NPC専用カウンセラーとしてお悩み相談に乗っていたら、いつの間にか伝説の聖獣たちをセラピーしてしまい救国の英雄になっていた

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翌日の午後、俺はエリアーナの手引きで、再びアークライト城を訪れていた。昨日とは違うルートを通り、俺が案内されたのは、城の中庭に面した広大な訓練場だった。

乾いた土の匂いと、男たちの熱気がむっと立ち込めている。剣と剣がぶつかり合う甲高い金属音、荒い息遣い、そして怒号が絶え間なく響いていた。

訓練場では、上半身裸の屈強な騎士たちが、激しく剣を打ち合っている。その中心で、一際鋭い剣閃を放っている青年がいた。

引き締まった筋肉は鋼のようで、日に焼けた肌には無数の小さな傷跡が見える。金色の髪を短く刈り込み、その瞳は獲物を狙う猛禽類のように鋭い。

彼が、第一王子のアレクシオス。その人だった。

彼の周りには、いかにも武人といった風貌の貴族たちが数人控え、彼の剣技に賞賛の声を送っている。

「見事です、アレクシオス様!その剣技、もはや王国に敵う者なしですな!」

「ふん、当然だ。この程度で満足していては、国は守れん」

アレクシオスは、訓練相手の騎士をあっという間に打ち負かすと、汗を拭いもせず、こちらを睨みつけた。その視線は、まるで値踏みをするかのようだ。

「お前が、賢者が寄越した茶屋の小僧か」

口調は、尊大そのもの。これが、次期国王の最有力候補。俺は、少しだけ気圧されそうになるのを、ぐっとこらえた。

「はい。ケイ、と申します。本日は、私が育てたハーブティーを献上しに参りました」

俺は、持参したバスケットから、水筒とティーカップを取り出した。中には、俺が今朝ブレンドした、リラックス効果のあるカモミールティーが入っている。彼の高ぶった神経を少しでも落ち着かせられれば、という狙いだ。

「ほう、茶か。俺は、そんな女子供の飲むようなものには興味はない」

アレクシオスは、鼻で笑った。周りの貴族たちも、クスクスと嘲笑の声を上げる。典型的な、筋肉脳タイプか。これは、なかなか手強そうだ。

「まあ、そうおっしゃらずに。訓練でお疲れでしょう。喉も渇いているはずです。一口だけでも、いかがですか?」

俺はにこやかにカップを差し出しながら、さらに言葉を続けた。

「このお茶には、疲労を回復させる効果もあるんですよ」

俺は、にこやかにカップを差し出した。俺のスキル「茶葉栽培」で育てたハーブには、微弱ながら本当にステータス回復効果がある。

アレクシオスは、俺の顔とカップをしばらく見比べていたが、やがて、ふんと息を吐いて、そのカップを受け取った。

「……よかろう。だが、不味かったら、ただではおかぬぞ」

彼はそう言うと、カップに口をつけ、一気に中身を煽った。そして、ぴたりと動きを止める。

「……これは」

彼の険しい表情が、わずかに和らいだのが分かった。眉間に刻まれた皺が、少しだけ浅くなる。

「……悪くない。いや、かなり美味いな。身体の疲れが、すっと抜けていくようだ」

「お口に合ったようで、何よりです」

よし、第一関門は突破だ。周りの貴族たちも、主君の意外な反応に、少し驚いている様子だった。

「お前、面白い奴だな。茶屋の小僧にしては、肝が据わっている。気に入った。少し、俺の話に付き合え」

アレクシオスはそう言うと、訓練場の隅にある休憩用のベンチへと歩いていった。俺は、心の中でガッツポーズをしながら、彼の後を追う。

ベンチに腰を下ろしたアレクシオスは、俺にも座るよう促した。二人きりになる絶好のチャンスだ。俺は彼の隣に座り、再び彼にハーブティーを注ぐ。

彼の頭上のステータスを確認する。

【第一王子:アレクシオス ストレス値:65/100】

思ったよりは、高くない。しかし、ゼロというわけでもない。彼もまた、何かしらの悩みを抱えているのは間違いないだろう。

「それで、お前はどこから来た?賢者とは、どういう知り合いだ?」

アレクシオスは、俺の素性を探るような質問を投げかけてきた。

「私は、旅の者です。ひょんなことから、賢者様のお悩みを聞く機会がありまして」

「ほう、あの石頭の悩み、か。どうせ、俺とルシウスのことだろう。どちらを次期国王にすべきか、決めかねている。違うか?」

彼は、全てお見通し、といった口調で言った。

「……」

俺は、肯定も否定もせず、ただ黙って彼の言葉を聞いていた。ここで下手に何かを言えば、警戒されるだけだ。

「まあ、よい。あの老人が悩むのも、無理はない。弟のルシウスは、心は優しいが、王の器ではない。あいつが王になれば、この国は、周りの国々から食い物にされるだけだ。だからこそ、俺が王にならねばならん」

彼の言葉には、強い意志と、そして少しばかりの焦りのようなものが感じられた。

「なぜ、そこまで……国を守ることにこだわるのですか?」

俺は、《傾聴》スキルを意識しながら、彼の心の奥を探るような質問を投げかけた。俺の視界に、特殊な選択肢が浮かび上がる。

【選択肢】
→あなたこそ、王に相応しい。
→なぜ、弟君ではダメなのですか?
→何か、焦っているように見えますが。

俺は、三番目の選択肢を選んだ。少し踏み込んだ質問だが、彼の本心に触れるには、これくらいのリスクを冒す必要がある。

俺の言葉に、アレクシオスは一瞬、目を見開いた。そして、フッと自嘲気味な笑みを浮かべる。

「……お前、面白いことを言うな。俺が、焦っているだと?」

「はい。あなたは、強い力で国を守ろうとしている。それは分かります。でも、その強さの裏に、何か大きな不安や焦りのようなものを感じたんです。……もし、違っていたら、すみません」

俺は、素直に自分の感じたことを伝えた。カウンセリングの基本は、相手を否定せず、自分の感じたことを「I(アイ)メッセージ」で伝えることだ。

アレクシオスは、しばらく黙り込んでしまった。彼の視線は、遠くの空に向けられている。やがて、彼はぽつり、ぽつりと語り始めた。それは、今まで誰にも見せたことのない、彼の弱さだった。

「……十年前の戦争を、覚えているか?」

「ガイウスさんから、少しだけ聞きました」

「そうか、あの男からも……。あの戦争で、俺は無力だった。まだ幼く、父や騎士たちが戦っているのを、城の中から見ていることしかできなかった」

彼の声は、悔しさに震えていた。彼のストレス値が、少しずつ上昇していく。

「燃える村、逃げ惑う人々、そして……積み上げられた味方の兵士の亡骸。俺は、何もできなかった。この手で剣を握ることすら、許されなかったんだ」

「二度と、あんな思いはしたくない。させたくない。だから、俺は強くなる必要があった。誰よりも強く、何よりも強く。この国を、誰にも脅かさせないほどの、絶対的な力を持つ王に。……そのためなら、俺は鬼にでもなろう」

彼の強硬な態度の裏には、過去の無力感からくる、強いトラウマと恐怖があったのだ。国を守りたいという気持ちは、本物だ。だが、その方法が、少しだけ歪んでしまっている。

『アレクシオスとの会話に、スキル《カウンセリング》が適用されます』
『対象の精神的デバフ【トラウマ:無力感】の解除を試みます』

やはり、彼もまた、精神的なデバフを抱えていた。俺の出番だ。

「王子が、国を思う気持ちは、本物なんですね」

俺は、まず彼の気持ちを受け止めた。

「当たり前だ。俺はこの国を愛している」

「では、お聞きします。本当に、力だけが国を守る全てなのでしょうか?」

「……何が言いたい?」

「強い軍事力は、確かに抑止力になります。でも、それは同時に、周りの国々の警戒心を煽ることにも繋がりませんか?絶えず緊張が続く状態は、本当に平和と呼べるのでしょうか。民は、本当にそれを望んでいるのでしょうか」

俺は、静かに問いかける。彼の考えを、少しだけ別の角度から見つめさせるために。

「それは……」

アレクシオスは、言葉に詰まった。

「弟のルシウス王子は、平和を愛する方だと聞いています。それは、決して弱さではないのかもしれません。対話によって、信頼関係を築き、争いを未然に防ぐ。それもまた、国を守るための、一つの『強さ』なのではないでしょうか」

「……対話だと?甘いな。狼の群れの中に、羊が一匹混じっているようなものだ。すぐに食い殺されるのがオチだ」

「では、狼の群れを、力でねじ伏せますか?一匹倒しても、また次の狼が現れるだけです。もしかしたら、羊が狼と心を通わせる方法が、あるのかもしれない。……私は、そう思います」

俺の言葉に、アレクシオスは何も答えなかった。ただ、じっと俺の顔を見つめている。彼の瞳の奥で、何かが激しく揺れ動いているのが分かった。

「……お前は、本当にただの茶屋の小僧なのか?」

「はい。ただ、人の話を聞くのが少し得意なだけです」

俺がそう言って微笑むと、アレクシオスは、ふっと肩の力を抜いた。

「そうか。……少し、頭を冷やす必要があるかもしれんな。俺は、少し視野が狭くなっていたのかもしれない」

彼のストレス値が、65から40へと大きく下がった。そして、俺に対する「信頼度」のパラメータが、急上昇していくのが見えた。

『アレクシオスの精神的デバフ【トラウマ:無力感】を緩和しました』
『アレクシオスの「ストレス値」が大幅に減少しました』
『アレクシオスの「信頼度」が大幅に上昇しました』

完全な解除には至らなかったが、彼の心を縛り付けていた鎖を、少しだけ緩めることはできたようだ。

「ケイ、と言ったか。お前の淹れる茶は、美味いな。また、飲ませてくれるか?」

「はい、いつでも」

俺がそう答えた、その時だった。一人の伝令兵が、慌てた様子で訓練場に駆け込んできた。鎧を鳴らし、息を切らしながら、彼は地面に片膝をつく。

「大変です、アレクシオス様!第二王子のルシウス様が、視察先の村で、何者かに襲われたとの情報が!」

「何だと!?」

アレクシオスは、血相を変えて立ち上がった。訓練場の空気が、一気に緊張に包まれる。俺も、思わぬ展開に息を呑んだ。

「ルシウスは無事なのか!?」

「それが……まだ、詳しい情報は……!護衛の者たちが応戦しているとのことですが……!」

伝令兵が言い終わる前に、アレクシオスは側に控えていた騎士たちに叫んだ。

「お前たち、すぐに準備をしろ!俺も出る!急げ!」

彼の命令に、騎士たちが慌ただしく動き出す。アレクシオスは、俺の方を一度だけ振り返ると、力強く言った。

「ケイ、話の続きは、また今度だ!」

そう言い残し、彼は嵐のように走り去っていった。その背中には、もう先程までの迷いは感じられなかった。ただ、弟の身を案じる、一人の兄としての必死さが溢れていた。

俺は、その場に一人、立ち尽くすしかなかった。第二王子、ルシウスの襲撃。これは、単なる事件なのだろうか。それとも、この国の王位継承問題を巡る、陰謀の始まりなのだろうか。

物語は、俺の予想を遥かに超えるスピードで、動き出そうとしていた。
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