サハギンに転生した俺、最弱から進化して海の覇王になりました

第38話

サンゴタイランツの死骸を喰い散らかしていると、どこからか低くうなるような声が聞こえた。
水の振動を通して、俺の耳に届く。

「よくも我らの縄張りを……」

「この血の海……貴様か……！」

サンゴ礁の影から、さらに巨大な影が姿を現した。
群れとは明らかに格の違う存在。

（群れのボスか）

目の前に現れたのは、サンゴタイランツたちをまとめる支配者。
色濃い殺意と怒りを滲ませながら、俺に迫ってくる。

「許さぬ……我らの誇りを汚した報い、必ずや……！」

呻くような声とともに、そいつは巨大な爪を振り上げた。

（遅い）

俺は即座に水圧噴射で軌道をずらし、横へ跳ぶ。
振り下ろされた爪が海底を砕き、砂煙が巻き上がる。

「逃げるなぁぁ！！」

（うるせぇ……）

煩わしい声を無視して、一気に距離を詰める。

ボスは怒りに任せて突撃してきたが、そんな粗雑な動きでは俺に当たらない。
水流支配で水の流れを操り、敵の動きを鈍らせながら懐へ潜り込む。

「このっ……小賢しい！」

爪が唸りを上げて迫るが、読めている。
感知スキルで先読みし、さらに高速遊泳でかわし続ける。

（焦ってるな……）

焦れば隙が生まれる。
そして隙を生んだ奴は、例外なく死ぬ。

俺は牙を剥き、サンゴの殻に覆われた脇腹へ噛みついた。

ガリッ、と硬い感触。
だが、その下には柔らかい肉がある。

「グオオオオオオ！！」

悲鳴とも咆哮ともつかない声が海中に響く。

「貴様ぁ……この俺を……！」

（ああ、喰らってやるよ）

捕食本能が暴走し、血潮の加護が活性化する。

体内に血が満ち、筋肉がさらに熱を帯びた。
身体能力がまた一段階上がったのをはっきりと感じる。

「負けるものか……！　俺たちの海を、貴様なんかに……！」

（うるせぇよ）

敵の叫び声など、もはや雑音でしかなかった。

俺は牙を深く突き立て、肉を引き裂き、体を回転させながら敵の身体を切り裂いていく。

「ぐっ、ぐあああああああ！！」

それでもまだ動くか、と感心すらした。
だが、もう勝負はついている。

重力耐性と地踏掌握を併用し、敵のバランスを崩した。

ズシリと鈍い音を立てて、ボスが傾ぐ。

その隙を逃さず、俺は喉元へ跳びかかった。

牙を突き立て、全力で引き裂く。

「が……あ……」

濁った泡を吐きながら、ボスがゆっくりと沈んでいった。

感知スキルが告げる。

──敵意、完全消失。

（終わりだ）

俺は死骸にかぶりつき、貪り始めた。

血の味が、やけに甘い。

サンゴタイランツのボスの肉を喰らい尽くしたころ、水中にざわめきが広がった。
遠巻きにこちらを見つめるモンスターたち。
その目に宿るのは、恐怖と、畏怖と、絶望。

「なんてことを……！」

「我らの守護者が……！」

「バケモノだ……あいつは海の災厄だ……！」

（わかってんじゃねえか）

俺はゆっくりと視線を向けた。
水中を漂う小型モンスターたちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

「ひ、ひいいいっ！」

「逃げろ、逃げろ、逃げろおおお！」

（無駄だ）

俺は水流支配を発動し、逃げるモンスターたちの周囲の水流を封じた。
水は俺の意志に従い、巨大な渦を作り出して獲物たちを絡め取る。

「た、助け──！」

「嫌だ、嫌だあああああ！！」

その悲鳴すら、俺の耳には心地よい音楽だった。
暴れようが叫ぼうが、この渦からは逃れられない。

俺は渦の中心にいる一匹に近づき、無言で牙を突き立てた。

「ぎゃああああああ！！」

柔らかい肉が裂け、温かい血が海に溶ける。

（弱い）

弱者を狩っても、もう俺は満たされない。
だが、喰らわなければ前に進めない。

だから、無感情に、効率的に狩る。

一体、また一体。

逃げ惑うモンスターたちを、俺は淡々と喰らい続けた。

「やめろおおお！！」

「許してくれえええ！！」

「いやだ、死にたくない──！！」

（知るか）

渦に絡め取られた小物どもを蹂躙しながら、俺は内心で呟いた。

彼らがどんな叫びを上げようと、どんな命乞いをしようと、俺には関係ない。

生きるために喰らう。

強くなるために喰らう。

それが、俺という存在だ。

血潮の加護が発動し続ける中、俺の身体はますます強化されていった。

筋肉がさらに膨れ、骨格が頑丈さを増す。

【経験値を獲得しました】
【筋力が上昇しました】
【敏捷が上昇しました】
【耐久が上昇しました】

次々と成長の実感が押し寄せる。

だが、それでも俺は貪り続けた。

「……あれを止められるものは、もう……」

「この海に、いない……」

「終わりだ……終わりだぁ……！」

俺の周囲から、抵抗の意志が消えていくのがわかった。

誰も、俺に逆らおうとはしない。

誰も、俺に立ち向かおうとはしない。

この海域は、もはや完全に俺の支配下だ。