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第45話
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旅の商人ルグさんがもたらしてくださった“龍眠木の樹皮”と、そこから生まれた薫香“天香・龍眠”は、わたくしの「静寂の香り亭」に、新たな次元の静けさと、そして深遠なる気配をもたらしてくれましたの。
その香りはあまりにも力強く、そして神聖なものでございましたから、わたくしはそれをみだりに焚くことはせず、特別な機会のために大切に仕舞い込んでおりました。
けれど、その存在は常にわたくしの意識の片隅にあり、日々の調合や香草園での作業においても、どこか以前より深く、物事の本質に触れるような感覚を与えてくれていたように思います。
季節は巡り、夏至の日が近づいてまいりました。
一年で最も太陽の力が満ち溢れ、自然界の生命力が頂点に達するこの特別な日に、わたくしはふと、あの“天香・龍眠”をほんの少量だけ用いて、わたくし自身の魂と、この愛すべき土地の精気との交感を深めるための、ささやかな儀式を行ってみたいという思いに駆られたのでございます。
それは誰のためでもなく、ただわたくし自身の内なる声に従い、自然への感謝と敬意を捧げたいという、純粋な祈りのようなものでございました。
夏至の朝、夜明け前の最も空気が澄み渡る時刻。
わたくしは一人、静かに小屋を出て、湖畔に面した香草園の一角、最も月の光と朝陽の恵みを受ける場所に、小さな祭壇をしつらえました。
清浄な白い布を敷き、その上に源流の水を満たした水晶の杯、そして先日森の奥で見つけた、美しい羊歯の葉を数枚。
そして、貝殻の香炉に、“天香・龍眠”を、ほんの米粒ほどの大きさだけ、そっと乗せましたの。
東の空が白み始め、星々がその姿を消し去ろうとする、荘厳な瞬きの中で、わたくしは小さな火種をその薫香へと移しました。
やがて、か細い一筋の白い煙が、まるで天と地を結ぶかのように、静かに立ち昇り始めます。
“龍眠木”の古の香りに、白檀と乳香の清浄な芳香、そして“水鏡草”の透明な気配が溶け合い、周囲の空気を瞬く間に聖別していくのが感じられました。
それは、ただの香りではございません。空間そのものを変容させ、意識をより高次の領域へと誘う、神聖な波動そのものでございました。
わたくしは目を閉じ、深く呼吸をしながら、その香りに全身を委ねました。
すると、わたくしの意識は、まるで鳥が天空へ舞い上がるように、軽やかに身体を離れ、周囲の自然と一体化していくような、不思議な感覚に包まれたのでございます。
香草園のハーブ一本一本の息吹、湖を渡る風の囁き、大地深くで脈打つ水の流れ、そして遠い森の木々のざわめき……それら全てが、わたくし自身の鼓動と重なり合い、宇宙全体が一つの壮大な交響曲を奏でているかのように感じられました。
わたくしの「極上調合」の力もまた、この広大無辺な調和の中で、その真の源流に触れたかのように、どこまでも透明に、そして力強く輝きを増していくのを感じましたわ。
それは、言葉では到底言い表すことのできぬ、至福と畏敬に満ちた体験でございました。
わたくしは、この世界の全ての生命が、目に見えぬ絆で結ばれ、互いに影響を与え合いながら存在しているという、厳然たる真理を、魂の最も深い場所で理解したように思いましたの。
どれほどの時間が過ぎましたでしょうか。
太陽が完全に姿を現し、その黄金色の光が湖面を照らし始めた頃、わたくしはゆっくりと現実の意識へと戻ってまいりました。
身体は不思議なほどの軽やかさと、そして深い充足感に満たされておりましたけれど、心の奥底には、先ほどの体験の余韻が、静かな波紋のように広がっておりましたわ。
“天香・龍眠”の煙はとうに消え失せておりましたけれど、その聖なる気配は、まだ確かにこの場所に留まっているように感じられます。
「……なんと、素晴らしい朝でしょう……」
わたくしが感謝の祈りを込めて呟き、祭壇を片付けようといたしました、その時でございます。
ふと、香草園の入り口の方に、一人の老婆が音もなく立っているのに気が付きましたの。
その方は、いつからそこにいらっしゃったのか、まるで朝靄の中から滲み出てきたかのように、静かにわたくしを見つめておりました。
年の頃は……いえ、そのお顔に刻まれた深い皺と、全てを見通すかのような澄み切った瞳は、もはや年齢という尺度では測れぬほどの、悠久の時を重ねてこられたことを物語っているようでございました。
身に纏っておられるのは、森の木々の皮や苔で染めたかのような、自然の色合いの粗末な衣だけ。けれど、その佇まいには、何者にも侵されぬ威厳と、そして森の精霊のような、人間離れした清浄さが感じられましたわ。
わたくしは、驚きと、そしてどこか畏敬の念を抱きながら、静かにその方へ近づきました。
その香りはあまりにも力強く、そして神聖なものでございましたから、わたくしはそれをみだりに焚くことはせず、特別な機会のために大切に仕舞い込んでおりました。
けれど、その存在は常にわたくしの意識の片隅にあり、日々の調合や香草園での作業においても、どこか以前より深く、物事の本質に触れるような感覚を与えてくれていたように思います。
季節は巡り、夏至の日が近づいてまいりました。
一年で最も太陽の力が満ち溢れ、自然界の生命力が頂点に達するこの特別な日に、わたくしはふと、あの“天香・龍眠”をほんの少量だけ用いて、わたくし自身の魂と、この愛すべき土地の精気との交感を深めるための、ささやかな儀式を行ってみたいという思いに駆られたのでございます。
それは誰のためでもなく、ただわたくし自身の内なる声に従い、自然への感謝と敬意を捧げたいという、純粋な祈りのようなものでございました。
夏至の朝、夜明け前の最も空気が澄み渡る時刻。
わたくしは一人、静かに小屋を出て、湖畔に面した香草園の一角、最も月の光と朝陽の恵みを受ける場所に、小さな祭壇をしつらえました。
清浄な白い布を敷き、その上に源流の水を満たした水晶の杯、そして先日森の奥で見つけた、美しい羊歯の葉を数枚。
そして、貝殻の香炉に、“天香・龍眠”を、ほんの米粒ほどの大きさだけ、そっと乗せましたの。
東の空が白み始め、星々がその姿を消し去ろうとする、荘厳な瞬きの中で、わたくしは小さな火種をその薫香へと移しました。
やがて、か細い一筋の白い煙が、まるで天と地を結ぶかのように、静かに立ち昇り始めます。
“龍眠木”の古の香りに、白檀と乳香の清浄な芳香、そして“水鏡草”の透明な気配が溶け合い、周囲の空気を瞬く間に聖別していくのが感じられました。
それは、ただの香りではございません。空間そのものを変容させ、意識をより高次の領域へと誘う、神聖な波動そのものでございました。
わたくしは目を閉じ、深く呼吸をしながら、その香りに全身を委ねました。
すると、わたくしの意識は、まるで鳥が天空へ舞い上がるように、軽やかに身体を離れ、周囲の自然と一体化していくような、不思議な感覚に包まれたのでございます。
香草園のハーブ一本一本の息吹、湖を渡る風の囁き、大地深くで脈打つ水の流れ、そして遠い森の木々のざわめき……それら全てが、わたくし自身の鼓動と重なり合い、宇宙全体が一つの壮大な交響曲を奏でているかのように感じられました。
わたくしの「極上調合」の力もまた、この広大無辺な調和の中で、その真の源流に触れたかのように、どこまでも透明に、そして力強く輝きを増していくのを感じましたわ。
それは、言葉では到底言い表すことのできぬ、至福と畏敬に満ちた体験でございました。
わたくしは、この世界の全ての生命が、目に見えぬ絆で結ばれ、互いに影響を与え合いながら存在しているという、厳然たる真理を、魂の最も深い場所で理解したように思いましたの。
どれほどの時間が過ぎましたでしょうか。
太陽が完全に姿を現し、その黄金色の光が湖面を照らし始めた頃、わたくしはゆっくりと現実の意識へと戻ってまいりました。
身体は不思議なほどの軽やかさと、そして深い充足感に満たされておりましたけれど、心の奥底には、先ほどの体験の余韻が、静かな波紋のように広がっておりましたわ。
“天香・龍眠”の煙はとうに消え失せておりましたけれど、その聖なる気配は、まだ確かにこの場所に留まっているように感じられます。
「……なんと、素晴らしい朝でしょう……」
わたくしが感謝の祈りを込めて呟き、祭壇を片付けようといたしました、その時でございます。
ふと、香草園の入り口の方に、一人の老婆が音もなく立っているのに気が付きましたの。
その方は、いつからそこにいらっしゃったのか、まるで朝靄の中から滲み出てきたかのように、静かにわたくしを見つめておりました。
年の頃は……いえ、そのお顔に刻まれた深い皺と、全てを見通すかのような澄み切った瞳は、もはや年齢という尺度では測れぬほどの、悠久の時を重ねてこられたことを物語っているようでございました。
身に纏っておられるのは、森の木々の皮や苔で染めたかのような、自然の色合いの粗末な衣だけ。けれど、その佇まいには、何者にも侵されぬ威厳と、そして森の精霊のような、人間離れした清浄さが感じられましたわ。
わたくしは、驚きと、そしてどこか畏敬の念を抱きながら、静かにその方へ近づきました。
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