1 / 12
1
しおりを挟む
首筋に触れた、氷のような冷たい鉄の感触。
それが私の人生の幕を下ろす、断頭台の刃だ。
理解した瞬間、視界が真っ赤な憎悪に塗りつぶされた。
広場を埋め尽くす群衆の罵声が、耳の奥を激しく打つ。
「偽聖女を殺せ!」
「ユリアナ、お前のせいで国は滅びかけたんだ!」
その言葉の一つひとつが、腐った泥水のように不快だ。
私がどれだけ、この国の汚染を浄化してきたと思っている。
人々の病を治し、作物を育て、魔物の脅威を退けてきた。
その全ての功績を、隣で泣いているふりをする妹に奪われた。
妹のエリアナは、私の魔力を奪う呪具を使い、自分を聖女に仕立て上げた。
その嘘を信じ、私に死を命じたのは婚約者の王太子シグルドだ。
「ユリアナ、貴様の罪は万死に値する」
「エリアナのような清らかな心を持てなかったことが、お前の不幸だ」
高みから見下ろすシグルドの目は、かつて私に向けられた愛など欠片も残っていない。
私は口を歪ませ、地面に唾を吐き捨てた。
聖女の祈りで血の滲んだ掌が、地面の石畳を強く握りしめる。
私の指先から溢れ出したのは、慈悲の光ではない。
どろりと濁った、漆黒の怒りと執念。
「……返せ」
喉の奥から、呪いのような言葉が漏れた。
「私の魔力も、私の時間も、私の人生も……全て返せ!」
その瞬間、私の魂の奥底で、何かがガラスのように粉々に砕け散った。
強烈な熱波が全身を駆け抜け、視界が白銀の光に包まれる。
【因果逆転(アカシック・リバース)】
世界から音が消え、全ての動きが止まった。
降りてきた刃が首に触れる寸前、空間に無数の亀裂が走る。
鏡が割れるような音と共に、純白の鎖が私の体から解き放たれた。
鎖は意思を持つ生き物のように、シグルドとエリアナの心臓へと突き刺さる。
「ぎゃああああああ!」
二人の絶叫が、静止した世界に響き渡った。
光の奔流が、鎖を伝って私の体へと逆流してくる。
シグルドが持っていた剣技の才能。
エリアナが私から盗んだ膨大な魔力。
それらが濁流となって、私の魂の器を強引に満たしていく。
心地よい充足感。
奪われたものを取り戻す、至上の快楽だ。
私は笑った。
断頭台の上で、拘束具を千切り捨てて立ち上がる。
体中を巡る魔力は、以前の私を遥かに凌駕している。
シグルドたちの顔は、見るも無惨に老化し、皮膚が枯れ木のようになっている。
彼らの命の灯火が、私に吸い取られていくのが手に取るようにわかる。
「まだだ。まだ足りない」
「この国ごと、全てを裏返してやる」
視界が急激に歪み、天地が逆転する。
私は、深淵へと堕ちていく感覚に身を任せた。
瞼を叩く、不快なほど明るい陽光。
鼻を突くのは、死の臭いではなく、高価な香草の香り。
私は跳ね起き、自分の手を確認した。
処刑される直前の、荒れた肌ではない。
透き通るような白さと、柔らかさを持つ、子供の手。
周囲を見渡すと、そこは大聖堂の待機室だった。
「お嬢様、何をしておいでですか。もうすぐ儀式が始まりますよ」
扉の向こうから、聞き覚えのある侍女の声がする。
私は鏡を覗き込んだ。
プラチナブロンドの長い髪と、氷のように冷たい青い瞳。
これは、私が12歳の頃の姿だ。
魔力量を測定し、聖女の素質を証明する、運命の儀式の日。
私は、あの地獄のような処刑台から回帰したのだ。
口角が自然と吊り上がる。
全身から溢れ出しそうな魔力を、私は意識的に抑え込んだ。
今の私の体内には、回帰前に奪い取った膨大な因果が渦巻いている。
数値にすれば、神の領域すら凌駕しているだろう。
「ユリアナお姉様、体調でも悪いのですか?」
扉が開き、幼いエリアナが顔を出した。
無垢な少女の顔をしているが、その腹のうちは知っている。
彼女は今世でも、私から全てを奪うつもりでいる。
「いいえ、絶好調よ」
私はエリアナの肩に手を置いた。
その瞬間、スキルの発動を最小限に抑え、彼女の「幸運」の糸を一本だけ引き抜く。
エリアナが小さく、つまづくようによろけた。
「……え?」
「どうしたの? 足元に気をつけて」
私は、冷え切った笑みを浮かべて部屋を出た。
それが私の人生の幕を下ろす、断頭台の刃だ。
理解した瞬間、視界が真っ赤な憎悪に塗りつぶされた。
広場を埋め尽くす群衆の罵声が、耳の奥を激しく打つ。
「偽聖女を殺せ!」
「ユリアナ、お前のせいで国は滅びかけたんだ!」
その言葉の一つひとつが、腐った泥水のように不快だ。
私がどれだけ、この国の汚染を浄化してきたと思っている。
人々の病を治し、作物を育て、魔物の脅威を退けてきた。
その全ての功績を、隣で泣いているふりをする妹に奪われた。
妹のエリアナは、私の魔力を奪う呪具を使い、自分を聖女に仕立て上げた。
その嘘を信じ、私に死を命じたのは婚約者の王太子シグルドだ。
「ユリアナ、貴様の罪は万死に値する」
「エリアナのような清らかな心を持てなかったことが、お前の不幸だ」
高みから見下ろすシグルドの目は、かつて私に向けられた愛など欠片も残っていない。
私は口を歪ませ、地面に唾を吐き捨てた。
聖女の祈りで血の滲んだ掌が、地面の石畳を強く握りしめる。
私の指先から溢れ出したのは、慈悲の光ではない。
どろりと濁った、漆黒の怒りと執念。
「……返せ」
喉の奥から、呪いのような言葉が漏れた。
「私の魔力も、私の時間も、私の人生も……全て返せ!」
その瞬間、私の魂の奥底で、何かがガラスのように粉々に砕け散った。
強烈な熱波が全身を駆け抜け、視界が白銀の光に包まれる。
【因果逆転(アカシック・リバース)】
世界から音が消え、全ての動きが止まった。
降りてきた刃が首に触れる寸前、空間に無数の亀裂が走る。
鏡が割れるような音と共に、純白の鎖が私の体から解き放たれた。
鎖は意思を持つ生き物のように、シグルドとエリアナの心臓へと突き刺さる。
「ぎゃああああああ!」
二人の絶叫が、静止した世界に響き渡った。
光の奔流が、鎖を伝って私の体へと逆流してくる。
シグルドが持っていた剣技の才能。
エリアナが私から盗んだ膨大な魔力。
それらが濁流となって、私の魂の器を強引に満たしていく。
心地よい充足感。
奪われたものを取り戻す、至上の快楽だ。
私は笑った。
断頭台の上で、拘束具を千切り捨てて立ち上がる。
体中を巡る魔力は、以前の私を遥かに凌駕している。
シグルドたちの顔は、見るも無惨に老化し、皮膚が枯れ木のようになっている。
彼らの命の灯火が、私に吸い取られていくのが手に取るようにわかる。
「まだだ。まだ足りない」
「この国ごと、全てを裏返してやる」
視界が急激に歪み、天地が逆転する。
私は、深淵へと堕ちていく感覚に身を任せた。
瞼を叩く、不快なほど明るい陽光。
鼻を突くのは、死の臭いではなく、高価な香草の香り。
私は跳ね起き、自分の手を確認した。
処刑される直前の、荒れた肌ではない。
透き通るような白さと、柔らかさを持つ、子供の手。
周囲を見渡すと、そこは大聖堂の待機室だった。
「お嬢様、何をしておいでですか。もうすぐ儀式が始まりますよ」
扉の向こうから、聞き覚えのある侍女の声がする。
私は鏡を覗き込んだ。
プラチナブロンドの長い髪と、氷のように冷たい青い瞳。
これは、私が12歳の頃の姿だ。
魔力量を測定し、聖女の素質を証明する、運命の儀式の日。
私は、あの地獄のような処刑台から回帰したのだ。
口角が自然と吊り上がる。
全身から溢れ出しそうな魔力を、私は意識的に抑え込んだ。
今の私の体内には、回帰前に奪い取った膨大な因果が渦巻いている。
数値にすれば、神の領域すら凌駕しているだろう。
「ユリアナお姉様、体調でも悪いのですか?」
扉が開き、幼いエリアナが顔を出した。
無垢な少女の顔をしているが、その腹のうちは知っている。
彼女は今世でも、私から全てを奪うつもりでいる。
「いいえ、絶好調よ」
私はエリアナの肩に手を置いた。
その瞬間、スキルの発動を最小限に抑え、彼女の「幸運」の糸を一本だけ引き抜く。
エリアナが小さく、つまづくようによろけた。
「……え?」
「どうしたの? 足元に気をつけて」
私は、冷え切った笑みを浮かべて部屋を出た。
36
あなたにおすすめの小説
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】
小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。
これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。
失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。
無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。
『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。
そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる