うっかり女神のせいで未開の半島に転移したけど、無限収納と頑丈な体があれば余裕でした

☆ほしい

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俺は、燃え盛る焚き火の炎をじっと見つめていた。
ミャオの旅の安全を、俺は心の中で祈る。
「ミナト、この山を越えたら、どっちに進むんだっけ」
ミャオが、少しだけ不安そうな声で尋ねてきた。
彼女は、俺が木の皮に描いた地図を、真剣な目で見つめている。

「ああ、一番高い山を越えたら、大きな川が見えてくるはずだ。その川に沿って、下流へと進んでいけばいい」
俺は、地図に書かれた川の絵を指差しながら、丁寧に説明した。

「川を下っていくと、やがて流れが三つに分かれる場所がある。そこを、絶対に間違えないようにしないとな」
「うん、真ん中の、一番流れが緩やかな川を進むのよね」
「その通りだ。その川を半日ほど進めば、お前の村の近くにある、大きな滝が見えてくるはずだからな」
そこまでたどり着けば、もう迷うことはないはずだ。
ミャオも、自分の村へ帰る道は覚えているだろう。
「分かった、しっかり覚えたよ。本当にありがとう、ミナト」
ミャオは、こくりと小さく頷いた。
その顔には、まだ少しだけ不安の色が残っている。
それは当たり前で、彼女はたった一人で、これから長い旅に出るのだ。

「心配するな、ポチとタマが一緒だからな。あいつらがいれば、危険な獣もそう簡単には近寄ってこないだろう」
俺は、ミャオを安心させるように、彼女の頭を優しく撫でた。
彼女の柔らかい猫の耳が、ぴくりと小さく動いた。
「それに、お前はもう、俺が初めて会った時の、泣き虫のミャオじゃない。この島で、たくさんのことを学んで強くなったはずだ」
「……うん」
ミャオは、俺の目をまっすぐ見て、力強く頷いた。
その瞳には、強い決意の光が宿っていた。
俺たちは、それからもしばらくの間、旅の注意点について話し合った。
夜は、必ず安全な場所で火を焚くこと。
知らない木の実やキノコは、絶対に口にしないこと。
何か困ったことがあったら、慌てずに、俺が教えた知識を思い出すこと。
俺が彼女に言えることは、もう全て伝えたと思う。
やがて、東の空が、少しずつ白み始めてきた。
旅立ちの朝が、とうとうやってきたのだ。

俺たちは、最後の朝食を、言葉少なに食べた。
今日のメニューは、栄養満点の温かいスープと、固焼きのパンだ。
いつもなら、賑やかな会話が聞こえてくる食卓が、今朝はひっそりとしている。
そのことが、なんだか少し寂しかった。
食事が終わると、俺たちは拠点の外に出た。
朝日を浴びて、巨大なそりがその姿を見せる。
ポチとタマは、もうすでにハーネスを装着して、出発の準備を整えていた。
彼らは、これから始まる長い旅の意味を、しっかり理解しているようだった。
とても、賢くて頼もしい仲間たちだ。

「それじゃあ、そろそろ出発するか」
俺が言うと、ミャオはこくりと頷いた。
そして、俺に向かって、とても深々と頭を下げる。
「ミナト、今まで本当に、本当にありがとう。私、ミナトに会えて、心から良かったと思っているよ。このご恩は、一生忘れないからね」
「よせよ、そんなにかしこまるな。俺の方こそ、ミャオが来てくれて、毎日楽しかったぜ」
俺は、ミャオの肩をぽんと軽く叩いた。
「ほら、顔を上げてくれ。最後は、笑顔で見送らせてほしい」
俺がそう言うと、ミャオはゆっくりと顔を上げた。
その目には、涙が溢れそうになっていたが、彼女はそれを必死にこらえている。
そして、俺に向かって、精一杯の笑顔を作って見せた。
「うん!」
その笑顔は、まるで太陽のように明るくて、少しだけ切ないものだった。

ミャオは、そりの操縦席に、ひらりと軽やかに乗り込んだ。
そして、革で作った手綱を、その小さな手で、力強く握りしめる。
「ポチ、タマ、お願いね。村まで、私を連れて行ってちょうだい」
ミャオがそう言うと、二頭はまるで応えるかのように、一声高く鳴いた。
「それじゃあ、ミナト。行ってきます!」
ミャオは、俺に向かって、大きく手を振った。
「ああ、行ってこい!村のみんなにも、よろしく伝えてくれよな!」
俺も、彼女に大きく手を振り返す。
ミャオが手綱を軽く引くと、ポチとタマは、ゆっくりと力強く歩き始めた。
巨大なそりが、地面を滑る音を立てて、動き出す。
そりは、少しずつ速度を上げて、森の中へと続く道を進んでいった。
俺は、その場から動かずに、そりの後ろ姿をずっと見つめていた。
ミャオが、何度も何度も、こちらを振り返って手を振っている。
俺も、彼女の姿が完全に見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。
やがて、そりの姿は、森の緑の中にゆっくりと消えていった。

後に残されたのは、物音ひとつしない空間だけだった。
さっきまでの賑やかさが、まるで嘘のようだ。
俺は、一人になった拠点を、ゆっくりと見回した。
いつもミャオが座っていた、焚き火のそばの丸太。
彼女が使っていた、小さな木の食器。
俺が彼女のために作った、小さな藁のベッド。
その全てに、ミャオと過ごした思い出が詰まっている。
「……すっかり、物音がしなくなったな」
俺は、ぽつりと小さく呟いた。
胸の中に、ぽっかりと穴が空いたような、寂しさがこみ上げてくる。
一人きりの生活は、もともと望んでいたはずだ。
だが、一度誰かと暮らす楽しさを知ってしまうと、この静けさは少しだけ辛いものがあった。
俺は、そんな感傷的な気分を振り払うように、頭をぶんぶんと振った。

「いかんいかん、湿っぽくなるのは、俺らしくないな」
ミャオは、自分の村を救うために、未来へと向かって旅立ったのだ。
俺が、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
俺には、俺のやるべきことがあるのだ。
このエデンワイルド半島で、もっと快適で、もっと楽しい生活を築いていく。

「よし、まずは片付けから始めるか」
俺は、気合を入れるために、自分の頬をぱんぱんと叩いた。
そして、昨日の宴会で使った食器を、近くの川で洗い始めた。
冷たい水が、感傷的な気分を少しだけ洗い流してくれるようだった。
食器を洗い終えると、俺は拠点の中を掃除した。
ミャオが使っていたベッドの枯れ葉を、新しいものに取り替える。
その時、枕元に何か小さなものが落ちているのに気づいた。
それは、木を削って作られた、小さな猫の人形だった。
あまり上手とは言えない出来栄えだが、ミャオが一生懸命作ったものだと、一目で分かった。
おそらく、俺への置き土産なのだろう。
「……あいつ、最後までお人好しなやつだな」
俺は、その小さな人形を、そっと手に取った。
木の温もりが、じんわりと手のひらに伝わってくる。
俺は、その人形を、自分の枕元にそっと置いた。
これからは、こいつが俺の話し相手になってくれるかもしれない。

片付けを終えた俺は、今後の計画を立てることにした。
まずは、畑を本格的に始めたいと思っている。
グレートボアの肉はたくさんあるが、野菜がなければ、栄養が偏ってしまうだろう。
幸い、この島には、食べられる野草や木の実がたくさん自生している。
それらを、うまく栽培できないだろうか。
俺は、家の裏に確保しておいた、畑の予定地に向かった。
そこは、日当たりがとても良くて、川からも水を引きやすい、絶好の場所だ。
俺は、木の枝を削って作った鍬で、地面を耕し始めた。
神頑丈スキルのおかげで、硬い地面も、まるで豆腐のように柔らかく感じる。
ざくざくと、面白いように土が掘り返されていった。
夢中で作業していると、寂しい気持ちも少しずつ薄れていく。
体を動かしている方が、余計なことを考えなくて済むようだ。

半日ほどで、小さな畑の畝が、何本も出来上がった。
そこに、森で採ってきた豆や、芋の種を丁寧に植えていく。
うまく育てば、数ヶ月後には、たくさんの収穫が見込めるだろう。
「よし、今日はこんなもんか」
俺は、自分の仕事の成果に、満足げに頷いた。
畑仕事は、思った以上に楽しいものだった。
自分の手で、食べ物を育てるという喜びは、何物にも代えがたいものがある。
俺は、すっかり泥だらけになった手を、川の水で洗い流した。
太陽が、だいぶ西の空に傾いている。
そろそろ、夕食の準備をしないといけない。
一人分の食事を作るのは、なんだか久しぶりのような気がした。
今日のメニューは、一体何にしようか。
そんなことを考えながら、森の中を歩いていると、その時だった。
ガサガサッ、と近くの茂みが、大きく揺れた。
そして、そこから何かが飛び出してくる。
それは、獣にしては、とても小さな影だった。
俺は、咄嗟に身構えた。
茂みから現れたのは、一人の少年だった。
歳は、ミャオと同じくらいだろうか。
そして、その頭には、ミャオと同じ猫の耳がついていた。
少年は、ひどく怯えた目で、俺のことを見つめている。
その手には、何も持っていなかった。
どうやら、ミャオと同じ、猫の獣人族の子供らしい。
なぜ、こんな場所に一人でいるのだろうか。
少年は、俺と目が合うと、びくっと体を震わせた。
そして、次の瞬間、信じられない言葉を口にした。
「た、助けて……!化け物が、来る……!」
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