【異世界コンビニ】通販スキルを使って異世界でコンビニを開いたら、ただの100円ライターが魔道具、コーラが万能薬として神々に崇められた件

旅する書斎(☆ほしい)

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第8話 深夜のメロンパンと竜の牙

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深夜二時。
世界が寝静まる草木も眠る丑三つ時だが、この場所だけは別次元の輝きを放っている。
俺の城、コンビニエンスストア。
その店内は、二十四時間休むことなく稼働する高輝度LED照明によって、影一つない完全な白昼として維持されていた。
外の世界は漆黒の闇に包まれ、魔物や盗賊が跳梁跋扈する危険地帯だそうだが、知ったことではない。
俺はレジカウンターの奥にある事務椅子に深く腰掛け、至福の時間を過ごしていた。
手にあるのは、今夜の主役、『ご褒美メロンパン』だ。
黄金色に焼き上げられたビスケット生地の表面には、大粒のザラメが宝石のように散りばめられている。
パッケージを開けた瞬間に広がる、芳醇なバターの香りと、焦げた砂糖の甘い匂い。
それは、深夜の背徳感という最高のスパイスを得て、暴力的なまでの魅力を放っていた。

「……これだ。このサクサク感と、中のふんわり感のコントラスト」

俺は大きく口を開け、端の方を齧り付く。
ザクッ、という小気味良い音。
口の中でホロホロと崩れるクッキー生地の甘みが、唾液と混ざり合って脳髄を痺れさせる。
続いて訪れる、中のパン生地のしっとりとした食感。
パサつきなど微塵もない。
現代日本の製パン技術が到達した、水分保持の極致だ。
ブラック企業時代、残業中にデスクで齧っていたコンビニパンは、砂を噛むような味気なさだった。
だが今は違う。
自分の好きな時に、好きなだけ、最高の状態で味わうことができる。
誰にも邪魔されず、誰にも急かされない。
これこそが自由だ。
これこそが、俺が求めていたスローライフの完成形だ。

「主様、外に誰かいます」

静寂を破ったのは、闇に溶け込むように控えていたエルザの声だった。
彼女は手にハンディモップを持ち、棚の埃を払っていたはずだが、その視線は鋭く自動ドアの方角を向いている。
最近の彼女の気配察知能力は、異常なほど鋭敏になっている気がする。
俺が与えた添加物たっぷりの食品たちが、彼女の魔力回路を過剰に活性化させているのかもしれない。

「客か? こんな時間に酔狂な奴もいたもんだな」

俺は食べかけのメロンパンを置き、モニターを確認する間もなく入り口を見た。
ウィーン、という軽快な駆動音と共に、強化ガラスの扉が左右に開く。
その向こう側に立っていたのは、深夜の客と呼ぶにはあまりにも凄惨な姿をした人間だった。

「……ここが、死者を蘇らせる聖所か……?」

掠れた声が、冷房の効いた店内に響く。
入ってきたのは、一人の女性だ。
全身を銀色のフルプレートアーマーで固めているが、その輝きは失われている。
甲冑の至る所が凹み、深い爪痕のような傷が刻まれ、そこから鮮血が滲み出していた。
長い金髪は血と泥で固まり、美しい顔も蒼白に染まっている。
彼女はふらりと一歩足を踏み入れ、そのまま糸が切れた操り人形のように床へ崩れ落ちた。
ガシャン!!
金属鎧が硬質な床タイルに打ち付けられる音が、深夜の店内にけたたましく鳴り響く。

「おい、死ぬなよ。床が汚れるだろ」

俺は溜息をつき、カウンターから出て彼女の元へ歩み寄った。
白い床に広がる赤いシミ。
掃除の手間を考えると頭が痛い。
だが、店内で客に死なれるのはもっと困る。
事故物件扱いになったら、客足が遠のくかもしれない。
俺は彼女の脈を見る。
弱いがある。
失血と疲労によるショック状態か。

「エルザ、手伝え。鎧を外して、水分と栄養を補給する」

「御意。不浄な血で聖域を汚すとは万死に値しますが、主様の慈悲に免じて手当てしてやります」

エルザが影から現れ、手際よく女性の鎧の留め具を外し始めた。
ガチャリ、ガチャリと金属パーツが取り外されていく。
下に着ていた鎖帷子も剥ぎ取ると、彼女の白い肌には無数の切り傷や打撲痕が浮き彫りになった。
酷い有様だ。
魔物の群れとでもやり合ったのか。

「これを飲ませろ。吸収効率重視だ」

俺はスマホを操作し、冷蔵ケースから一本のペットボトルを取り出した。
青と白の爽やかなデザイン。
『ポカリスエット』。
人間の体液に近い浸透圧に調整された、飲む点滴とも呼ばれる電解質飲料だ。
エルザが女性の上体を起こし、キャップを開けて口元に運ぶ。
コク、コク、と喉が動き、冷たい液体が彼女の体内へと流し込まれていく。

「……んっ……」

女性の眉がピクリと動いた。
その瞬間、彼女の全身が淡い青色の光に包まれたように見えた。
血管が浮き上がり、ドクン、ドクンと力強い鼓動を刻み始める。
蒼白だった肌に、瞬く間に赤みが差していく。

「……主様、これ……ただの水ではありませんね? 枯渇していた魔力の回路が、奔流となって再結合されています」

エルザが驚愕の声を上げた。
彼女の目には、イオン飲料が体内を巡る様子が、魔力回復のプロセスとして視えているらしい。

「ただの電解質だ。脱水症状にはこれが一番効くんだよ」

「デンカイシツ……。雷の精霊を液体化し、神経伝達を加速させる神の秘薬ですか。恐ろしい即効性です」

勝手な解釈が進む中、俺は次の手当に移る。
傷口が汚れている。
このままでは化膿するかもしれない。
俺は日用品コーナーから『ビオレの除菌シート(アルコールタイプ)』を取り出した。
一枚引き抜くと、ツンとしたアルコールの匂いが漂う。

「傷口をこれで拭け。沁みるだろうが、我慢させろ」

「承知しました」

エルザがシートを受け取り、女性の腕にある深い切り傷に押し当てた。
ジュッ、という音がしそうなほど、傷口が反応する。

「……うぐっ!?」

意識がないはずの女性が、苦悶の声を漏らして身を捩った。

「……なっ!? 傷口から、腐敗の霧が消えていく……? 主様、見てください! 傷口に巣食っていた、壊死を誘発する呪いの瘴気が、この薄い布に触れた瞬間に浄化されました!」

エルザが目を見張った。
現代の強力な殺菌成分は、この世界の「瘴気」や「傷口からの感染症」を物理的かつ化学的に分解・死滅させる。
彼女たちにとって、傷とは呪いの一種であり、それを一瞬で無毒化するアルコール綿は、高位の神官が使う「聖なる清めの布」に他ならない。

数分もしないうちに、女性の呼吸は安定し、顔色は健康そのものに戻っていた。
驚異的な回復力だ。
あるいは、現代の栄養と衛生管理が、この世界の住人には過剰なほどのバフ効果を与えているのかもしれない。
彼女のまつ毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれた。
そこには、澄んだアメジスト色の瞳があった。

「……私は……地獄に落ちたのか……?」

彼女はぼんやりとした視線で、天井のLED照明を見上げた。
あまりの眩しさに目を細める。

「残念ながら、コンビニだ。地獄よりはマシな場所だと思うぞ」

俺は彼女の視界に顔を出し、声をかけた。
彼女はハッとして上体を起こし、周囲を見渡した。
真っ白な壁。
整然と並ぶ極彩色の商品棚。
そして、自分を見下ろす緑のエプロンの男と、影を纏った少女。

「こんびに……? 聞いたことがない次元だ。だが、この光……。そして、体の軽さ……。私は死に、天界の入り口で裁きを待っているというのか?」

彼女は自分の手を見つめ、握ったり開いたりしている。
死にかけの重傷だったはずの体が、嘘のように動くことに困惑しているようだ。

「腹、減ってるだろ。食え」

俺は電子レンジで温めたばかりの『ブリトー(ハム&チーズ)』を、有無を言わさず彼女の口に突っ込んだ。
彼女は反射的に、それを口で受け止めた。
熱々のトルティーヤ生地。
その中には、溶岩のように熱く、濃厚なチーズとハムが詰まっている。

「……んぐっ!?」

彼女は驚いて目を見開いたが、口の中に広がる強烈な旨味に抗えなかった。
咀嚼する。
もぎゅ、もぎゅ。
噛むたびに、口の中でチーズが溢れ出し、塩気とコクが爆発する。

「……っ!? な、何だ、この伸びる黄金の物質は……!」

彼女が口を離すと、ブリトーの中身であるチーズが、糸を引くように長く伸びた。
その光景に、彼女は戦慄した。

「こ、これは……生物か!? いや、この香ばしさ……。太陽の欠片を練り込み、無限の弾力を持たせた『神の糧』か……!」

「チーズだ。とろけるタイプのな。美味いだろ」

「美味い……などという言葉では足りない……! 力が、腹の底からマグマのように溢れてくる……。聖なる炎を食べているようだ……! 全身の細胞が歓喜の歌を歌っている!」

彼女は両手でブリトーを掴み、獣のように貪り食った。
上品な騎士の作法など、空腹と美味の前では無力だ。
あっという間に一本を完食し、彼女は指についた油まで舐め取った。
その瞳には、かつてないほどの力が宿っている。
満腹中枢が満たされ、血糖値が急上昇したことで、彼女の脳は覚醒状態にあった。

彼女は立ち上がった。
鎧の傷はそのままだが、その立ち姿からは、つい先ほどまで死にかけていた者とは思えないほどの覇気が放たれている。
彼女は俺に向き直り、右手を胸に当てて深々と頭を下げた。

「感謝する、賢者よ。そしてこの聖域の主よ。私は王立騎士団の副団長、カトリーヌ」

凛とした声だった。
王立騎士団副団長。
また随分と大物が釣れたものだ。
このコンビニは、いつから要人の避難所になったんだ。

「魔物の大群に襲われ、部下を逃がすために盾となり、森を彷徨っていたが……。まさか、このような辺境で神の奇跡に触れるとは。貴殿の施しにより、私の命は繋がった。いや、以前よりも強靭な魂を得て蘇った気がする」

彼女は拳を握りしめ、自分の肉体に満ちる力を確認している。
ポカリスエットとブリトーのカロリーが、彼女の中で爆発的なエネルギー変換を起こしているのだろう。

「奇跡じゃない。ただの軽食と水分補給だ。で、金はあるか?」

「……金? 命を救われた礼が、金貨などで済むはずがない!」

カトリーヌは真剣な表情で首を振った。
彼女は腰に付けていたポーチを探り、中から一つの巨大な物体を取り出した。
長さ三十センチほどもある、白く鋭利な牙だ。
表面には微かな魔力の燐光が走っている。

「これは私が以前、単身で討伐した上位地竜(アース・ドラゴン)の牙だ。加工すれば、国宝級の魔剣の素材となる。代金として、これを受け取ってほしい」

彼女は両手で恭しく牙を差し出した。
俺は眉をひそめた。
コンビニのレジカウンターに、ドラゴンの牙。
シュールすぎる光景だ。
これ、レジのドロワーに入らないだろ。
それに、こんなものを貰っても換金する場所がない。

「……換金が面倒だな。まあいい、受け取っておく」

拒否して押し問答になるのも面倒だ。
俺は適当に頷き、牙を受け取ってカウンターの下に放り込んだ。
ゴトッ、と重い音がする。
カトリーヌは、自分の命より重いはずの宝を無造作に扱われたことに驚いたようだが、すぐに「さすがは超越者、竜の牙など石ころ同然か」と勝手に納得して感心している。

彼女は再び深々と一礼し、踵を返して店を出ようとした。
その背中は決意に満ちていたが、一つだけ問題があった。
臭いだ。
血と汗、そして魔物の体液が混じり合った強烈な異臭が、彼女から漂っている。
このままでは、彼女が通った後の空気が汚染されてしまう。
それに、そんな状態で王宮に戻れば、衛兵に止められるだろう。

「あ、待て。カトリーヌ」

「……何か? さらなる神託か?」

彼女が期待に満ちた目で振り返る。

「これも持っていけ。サービスだ」

俺は日用品の棚から、制汗スプレー『エイトフォー(無香料)』を一本取り出し、彼女に投げ渡した。
冷え切ったアルミの缶。

「……これは?」

「身だしなみだ。血生臭いままで王宮へ戻るのもなんだろ。体に吹きかけろ」

「……身だしなみ、か。確かに、戦士といえど礼節は必要。感謝する」

カトリーヌは缶を受け取り、キャップを外した。
そして、見よう見まねで自分の首筋に向けてノズルを押した。

シュゥゥゥーーーーッ!!

微細なミストが勢いよく噴射される。
冷却ガスを含んだパウダーが、彼女の火照った肌を直撃した。

「……っ!? な、何だ……。つ、冷たい!?」

彼女は驚いて声を上げたが、すぐにその表情が驚愕へと変わった。

「体が……軽い……! 全身に纏わりついていた死の気配、血の穢れが、一瞬で吹き飛ばされた……!?」

彼女は自分の匂いを嗅ぎ、目を見開いた。
先ほどまでのむせ返るような血臭が消え失せ、代わりに無臭の、清潔な空気だけが漂っている。
銀イオンによる殺菌消臭効果と、パウダーによるサラサラ感。
それが彼女には、「不浄を祓う聖なる風」として知覚されたのだ。

「風の精霊王の吐息を、この缶に封じ込めているのか……。一吹きで身を清め、精神まで研ぎ澄ませるとは……。これぞ『浄化の神風(ピュリファイ・ウィンド)』!」

カトリーヌはスプレー缶を、まるで聖剣の鞘のように腰に差した。

「店主殿……。貴方は、戦士たちの魂を守る守護神なのですか? 傷を癒やし、力を与え、そして穢れまで祓うとは」

「ただの店員だ。あと、二度と血まみれで来るなよ。掃除が大変なんだ」

「フッ……謙遜もそこまで行くと嫌味だな。だが、その言葉、肝に銘じよう。次は勝利の美酒を買いに来る」

カトリーヌは清々しい笑顔を見せ、颯爽と自動ドアをくぐり抜けていった。
夜の闇の中へ消えていくその後ろ姿は、来た時とは別人のように力強く、輝いて見えた。

「主様……。また一人、強力な狂信者が増えましたね」

エルザが苦笑しながら、床に残った血痕をメラミンスポンジでゴシゴシと拭き取っている。
彼女の手つきは手慣れたものだ。
かつて人の血を流す側だった彼女が、今は血を拭き取る側に回っているというのは、なんとも皮肉で、そして平和な光景だ。

「別にいいさ。払うもん払ってくれればな」

俺はカウンターに残された、食べかけのメロンパンを手に取った。
少し時間が経って、サクサク感は失われているかもしれない。
だが、一口齧ると、しっとりとした甘さが口いっぱいに広がった。
これはこれで悪くない。

「……これ、どこで売ればいいんだろうな」

俺は足元に転がる巨大な竜の牙を爪先でつついた。
こんな物騒なものを店に置いておいたら、また厄介な連中が寄ってきそうだ。
まあ、明日の朝にでも考えればいいか。

俺は最後の一口を飲み込み、大きな欠伸を一つした。
体内時計は、もう限界を告げている。
今日はもう閉店だ。
俺は事務室の奥にあるベッドへ向かうため、重い腰を上げた。
背後でエルザが「おやすみなさいませ、聖域の主よ」と恭しく頭を下げる気配を感じながら、俺は遮光カーテンを閉ざした。
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