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第1話 婚約破棄はご馳走の合図
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「カトリーヌ、貴様との婚約を今この場で破棄する!」
婚約者であるジュリアン王子の声が、広間に響き渡った。
豪華なシャンデリアの下、大勢の貴族たちが私を見ている。
その視線は突き刺さるように冷たく、嘲笑を含んでいた。
王子の隣には、か弱そうな令嬢がぴったりと寄り添っている。
彼女は私の異母妹であり、聖女とも呼ばれるミカエラだ。
「お兄様、カトリーヌお姉様をあまり責めないでください。」
ミカエラが、わざとらしい震え声で王子にすがりついた。
その瞳は、私をあざ笑うかのように怪しく輝いている。
私は、手に持っていた大きな骨付き肉を口へと運んだ。
じゅわりと溢れ出す肉汁が、舌の上で踊るのを感じる。
「……んぐ、もぐもぐ。ごっくん。」
私は喉を鳴らして、肉の塊を勢いよく飲み込んだ。
胃袋に温かい満足感が広がり、思わず吐息が漏れる。
「王子、それは本気でおっしゃっているのですか?」
私の声は、口に残った肉の脂で少しだけくぐもっていた。
目の前の王子は、顔を真っ赤にして怒りで震えている。
「当たり前だ! その醜い姿を鏡で見てみるがいい!」
ジュリアン王子が、忌々しそうに私の全身を指さした。
私の体は、この会場にいる普通の令嬢の三倍ほどもある。
特注のドレスの生地は、はち切れんばかりに膨らんでいた。
動くたびに、ミシミシと布が悲鳴を上げているようだ。
「豚のような女が、王妃の座に座れるはずがないだろう!」
王子の叫びを聞いて、周囲の貴族たちがドッと笑った。
扇子で口元を隠しながら、彼らは遠慮なく私を指差す。
「本当よね、見ているだけで食欲が失せるわ。」
「あんなに食べてばかりで、恥ずかしくないのかしら。」
「王家の恥さらしだわ。早くどこかへ消えればいいのに。」
ヒソヒソという陰口が、波のように私に押し寄せてくる。
だが、私にとってその言葉は、何の意味も持たなかった。
なぜなら、私の目には彼らの本性が見えているからだ。
ジュリアン王子の体からは、どす黒い霧が噴き出している。
それは、彼が抱く醜い虚栄心と、私への悪意の塊だった。
ゆらゆらと揺れるその霧は、濃厚なビターチョコのようだ。
「……美味しそう。」
私は思わず、じゅるりと音を立ててよだれを啜った。
ミカエラの足元からも、粘りつくような瘴気が溢れている。
他人を蹴落とそうとする、猛毒のようなドロドロの呪いだ。
普通の人なら、これに触れるだけで病に倒れるだろう。
しかし、私にとってはこれが最高のご馳走に見えるのだ。
「カトリーヌ! 私の話を聞いているのか!」
王子が、無視されたことに腹を立てて大声で怒鳴った。
「ええ、聞いておりますわ。婚約破棄、でしたっけ?」
私は、次の料理に手を伸ばそうとして、ふと手を止めた。
皿の上には、もうローストチキンしか残っていない。
「返事が軽い! 貴様には羞恥心というものがないのか!」
「羞恥心よりも、空腹の方が重大な問題ですもの。」
私は、チキンの足をつかんで、ガブリと大きくかじりついた。
パリパリの皮と、ジューシーな肉のハーモニーが素晴らしい。
「なっ、この期に及んでまだ食べる気か!」
ジュリアン王子は、信じられないものを見る目で私を見た。
「お姉様、現実逃避はいけませんわ。お可哀想に……。」
ミカエラが、ハンカチで嘘泣きをしながらクスクスと笑う。
彼女から出るピンク色の瘴気が、甘ったるい香りを放つ。
それはまるで、たっぷりの砂糖で煮詰めたラズベリーソースだ。
私の鼻腔をくすぐるその香りに、胃袋がキュルルと鳴る。
「分かりました。婚約破棄、喜んでお受けします。」
私は、最後の一口の肉を、骨までしゃぶって綺麗に平らげた。
ナプキンで口の周りを拭い、優雅に微笑んでみせる。
「ふん、物分かりが良いのは、豚の唯一の長所だな。」
ジュリアン王子が、鼻で笑いながら勝ち誇った顔をした。
彼の周りの黒い霧が、さらに濃度を増して渦巻いている。
「ただし、タダで追い出すわけにはいかないからな。」
彼は、冷酷な笑みを浮かべて、懐から一枚の書面を取り出した。
バサリ、と音を立てて、その紙切れを私の足元に投げる。
「貴様を、北の果てにある『黒霧の城』へ追放する。」
その言葉を聞いた瞬間、会場がざわつき始めた。
貴族たちの顔色が変わり、恐怖に引きつった表情になる。
「黒霧の城だって? あそこは死の土地じゃないか。」
「あんなところへ行ったら、三日と持たずに死ぬぞ。」
黒霧の城は、建国以来の強力な呪いが渦巻く場所だという。
一度足を踏み入れれば、二度と生きては戻れない魔境だ。
死刑宣告も同然の命令に、ミカエラが口元を隠して笑う。
「まあ、お姉様にぴったりの不気味な場所ですわね。」
彼女は、勝ち誇ったような顔で私を見上げてきた。
「そこなら、誰にも迷惑をかけずに野垂れ死にできますわ。」
普通なら、ここで泣き叫んで命乞いをする場面だろう。
だが、私の心臓は、期待と興奮で早鐘を打っていた。
黒霧の城。そこには、数百年分の濃厚な呪いがあるという。
それはつまり、数百年分の熟成された高級食材があるということだ。
想像しただけで、口の中に大量のヨダレが溜まってしまう。
「……素晴らしい。」
私は、感動のあまり、震える声でつぶやいた。
「ええ、本当に素晴らしい場所をありがとうございます。」
私は、本心から王子に感謝の言葉を述べ、深く頭を下げた。
「へ……?」
ジュリアン王子が、間の抜けた声を出して固まっている。
ミカエラも、予想外の反応に目を丸くしてポカンとしている。
「何を言っているんだ? 恐怖で頭がおかしくなったか?」
「いいえ、正気ですわ。むしろ感謝感激です。」
私は、足元に落ちた書面を、宝物のように拾い上げた。
そこには確かに、私の新しい領地となる場所が記されている。
あそこに行けば、誰に遠慮することなく食べ放題だ。
王宮の窮屈な食事制限も、ダイエットの強要もない。
私の最強の胃袋を、存分に満たすことができるのだ。
「……何を言っている、このキチガイめ。」
ジュリアン王子が、気味悪そうに私から距離を取った。
彼の顔には、明らかな嫌悪と恐怖の色が浮かんでいる。
「あそこに行けば、その贅肉もすぐに腐り落ちるだろう。」
彼は、私を汚いゴミのように手で追い払う仕草をした。
「二度と私の前に顔を見せるな。この豚女が。」
その言葉と共に、彼から特大の悪意の塊が放たれた。
ドス黒く濁ったその瘴気は、私を飲み込もうと迫ってくる。
しかし、今の私にとってそれは、ただのメインディッシュだ。
「それでは、失礼いたします。皆様、お元気で。」
私は、優雅に(肉の重みで揺れながら)カーテシーをした。
会場を出る間際、私は大きく息を吸い込んだ。
「スーッ……。」
肺いっぱいに空気を溜め込み、準備を整える。
広間に充満していた、貴族たちの嫉妬と悪意。
それらが、私の吸引力に引かれて集まってくる。
目には見えないはずの呪いが、渦を巻いて私の口に殺到した。
ドロドロとした黒い霧が、キラキラとした金平糖のような光に変わる。
パチパチと弾ける光の粒が、次々と私の喉の奥へと消えていく。
「あぐっ……んぐっ、ごくん!」
私は、口いっぱいに広がったその味に、目を見開いた。
「……おいしい!」
あまりの美味に、私は思わず大きな声を上げてしまった。
ジュリアン王子の悪意は、濃厚なビターチョコの味だ。
カカオの香ばしさと、程よい苦味が絶妙なバランスである。
ミカエラの嫉妬は、酸味の効いたラズベリーのよう。
甘酸っぱい刺激が、口の中をさっぱりとさせてくれる。
そして周囲の貴族たちの嘲笑は、ポップコーンのように軽い。
塩味が効いていて、いくらでも食べられそうなスナック感覚だ。
「何をブツブツ言っている! 早く出て行け!」
王子の怒声が背後から飛んでくるが、私は無視して進んだ。
一歩歩くたびに、体が内側からカッと熱くなっていく。
ドクン、ドクンと心臓が力強く脈打ち、血が巡る。
呪いを食べることで、私の魔力がどんどん増えていた。
食べたカロリーが、即座に純粋なエネルギーへと変換される。
私の体質は、この世のあらゆる呪いを魔力に変えるのだ。
王宮の門を出る頃には、背中のファスナーが少し緩んだ。
「あら、ちょっと体が軽くなったかしら。」
私は、自分の脇腹のあたりを触って確かめてみた。
パンパンだった贅肉が、ほんの少しだけ減っている気がする。
この調子なら、黒霧の城に着く頃にはモデル体型も夢ではない。
「ふふ、あんなに美味しいものを残すなんて勿体ない。」
私は、振り返って王宮の方を見つめ、ペロリと舌なめずりをした。
あそこには、まだまだ食べ残した呪いがいっぱいある。
壁の染みついた怨念や、地下牢の古い呪いなど盛りだくさんだ。
いつか、デザートとして全部回収しに来よう。
私は、門の前で待っていた古ぼけた馬車に乗り込んだ。
ギシッ、と車体が大きく傾き、悲鳴のような音を上げる。
御者は、私の巨体を見てひどく怯えた顔をしている。
彼は、これから死地へ向かうことに絶望しているようだ。
「お、お嬢様……本当にあそこへ行くのですか?」
御者の声は震え、手綱を握る手もガタガタと揺れている。
「北の果てなんて、生きて帰れる場所じゃありませんぜ。」
「ええ、知っているわ。だからこそ楽しみなのよ。」
私は、馬車の窓から顔を出して、満面の笑みで答えた。
「た、楽しみ……ですか? 正気とは思えません。」
「美味しいものが山ほどあるのよ。早く出してちょうだい。」
私は、座席に深く座り直し、クッションに体を沈めた。
御者は、首をかしげながらも、恐る恐る馬に鞭を入れた。
馬車がガタガタと揺れながら、王都をゆっくりと離れ始める。
石畳の上を車輪が転がる音が、規則正しく響いてくる。
窓の外を見ると、王宮の尖塔が遠ざかっていくのが見えた。
かつては憧れだった場所だが、今となってはどうでもいい。
私には、もっと素晴らしい新天地が待っているのだから。
「さて、移動の間は何をして過ごそうかしら。」
私は、膝の上で指を組み、これからの計画を練り始めた。
私の頭の中には、前世の記憶という強力な武器がある。
かつて私が生きた別の世界には、便利な道具がたくさんあった。
魔法はないが、科学技術が発達した素晴らしい世界だ。
今の私なら、あの便利な道具たちを再現できるかもしれない。
膨れ上がった魔力を使えば、どんなことだって可能だろう。
「まずは、お掃除ロボットかしら。それとも冷蔵庫?」
私は、頭の中に設計図を思い浮かべて、ニヤニヤと笑った。
黒霧の城は汚れているだろうから、掃除道具は必須だ。
ボタン一つで床をピカピカにしてくれる、可愛い円盤型の機械。
あれがあれば、広い城の掃除もあっという間に終わるはずだ。
「それに、美味しいものを保存するための冷蔵庫も捨てがたいわ。」
いつでも冷たい飲み物が飲める幸せを、この世界にも広めたい。
氷を作る手間もなく、食材を新鮮なまま保てる魔法の箱。
想像するだけで、創作意欲がむくむくと湧いてくる。
「ふあぁ……。お腹がいっぱいになったら眠くなってきたわ。」
私は、大きなあくびをして、馬車の壁に寄りかかった。
心地よい揺れが、私を深い眠りの世界へと誘っていく。
独り言を言いながら、私は幸せな気分で眠りについた。
馬車が走る音だけが、夜の道に虚しく響いていた。
婚約者であるジュリアン王子の声が、広間に響き渡った。
豪華なシャンデリアの下、大勢の貴族たちが私を見ている。
その視線は突き刺さるように冷たく、嘲笑を含んでいた。
王子の隣には、か弱そうな令嬢がぴったりと寄り添っている。
彼女は私の異母妹であり、聖女とも呼ばれるミカエラだ。
「お兄様、カトリーヌお姉様をあまり責めないでください。」
ミカエラが、わざとらしい震え声で王子にすがりついた。
その瞳は、私をあざ笑うかのように怪しく輝いている。
私は、手に持っていた大きな骨付き肉を口へと運んだ。
じゅわりと溢れ出す肉汁が、舌の上で踊るのを感じる。
「……んぐ、もぐもぐ。ごっくん。」
私は喉を鳴らして、肉の塊を勢いよく飲み込んだ。
胃袋に温かい満足感が広がり、思わず吐息が漏れる。
「王子、それは本気でおっしゃっているのですか?」
私の声は、口に残った肉の脂で少しだけくぐもっていた。
目の前の王子は、顔を真っ赤にして怒りで震えている。
「当たり前だ! その醜い姿を鏡で見てみるがいい!」
ジュリアン王子が、忌々しそうに私の全身を指さした。
私の体は、この会場にいる普通の令嬢の三倍ほどもある。
特注のドレスの生地は、はち切れんばかりに膨らんでいた。
動くたびに、ミシミシと布が悲鳴を上げているようだ。
「豚のような女が、王妃の座に座れるはずがないだろう!」
王子の叫びを聞いて、周囲の貴族たちがドッと笑った。
扇子で口元を隠しながら、彼らは遠慮なく私を指差す。
「本当よね、見ているだけで食欲が失せるわ。」
「あんなに食べてばかりで、恥ずかしくないのかしら。」
「王家の恥さらしだわ。早くどこかへ消えればいいのに。」
ヒソヒソという陰口が、波のように私に押し寄せてくる。
だが、私にとってその言葉は、何の意味も持たなかった。
なぜなら、私の目には彼らの本性が見えているからだ。
ジュリアン王子の体からは、どす黒い霧が噴き出している。
それは、彼が抱く醜い虚栄心と、私への悪意の塊だった。
ゆらゆらと揺れるその霧は、濃厚なビターチョコのようだ。
「……美味しそう。」
私は思わず、じゅるりと音を立ててよだれを啜った。
ミカエラの足元からも、粘りつくような瘴気が溢れている。
他人を蹴落とそうとする、猛毒のようなドロドロの呪いだ。
普通の人なら、これに触れるだけで病に倒れるだろう。
しかし、私にとってはこれが最高のご馳走に見えるのだ。
「カトリーヌ! 私の話を聞いているのか!」
王子が、無視されたことに腹を立てて大声で怒鳴った。
「ええ、聞いておりますわ。婚約破棄、でしたっけ?」
私は、次の料理に手を伸ばそうとして、ふと手を止めた。
皿の上には、もうローストチキンしか残っていない。
「返事が軽い! 貴様には羞恥心というものがないのか!」
「羞恥心よりも、空腹の方が重大な問題ですもの。」
私は、チキンの足をつかんで、ガブリと大きくかじりついた。
パリパリの皮と、ジューシーな肉のハーモニーが素晴らしい。
「なっ、この期に及んでまだ食べる気か!」
ジュリアン王子は、信じられないものを見る目で私を見た。
「お姉様、現実逃避はいけませんわ。お可哀想に……。」
ミカエラが、ハンカチで嘘泣きをしながらクスクスと笑う。
彼女から出るピンク色の瘴気が、甘ったるい香りを放つ。
それはまるで、たっぷりの砂糖で煮詰めたラズベリーソースだ。
私の鼻腔をくすぐるその香りに、胃袋がキュルルと鳴る。
「分かりました。婚約破棄、喜んでお受けします。」
私は、最後の一口の肉を、骨までしゃぶって綺麗に平らげた。
ナプキンで口の周りを拭い、優雅に微笑んでみせる。
「ふん、物分かりが良いのは、豚の唯一の長所だな。」
ジュリアン王子が、鼻で笑いながら勝ち誇った顔をした。
彼の周りの黒い霧が、さらに濃度を増して渦巻いている。
「ただし、タダで追い出すわけにはいかないからな。」
彼は、冷酷な笑みを浮かべて、懐から一枚の書面を取り出した。
バサリ、と音を立てて、その紙切れを私の足元に投げる。
「貴様を、北の果てにある『黒霧の城』へ追放する。」
その言葉を聞いた瞬間、会場がざわつき始めた。
貴族たちの顔色が変わり、恐怖に引きつった表情になる。
「黒霧の城だって? あそこは死の土地じゃないか。」
「あんなところへ行ったら、三日と持たずに死ぬぞ。」
黒霧の城は、建国以来の強力な呪いが渦巻く場所だという。
一度足を踏み入れれば、二度と生きては戻れない魔境だ。
死刑宣告も同然の命令に、ミカエラが口元を隠して笑う。
「まあ、お姉様にぴったりの不気味な場所ですわね。」
彼女は、勝ち誇ったような顔で私を見上げてきた。
「そこなら、誰にも迷惑をかけずに野垂れ死にできますわ。」
普通なら、ここで泣き叫んで命乞いをする場面だろう。
だが、私の心臓は、期待と興奮で早鐘を打っていた。
黒霧の城。そこには、数百年分の濃厚な呪いがあるという。
それはつまり、数百年分の熟成された高級食材があるということだ。
想像しただけで、口の中に大量のヨダレが溜まってしまう。
「……素晴らしい。」
私は、感動のあまり、震える声でつぶやいた。
「ええ、本当に素晴らしい場所をありがとうございます。」
私は、本心から王子に感謝の言葉を述べ、深く頭を下げた。
「へ……?」
ジュリアン王子が、間の抜けた声を出して固まっている。
ミカエラも、予想外の反応に目を丸くしてポカンとしている。
「何を言っているんだ? 恐怖で頭がおかしくなったか?」
「いいえ、正気ですわ。むしろ感謝感激です。」
私は、足元に落ちた書面を、宝物のように拾い上げた。
そこには確かに、私の新しい領地となる場所が記されている。
あそこに行けば、誰に遠慮することなく食べ放題だ。
王宮の窮屈な食事制限も、ダイエットの強要もない。
私の最強の胃袋を、存分に満たすことができるのだ。
「……何を言っている、このキチガイめ。」
ジュリアン王子が、気味悪そうに私から距離を取った。
彼の顔には、明らかな嫌悪と恐怖の色が浮かんでいる。
「あそこに行けば、その贅肉もすぐに腐り落ちるだろう。」
彼は、私を汚いゴミのように手で追い払う仕草をした。
「二度と私の前に顔を見せるな。この豚女が。」
その言葉と共に、彼から特大の悪意の塊が放たれた。
ドス黒く濁ったその瘴気は、私を飲み込もうと迫ってくる。
しかし、今の私にとってそれは、ただのメインディッシュだ。
「それでは、失礼いたします。皆様、お元気で。」
私は、優雅に(肉の重みで揺れながら)カーテシーをした。
会場を出る間際、私は大きく息を吸い込んだ。
「スーッ……。」
肺いっぱいに空気を溜め込み、準備を整える。
広間に充満していた、貴族たちの嫉妬と悪意。
それらが、私の吸引力に引かれて集まってくる。
目には見えないはずの呪いが、渦を巻いて私の口に殺到した。
ドロドロとした黒い霧が、キラキラとした金平糖のような光に変わる。
パチパチと弾ける光の粒が、次々と私の喉の奥へと消えていく。
「あぐっ……んぐっ、ごくん!」
私は、口いっぱいに広がったその味に、目を見開いた。
「……おいしい!」
あまりの美味に、私は思わず大きな声を上げてしまった。
ジュリアン王子の悪意は、濃厚なビターチョコの味だ。
カカオの香ばしさと、程よい苦味が絶妙なバランスである。
ミカエラの嫉妬は、酸味の効いたラズベリーのよう。
甘酸っぱい刺激が、口の中をさっぱりとさせてくれる。
そして周囲の貴族たちの嘲笑は、ポップコーンのように軽い。
塩味が効いていて、いくらでも食べられそうなスナック感覚だ。
「何をブツブツ言っている! 早く出て行け!」
王子の怒声が背後から飛んでくるが、私は無視して進んだ。
一歩歩くたびに、体が内側からカッと熱くなっていく。
ドクン、ドクンと心臓が力強く脈打ち、血が巡る。
呪いを食べることで、私の魔力がどんどん増えていた。
食べたカロリーが、即座に純粋なエネルギーへと変換される。
私の体質は、この世のあらゆる呪いを魔力に変えるのだ。
王宮の門を出る頃には、背中のファスナーが少し緩んだ。
「あら、ちょっと体が軽くなったかしら。」
私は、自分の脇腹のあたりを触って確かめてみた。
パンパンだった贅肉が、ほんの少しだけ減っている気がする。
この調子なら、黒霧の城に着く頃にはモデル体型も夢ではない。
「ふふ、あんなに美味しいものを残すなんて勿体ない。」
私は、振り返って王宮の方を見つめ、ペロリと舌なめずりをした。
あそこには、まだまだ食べ残した呪いがいっぱいある。
壁の染みついた怨念や、地下牢の古い呪いなど盛りだくさんだ。
いつか、デザートとして全部回収しに来よう。
私は、門の前で待っていた古ぼけた馬車に乗り込んだ。
ギシッ、と車体が大きく傾き、悲鳴のような音を上げる。
御者は、私の巨体を見てひどく怯えた顔をしている。
彼は、これから死地へ向かうことに絶望しているようだ。
「お、お嬢様……本当にあそこへ行くのですか?」
御者の声は震え、手綱を握る手もガタガタと揺れている。
「北の果てなんて、生きて帰れる場所じゃありませんぜ。」
「ええ、知っているわ。だからこそ楽しみなのよ。」
私は、馬車の窓から顔を出して、満面の笑みで答えた。
「た、楽しみ……ですか? 正気とは思えません。」
「美味しいものが山ほどあるのよ。早く出してちょうだい。」
私は、座席に深く座り直し、クッションに体を沈めた。
御者は、首をかしげながらも、恐る恐る馬に鞭を入れた。
馬車がガタガタと揺れながら、王都をゆっくりと離れ始める。
石畳の上を車輪が転がる音が、規則正しく響いてくる。
窓の外を見ると、王宮の尖塔が遠ざかっていくのが見えた。
かつては憧れだった場所だが、今となってはどうでもいい。
私には、もっと素晴らしい新天地が待っているのだから。
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私は、膝の上で指を組み、これからの計画を練り始めた。
私の頭の中には、前世の記憶という強力な武器がある。
かつて私が生きた別の世界には、便利な道具がたくさんあった。
魔法はないが、科学技術が発達した素晴らしい世界だ。
今の私なら、あの便利な道具たちを再現できるかもしれない。
膨れ上がった魔力を使えば、どんなことだって可能だろう。
「まずは、お掃除ロボットかしら。それとも冷蔵庫?」
私は、頭の中に設計図を思い浮かべて、ニヤニヤと笑った。
黒霧の城は汚れているだろうから、掃除道具は必須だ。
ボタン一つで床をピカピカにしてくれる、可愛い円盤型の機械。
あれがあれば、広い城の掃除もあっという間に終わるはずだ。
「それに、美味しいものを保存するための冷蔵庫も捨てがたいわ。」
いつでも冷たい飲み物が飲める幸せを、この世界にも広めたい。
氷を作る手間もなく、食材を新鮮なまま保てる魔法の箱。
想像するだけで、創作意欲がむくむくと湧いてくる。
「ふあぁ……。お腹がいっぱいになったら眠くなってきたわ。」
私は、大きなあくびをして、馬車の壁に寄りかかった。
心地よい揺れが、私を深い眠りの世界へと誘っていく。
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