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「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
リリアーナ王女は、静かだが、その場にいる全員の心に響き渡るような、凛とした声で語り始めた。
彼女の前には、この辺境の地のものとは思えないほど精密な、巨大な地図が広げられている。
そこには、エルグランド王国だけでなく、今日この場に集った使節団の国々も、詳細に描き込まれていた。
「我々は、紫斑熱という未曾有の脅威に直面しました。しかし、アルス様という、まさに神のごときお方の出現により、その脅威を乗り越えるための、確かな希望の光を手にすることができました」
彼女は、俺の方を見て、深く頷いた。
その視線を受けて、各国代表たちも、一斉に俺に向かって敬意に満ちた眼差しを向ける。
少しばかり居心地が悪いが、今は我慢するしかない。
「しかし、皆様。これで終わりではありません。紫斑熱が去ったとしても、我々の世界には、飢餓、貧困、そして国と国との争いといった、数多くの問題が未だに山積しております。一つの脅威が去っても、また新たな脅威が、いつ我々を襲うか分かりません」
リリアーナ王女の言葉に、代表者たちは神妙な顔つきで頷いた。
彼らもまた、それぞれの国で、そういった問題に頭を悩ませてきたのだろう。
「そこで、わたくしは、ここに、新たなる時代の幕開けを、皆様と共に築き上げることを提案いたします」
リリアーナ王女は、そう言って、地図の中央、俺の拠点がある場所を、その白魚のような指で、とん、と示した。
「この地を中心とした、新たな国際協力体制の構築……いえ、国家の垣根という、古い概念を乗り越えた、恒久的な平和と繁栄のための『連合体』の設立を、わたくしはここに提唱いたします!」
連合体、だと……?
その言葉に、俺だけでなく、各国代表たちも息を飲んだ。
それは、誰もが想像だにしなかった、あまりにも壮大な提案だったからだ。
「その連合体の名は、『アルス連合』。偉大なるアルス様のお名前を冠し、その高潔な精神を、我々の基本理念とするのです」
リリアーナ王女は、熱のこもった声で続けた。
「アルス連合の目的は、ただ一つ。アルス様のスキルが生み出す、無限の恵みである作物と薬草を、もはや一国の利益のためではなく、世界全ての民の共有財産とすることです。食糧問題と医療問題を、この世界から完全に根絶し、誰もが笑顔で、安心して暮らせる世界を、我々の手で作り上げるのです!」
彼女の演説は、力強く、そして魅力的だった。
聞いているだけで、胸が高鳴り、そんな世界が本当に実現できるのではないか、とさえ思えてくる。
「連合の本部は、今まさにこの地に建設中の、王立薬草研究所に置きます。そして、加盟する全ての国は、対等な立場で、この連合の運営に参加するのです。互いに助け合い、知識と技術を共有し、共に発展していく。それこそが、アルス連合の目指す姿です」
代表者たちは、ゴクリと喉を鳴らしながら、リリアーナ王女の言葉に聞き入っている。
最初は、そのあまりに壮大な構想に戸惑いを見せていた者もいた。
しかし、自国の食糧事情や、抱えている病の問題を恒久的に解決できるという、計り知れないメリット。
そして何より、「アルス様が中心にいるのなら」という、俺に対する絶対的な信頼が、彼らの心を動かしたようだった。
「素晴らしい……! なんという、画期的な構想だ……!」
「国家間の争いなど、もはや無意味になる……。全ての民が腹を満たし、健やかに暮らせるのなら、それ以上の平和があろうか!」
「リリアーナ王女殿下の慧眼、そしてアルス様の御威光、恐れ入りました! 我が国は、真っ先に、その『アルス連合』への参加を表明いたします!」
学者の老人が、震える声でそう宣言すると、堰を切ったように、他の代表者たちも次々と賛同の意を示し始めた。
彼らの目には、新しい時代への希望と、そして熱狂的な興奮の色が浮かんでいる。
そして、リリアーナ王女は、最後に俺の方へと向き直った。
「そして、アルス様。この偉大なる連合体を導く、最高の名誉職……『アルス連合最高顧問』の座に、あなた様にご就任いただきたいのです」
「ええっ!? 俺が、最高顧問!?」
思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。
畑を耕して、スローライフを送るのが夢だった俺が、いつの間にか、国際連合の事務総長みたいな立場に就任要請されている。
いくらなんでも、話が飛びすぎだろう。
「む、無理ですよ、そんな大役! 俺はただの農夫で、政治のことなんて、さっぱり分かりませんから!」
俺は慌てて手を横に振った。
しかし、リリアーナ王女は、優しく、しかし決して譲らないという強い意志を込めた瞳で、俺を見つめ返した。
「いいえ、アルス様でなければなりません。この連合は、政治的な駆け引きや、軍事力によって成り立つものではありません。アルス様の持つ、誰かを助けたいという純粋な思い、そして私利私欲のない高潔な精神こそが、この連合の魂となるのです。あなた様がただ、そこにいてくださるだけでいい。それだけで、我々は道を見失うことなく、正しい方向へと進むことができるのです」
彼女の言葉は、まるで美しい詩のように、俺の心に染み渡っていく。
「あなた様が望んでいらした、静かなスローライフとは、かけ離れた道かもしれません。わたくしも、そのことを心苦しく思っております。ですが、アルス様。あなた様のお力は、もはやあなた様一人のものではなく、世界中の人々の笑顔と、そして平和のために、なくてはならないものとなっているのです。どうか、我々と共に、新しい世界を築いてはいただけないでしょうか?」
リリアーナ王女は、深々と、俺に頭を下げた。
その姿に、各国代表たちも、再び俺に対して、懇願するように頭を下げる。
テントの外からは、研究所建設に励む作業員たちの活気ある声や、テルメ村の子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
俺の膝の上では、クロが、心配そうに俺の顔を見上げていた。
皆の、期待に満ちた眼差しが、俺一人に集中している。
(……参ったな、こりゃ)
断れる雰囲気では、まったくない。
それに、俺自身、リリアーナ王女の言葉に、心を動かされているのも事実だった。
追放されて、この辺境の地に来た時は、一人で静かに暮らしていければ、それでいいと思っていた。
だが、テルメ村の人々と出会い、リリアーナ王女と出会い、そして今、こうして多くの人々と関わる中で、俺の心境も少しずつ変化してきていた。
自分の作ったものが、誰かの役に立つ。誰かを笑顔にする。
その喜びは、俺が思っていた以上に、大きくて、そして温かいものだったのだ。
俺は、大きく、深く、息を吸い込んだ。
そして、ゆっくりと、しかしはっきりとした声で、皆に告げた。
「……分かりました。俺のような者に、それほどの大役が務まるかは分かりません。ですが、もし俺の力が、皆が笑って、平和に暮らせる世界を作るために役立つというのなら……その、最高顧問というお役目、引き受けさせていただきます」
俺がそう言った瞬間。
テントの中は、地鳴りのような、割れんばかりの拍手と、大歓声に包まれた。
リリアーナ王女は、涙で濡れた顔を上げ、これまでで一番美しい笑顔を俺に向けてくれた。
各国代表たちは、互いに抱き合って喜び、俺の名前を何度も叫んでいる。
クロも、嬉しそうに「きゅいーん!」と甲高い声を上げ、俺の膝の上でぴょんぴょんと跳ねていた。
こうして、歴史上、前例のない、国家の枠組みを超えた平和と繁栄のための共同体、「アルス連合」の設立が、この辺境の地で決定された。
そして、その最高指導者(本人はそのつもりが全くないが)として、元・追放農夫である俺が立つことになったのだ。
俺の人生、一体どうなってしまうのだろうか。
まあ、なるようにしかならないか。
俺は、熱狂に包まれるテントの中で、一人、そんなことを考えていた。
その日のうちに、「アルス連合」設立に向けた、第一回の実務者会議が、早速開催された。
連合の基本理念をまとめた「アルス憲章」の草案作りや、加盟国間の具体的な規約の策定など、議題は山積みだ。
各国の学者や官僚たちが、俺が作った「集中力が向上する青い実」を片手に、夜を徹して議論を交わしている。
その光景は、非常に活気に満ちていて、新しい時代の幕開けを象徴しているかのようだった。
そんな、希望に満ちた熱気に包まれる拠点に、テルメ村のボルタ村長が、一人、少し困ったような顔つきで俺を訪ねてきたのは、その数日後のことだった。
「アルス様……大変申し上げにくいのですが、実は、少しばかり気になることがございまして……」
ボルタ村長は、声を潜めて言った。
「実は最近、テルメ村の周辺で、見慣れない冒険者のような連中が、何組かうろついているようなのです。彼らは、村人に、やたらとアルス様のことや、この拠点の場所などを、しつこく聞いて回っているようでして……。どうも、その様子が、ただの旅人とは思えぬのです」
リリアーナ王女は、静かだが、その場にいる全員の心に響き渡るような、凛とした声で語り始めた。
彼女の前には、この辺境の地のものとは思えないほど精密な、巨大な地図が広げられている。
そこには、エルグランド王国だけでなく、今日この場に集った使節団の国々も、詳細に描き込まれていた。
「我々は、紫斑熱という未曾有の脅威に直面しました。しかし、アルス様という、まさに神のごときお方の出現により、その脅威を乗り越えるための、確かな希望の光を手にすることができました」
彼女は、俺の方を見て、深く頷いた。
その視線を受けて、各国代表たちも、一斉に俺に向かって敬意に満ちた眼差しを向ける。
少しばかり居心地が悪いが、今は我慢するしかない。
「しかし、皆様。これで終わりではありません。紫斑熱が去ったとしても、我々の世界には、飢餓、貧困、そして国と国との争いといった、数多くの問題が未だに山積しております。一つの脅威が去っても、また新たな脅威が、いつ我々を襲うか分かりません」
リリアーナ王女の言葉に、代表者たちは神妙な顔つきで頷いた。
彼らもまた、それぞれの国で、そういった問題に頭を悩ませてきたのだろう。
「そこで、わたくしは、ここに、新たなる時代の幕開けを、皆様と共に築き上げることを提案いたします」
リリアーナ王女は、そう言って、地図の中央、俺の拠点がある場所を、その白魚のような指で、とん、と示した。
「この地を中心とした、新たな国際協力体制の構築……いえ、国家の垣根という、古い概念を乗り越えた、恒久的な平和と繁栄のための『連合体』の設立を、わたくしはここに提唱いたします!」
連合体、だと……?
その言葉に、俺だけでなく、各国代表たちも息を飲んだ。
それは、誰もが想像だにしなかった、あまりにも壮大な提案だったからだ。
「その連合体の名は、『アルス連合』。偉大なるアルス様のお名前を冠し、その高潔な精神を、我々の基本理念とするのです」
リリアーナ王女は、熱のこもった声で続けた。
「アルス連合の目的は、ただ一つ。アルス様のスキルが生み出す、無限の恵みである作物と薬草を、もはや一国の利益のためではなく、世界全ての民の共有財産とすることです。食糧問題と医療問題を、この世界から完全に根絶し、誰もが笑顔で、安心して暮らせる世界を、我々の手で作り上げるのです!」
彼女の演説は、力強く、そして魅力的だった。
聞いているだけで、胸が高鳴り、そんな世界が本当に実現できるのではないか、とさえ思えてくる。
「連合の本部は、今まさにこの地に建設中の、王立薬草研究所に置きます。そして、加盟する全ての国は、対等な立場で、この連合の運営に参加するのです。互いに助け合い、知識と技術を共有し、共に発展していく。それこそが、アルス連合の目指す姿です」
代表者たちは、ゴクリと喉を鳴らしながら、リリアーナ王女の言葉に聞き入っている。
最初は、そのあまりに壮大な構想に戸惑いを見せていた者もいた。
しかし、自国の食糧事情や、抱えている病の問題を恒久的に解決できるという、計り知れないメリット。
そして何より、「アルス様が中心にいるのなら」という、俺に対する絶対的な信頼が、彼らの心を動かしたようだった。
「素晴らしい……! なんという、画期的な構想だ……!」
「国家間の争いなど、もはや無意味になる……。全ての民が腹を満たし、健やかに暮らせるのなら、それ以上の平和があろうか!」
「リリアーナ王女殿下の慧眼、そしてアルス様の御威光、恐れ入りました! 我が国は、真っ先に、その『アルス連合』への参加を表明いたします!」
学者の老人が、震える声でそう宣言すると、堰を切ったように、他の代表者たちも次々と賛同の意を示し始めた。
彼らの目には、新しい時代への希望と、そして熱狂的な興奮の色が浮かんでいる。
そして、リリアーナ王女は、最後に俺の方へと向き直った。
「そして、アルス様。この偉大なる連合体を導く、最高の名誉職……『アルス連合最高顧問』の座に、あなた様にご就任いただきたいのです」
「ええっ!? 俺が、最高顧問!?」
思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。
畑を耕して、スローライフを送るのが夢だった俺が、いつの間にか、国際連合の事務総長みたいな立場に就任要請されている。
いくらなんでも、話が飛びすぎだろう。
「む、無理ですよ、そんな大役! 俺はただの農夫で、政治のことなんて、さっぱり分かりませんから!」
俺は慌てて手を横に振った。
しかし、リリアーナ王女は、優しく、しかし決して譲らないという強い意志を込めた瞳で、俺を見つめ返した。
「いいえ、アルス様でなければなりません。この連合は、政治的な駆け引きや、軍事力によって成り立つものではありません。アルス様の持つ、誰かを助けたいという純粋な思い、そして私利私欲のない高潔な精神こそが、この連合の魂となるのです。あなた様がただ、そこにいてくださるだけでいい。それだけで、我々は道を見失うことなく、正しい方向へと進むことができるのです」
彼女の言葉は、まるで美しい詩のように、俺の心に染み渡っていく。
「あなた様が望んでいらした、静かなスローライフとは、かけ離れた道かもしれません。わたくしも、そのことを心苦しく思っております。ですが、アルス様。あなた様のお力は、もはやあなた様一人のものではなく、世界中の人々の笑顔と、そして平和のために、なくてはならないものとなっているのです。どうか、我々と共に、新しい世界を築いてはいただけないでしょうか?」
リリアーナ王女は、深々と、俺に頭を下げた。
その姿に、各国代表たちも、再び俺に対して、懇願するように頭を下げる。
テントの外からは、研究所建設に励む作業員たちの活気ある声や、テルメ村の子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
俺の膝の上では、クロが、心配そうに俺の顔を見上げていた。
皆の、期待に満ちた眼差しが、俺一人に集中している。
(……参ったな、こりゃ)
断れる雰囲気では、まったくない。
それに、俺自身、リリアーナ王女の言葉に、心を動かされているのも事実だった。
追放されて、この辺境の地に来た時は、一人で静かに暮らしていければ、それでいいと思っていた。
だが、テルメ村の人々と出会い、リリアーナ王女と出会い、そして今、こうして多くの人々と関わる中で、俺の心境も少しずつ変化してきていた。
自分の作ったものが、誰かの役に立つ。誰かを笑顔にする。
その喜びは、俺が思っていた以上に、大きくて、そして温かいものだったのだ。
俺は、大きく、深く、息を吸い込んだ。
そして、ゆっくりと、しかしはっきりとした声で、皆に告げた。
「……分かりました。俺のような者に、それほどの大役が務まるかは分かりません。ですが、もし俺の力が、皆が笑って、平和に暮らせる世界を作るために役立つというのなら……その、最高顧問というお役目、引き受けさせていただきます」
俺がそう言った瞬間。
テントの中は、地鳴りのような、割れんばかりの拍手と、大歓声に包まれた。
リリアーナ王女は、涙で濡れた顔を上げ、これまでで一番美しい笑顔を俺に向けてくれた。
各国代表たちは、互いに抱き合って喜び、俺の名前を何度も叫んでいる。
クロも、嬉しそうに「きゅいーん!」と甲高い声を上げ、俺の膝の上でぴょんぴょんと跳ねていた。
こうして、歴史上、前例のない、国家の枠組みを超えた平和と繁栄のための共同体、「アルス連合」の設立が、この辺境の地で決定された。
そして、その最高指導者(本人はそのつもりが全くないが)として、元・追放農夫である俺が立つことになったのだ。
俺の人生、一体どうなってしまうのだろうか。
まあ、なるようにしかならないか。
俺は、熱狂に包まれるテントの中で、一人、そんなことを考えていた。
その日のうちに、「アルス連合」設立に向けた、第一回の実務者会議が、早速開催された。
連合の基本理念をまとめた「アルス憲章」の草案作りや、加盟国間の具体的な規約の策定など、議題は山積みだ。
各国の学者や官僚たちが、俺が作った「集中力が向上する青い実」を片手に、夜を徹して議論を交わしている。
その光景は、非常に活気に満ちていて、新しい時代の幕開けを象徴しているかのようだった。
そんな、希望に満ちた熱気に包まれる拠点に、テルメ村のボルタ村長が、一人、少し困ったような顔つきで俺を訪ねてきたのは、その数日後のことだった。
「アルス様……大変申し上げにくいのですが、実は、少しばかり気になることがございまして……」
ボルタ村長は、声を潜めて言った。
「実は最近、テルメ村の周辺で、見慣れない冒険者のような連中が、何組かうろついているようなのです。彼らは、村人に、やたらとアルス様のことや、この拠点の場所などを、しつこく聞いて回っているようでして……。どうも、その様子が、ただの旅人とは思えぬのです」
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