デブで無能と追放された令嬢、実は呪いを魔力として変換する最強体質でした。呪われた王宮の瘴気を完食して絶世の美女になりました。

旅する書斎(☆ほしい)

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第15話 紫水晶の妖精と、絶望という名のヴィンテージ・ワイン

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森の奥深くに漂う空気は、湿り気を帯びてひんやりとしていた。
だが、私の鼻腔をくすぐるのは、カビや土の匂いではない。
もっと芳醇で、鼻の奥がツンとするような甘酸っぱい香り。
そう、例えるなら完熟した巨峰を、皮ごと煮詰めて作ったコンフィチュールのような匂いだ。

「くんくん。……間違いないわ。この奥に、特大のデザートが隠れている」

私はドレスの裾を翻し、道なき道を進んでいく。
茨が私の行く手を阻もうとするが、私の体から溢れ出る黄金の魔力に触れた瞬間、恐れをなしたようにシュルシュルと道を開けた。
私の後を追うフェンリルが、銀色の尾を優雅に揺らしながら鼻を鳴らす。

「主、この香りは……『紫怨の水晶』ですね。数百年前に封印された、高密度の呪いの一種です」
「あら、詳しいのね。味の評判はどうなのかしら?」
「一般的には、触れた者の精神を崩壊させる猛毒とされております。ですが、主にとっては極上のゼリーでしょう」
「ふふ、分かっているじゃない」

視界が開け、森の最深部にある聖域へとたどり着いた。
そこには、大人の背丈の三倍はある巨大な水晶が、地面に突き刺さるようにして鎮座している。
水晶の内部では、ドス黒い紫色の霧が渦を巻き、脈打つように発光していた。
表面からは、粘り気のある紫の瘴気が溢れ出し、周囲の草花を枯らせている。

「なんて美しい紫色なのかしら。グレープ味のゼリーそのものね」

私は、プルプルと震える紫色の霧に手を伸ばした。
指先が霧に触れた瞬間、ジュッという音がして、瘴気が私の肌に絡みついてくる。
普通なら皮膚が爛れ落ちるほどの呪詛だが、私には心地よい刺激でしかない。
指に絡んだそれを、ペロリと舐める。

「……ん! 濃厚!」

口の中に、弾けるような果実の酸味と、深みのある甘さが広がった。
安っぽい駄菓子のブドウ味ではない。
最高級の果汁を限界まで凝縮し、そこに少しの苦味――おそらく、封印された怨念のスパイス――を加えた、大人の味わいだ。

「いただきまーす!」

私は両手を広げ、水晶から溢れ出る霧に顔を埋めた。
掃除機も裸足で逃げ出すほどの吸引力で、一気に息を吸い込む。

ズズズズズッ……!

「んぐっ、ごくっ! あむっ!」

紫色の霧が、私の喉を通って胃袋へと流れていく。
喉越しはツルッとしていて、まるで喉の渇きを癒やすオアシスの水のようだ。
胃に落ちた瞬間、熱い魔力へと変換され、私の全身を駆け巡る。

「ぷはぁっ! おいしい! とってもジューシーだわ!」

私が最後の霧を飲み干すと、巨大な水晶の輝きが変わり、パリンと小気味よい音を立てて砕け散った。
中から現れたのは、キラキラと輝く光の粒子と――手のひらサイズの小さな女の子だった。
背中には透き通る羽が生え、紫水晶のような瞳をしている。

「……ふわぁ。あなたは、だあれ?」

妖精は、眠たげに瞳をこすりながら、私の目の高さまでパタパタと飛んできた。
彼女は私の顔をじっと見つめると、驚いたように目を見開いた。

「すごい……。全身が黄金色に輝いてる。お日様みたい」
「私はカトリーヌ。ここの領主で、今あなたの寝床(おやつ)を食べちゃった人よ」
「カトリーヌ……。あなたの魔力、とっても甘くておいしい匂いがするわ!」

妖精は嬉しそうに笑うと、私の人差し指にちょこんと止まった。
彼女の小さな手から、くすぐったいような温かさが伝わってくる。

「私は森の精霊、ミントよ。悪い呪いに捕まって、ずっと眠らされていたの」
「そうなのね。呪いは私が美味しく頂いたから、もう安心よ」
「ありがとう、カトリーヌ! お礼に、私が森の案内をしてあげる!」

「あら、それは助かるわ。でも、もっといい仕事があるのよ」
「お仕事?」
「ええ。私のホテルで、コンシェルジュをしてちょうだい。妖精がいるホテルなんて、素敵だと思わない?」

私が提案すると、ミントは羽をパタパタさせて空中で一回転した。

「やるやる! カトリーヌのそばにいれば、美味しい魔力がたくさん貰えそうだもの!」
「契約成立ね。さあ、村へ戻るわよ。今日は新しい乗り物の試運転があるの」

新しい従業員(マスコット)を肩に乗せ、私は意気揚々と村への帰路についた。
食べたばかりの呪いゼリーのカロリーが、足取りを羽のように軽くさせてくれる。
フェンリルもまた、私の背後で満足げに尻尾を揺らしていた。

村に戻ると、そこにはすでに人だかりができていた。
広場から村の外周へと伸びる真新しい線路の上に、銀色に輝く巨大な鉄の塊が鎮座している。
龍の鱗を精錬して作った装甲は、太陽の光を反射して眩いばかりの光沢を放っていた。

「お嬢様! お待ちしておりましたぞ!」

ガレスが、完成したばかりの車両の前で、誇らしげに敬礼した。
その顔は、新しいおもちゃを買ってもらった子供のように輝いている。

「鉄道の準備、完了しております! いつでも発車可能です!」
「ご苦労様、ガレス。フォルムも完璧ね。流線型のボディが美しいわ」

私は、ピカピカに磨き上げられた先頭車両のボディを撫でた。
冷たい金属の感触の下に、ドクンドクンと脈打つ魔力エンジンの鼓動を感じる。
動力源には、地下ボイラーの余剰エネルギーと、昨日食べた炎の魔力を充填した魔石を使用している。

「さあ、みんな乗って! 歴史的瞬間よ!」

私が声を上げると、村人や騎士たち、そしてホテルに滞在している貴族たちが、恐る恐る客車へと乗り込んだ。

「こ、これ本当に動くのか? 馬もいないのに?」
「鉄の箱に閉じ込められて、大丈夫なのか……?」

バレル伯爵が、顔を引きつらせながら一番豪華なシートに座った。
シートはスライム素材を加工した低反発クッションで、座り心地は雲の上のように柔らかい。

「出発進行! スイッチ、オン!」

私が運転席の水晶球に魔力を流し込むと、車体がふわりと浮き上がるような感覚と共に、低い唸りを上げた。

シュッシュッ、ポッポー!

汽笛の代わりに、美しい和音のような魔導音が村中に響き渡る。
次の瞬間、風景が後方へとすっ飛んでいった。

「うわあああっ! 速い! 速すぎるぞ!」
「景色が溶けて見える! 目が追いつかない!」

客車からは、悲鳴にも似た歓声が上がった。
魔導鉄道は、滑るようにレールの上を疾走している。
振動吸収魔法をかけているため、揺れは全くない。
まるで、氷の上を滑るスケートのような滑らかさだ。

「な、なんだこの乗り心地は……。ワインが全く揺れないぞ」

バレル伯爵が、サイドテーブルに置かれたグラスを見つめて呟いた。
液面は鏡のように静止したままだ。

「これなら、王都まで一時間もかからないわね」
「一時間!? 馬車で一週間かかる距離をですか!?」

ガレスが目を剥いて驚いている。
私は運転席から振り返り、余裕の笑みを浮かべた。

「ええ。これからは、新鮮な魚介類も、朝採れのフルーツも、瞬時に運べるようになるわ。私の食卓がさらに豊かになるのよ」

列車は村を一周し、滑らかに駅へと戻ってきた。
降りてきた乗客たちは、皆、興奮で顔を紅潮させ、足元がおぼつかない様子だった。
彼らは知ってしまったのだ。
もう二度と、ガタガタ揺れる馬車には戻れないという事実を。

その時、フェンリルの耳がピクリと動いた。
彼はスッと目を細め、西の空を見つめる。

「主、王都の方角より、大量の人間の気配が近づいています」
「あら、観光客かしら? ホテルの予約はまだ埋まっていないけれど」
「いえ……あれは、生気のない足音です。数千、いや一万に近い数が、這うようにして向かってきています」

フェンリルの言葉通り、地平線の彼方から、黒い染みのような群衆が姿を現した。
それは、王都から逃げ出してきた避難民たちだった。
彼らの姿は、あまりにも惨めだった。
服はボロボロに破れ、泥と煤にまみれている。
頬はこけ、目は落ち窪み、足を引きずりながら、それでも光り輝く私の村を目指して歩いているのだ。

「カトリーヌ様……! どうか、どうかお助けください!」
「私たちは愚かでした……! 豚と呼んだことを、死ぬほど後悔しております!」
「あんな王子に従ったのが間違いでした! 食べ物を……ひとかけらのパンをください!」

先頭にいた男が、村の入り口で力尽きたように倒れ込み、地面に額をこすりつけて懇願した。
それに続くように、数千人の民衆が次々と跪き、涙を流して許しを請う。
彼らの体からは、ドス黒い瘴気が大量に漏れ出していた。
それは、後悔と絶望、そして自己嫌悪が入り混じった、複雑で重たい香りだ。

「……くんくん。あら、これは」

私は鼻をひくつかせ、漂ってくる香りを分析した。
腐敗臭にも似ているが、その奥底には熟成された果実のような芳醇さがある。
何年も地下の樽で寝かせた、重厚な赤ワインの香りだ。
それも、渋みが強く、飲む人を選ぶフルボディのヴィンテージ・ワイン。

「……おいしそう」

私は思わず、口の端から垂れそうになるヨダレを、ゴクリと飲み込んだ。
絶望という名のスパイスが効いた、極上のスープに見えてくる。

「いいわ。私の領民になり、私のために働くと誓うなら、全員受け入れてあげる」

私は両手を広げ、避難民たちの頭上に漂う絶望の雲を見上げた。

「いただきます!」

私が大きく息を吸い込むと、数千人分の絶望が黒い渦となって、私の口元へと吸い寄せられた。

ズズズズズッ! ゴキュッ、ゴキュッ!

「んんっ! 渋い! でも、喉の奥が熱くなるようなアルコール感!」
「あぐっ、んぐ! この重み、お腹にずっしりと溜まるわ!」

私は、彼らの苦しみを、悲しみを、後悔を、すべて飲み干した。
体内に入った瞬間、絶望は黄金の魔力へと変換され、爆発的なエネルギーとなって全身を駆け巡る。

カッ!!

私の体から、太陽フレアのような黄金のオーラが噴き出した。
あまりの輝きに、周囲の空間が歪み、空に浮かぶ雲さえも吹き飛ばされる。
肌は白磁のように透き通り、髪は流星の尾のように煌めき、瞳は万物を魅了する宝石となった。
美しさが限界突破し、もはや人間の定義を超えた存在へと昇華していく。

その光は、跪く避難民たちをも優しく包み込んだ。
光を浴びた彼らの体に、奇跡が起こる。
土気色だった肌に赤みが差し、痩せこけた体に肉が戻り、濁っていた瞳に生気が宿る。

「あ、ああ……! 体が軽い! お腹が空かなくなったぞ!」
「痛みが消えた! 歩ける! 走れるぞ!」
「奇跡だ……! 本物の女神様が、ここにいらっしゃる!」

民衆は、涙を流しながら私の足元にひれ伏し、熱狂的な崇拝の眼差しを向けた。
彼らから放たれる感謝の念が、さらに私を輝かせる。

「さあ、みんな! 元気になったら、美味しいご飯を食べて仕事に取り掛かりなさい!」

私は指を鳴らし、倉庫から数十台の鉄の塊を出現させた。
昨日開発したばかりの『魔導トラクター・改』だ。
無骨な鉄のボディに、龍の骨で作った鋤を取り付けた、農業革命の申し子である。

「土地はいくらでもあるわ。どんどん開拓して、もっと美味しいものを作ってちょうだい!」
「はい! 一生、カトリーヌ様のために働きます!」
「この命、貴方様に捧げます!」

避難民たちは、希望に満ちた顔でトラクターに乗り込み、荒野へと散っていった。
彼らの忠誠心は、もはや洗脳に近いレベルだが、幸せそうだから問題ないだろう。

「これで労働力も確保できたわね。次は、空の開拓よ」

私は満足げに頷き、次なる野望の設計図を脳内に展開した。
陸の移動は鉄道で制した。ならば次は、空だ。
雲の上で、優雅にアフタヌーンティーを楽しめるような、空飛ぶ楽園。

「フェンリル、あっちの特大の呪い石を持ってきて。浮遊機関の核にするわ」
「承知いたしました。燃料としては最高級の品質ですな」

私たちは、避難民たちが働く横で、巨大な船の建造を開始した。
龍の鱗を船底に張り、浮遊石を埋め込んだキールを据える。
私の魔力が注がれるたびに、船は生き物のように組み上がり、威容を現していった。

そんな中、フェンリルが一通の封筒を咥えて戻ってきた。
その封筒からは、カビと湿気、そして陰湿な粘着質を感じさせる嫌な匂いが漂っている。

「主、王都からの使いがこれを置いていきました。現国王からの親書のようです」
「……げっ。触るのも嫌な匂いね」

私は指先でつまむようにして封筒を受け取り、中身をざっと読んだ。

『愛するカトリーヌへ。過去のことは水に流そう。直ちに王都へ戻り、余の病を治せ。さすれば、お前を王位継承者として認めてやらんでもない。追伸:あの美味しいパンを持ってこい』

読んでいるだけで、胃液が逆流しそうなほど図々しい内容だ。
愛する? 水に流そう? 認めてやらんでもない?
どこまでおめでたい脳みそをしているのかしら、この狸親父は。

「フェンリル、火はある?」
「はい、こちらに」

フェンリルが指先に小さな青い炎を灯す。
私は躊躇なく、その手紙を炎にかざした。
紙は瞬く間に燃え上がり、黒い灰となって風に舞い散る。

「主、よろしかったのですか? 一応は国王からの勅命ですが」
「構わないわ。寝言は寝て言ってほしいものね」

私は灰になった手紙をヒールで踏み潰し、冷たく言い放った。
今さら王位など、何の価値もない。
私が欲しいのは、世界中の「美味しいもの」だけ。
そして、このホテルと村こそが、私の新しい王国であり、美食の都なのだから。

「不味い手紙を読んだから、口直しが必要だわ」

私はキッチンから、焼き上がったばかりの『究極のベリータルト』を取り出した。
サクサクの生地の上には、宝石のように輝く大量のベリーと、龍の乳で作ったカスタードクリームが乗っている。
一口食べると、甘酸っぱい果汁と濃厚なクリームが口の中で溶け合い、幸せのハーモニーを奏でた。

「ん~っ! 最高! この酸味が、イライラを吹き飛ばしてくれるわ!」

私はタルトを頬張りながら、眼下に広がる自分の王国を見渡した。
畑には緑が溢れ、鉄道が走り、人々が笑顔で働いている。
まさに、私が作り上げた理想郷だ。

「さあ、出発よ! もっと美味しい呪いを探しに行きましょう!」

私は、グラスに入った紫色の魔力ジュースを高々と掲げた。
その時、森の奥から、空気をビリビリと震わせる巨大な咆哮が響き渡った。

「グオオオオオオンッ!!」

「あら、新しいお客様かしら?」

雲を突き抜けて現れたのは、かつて倒した黒龍よりもさらに巨大な、黄金の龍だった。
その体からは、目も眩むような金色の光と、とろけるような甘い香りの瘴気が溢れ出している。

「すごいわ! あれ、絶対にメイプルシロップの味がするわ!」

私の鼻は誤魔化せない。
あの黄金の輝きは、ホットケーキにかける最高級のシロップそのものだ。
私は、口元から垂れるヨダレを拭いもせず、全速力で龍に向かって走り出した。

「待ってなさい! 私のメインディッシュ!」
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