたのパンは技術や伝統だけでは測れない素晴らしい力を持っていました。今日この場にいたすべての人々の心を陽だまりのように温かく、そして優しく癒やしてくれました。この賞は町のみんなからのあなたへの感謝の気持ちです。本当にありがとう」

その言葉に私の涙腺は完全に決壊してしまった。嬉しい。ただひたすらに嬉しい。私のパンがちゃんとみんなの心に届いた。パン職人としてこれ以上の喜びはない。

コンテストが終わった後、ステージの裏でガンツさんとリリアさんが私のところにやってきてくれた。

「嬢ちゃんのパン、大したもんだ。正直負けたかと思ったぞ。わしのパンとは目指す山が違うが、あんたのパンには確かに魂がこもっておった。これからもその腕を磨きなさい」

ガンツさんは厳しい顔を少しだけ和らげてそう言ってくれた。

「ユイさんのパン、本当に素敵でしたわ。まるで一篇の優しい物語を読んでいるようでした。私ももっと頑張らなくてはと思いましたわ。今度ぜひ酵母のことでお話を聞かせてくださいね」

リリアさんも心からの笑顔で私の手を握ってくれる。

「はい……! こちらこそお二人のパンからたくさんのことを学ばせていただきました。ありがとうございます!」

私たちはお互いの健闘を称え合い固い握手を交わした。ライバルではなく同じパンを愛する仲間として、新しい温かい繋がりが生まれた瞬間だった。

「ユイ」

ふと声がして振り返ると、そこにルゥフさんが立っていた。彼は私の前に来ると何も言わずに、その大きな手で私の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「……よくやったな」

その不器用な祝福がどんな言葉よりも私の心に温かく響いた。
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