独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

☆ほしい

文字の大きさ
196 / 243
第16章 おじさんと旅芸人の少女

第197話

しおりを挟む
看板の軋む音がして、ゆっくりと扉が開いた。

鈴の音が、いつもより少し高く響いた気がした。

「こんにちは。……ここが、噂の珈琲屋さんか」

先に入ってきたのは、白い羽飾りをつけた男だった。

舞台で見かけたやつだ。三本の棒を操っていた軽業師。

後ろには、腰に鈴をつけた少女と、楽器を背負った中背の男。

俺は手元のタバコの火をもみ消してから、軽く顎を引いた。

「好きに座れ」

無駄な会話はしない。ここはそういう店だ。

旅芸人たちもそれを察したのか、無言でそれぞれ席についた。

喋らないのが意外だった、というと失礼だが、あれだけ賑やかな舞台のあとにこの静けさ。

「……なるほど」

自然とそんな声が漏れた。

彼らの衣装は派手だが、動きに無駄がない。

姿勢もいい。息を潜めるのがうまい。

賑やかな者たち、という偏見は、ほんの数秒で覆された。

「メニューとか、あるの?」

羽飾りの男が、声を潜めて尋ねてくる。

俺は棚からカップを三つ取り出しながら言った。

「珈琲と煙草しかない。どっちか、あるいは両方」

「それで十分さ」

彼はにやりと笑って、仲間に視線を送る。

「三つとも、両方で。いいだろ?」

少女と楽器持ちは、声を出さずに頷いた。

いい反応だった。

騒がず、問い返さず、流れを汲んで空気に合わせる。

俺の手が、自然と速くなった。

豆は昨日焙煎したばかりのミディアム。

軽業師にはキレのある苦味を、少女には香りの強いまろやかを、楽器持ちには深煎りを用意する。

カップごとに湯の温度も調整する。

抽出中、店内に広がる香りが三種混じり合って、空間が少し温かくなる。

煙草は三種、手巻きで揃えた。

細身のものと、やや太めのもの、そして甘味のある調合。

仕上げの火を落として、テーブルに並べた。

「おまたせ」

その一言で、三人は同時に手を伸ばす。

言葉はない。

音もない。

ただ、それぞれの手に煙草とカップが渡り、火を灯す音と、湯気が立ち上る音だけが空気を満たしていた。

少女が煙を吐く瞬間、眉がわずかに上がった。

「……なんだこれ。すご」

楽器持ちが、煙を吐くのと同時に小さく唸った。

「えぐみが、ない……こんな煙草、吸ったことがないぞ」

羽飾りの男は、珈琲に口をつける。

少し目を閉じたまま、動かない。

そのまま十秒、いや、十五秒ほど黙っていたか。

そして、口を開いた。

「……珈琲が、こんなに“響く”とはな」

響く。面白い表現だった。

彼の手元にあるのは、酸味と香ばしさを強調した一杯。

喉を通った瞬間に、頭の奥に輪郭が残る。

音楽に例えるなら、確かに“響く”と言いたくなるかもしれない。

「なあ、おじさん」

羽飾りの男が言った。

「こんな珈琲と煙草、どこで仕入れてるんだ?」

「仕入れてない」

「は?」

「作ってる」

男の目が見開いた。

少女が、煙草を見ながらぽつりと呟く。

「こんなに……吸いやすくて、軽いのに、体がぽかぽかする……」

「煙草に体感効果まで?」

楽器持ちが、信じられないという顔をしていた。

俺は答えない。

答える義理もないし、そもそも説明しても理解されることは少ない。

それでも、三人とも黙った。

空気を読むのが早い。

口数の多さと、感性の鋭さは別のものだ。

「……あんた、本当に、ただの店主なのか?」

羽飾りの男が呟く。

「ただの、ってのは……誰が決める?」

「そりゃまあ、そうか」

笑い声は、声を潜めたままだった。

響かない。空気を震わせない。

それでも、確かに愉快そうだった。

少女は、カップを両手で包みながら目を閉じていた。

楽器持ちは、煙草を最後まで吸い切って、丁寧に火を消していた。

「……すげえ店だな」

羽飾りの男が、椅子の背にもたれながら言った。

「舞台とは真逆の世界。だけど、なんだろうな……ここも、一つの演目だな」

それは、褒め言葉として、受け取っておくことにした。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。

アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚… スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。 いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて… 気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。 愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。 生きていればいつかは幼馴染達とまた会える! 愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」 幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。 愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。 はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

兄貴のお嫁さんは異世界のセクシー・エルフ! 巨乳の兄嫁にひと目惚れ!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
ファンタジー
夏休み前、友朗は祖父の屋敷の留守を預かっていた。 その屋敷に兄貴と共に兄嫁が現れた。シェリーと言う名の巨乳の美少女エルフだった。 友朗はシェリーにひと目惚れしたが、もちろん兄嫁だ。好きだと告白する事は出来ない。 兄貴とシェリーが仲良くしているのを見ると友朗は嫉妬心が芽生えた。 そして兄貴が事故に遭い、両足を骨折し入院してしまった。 当分の間、友朗はセクシー・エルフのシェリーとふたりっきりで暮らすことになった。

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

異世界複利! 【単行本1巻発売中】 ~日利1%で始める追放生活~

蒼き流星ボトムズ
ファンタジー
クラス転移で異世界に飛ばされた遠市厘(といち りん)が入手したスキルは【複利(日利1%)】だった。 中世レベルの文明度しかない異世界ナーロッパ人からはこのスキルの価値が理解されず、また県内屈指の低偏差値校からの転移であることも幸いして級友にもスキルの正体がバレずに済んでしまう。 役立たずとして追放された厘は、この最強スキルを駆使して異世界無双を開始する。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

処理中です...