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「というわけで、カイ。お前は今日限りでクビだ」
薄暗いダンジョンの入り口で、リーダーのアレックスが言った。
パチパチと音を立てて燃える焚き火の光は、彼の整った顔を冷たく照らしている。
アレックスは、Sランクパーティ『紅蓮の剣』を率いる男だ。
彼の言葉は、あまりにも軽くて情け容赦がなかった。
まるで道端に転がる石を、ただ邪魔だからという理由で蹴飛ばすようだ。
俺の口から漏れたのは、そんな間抜けな声だけだった。
「……は?」
理解が、まったく追いつかない。
いや、俺の脳が理解することを拒絶しているのかもしれない。
今しがた攻略を終えたダンジョンの熱気が、まだ体に残っている。
それなのに、叩きつけられた言葉は氷のように冷たかった。
アレックスはわざとらしくため息をつくと、心底うんざりしたという表情を見せた。
そして、彼は言葉を続ける。
「聞こえなかったのか、カイ。お前はもう俺たちのパーティには必要ない」
はっきり言おう、と彼は付け加えた。
「足手まといなんだよ、お前は」
彼の後ろでは、他のメンバーたちが腕を組んでいる。
みんな、凍てつくような視線で俺を見下ろしていた。
深紅のローブをまとった魔術師のゼノは、いつもいばっている男だ。
弓使いのサラは、常に冷たい視線を崩さない現実主義者だった。
そして癒し手のリアも、そこにいた。
俺は、リアに特別な想いを寄せていたのだ。
彼女だけはうつむいて、俺と視線を合わせようとしなかった。
その長いまつげが悲しげに震えているように見えたのは、きっと揺らめく炎のせいだろう。
そう、俺は思いたかった。
「足手まとい、だと。俺は今まで、このパーティのために……!」
喉から絞り出すように、俺は抗議の声を上げた。
だが、その声は空しく震えるだけだった。
「お前の『鑑定』スキルが役に立ったのは、せいぜいDランクダンジョンまでだ」
アレックスは、鼻で笑う。
「今の俺たちには、高ランクモンスターのステータスなんて見えやしない」
お前のスキルは、もはや無意味なんだよ。
「戦闘じゃ何の役にも立たないくせに、報酬だけはきっちり五等分だ」
アレックスの言葉に、ゼノが吐き捨てるように続けた。
「いい加減にしろって話だよな、まったく」
その言葉は、俺の胸に鋭い刃物のように突き刺さった。
確かに、ここ最近の俺の【鑑定】スキルは、格上の相手には効果がなかった。
鑑定不能、と表示されることが増えていたのは事実だ。
だが、それでも俺はパーティに貢献してきたはずだ。
「ダンジョンに仕掛けられた罠を、最初に見抜いたのは誰だ?」
俺は、必死に声を張り上げた。
「隠し通路を見つけて、レアアイテムが眠る宝箱を発見したのは?」
「ドロップアイテムの価値を正確に鑑定して、いつも最高値で売りさばいていたのは」
全部、俺のスキルのおかげじゃないか。
そうだ、このパーティが『紅蓮の剣』なんて大層な名前で呼ばれるようになったのも。
Sランクまで登り詰めることができたのも、その資金源の多くは俺の鑑定によってもたらされたはずだ。
こいつらが身につけている輝かしい装備だって、俺がもたらした富で手に入れたものだろう。
なのに、こいつらはそんなこと、とうに忘れてしまったらしい。
「うるさい、それは過去の話だ」
アレックスは俺の必死の訴えを、虫けらを払うかのように切り捨てた。
「過去の栄光にすがるのは、見苦しいぞカイ」
俺たちは、もっと上に行くんだ。
「お前という重りを外してな、ようやく先に進める」
これは決定事項だ、ともう覆らない。
彼は俺の腰にあった革のポーチを、乱暴に掴み取った。
そして逆さにして、中身を地面にぶちまける。
チャリン、という乾いた音が響いた。
わずかばかりの銅貨と、保存食の干し肉が数枚、土の上に転がり出る。
それが、今の俺の全財産だった。
「それが手切れ金だ、ありがたく受け取れ」
地面に散らばった銅貨が、焚き火の光を鈍く反射している。
俺のこれまでの貢献は、この程度の価値しかないのだ。
銅貨は、雄弁にそう物語っていた。
俺はただ、その場に立ち尽くすしかなかった。
裏切り、という言葉が頭に浮かぶ。
それは、モンスターの牙よりもずっと鋭く、心をえぐっていく感覚だった。
最後に、俺はリアの方を見た。
助けてくれ、と心の中で叫ぶ。
せめて一言、何か言ってくれと願った。
彼女との間には、言葉にはしないまでも、確かに通い合う何かがあったはずだ。
俺は、そう信じていたのに。
しかし、彼女は最後まで顔を上げることなく、小さく首を横に振っただけだった。
それは、ほとんど分からないくらいにささやかな仕草だった。
その絶望的な仕草が、俺の心の何かを完全にへし折った。
やがて、四人の背中がダンジョンの闇へと消えていく。
彼らは一度も、こちらを振り返らなかった。
残されたのは、俺と揺らめく焚き火の残骸だけだ。
そして、地面に無残に散らばった、俺の価値の証明である銅貨たち。
「……くそっ」
怒りなのか、悲しみなのか、自分でも分からない感情が込み上げてくる。
俺は近くにあった石を、力任せに蹴飛ばした。
石はゴツン、と鈍い音を立てて闇の中へと転がっていく。
これから、どうすればいいのだろうか。
金も、仲間も、帰る場所もない。
このまま、ここで野垂れ死ぬしかないのか。
そんな絶望が、冷たい霧のように全身を包み込む。
焚き火の熱ですら、その冷たさを和らげることはできなかった。
どれくらいの時間、そうしていただろうか。
やがて焚き火の勢いが弱まり、周囲の闇が深くなっていく。
どこかから獣の遠吠えが聞こえ、肌を刺す夜風が体温を奪っていった。
ふと、俺は無意識のうちに、長年の癖になっていた行動をとっていた。
さっき蹴飛ばした、何の変哲もない石ころ。
それが転がっていったあたりに、俺は視線を向けた。
そして、意味もなく【鑑定】スキルを発動させていた。
もう意味などないのに、ただの習慣だった。
どうせ「ただの石」と、表示されるだけだ。
そう思った、その時だった。
いつもと違う感覚が、俺の脳を突き抜けた。
――――――――――――――――
【名称】ただの石
【種別】鉱物
【情報】ごくありふれた石。特筆すべき点はない。
▼
――――――――――――――――
「……▼?」
なんだ、この表示は。
今まで、こんな下向きの矢印は見たことがない。
まるで、この下にまだ情報が隠されているとでも言うようだ。
パーティにいた頃は、常に時間に追われていた。
戦闘中や、罠の解除中、鑑定は一瞬で終わらせなければならなかった。
一つの対象に、深く集中する余裕なんて与えられていなかったのだ。
だが、今は違う。
俺には、時間だけが無限にある。
俺は目を閉じ、意識を集中させた。
スキルに、もっと深く、もっと奥に、力を注ぎ込むイメージで。
追放された怒りも、裏切られた悲しみも、全ての感情をスキルに叩き込む。
すると、俺の視界の中で、スキルの名前が明滅した。
【鑑定】という文字が、まるで陽炎のように揺らめく。
そして、パキンと何かが砕けるような音と共に、まったく別の言葉へとその姿を変えた。
――【神の眼】(ゴッド・アイ)
「……神の、眼……?」
なんだ、これは。
俺のスキルは、【鑑定】じゃなかったのか。
混乱しながらも、俺はもう一度、目の前の石があったはずの暗がりに意識を向けた。
すると、さっきは見えなかった情報が、滝のように脳内へ流れ込んできたのだ。
――――――――――――――――
【真名】月光石の原石
【種別】魔法鉱物
【情報】内部に微量の魔力を宿す鉱石。月光を浴びせることで内部の魔力が活性化し、淡い光を放つ。加工することで、低級の魔道具の素材となる。純度は低いが、街の工房に持ち込めば銀貨数枚にはなるだろう。
――――――――――――――――
「……は?」
声が、かすかに震えた。
ただの石じゃない、月光石だと。
そんな話、聞いたこともないぞ。
まさか、そんなはずはない。
俺は震える手で、足元に生えていた雑草に手を伸ばした。
これも、いつもなら「ただの雑草」としか表示されないはずのものだ。
すがるような気持ちで、【神の眼】を発動させる。
――――――――――――――――
【真名】陽光草(サンキス・ハーブ)
【種別】薬草
【情報】太陽の光を好む生命力の強い薬草。乾燥させて粉末にすれば、Aランクの治癒薬の材料となる希少品。その価値を知る者は極めて少ない。
――――――――――――――――
「……Aランクの、治癒薬……?」
Aランク、それはSランクパーティのリアが使う高位の回復魔法に匹敵する。
そんなポーションの材料が、こんなダンジョンの入り口に生えているのか。
ただの雑草のように、当たり前にそこに存在しているというのか。
俺は、全てを理解した。
俺のスキルは、ゴミなんかじゃなかった。
いや、そもそも【鑑定】ですらなかったのだ。
こいつは――【神の眼】。
万物の本質を、その真の価値を、そして未来の可能性すらも見抜く力。
これは、唯一無二の特別な力だったんだ。
俺は今まで、この力の、ほんの上澄みを掬っていただけに過ぎなかった。
あまりにも巨大な力の、表層を撫でていただけだったのだ。
「……ははっ」
乾いた笑いが、口から漏れた。
「ははははははははは!」
笑いが、どうしても止まらない。
追放された絶望は、いつの間にか、とてつもない興奮と歓喜に変わっていた。
アレックス、ゼノ、サラ、リア。
お前たちは、とんでもない宝物を手放したんだ。
この力の本当の価値も知らずに、ゴミだと蔑んで、俺を捨てた。
俺は陽光草を、傷つけないように、そっと摘み取った。
それはまるで、希望そのものを掴むような手つきだった。
「もう、お前たちのためには使わない」
俺は立ち上がり、地面に散らばった銅貨には目もくれなかった。
そして、彼らが消えていった闇に背を向けた。
「この力は、全部俺のためだけのものだ」
夜の闇の中で、陽光草を強く握りしめる。
まずはこれを街へ持ち帰り、換金しなければならない。
俺の新たな人生が、ここから始まるのだ。
薄暗いダンジョンの入り口で、リーダーのアレックスが言った。
パチパチと音を立てて燃える焚き火の光は、彼の整った顔を冷たく照らしている。
アレックスは、Sランクパーティ『紅蓮の剣』を率いる男だ。
彼の言葉は、あまりにも軽くて情け容赦がなかった。
まるで道端に転がる石を、ただ邪魔だからという理由で蹴飛ばすようだ。
俺の口から漏れたのは、そんな間抜けな声だけだった。
「……は?」
理解が、まったく追いつかない。
いや、俺の脳が理解することを拒絶しているのかもしれない。
今しがた攻略を終えたダンジョンの熱気が、まだ体に残っている。
それなのに、叩きつけられた言葉は氷のように冷たかった。
アレックスはわざとらしくため息をつくと、心底うんざりしたという表情を見せた。
そして、彼は言葉を続ける。
「聞こえなかったのか、カイ。お前はもう俺たちのパーティには必要ない」
はっきり言おう、と彼は付け加えた。
「足手まといなんだよ、お前は」
彼の後ろでは、他のメンバーたちが腕を組んでいる。
みんな、凍てつくような視線で俺を見下ろしていた。
深紅のローブをまとった魔術師のゼノは、いつもいばっている男だ。
弓使いのサラは、常に冷たい視線を崩さない現実主義者だった。
そして癒し手のリアも、そこにいた。
俺は、リアに特別な想いを寄せていたのだ。
彼女だけはうつむいて、俺と視線を合わせようとしなかった。
その長いまつげが悲しげに震えているように見えたのは、きっと揺らめく炎のせいだろう。
そう、俺は思いたかった。
「足手まとい、だと。俺は今まで、このパーティのために……!」
喉から絞り出すように、俺は抗議の声を上げた。
だが、その声は空しく震えるだけだった。
「お前の『鑑定』スキルが役に立ったのは、せいぜいDランクダンジョンまでだ」
アレックスは、鼻で笑う。
「今の俺たちには、高ランクモンスターのステータスなんて見えやしない」
お前のスキルは、もはや無意味なんだよ。
「戦闘じゃ何の役にも立たないくせに、報酬だけはきっちり五等分だ」
アレックスの言葉に、ゼノが吐き捨てるように続けた。
「いい加減にしろって話だよな、まったく」
その言葉は、俺の胸に鋭い刃物のように突き刺さった。
確かに、ここ最近の俺の【鑑定】スキルは、格上の相手には効果がなかった。
鑑定不能、と表示されることが増えていたのは事実だ。
だが、それでも俺はパーティに貢献してきたはずだ。
「ダンジョンに仕掛けられた罠を、最初に見抜いたのは誰だ?」
俺は、必死に声を張り上げた。
「隠し通路を見つけて、レアアイテムが眠る宝箱を発見したのは?」
「ドロップアイテムの価値を正確に鑑定して、いつも最高値で売りさばいていたのは」
全部、俺のスキルのおかげじゃないか。
そうだ、このパーティが『紅蓮の剣』なんて大層な名前で呼ばれるようになったのも。
Sランクまで登り詰めることができたのも、その資金源の多くは俺の鑑定によってもたらされたはずだ。
こいつらが身につけている輝かしい装備だって、俺がもたらした富で手に入れたものだろう。
なのに、こいつらはそんなこと、とうに忘れてしまったらしい。
「うるさい、それは過去の話だ」
アレックスは俺の必死の訴えを、虫けらを払うかのように切り捨てた。
「過去の栄光にすがるのは、見苦しいぞカイ」
俺たちは、もっと上に行くんだ。
「お前という重りを外してな、ようやく先に進める」
これは決定事項だ、ともう覆らない。
彼は俺の腰にあった革のポーチを、乱暴に掴み取った。
そして逆さにして、中身を地面にぶちまける。
チャリン、という乾いた音が響いた。
わずかばかりの銅貨と、保存食の干し肉が数枚、土の上に転がり出る。
それが、今の俺の全財産だった。
「それが手切れ金だ、ありがたく受け取れ」
地面に散らばった銅貨が、焚き火の光を鈍く反射している。
俺のこれまでの貢献は、この程度の価値しかないのだ。
銅貨は、雄弁にそう物語っていた。
俺はただ、その場に立ち尽くすしかなかった。
裏切り、という言葉が頭に浮かぶ。
それは、モンスターの牙よりもずっと鋭く、心をえぐっていく感覚だった。
最後に、俺はリアの方を見た。
助けてくれ、と心の中で叫ぶ。
せめて一言、何か言ってくれと願った。
彼女との間には、言葉にはしないまでも、確かに通い合う何かがあったはずだ。
俺は、そう信じていたのに。
しかし、彼女は最後まで顔を上げることなく、小さく首を横に振っただけだった。
それは、ほとんど分からないくらいにささやかな仕草だった。
その絶望的な仕草が、俺の心の何かを完全にへし折った。
やがて、四人の背中がダンジョンの闇へと消えていく。
彼らは一度も、こちらを振り返らなかった。
残されたのは、俺と揺らめく焚き火の残骸だけだ。
そして、地面に無残に散らばった、俺の価値の証明である銅貨たち。
「……くそっ」
怒りなのか、悲しみなのか、自分でも分からない感情が込み上げてくる。
俺は近くにあった石を、力任せに蹴飛ばした。
石はゴツン、と鈍い音を立てて闇の中へと転がっていく。
これから、どうすればいいのだろうか。
金も、仲間も、帰る場所もない。
このまま、ここで野垂れ死ぬしかないのか。
そんな絶望が、冷たい霧のように全身を包み込む。
焚き火の熱ですら、その冷たさを和らげることはできなかった。
どれくらいの時間、そうしていただろうか。
やがて焚き火の勢いが弱まり、周囲の闇が深くなっていく。
どこかから獣の遠吠えが聞こえ、肌を刺す夜風が体温を奪っていった。
ふと、俺は無意識のうちに、長年の癖になっていた行動をとっていた。
さっき蹴飛ばした、何の変哲もない石ころ。
それが転がっていったあたりに、俺は視線を向けた。
そして、意味もなく【鑑定】スキルを発動させていた。
もう意味などないのに、ただの習慣だった。
どうせ「ただの石」と、表示されるだけだ。
そう思った、その時だった。
いつもと違う感覚が、俺の脳を突き抜けた。
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【名称】ただの石
【種別】鉱物
【情報】ごくありふれた石。特筆すべき点はない。
▼
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「……▼?」
なんだ、この表示は。
今まで、こんな下向きの矢印は見たことがない。
まるで、この下にまだ情報が隠されているとでも言うようだ。
パーティにいた頃は、常に時間に追われていた。
戦闘中や、罠の解除中、鑑定は一瞬で終わらせなければならなかった。
一つの対象に、深く集中する余裕なんて与えられていなかったのだ。
だが、今は違う。
俺には、時間だけが無限にある。
俺は目を閉じ、意識を集中させた。
スキルに、もっと深く、もっと奥に、力を注ぎ込むイメージで。
追放された怒りも、裏切られた悲しみも、全ての感情をスキルに叩き込む。
すると、俺の視界の中で、スキルの名前が明滅した。
【鑑定】という文字が、まるで陽炎のように揺らめく。
そして、パキンと何かが砕けるような音と共に、まったく別の言葉へとその姿を変えた。
――【神の眼】(ゴッド・アイ)
「……神の、眼……?」
なんだ、これは。
俺のスキルは、【鑑定】じゃなかったのか。
混乱しながらも、俺はもう一度、目の前の石があったはずの暗がりに意識を向けた。
すると、さっきは見えなかった情報が、滝のように脳内へ流れ込んできたのだ。
――――――――――――――――
【真名】月光石の原石
【種別】魔法鉱物
【情報】内部に微量の魔力を宿す鉱石。月光を浴びせることで内部の魔力が活性化し、淡い光を放つ。加工することで、低級の魔道具の素材となる。純度は低いが、街の工房に持ち込めば銀貨数枚にはなるだろう。
――――――――――――――――
「……は?」
声が、かすかに震えた。
ただの石じゃない、月光石だと。
そんな話、聞いたこともないぞ。
まさか、そんなはずはない。
俺は震える手で、足元に生えていた雑草に手を伸ばした。
これも、いつもなら「ただの雑草」としか表示されないはずのものだ。
すがるような気持ちで、【神の眼】を発動させる。
――――――――――――――――
【真名】陽光草(サンキス・ハーブ)
【種別】薬草
【情報】太陽の光を好む生命力の強い薬草。乾燥させて粉末にすれば、Aランクの治癒薬の材料となる希少品。その価値を知る者は極めて少ない。
――――――――――――――――
「……Aランクの、治癒薬……?」
Aランク、それはSランクパーティのリアが使う高位の回復魔法に匹敵する。
そんなポーションの材料が、こんなダンジョンの入り口に生えているのか。
ただの雑草のように、当たり前にそこに存在しているというのか。
俺は、全てを理解した。
俺のスキルは、ゴミなんかじゃなかった。
いや、そもそも【鑑定】ですらなかったのだ。
こいつは――【神の眼】。
万物の本質を、その真の価値を、そして未来の可能性すらも見抜く力。
これは、唯一無二の特別な力だったんだ。
俺は今まで、この力の、ほんの上澄みを掬っていただけに過ぎなかった。
あまりにも巨大な力の、表層を撫でていただけだったのだ。
「……ははっ」
乾いた笑いが、口から漏れた。
「ははははははははは!」
笑いが、どうしても止まらない。
追放された絶望は、いつの間にか、とてつもない興奮と歓喜に変わっていた。
アレックス、ゼノ、サラ、リア。
お前たちは、とんでもない宝物を手放したんだ。
この力の本当の価値も知らずに、ゴミだと蔑んで、俺を捨てた。
俺は陽光草を、傷つけないように、そっと摘み取った。
それはまるで、希望そのものを掴むような手つきだった。
「もう、お前たちのためには使わない」
俺は立ち上がり、地面に散らばった銅貨には目もくれなかった。
そして、彼らが消えていった闇に背を向けた。
「この力は、全部俺のためだけのものだ」
夜の闇の中で、陽光草を強く握りしめる。
まずはこれを街へ持ち帰り、換金しなければならない。
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