NPC専用カウンセラーとしてお悩み相談に乗っていたら、いつの間にか伝説の聖獣たちをセラピーしてしまい救国の英雄になっていた

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ガイウスに案内され、俺は街の西門から外に出た。
日が落ちたばかりの空には一番星が瞬き、ひんやりとした夜風が頬を撫でる。そこからしばらく未舗装の道を歩くと、月光を浴びて銀色に輝く木々が生い茂る森が見えてくる。

あれが「銀の森」か。
その名の通り、葉の一枚一枚が淡い光を放っているかのような、幻想的な光景だった。俺は思わず息を呑んだ。

「ここだ」
ガイウスが指差した先には、森の入り口から少し離れた場所に、ひっそりと佇む一軒のコテージがあった。

蔦の絡まるレンガ造りの壁は、長い年月を感じさせる趣がある。
屋根には煙突が伸びており、暖炉もあるらしい。小さな庭には、今は手入れされずに荒れているが、様々な種類のハーブが植えられているのが見て取れた。

「すごい……素敵な場所ですね」
「だろう?騎士団にいた頃の給金を、ほとんどつぎ込んだからな。レオンと二人で、設計図から引いたんだ」

ガイウスは少し得意げに、そしてどこか懐かしそうに笑った。
俺は彼から受け取った鍵で、重厚な木製の扉を開ける。ギィ、と趣のある音を立てて開いた扉の先には、想像以上に快適そうな空間が広がっていた。

中はワンルームだが、かなり広い。
部屋の中央には大きな石造りの暖炉があり、その前には座り心地の良さそうな革張りのソファと、頑丈なローテーブルが置かれている。奥には調理器具が一通り揃ったキッチンと、簡素だが清潔そうなベッドが見えた。

壁際には、天井まで届く大きな本棚や、様々な道具が置かれた作業台も備え付けられている。
窓も大きく、きっと昼間は明るい日差しが差し込むのだろう。

「家具も一通り揃っている。自由に使ってくれて構わん」
「本当に、いいんですか?こんなに良くしてもらって……」

「気にするな。あんたがしてくれたことに比べれば、安いもんだ」
ガイウスはそう言うと、満足そうに部屋の中を見渡した。

「ここなら、街の噂好きたちの耳を気にすることなく、ゆっくりと話ができるだろう。相談に来る者たちも、きっと安心するはずだ」
確かに、その通りだった。
プライベートな話をするには、宿屋の一室では限界がある。このコテージは、俺がカウンセラーとして活動していく上で、最高の拠点になりそうだった。

「そうだ、庭のハーブだが、好きに使うといい。薬草の心得がある者が植えたものだから、中には珍しい種類もあるはずだ。リラックス効果のあるものが多いと聞いている」
「ありがとうございます。ちょうど、お茶を淹れるのに使いたいと思ってたんです」

リリアにもらった茶葉もあるし、ギルドで「茶葉栽培」のスキルも習得したばかりだ。
この庭を使えば、相談に来てくれた人に振る舞うための、オリジナルのハーブティーを作ることができるかもしれない。

相談に来てくれた人に、手作りのハーブティーとお菓子を振る舞う。
なんだか、それっぽくなってきたじゃないか。俺の心は、新しい生活への期待で少しずつ膨らんでいった。

「何か困ったことがあったら、いつでも衛兵詰所に俺を訪ねてこい。力になる」
ガイウスはそう言い残し、街へと戻っていった。

一人になった俺は、改めて部屋の中を見て回った。
暖炉に薪をくべて火を入れると、パチパチという心地よい音と共に、部屋が暖かな光に包まれる。ソファに深く腰掛けると、じんわりとした温かさが、身体に染み渡っていくようだった。

ここが、俺の家だ。
この異世界での、俺の居場所。そう思うと、言いようのない安らぎが心を包み込んだ。

翌日から、俺はコテージでの生活を始めた。
まずは、荒れ放題だった庭の手入れからだ。雑草を抜き、固くなった土を丁寧に耕していく。「茶葉栽培」のスキルを使うと、土がみるみるうちに柔らかく、栄養豊富なものに変わっていくのが分かった。

ミント、カモミール、ラベンダー、レモンバーム。
様々なハーブの苗を、スキルを使いながら植えていく。スキルのおかげで、園芸などやったことのない素人の俺でも、驚くほど順調に作業は進んだ。

ハーブが生き生きと育っていく様子を見るのは、単純に楽しかった。
数日もすると、庭は心地よい香りで満たされるようになった。収穫したハーブを乾燥させ、自分だけのブレンドでハーブティーを作ってみる。スキル「菓子作り」で、簡単なバタークッキーも焼いてみた。

街の市場へ買い出しに行ったついでに、リリアの店に寄った。
手作りのハーブティーとクッキーを差し入れると、彼女はとても喜んでくれた。

「すごい!ケイさん、お菓子も作れるんですね!このハーブティー、すごく落ち着く香りがします」
「少しずつ、噂になってるみたいですよ。街の外れの森に、悩みを聞いてくれる不思議な人が住み着いたって」

リリアとの会話で、俺の存在が少しずつ認知され始めていることを知った。
カウンセリングに来る人がいなくても、このスローライフを満喫するだけで、このゲームを始めた価値はあったかもしれない。

そんなことを考えながら、コテージのポーチで椅子に揺られ、ハーブティーを飲んでいると、森の小道から一人の訪問者が現れた。
その人物は、上質なシルクのローブを身にまとい、顔をフードで深く隠している。

月明かりの下でも分かる、その高価そうな生地。
そして、ほとんど足音を立てない滑るような歩き方。その佇まいから、ただ者ではないことが窺えた。

「あなたが、噂のケイ殿ですかな?」
フードの奥から聞こえてきたのは、少し歳をとってはいるが、凛とした気品のある女性の声だった。

「そうですが……どちら様でしょうか?」
俺が尋ねると、その人物はゆっくりとフードを取った。

現れたのは、銀髪を綺麗に結い上げた、初老のエルフの女性だった。
長く尖った耳と、シワの刻まれた目元には、長い年月を生きてきた者だけが持つ深い知性が宿っている。

彼女の頭上には、「エリアーナ」という名前が表示されていた。
そして、他のNPCとは明らかに違う、特別な称号のようなものが添えられていた。

【賢者の側近:エリアーナ ストレス値:75/100】

賢者の側近?
一体、どういうことだろうか。ゲームのメインストーリーに関わる人物だろうか。

「私は、エリアーナと申します。アークライト王国の宮廷にて、賢者様にお仕えしている者です」
彼女は、優雅な仕草で一礼した。
その洗練された動きは、彼女が高い地位にあることを物語っている。宮廷の人間が、こんな街外れのコテージに何の用だろうか。

「……宮廷の方が、俺に何かご用ですか?」
「はい。他ならぬ、賢者様からのご依頼で参りました」

賢者からの、依頼。
事態は、俺が思っていたよりも、ずっと大きな方向へ動き出しているのかもしれない。

「ガイウス殿の一件は、我々の耳にも届いております。十年もの間、誰にも癒すことのできなかった彼の心の傷を、あなたが癒したと」
「俺は、ただ話を聞いただけです」

「ご謙遜を。あなたのその力が、今、王国に必要とされているのです」
エリアーナは、真剣な眼差しで俺を見つめた。
その瞳には、切実な響きが込められている。

「どうか、お力をお貸しいただけないでしょうか。……実は今、賢者様が、深い悩みを抱えておられるのです」
この国の最高知識人である賢者が、悩みを?
それは、一体どんな問題なんだろうか。

「俺のような者に、賢者様の悩みを解決できるとは思えませんが……」
「いいえ、あなたにしかできないことなのです。賢者様の悩みは、非常にデリケートな問題。力や権力では、どうすることもできません。必要なのは、心に寄り添い、真実の言葉を引き出す力……あなたがお持ちの、その力です」

彼女は、そこまで言うと、少し声を潜めた。
周囲を警戒しているようだ。

「詳しいお話は、ここでするわけにはまいりません。どうか、一度、お城までお越しいただけないでしょうか。もちろん、これは強制ではございません。しかし、このままでは、王国が大きな混乱に陥るやもしれぬのです」

王国の混乱。
リリアやガイウスのような、個人的な悩みとはわけが違う。これは、国家レベルの問題だ。俺が、そんなことに首を突っ込んでいいのだろうか。

しかし、困っている人がいるのなら、話を聞くのが俺の役割だ。
それに、このEAOというゲームは、プレイヤーの行動が世界に影響を与える「ライブヒストリーシステム」が売りだったはずだ。ここで断れば、物語は動かないのかもしれない。俺は、覚悟を決めた。

「分かりました。お話、お伺いします。いつ、お城に伺えばよろしいでしょうか?」
俺の返事を聞いて、エリアーナは心から安堵した表情を浮かべた。

「ありがとうございます、ケイ殿。では、明日の日没後、城の裏門までお越しください。私がお迎えに上がります」
そう言うと、彼女は再び深く一礼し、森の中へと音もなく姿を消していった。

嵐の前の静けさ、という言葉が頭をよぎる。
俺は、これからとんでもないことに巻き込まれていくのかもしれない。それでも、不思議と恐怖はなかった。むしろ、少しだけ、ワクワクしている自分がいた。

翌日、俺は約束通り、日が沈むのを待ってアークライト城の裏門へと向かった。
重厚な鉄の扉の前で待っていると、中からエリアーナが姿を現した。

「お待ちしておりました、ケイ殿。こちらへ」
彼女に導かれ、俺は初めて城の中へと足を踏み入れた。

兵士たちの詰め所や、活気のある厨房を通り抜け、豪華な赤い絨毯が敷かれた廊下を進んでいく。
壁には歴代の王や英雄を描いた巨大な肖像画が飾られ、天井からは煌びやかなシャンデリアが眩い光を放っている。まさに、ファンタジーの世界のお城そのものだ。

俺は、田舎から出てきた若者のようにキョロキョロと辺りを見回しながら、エリアーナの後をついていく。
やがて、彼女は一つの大きな扉の前で足を止めた。扉の両脇には、白銀の鎧に身を包んだ近衛兵が二人、微動だにせず直立している。

「賢者様は、この奥でお待ちです」
エリアーナが扉をノックすると、中から「入れ」という、穏やかだが威厳のある声が聞こえた。
近衛兵が、重々しく扉を開く。

部屋の中は、天井まで届くほどの巨大な本棚に、無数の書物がぎっしりと詰め込まれていた。
古い羊皮紙の匂いが、鼻腔をくすぐる。部屋の中央には、天文学の道具や奇妙なオブジェが置かれた大きな執務机があり、一人の老人が静かに腰掛けて、こちらを見ていた。

歳は七十を過ぎているだろうか。
長く白い髭をたくわえ、賢者というに相応しい、深い叡智を湛えた瞳をしている。彼が、この国の賢者なのだろう。

「よく来てくれた、若者よ。わしが、アークライト王国宮廷賢者、アルベリヒじゃ」
アルベリヒと名乗った賢者は、穏やかな笑みを浮かべて、俺に席を勧めた。
俺は緊張しながらも、彼と向かい合うようにして椅子に座る。彼の頭上にも、もちろんステータスは表示されていた。

【宮廷賢者:アルベリヒ ストレス値:88/100】

エリアーナよりも、さらに高い数値だ。
これは、相当根深い悩みを抱えているに違いない。

「エリアーナから、話は聞いておる。お主には、人の心を癒す不思議な力があるとな」
「いえ、俺はただ話を聞くだけで……」

「謙遜はよい。わしは、藁にもすがる思いでお主を呼んだのじゃ。……単刀直入に聞こう。お主、この国の王位継承問題について、何か耳にしたことはあるかな?」
王位継承問題。

街の噂で、少しだけ聞いたことがあった。
現在の国王には二人の王子がいて、どちらが次の王になるかで、貴族たちが二つの派閥に分かれて対立している、と。

「少しだけ、噂で聞いたことがあります」
「うむ。……実はな、その問題が、わしの悩みの種なのじゃよ」
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