【異世界コンビニ】通販スキルを使って異世界でコンビニを開いたら、ただの100円ライターが魔道具、コーラが万能薬として神々に崇められた件

旅する書斎(☆ほしい)

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第13話 白亜の泡と、五百円の洗浄儀式

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エアコンの冷気が、肌を優しく撫でる。
設定温度は二十三度。
外の世界を支配する湿った熱気とは無縁の、人工的に管理された聖域だ。
俺はカウンターの隅にある事務椅子に深く腰掛け、一本のボトルを光源にかざして眺めていた。
プラスチック製の、滑らかな曲線を描く透明な容器。
中には、淡いピンク色の液体が満たされている。
『キレイキレイ・薬用泡ハンドソープ』。
現代日本ならどこの家庭の洗面所にもある、ごくありふれた衛生用品だ。
だが、この世界において、これは「概念そのものを書き換える霊薬」になり得る。
俺はボトルの完成されたフォルムを指でなぞりながら、その機能美に嘆息した。
ポンプのバネの絶妙な反発係数、液体の粘度、そしてほのかに漂うシトラスフルーティの香り。
全てが計算し尽くされている。
衛生という概念が欠落し、疫病と汚濁が蔓延るこの異世界に、このボトルはあまりにもオーバースペックな「完全なる清潔」を持ち込もうとしていた。

「……主様。また、不穏な輝きを放つ宝具を取り出されましたね」

エルザが、棚の陰から音もなく現れた。
彼女は最近、店内の「おにぎりコーナー」の守護を自任している。
その瞳は、俺の手元にあるボトルを鋭く射抜いていた。
彼女の気配遮断能力は日に日に向上しているが、俺の管理下にあるこの空間では、彼女の心拍数一つまで把握できている。

「ただの石鹸だ。手が汚れたから洗うだけだよ」

「嘘をおっしゃい。その液体から漂う、微かな殺菌成分の香り……。私の暗殺者としての本能が、それを『生命の根源に干渉する毒』だと叫んでいます。目に見えぬ極小の魔物を、慈悲もなく虐殺する死神の鎌……そうでしょう?」

「毒じゃない。バイ菌を殺すだけだ。まあ、似たようなもんか」

俺はカウンターの横にある、通販スキルで設置した小型の洗面台へ向かった。
蛇口を捻れば、浄水フィルターを通った純水が勢いよく流れ出す。
この世界の住人が見れば、それだけで「水霊の加護」だと騒ぎ立てるだろうが、俺にとってはただの水道水だ。
俺はボトルのポンプに手をかけた。

「よく見てろ。これが現代の洗浄術だ」

俺はポンプを押し下げた。

シュパッ。

小気味良い音と共に、手のひらに真っ白な「泡」が産み落とされた。
きめ細かく、雪のように純白な泡の塊。
それは、自重で崩れることもなく、手のひらの上で完璧な球体を維持している。
内部に無数の空気を孕んだその泡は、LED照明の光を乱反射させ、神々しいほどの白さを放っていた。
ポンプの中で液体と空気が黄金比で混合され、瞬時に高密度のフォーム状になる技術。
網の目のようなメッシュを通すことで、手で泡立てるよりも遥かに細かい気泡を作り出す。
異世界の人間には、想像もつかないテクノロジーだ。

「……っ!? な、何ですか、その白い物体は……!」

エルザが悲鳴に近い声を上げ、後ずさった。
彼女の手が反射的に腰の短剣に伸びるが、俺はそれを視線で制した。

「泡だ。最初から泡で出てくるタイプなんだよ」

「泡……? 魔法の詠唱も、風の精霊による攪拌もなしに、これほど高密度な気泡を一瞬で生成したのですか!? しかも、その泡の一つ一つが、神聖な魔力でコーティングされている……。邪悪な菌(バイ菌)を殺すとおっしゃいましたね? つまりそれは、触れるもの全ての穢れを喰らい尽くす『捕食する雲』……!」

「解釈が飛躍しすぎだ。ほら、見てろ」

俺は両手を合わせ、泡を馴染ませた。
指の間、爪の先、手首まで。
ヌルリとした感触と共に、泡が肌の表面を滑っていく。
殺菌成分イソプロピルメチルフェノールが毛穴の奥まで浸透し、目に見えない汚れを浮き上がらせる。
同時に、爽やかな香りが周囲に拡散した。
それは、泥と汗と血の匂いが混じり合うこの世界の住人にとって、天界の庭園に吹く風そのものだった。

「……ああ……。なんという、清浄な香り……。鼻を抜けるこの感覚、魂の澱みが一気に洗い流されていくようです」

エルザは恍惚とした表情で、宙に漂う香りの粒子を吸い込んでいる。
俺は水で泡を流した。
汚れと共に、泡が排水溝へと渦を巻いて消えていく。
後に残ったのは、一点の曇りもない俺の手だ。
肌の表面の余分な皮脂が取り除かれ、さらりとした質感に変わっている。
タオルで水気を拭き取ると、俺の手は照明の下で白く発光しているようにさえ見えた。

「……主様の手が、透き通っている……」

エルザが震える指で、俺の手を指差した。

「まるで、生まれたての赤子のような純粋さです。いえ、それ以上の……全ての因果から解き放たれた、『無』の輝き。主様の手に触れれば、どんな病も、どんな呪いも、瞬時に浄化されるに違いありません」

「ただ手を洗っただけだって。お前もやってみるか?」

「私のような、血に塗れた手が、そのような神聖な泡に触れてもよろしいのですか?」

彼女は恐縮しながらも、期待に満ちた目でボトルを見つめている。
俺は彼女の手を取り、ポンプの下に誘導した。
そして、ワンプッシュ。
純白の泡が、彼女の小さな掌に乗る。

「……っ!! 温かい……。いえ、これは慈悲の温度ですね。泡が……生きているように私の肌に吸い付き、毛穴の奥に潜む死の残滓を掻き出していく……!」

エルザは必死に手をこすり合わせた。
彼女にとって、それは単なる手洗いではない。
過去の罪、背負ってきた業、それらを物理的に削ぎ落とす「儀式」だった。
殺菌成分が、彼女の手についた雑菌を死滅させていく。
水で洗い流した後、彼女は自分の手を信じられないものを見るように見つめ、涙ぐんですらいた。
大げさな奴だ。

その時だ。

ウィーン!

自動ドアが悲鳴のような駆動音を上げて勢いよく開いた。
外の熱気と共に、豪華な法衣を纏った一人の老人が飛び込んできた。
背後には、武装した聖堂騎士たちが数名控えている。
彼らの表情は険しく、顔には疲労の色が濃い。
彼らはこの国の国教を司る高位の聖職者たちのようだ。
だが、店内に一歩足を踏み入れた瞬間、彼らの表情が一変した。
彼らは鼻をヒクつかせ、店内に充満するシトラスの香りと、圧倒的な清潔感に気圧されたのだ。

「……この香り。そして、この空間に満ちる清浄な気配……」

先頭に立つ司教が、震える声で呟きながら歩み寄ってきた。
彼らの法衣の裾は泥で汚れ、汗と埃の臭いが染み付いている。
それが、この店の「無菌室」のような空気と接触し、彼らに強烈な劣等感を抱かせたようだ。
司教の目は、エルザの手元にある、まだ泡の残滓がついた白いボトルに釘付けになった。
この店にあるもの全てを「神具」として疑っている目つきだ。

「……それは、伝説に聞く『神の洗礼液』か? 触れるだけで全ての病魔を退け、魂を原初の純潔へと戻すという……失われた聖遺物なのか!?」

「司教様。これは主様が下さった、浄化の泡です」

エルザが恭しくボトルを掲げた。
その手は、先ほどの洗浄によって、宝石のように輝いている。
薄暗い照明しか知らない彼らにとって、皮脂汚れが落ちて光を反射する肌は、聖なる輝きに見えるのだろう。

「……なんと。その泡の弾力、そして内側から放たれる白銀の輝き。間違いありません。これは聖典の第十章に記された、失われた奇跡……! 我ら教団が数百年かけても再現できなかった、真の浄化魔法がここにある!」

司教はその場に膝をつき、祈りを捧げ始めた。
後ろの騎士たちも、武器を置いて平伏する。
店内の床で集団礼拝が始まった。

俺は濡れた手を、ペーパータオルで拭きながら溜息をついた。

「買い物じゃないなら、営業の邪魔だ。どいてくれ」

「店主殿……。いや、聖導師様! その、泡を生み出す宝具を、我が教団に譲っていただけませんか! それがあれば、現在流行している不治の病『黒死病』に苦しむ民を、一人残らず救うことができるのです!」

司教は必死の形相で、俺の足元に縋り付いてきた。
その目は血走り、信仰の狂気が宿っている。
ハンドソープで黒死病が治るかは不明だが、予防には絶大な効果があるだろう。
この世界の「病」の多くは、単なる衛生環境の悪化からくる細菌感染だ。
手洗いもせず、不潔な手で食事をし、傷口に触れる。
それが疫病蔓延の元凶だ。
そこに、現代の殺菌技術を投入すれば、彼らにとっては死神の鎌をへし折るに等しい革命となる。

「……譲るも何も、売り物だ。五百円だよ。ただし、使いすぎると肌が荒れるからな。保湿も忘れるなよ」

「ご、五百円……!? 国家を救うほどの至宝が、銀貨一枚で……? なんという、無欲……。なんという、慈悲……!」

司教は涙を流し、震える手で懐から金貨を取り出し、カウンターに置いた。
彼は、ハンドソープのボトルを、まるで生まれたての赤子を抱くように慎重に受け取った。
ポンプの部分に触れる指が震えている。
中身の液体が揺れ、ピンク色の光を放つ。

「……これさえあれば。このボトルの中に封じられた『白亜の雲』さえあれば、我々は疫病という悪魔に打ち勝てる! 我らこそが、真の救世主となるのだ!」

彼らの目は「民を救う」という使命感と、「教団の権威を高める」という野心に燃えている。
ハンドソープ一本で、世界の宗教バランスが変わってしまうかもしれない。
まあ、俺には関係のない話だ。

「感謝いたします、聖導師様! この『キレイキレイ』の御名は、永遠に聖典に刻まれることでしょう! 我らはこの神具と共に、病魔との戦いに赴きます!」

司教たちは、ボトルを高く掲げ、まるで勝利を確信した軍勢のように店を去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は次の商品を棚に並べ始めた。
次は『メンソレータム』か『オロナイン』あたりか。
あの様子だと、それらは「死者蘇生の霊薬」として扱われそうだ。

「……主様。また世界を一つ、救ってしまいましたね」

エルザが、タオルで拭き取ったばかりの自分の手を見つめ、満足げに微笑んだ。
その手は、確かに以前よりも白く、輝いているように見えた。
物理的な汚れが落ちただけだが、彼女の表情は憑き物が落ちたように晴れやかだ。

俺は無言で、自分用の缶コーヒーを開けた。
プシュッ、という音が、この世界の喧騒を一時的に忘れさせてくれる。

窓の外では、司教たちが持ち帰ったボトルを一目見ようと、多くの群衆が集まり始めていた。
「あれが浄化の聖水だ!」「泡だ! 神の泡が見えるぞ!」と、興奮した声が聞こえてくる。
彼らにとって、手を洗うという行為そのものが、新しい宗教になりつつあるようだ。
平和な店番の時間は、どうやらまだ先になりそうだ。
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