195 / 243
第16章 おじさんと旅芸人の少女
第196話
しおりを挟む
道の向こうから、妙に派手な音が聞こえてきた。
何かが弾けるような笛の音、太鼓のリズム、それに混じって誰かの笑い声が風に乗って届く。
「……ああ、今日はその日か」
ちょうど朝、村の子供が興奮気味に「旅芸人が来るんだ!」とはしゃいでいたのを思い出す。
年に一度か、半年に一度か。周期は知らないが、確かに以前も一度、この村に派手な連中がやってきたことがあった。
あのときも、村中が祭りのような空気になっていた。
俺は、いつも通り店にいた。
店の窓から、通りを行き交う人々を眺めるだけで十分だった。
今日もそれでいい。
珈琲を淹れながら、あくまでいつも通りのリズムを守る。
湯を沸かし、豆を挽き、香りを確認して、蒸らしを丁寧に行う。
客の気配はない。
皆、広場のほうに流れている。
音の大きさからしても、中心は村の集会所前だ。
ちょうど村の中心にある、広い広場。
そこに仮設の舞台が立てられ、色とりどりの旗が風にたなびいている光景が目に浮かぶ。
小屋の扉を開けると、外の空気がにわかに賑やかだった。
陽射しが強く、空は高い。
空気が乾いていて、笛の音がやけに鋭く響いていた。
道の先から、ひときわ大きな笑い声が聞こえる。
姿を現したのは、色とりどりの衣装に身を包んだ一団。
羽飾りをつけた男が足元を跳ねるように歩き、その後ろにバチを振るう太鼓持ち。
背中に大きな荷を背負った楽器持ち、腰に鈴をつけた少女。
「賑やかだな……」
思わずそう呟いて、煙草に火をつけた。
紫煙がゆっくりと空に上がっていく。
村人たちが一斉に駆け出してくる。
子供たちは先頭で、目を輝かせながら芸人の周りに集まり、大人たちは少し後ろで笑いながらそれを見ている。
祭りとまではいかないが、久々の非日常に、村全体が浮き足立っている。
「よそ者は嫌いじゃないが、近づく必要もない」
そう思いながら、俺はその光景を店の椅子に腰掛けて眺めていた。
芸人たちは村の中心で即席の舞台を組み始めた。
大道芸が始まるらしい。
男が三本の棒を宙に投げ、それを足で受け、さらに頭でバランスを取る。
笛の音がそれに合わせて高まり、太鼓がリズムを刻む。
「……器用なもんだ」
別に興味がないわけじゃない。
ただ、そこに近づいてまで見るほどでもない。
俺にとって大事なのは、距離と密度だ。
あの騒ぎの中に足を踏み入れると、色んな空気が絡みついてくる。
誰かと話し、誰かの表情を読み、誰かの言葉に返事をする。
それが嫌なわけじゃない。
ただ、必要がない。
珈琲を啜る。
煙草をくゆらせる。
その合間に、遠くで笑い声が上がる。
それで十分だ。
それ以上の関与は、俺の暮らしには要らない。
「……おやじ!」
突然、声がかかった。
村の子供だ。
顔見知りの一人が、全力で走ってきて、息を切らしながら言った。
「芸人の人たち、これから火吹きの舞するって!」
「そうか」
「見ないの? すっごいらしいよ、前に来たときも、炎が空にまで届いたんだって!」
「火なら、こっちにもある」
「えー、つまんないなあ」
そう言って、子供は走り去った。
別に責めてるわけじゃない。
ただ、本当に驚いたような顔をしていた。
そういう驚きが、俺にはもうない。
見たから、やったから、という理由で行動を決めることが、もうできない。
俺は俺の温度でしか、物事を測れない。
舞台のほうから歓声が上がる。
きっと、火が舞ったのだろう。
それでも、俺は立ち上がらない。
珈琲の湯がちょうど落ちきる音がして、カップに満たされた黒い液体を見つめる。
「こっちの火のほうが、俺には合ってるな」
手元で揺れる湯気が、俺の静けさを満たしてくれていた。
何かが弾けるような笛の音、太鼓のリズム、それに混じって誰かの笑い声が風に乗って届く。
「……ああ、今日はその日か」
ちょうど朝、村の子供が興奮気味に「旅芸人が来るんだ!」とはしゃいでいたのを思い出す。
年に一度か、半年に一度か。周期は知らないが、確かに以前も一度、この村に派手な連中がやってきたことがあった。
あのときも、村中が祭りのような空気になっていた。
俺は、いつも通り店にいた。
店の窓から、通りを行き交う人々を眺めるだけで十分だった。
今日もそれでいい。
珈琲を淹れながら、あくまでいつも通りのリズムを守る。
湯を沸かし、豆を挽き、香りを確認して、蒸らしを丁寧に行う。
客の気配はない。
皆、広場のほうに流れている。
音の大きさからしても、中心は村の集会所前だ。
ちょうど村の中心にある、広い広場。
そこに仮設の舞台が立てられ、色とりどりの旗が風にたなびいている光景が目に浮かぶ。
小屋の扉を開けると、外の空気がにわかに賑やかだった。
陽射しが強く、空は高い。
空気が乾いていて、笛の音がやけに鋭く響いていた。
道の先から、ひときわ大きな笑い声が聞こえる。
姿を現したのは、色とりどりの衣装に身を包んだ一団。
羽飾りをつけた男が足元を跳ねるように歩き、その後ろにバチを振るう太鼓持ち。
背中に大きな荷を背負った楽器持ち、腰に鈴をつけた少女。
「賑やかだな……」
思わずそう呟いて、煙草に火をつけた。
紫煙がゆっくりと空に上がっていく。
村人たちが一斉に駆け出してくる。
子供たちは先頭で、目を輝かせながら芸人の周りに集まり、大人たちは少し後ろで笑いながらそれを見ている。
祭りとまではいかないが、久々の非日常に、村全体が浮き足立っている。
「よそ者は嫌いじゃないが、近づく必要もない」
そう思いながら、俺はその光景を店の椅子に腰掛けて眺めていた。
芸人たちは村の中心で即席の舞台を組み始めた。
大道芸が始まるらしい。
男が三本の棒を宙に投げ、それを足で受け、さらに頭でバランスを取る。
笛の音がそれに合わせて高まり、太鼓がリズムを刻む。
「……器用なもんだ」
別に興味がないわけじゃない。
ただ、そこに近づいてまで見るほどでもない。
俺にとって大事なのは、距離と密度だ。
あの騒ぎの中に足を踏み入れると、色んな空気が絡みついてくる。
誰かと話し、誰かの表情を読み、誰かの言葉に返事をする。
それが嫌なわけじゃない。
ただ、必要がない。
珈琲を啜る。
煙草をくゆらせる。
その合間に、遠くで笑い声が上がる。
それで十分だ。
それ以上の関与は、俺の暮らしには要らない。
「……おやじ!」
突然、声がかかった。
村の子供だ。
顔見知りの一人が、全力で走ってきて、息を切らしながら言った。
「芸人の人たち、これから火吹きの舞するって!」
「そうか」
「見ないの? すっごいらしいよ、前に来たときも、炎が空にまで届いたんだって!」
「火なら、こっちにもある」
「えー、つまんないなあ」
そう言って、子供は走り去った。
別に責めてるわけじゃない。
ただ、本当に驚いたような顔をしていた。
そういう驚きが、俺にはもうない。
見たから、やったから、という理由で行動を決めることが、もうできない。
俺は俺の温度でしか、物事を測れない。
舞台のほうから歓声が上がる。
きっと、火が舞ったのだろう。
それでも、俺は立ち上がらない。
珈琲の湯がちょうど落ちきる音がして、カップに満たされた黒い液体を見つめる。
「こっちの火のほうが、俺には合ってるな」
手元で揺れる湯気が、俺の静けさを満たしてくれていた。
12
あなたにおすすめの小説
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜
難波一
ファンタジー
「魔法ってのは……要はエネルギーの制御だろ?」
高校生にして超人的な科学知識を持つ天才・九条迅は、ある日、異世界アルセイア王国に「勇者」として召喚された。
だが、魔王軍との戦争に駆り出されると思いきや——
「お前、本当に勇者か? 剣も魔法も、まともに使えないのか……?」
「科学的に考えれば、魔法ってのはもっと進化できるはずだ!」
剣も魔法も素人の迅だったが、「魔法を科学的に解析し、進化させる」という異端の方法で異世界の常識を根底から覆し始める!
魔法の密度を最適化した「魔力収束砲」
魔法と人体の関係を解明し、魔力を増大させる「魔力循環トレーニング」
神経伝達を強化し、攻撃を見切る「神経加速《ニューロ・ブースト》」
次々と編み出される新技術に、世界は驚愕!
やがて、魔王軍の知将《黒の賢者》アーク・ゲオルグも迅の存在に興味を持ち始め——
「科学 vs 魔法」「知能 vs 知能」
最強の頭脳戦が今、幕を開ける——!
これは、「魔法を科学で進化させる勇者」が、異世界を変革していく物語!
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
異世界複利! 【単行本1巻発売中】 ~日利1%で始める追放生活~
蒼き流星ボトムズ
ファンタジー
クラス転移で異世界に飛ばされた遠市厘(といち りん)が入手したスキルは【複利(日利1%)】だった。
中世レベルの文明度しかない異世界ナーロッパ人からはこのスキルの価値が理解されず、また県内屈指の低偏差値校からの転移であることも幸いして級友にもスキルの正体がバレずに済んでしまう。
役立たずとして追放された厘は、この最強スキルを駆使して異世界無双を開始する。
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる