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第16章 おじさんと旅芸人の少女
第196話
道の向こうから、妙に派手な音が聞こえてきた。
何かが弾けるような笛の音、太鼓のリズム、それに混じって誰かの笑い声が風に乗って届く。
「……ああ、今日はその日か」
ちょうど朝、村の子供が興奮気味に「旅芸人が来るんだ!」とはしゃいでいたのを思い出す。
年に一度か、半年に一度か。周期は知らないが、確かに以前も一度、この村に派手な連中がやってきたことがあった。
あのときも、村中が祭りのような空気になっていた。
俺は、いつも通り店にいた。
店の窓から、通りを行き交う人々を眺めるだけで十分だった。
今日もそれでいい。
珈琲を淹れながら、あくまでいつも通りのリズムを守る。
湯を沸かし、豆を挽き、香りを確認して、蒸らしを丁寧に行う。
客の気配はない。
皆、広場のほうに流れている。
音の大きさからしても、中心は村の集会所前だ。
ちょうど村の中心にある、広い広場。
そこに仮設の舞台が立てられ、色とりどりの旗が風にたなびいている光景が目に浮かぶ。
小屋の扉を開けると、外の空気がにわかに賑やかだった。
陽射しが強く、空は高い。
空気が乾いていて、笛の音がやけに鋭く響いていた。
道の先から、ひときわ大きな笑い声が聞こえる。
姿を現したのは、色とりどりの衣装に身を包んだ一団。
羽飾りをつけた男が足元を跳ねるように歩き、その後ろにバチを振るう太鼓持ち。
背中に大きな荷を背負った楽器持ち、腰に鈴をつけた少女。
「賑やかだな……」
思わずそう呟いて、煙草に火をつけた。
紫煙がゆっくりと空に上がっていく。
村人たちが一斉に駆け出してくる。
子供たちは先頭で、目を輝かせながら芸人の周りに集まり、大人たちは少し後ろで笑いながらそれを見ている。
祭りとまではいかないが、久々の非日常に、村全体が浮き足立っている。
「よそ者は嫌いじゃないが、近づく必要もない」
そう思いながら、俺はその光景を店の椅子に腰掛けて眺めていた。
芸人たちは村の中心で即席の舞台を組み始めた。
大道芸が始まるらしい。
男が三本の棒を宙に投げ、それを足で受け、さらに頭でバランスを取る。
笛の音がそれに合わせて高まり、太鼓がリズムを刻む。
「……器用なもんだ」
別に興味がないわけじゃない。
ただ、そこに近づいてまで見るほどでもない。
俺にとって大事なのは、距離と密度だ。
あの騒ぎの中に足を踏み入れると、色んな空気が絡みついてくる。
誰かと話し、誰かの表情を読み、誰かの言葉に返事をする。
それが嫌なわけじゃない。
ただ、必要がない。
珈琲を啜る。
煙草をくゆらせる。
その合間に、遠くで笑い声が上がる。
それで十分だ。
それ以上の関与は、俺の暮らしには要らない。
「……おやじ!」
突然、声がかかった。
村の子供だ。
顔見知りの一人が、全力で走ってきて、息を切らしながら言った。
「芸人の人たち、これから火吹きの舞するって!」
「そうか」
「見ないの? すっごいらしいよ、前に来たときも、炎が空にまで届いたんだって!」
「火なら、こっちにもある」
「えー、つまんないなあ」
そう言って、子供は走り去った。
別に責めてるわけじゃない。
ただ、本当に驚いたような顔をしていた。
そういう驚きが、俺にはもうない。
見たから、やったから、という理由で行動を決めることが、もうできない。
俺は俺の温度でしか、物事を測れない。
舞台のほうから歓声が上がる。
きっと、火が舞ったのだろう。
それでも、俺は立ち上がらない。
珈琲の湯がちょうど落ちきる音がして、カップに満たされた黒い液体を見つめる。
「こっちの火のほうが、俺には合ってるな」
手元で揺れる湯気が、俺の静けさを満たしてくれていた。
何かが弾けるような笛の音、太鼓のリズム、それに混じって誰かの笑い声が風に乗って届く。
「……ああ、今日はその日か」
ちょうど朝、村の子供が興奮気味に「旅芸人が来るんだ!」とはしゃいでいたのを思い出す。
年に一度か、半年に一度か。周期は知らないが、確かに以前も一度、この村に派手な連中がやってきたことがあった。
あのときも、村中が祭りのような空気になっていた。
俺は、いつも通り店にいた。
店の窓から、通りを行き交う人々を眺めるだけで十分だった。
今日もそれでいい。
珈琲を淹れながら、あくまでいつも通りのリズムを守る。
湯を沸かし、豆を挽き、香りを確認して、蒸らしを丁寧に行う。
客の気配はない。
皆、広場のほうに流れている。
音の大きさからしても、中心は村の集会所前だ。
ちょうど村の中心にある、広い広場。
そこに仮設の舞台が立てられ、色とりどりの旗が風にたなびいている光景が目に浮かぶ。
小屋の扉を開けると、外の空気がにわかに賑やかだった。
陽射しが強く、空は高い。
空気が乾いていて、笛の音がやけに鋭く響いていた。
道の先から、ひときわ大きな笑い声が聞こえる。
姿を現したのは、色とりどりの衣装に身を包んだ一団。
羽飾りをつけた男が足元を跳ねるように歩き、その後ろにバチを振るう太鼓持ち。
背中に大きな荷を背負った楽器持ち、腰に鈴をつけた少女。
「賑やかだな……」
思わずそう呟いて、煙草に火をつけた。
紫煙がゆっくりと空に上がっていく。
村人たちが一斉に駆け出してくる。
子供たちは先頭で、目を輝かせながら芸人の周りに集まり、大人たちは少し後ろで笑いながらそれを見ている。
祭りとまではいかないが、久々の非日常に、村全体が浮き足立っている。
「よそ者は嫌いじゃないが、近づく必要もない」
そう思いながら、俺はその光景を店の椅子に腰掛けて眺めていた。
芸人たちは村の中心で即席の舞台を組み始めた。
大道芸が始まるらしい。
男が三本の棒を宙に投げ、それを足で受け、さらに頭でバランスを取る。
笛の音がそれに合わせて高まり、太鼓がリズムを刻む。
「……器用なもんだ」
別に興味がないわけじゃない。
ただ、そこに近づいてまで見るほどでもない。
俺にとって大事なのは、距離と密度だ。
あの騒ぎの中に足を踏み入れると、色んな空気が絡みついてくる。
誰かと話し、誰かの表情を読み、誰かの言葉に返事をする。
それが嫌なわけじゃない。
ただ、必要がない。
珈琲を啜る。
煙草をくゆらせる。
その合間に、遠くで笑い声が上がる。
それで十分だ。
それ以上の関与は、俺の暮らしには要らない。
「……おやじ!」
突然、声がかかった。
村の子供だ。
顔見知りの一人が、全力で走ってきて、息を切らしながら言った。
「芸人の人たち、これから火吹きの舞するって!」
「そうか」
「見ないの? すっごいらしいよ、前に来たときも、炎が空にまで届いたんだって!」
「火なら、こっちにもある」
「えー、つまんないなあ」
そう言って、子供は走り去った。
別に責めてるわけじゃない。
ただ、本当に驚いたような顔をしていた。
そういう驚きが、俺にはもうない。
見たから、やったから、という理由で行動を決めることが、もうできない。
俺は俺の温度でしか、物事を測れない。
舞台のほうから歓声が上がる。
きっと、火が舞ったのだろう。
それでも、俺は立ち上がらない。
珈琲の湯がちょうど落ちきる音がして、カップに満たされた黒い液体を見つめる。
「こっちの火のほうが、俺には合ってるな」
手元で揺れる湯気が、俺の静けさを満たしてくれていた。
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