NPC専用カウンセラーとしてお悩み相談に乗っていたら、いつの間にか伝説の聖獣たちをセラピーしてしまい救国の英雄になっていた

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アレクシオス王子が嵐のように去った後、訓練場には困惑と緊張が入り混じった空気が残された。騎士たちは主君の命令に従い、慌ただしく出撃の準備を整えている。その様子を、俺はただ呆然と見送ることしかできなかった。

第二王子ルシウスの襲撃。
王位継承問題が絡んでいるとすれば、これは単なる盗賊の仕業ではないだろう。アレクシオス派、あるいはそのどちらでもない第三の勢力が、ルシウス王子を排除しようと動いた可能性がある。

「ケイ殿、こちらへ」

いつの間にか隣に立っていたエリアーナが、冷静な声で俺を促した。彼女の表情は硬いが、不思議と落ち着いている。長年、宮廷の権力闘争を間近で見てきた経験が、彼女をそうさせているのかもしれない。

俺たちは賢者アルベリヒの書斎へと急いで戻った。書斎では、すでにアルベリヒが水晶玉を通して、各地の監視所から情報を集めている最中だった。

「……そうか、現場はラナン村か。分かった、引き続き情報の収集を頼む」

アルベリヒは水晶玉への通信を終えると、重々しい表情で俺たちに向き直った。

「ケイ殿、聞いての通りじゃ。ルシウス王子が視察に訪れていたラナン村が、武装した一団に襲われた。幸い、王子は護衛の騎士たちと共に、村の教会に立てこもって無事とのことじゃが……」

「しかし、敵の数も多く、いつまで持ちこたえられるか分からん状況です。アレクシオス王子が率いる本隊が到着するまで、あと一時間はかかるでしょう」
エリアーナが、厳しい口調で補足した。

一時間。それは、絶望するには短く、希望を持つには長すぎる時間だ。

「俺も、現場に行きます」
俺は、ほとんど無意識にそう口にしていた。

「何を言うておる!戦場だぞ!お主のような非戦闘員が行って、何ができるというのじゃ!」
アルベリヒが、珍しく声を荒らげた。

「戦闘はできません。でも、だからこそ俺にできることがあるかもしれない。怯えている村の人や、負傷した兵士たちの話を聞いて、少しでも心を落ち着かせることはできるはずです。それに……」

俺は、自分のユニークスキルを信じていた。

「もしかしたら、襲撃犯の目的や、その背後にいる人物について、何か聞き出せるかもしれません」

俺の言葉に、アルベリヒは押し黙った。彼の賢者の瞳が、じっと俺の真意を探っている。やがて、彼は深いため息をつくと、諦めたように首を縦に振った。

「……分かった。お主のその目に、嘘はないようじゃな。だが、決して無理はするな。お主の身に何かあれば、わしは自分を許せん」

「ありがとうございます」

「エリアーナ、ケイ殿のために、最速の馬車を用意させなさい。それと、わしの親衛隊の中から、腕利きの者を数名、護衛につけるのじゃ」

「かしこまりました」

エリアーナは一礼すると、すぐさま部屋を出ていった。仕事が本当に早い。俺は、自分にできるだけの準備を始めた。バスケットには回復効果のあるハーブティーをたっぷりと詰め、リリアにもらった『勇気の出るパン』もいくつかインベントリから取り出して入れた。気休めかもしれないが、ないよりはマシだろう。

城の裏門には、すでに四頭立ての立派な馬車が用意されていた。護衛として選ばれたのは、エリアーナと同じエルフの男女が四人。彼らは皆、背中に弓を背負い、腰には短剣を下げている。その動きには一切の無駄がなく、相当な手練れであることが一目で分かった。

「ケイ殿、道中は我らがお守りします。ご安心を」
護衛の一人が、静かにそう告げた。

俺はエリアーナと共に馬車に乗り込んだ。御者の合図と共に、馬車は石畳を蹴って、猛烈なスピードで走り出す。車輪がきしむ音と、馬の蹄の音が、緊迫した俺の心臓の鼓動と重なった。

「エリアーナさん。ルシウス王子は、どんな方なんですか?」
揺れる馬車の中で、俺は尋ねた。

「ルシウス様、ですか……。あの方は、一言で申せば、あまりにも優しすぎるお方です」
エリアーナは、窓の外を流れる景色を見ながら、静かに語り始めた。

「幼い頃から、虫一匹殺せないような方でした。戦いや争いごとを何よりも嫌い、いつも書庫で詩を読んだり、庭で花を育てたりしておられました」

それは、アルベリヒ賢者の話とも一致する。

「その優しさは、民にとっては救いとなりましょう。しかし、国を治める王としては、時として非情な決断も必要となります。ルシウス様には、それができるかどうか……。多くの者が、それを危ぶんでいるのです」

「兄であるアレクシオス様とは、正反対ですね」

「ええ、まさしく。アレクシオス様が太陽であるならば、ルシウス様は月。お二人は、互いにないものを補い合うようにして育ってこられました。幼い頃は、本当に仲の良いご兄弟でいらっしゃったのですが……」

エリアーナは、そこで言葉を濁した。

「いつからか、お二人の間には、見えない壁ができてしまった。おそらくは、周囲の者たちが、二人を次期国王として比べ始めた頃からでしょう。アレクシオス様は弟君を守るためにあえて突き放すようになり、ルシウス様は兄君の期待に応えられない自分に劣等感を抱くようになってしまわれた」

複雑な兄弟関係。これもまた、王家に生まれた者の宿命なのだろうか。

「今回の襲撃、アレクシオス様は誰よりも心を痛めておられるはずです。口では厳しいことを仰っていても、弟君を大切に思う気持ちは、誰よりも強いお方ですから」

馬車は、荒れた街道をひた走る。
エリアーナの話を聞いているうちに、俺の中で二人の王子の人物像が、よりはっきりと形作られていった。二人とも、根は悪い人間ではない。ただ、それぞれの正義と、立場と、過去の経験が、彼らを今の場所に縛り付けているだけなのだ。

俺のカウンセリングで、その絡まった糸を、少しでも解きほぐすことができるだろうか。

一時間ほど走っただろうか。
前方から、微かに煙の匂いがしてきた。そして、剣戟の音や人々の悲鳴が、風に乗って聞こえてくる。

「……見えてきました。ラナン村です」
護衛の一人が、緊張した声で言った。

馬車が村の入り口に差し掛かると、そこには凄惨な光景が広がっていた。村の家々には火が放たれ、黒い煙が空へと立ち上っている。地面には、矢が突き刺さり、血の跡が点々と残っていた。

戦闘は、すでに終わりを迎えているようだった。アレクシオス王子が率いる本隊が、ちょうど到着したところらしく、騎士たちが武装した賊たちを次々と制圧している。

「ケイ殿、馬車から降りないでください!まだ危険です!」
エリアーナが叫んだが、俺は構わず馬車から飛び降りた。

村の広場では、騎士たちが負傷者の手当てに追われていた。村人たちは、燃える家を呆然と見つめたり、家族と抱き合って泣いていたりする。その誰もが、恐怖と絶望に打ちひしがれていた。

「酷い……」
これが、戦争の現実。ゲームだというのに、その悲惨さは、生々しく俺の胸に突き刺さった。

俺は、すぐさまバスケットからハーブティーを取り出し、怯えている村人たちに配り始めた。

「大丈夫ですか。これを飲んで、少し落ち着いてください」

最初は警戒していた村人たちも、俺の必死な様子を見て、少しずつ心を開いてくれた。温かいハーブティーを飲んだ彼らの表情が、わずかに和らいでいく。

「ありがとう、旅の人……」
老婆が、しわくちゃの手で俺の手を握ってきた。その温もりが、なぜかひどくリアルに感じられた。

広場の奥、村で一番大きな教会の前で、アレクシオス王子が部下たちに指示を飛ばしているのが見えた。その隣には、彼とは対照的に、青白い顔で立ち尽くす一人の青年がいた。

柔らかな銀色の髪は乱れ、身にまとった豪華な衣服は土と埃で汚れている。しかし、その佇まいには、育ちの良さが隠しきれない気品が漂っていた。彼の瞳は、目の前の惨状を信じられないといったように、大きく見開かれている。

彼が、第二王子のルシウス。

俺は、彼の頭上に表示されたステータスを見て、息を呑んだ。

【第二王子:ルシウス ストレス値:98/100】
【状態:精神的デバフ【恐慌】発動中。全ステータス大幅低下】

危険な状態だ。今にも、心が壊れてしまいそうなほど、追い詰められている。

俺は、他の村人たちにハーブティーを配るのを護衛のエルフたちに任せ、まっすぐにルシウス王子の元へと向かった。

「ルシウス!しっかりしろ!お前がそんな顔をしていて、どうする!」
アレクシオスが、弟の肩を掴んで叱咤している。だが、その声はルシウスには届いていないようだった。彼の瞳は虚ろで、焦点が合っていない。

「……僕の、せいで……。僕が、ここに来たから……みんなが……」
彼は、か細い声で、自分を責める言葉を繰り返しているだけだった。

「違う!お前のせいではない!悪いのは、お前を襲った奴らだ!」
アレクシオスの声が、苛立ちに荒くなる。だが、それは彼の不器用な優しさの裏返しでもあった。

このままでは、ルシウス王子の心は限界を超えてしまう。俺は、二人の間に割って入った。

「アレクシオス様、少しよろしいでしょうか」

「ケイか!なぜお前がここにいる!ここは危ないと言ったはずだ!」
アレクシオスは驚いた顔をしたが、今はそれどころではない。

「ルシウス様は、今、ひどいショック状態にあります。このままでは、心が壊れてしまうかもしれません。少しだけ、俺に時間をいただけませんか?」

俺は、アレクシオスの目を真っ直ぐに見つめて言った。彼は一瞬、躊躇するような表情を見せたが、弟の苦しそうな顔を見て、やがて小さく頷いた。

「……分かった。頼む」
彼はそう言うと、部下たちへの指示に戻っていった。

俺は、ルシウス王子の前にそっと膝をつき、彼の視線に合わせるようにして顔を覗き込んだ。

「ルシウス様。初めまして、ケイと申します」
俺は、できる限り穏やかで、優しい声で話しかけた。

「……」
ルシウスは、何の反応も示さない。ただ、小さく震えているだけだった。

俺は、バスケットから温かいハーブティーの入ったカップを取り出し、彼の手の前にそっと差し出した。

「まずは、これを飲んでください。少し、心が落ち着くはずです」
彼は、しばらくの間、カップを見つめていた。やがて、おぼつかない手つきで、そのカップを受け取った。

そして、一口、また一口と、ゆっくりとハーブティーを口に運んでいく。温かい液体が、彼の冷え切った身体に染み渡っていくのが、俺には分かった。

「……温かい……」
ぽつりと、彼が呟いた。それは、ここに来てから、彼が初めて発した、意味のある言葉だった。

『ルシウスとの会話に、ユニークスキル《傾聴》が適用されます』
『ルシウスの精神的デバフ【恐慌】の緩和を試みます』

システムメッセージが表示される。よし、ここからが俺の仕事だ。

「大丈夫ですよ。もう、何も心配いりません。あなたは、一人じゃありませんから」
俺は、彼の冷たい手を、自分の両手でそっと包み込んだ。
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