追放された私、実は世界樹の化身だったので離れた瞬間に国が枯れ果てました

旅する書斎(☆ほしい)

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第6話 神のジャガイモと勘違いな騎士たち

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『聖泉の風呂』から上がり、濡れた肌を『神糸のバスタオル』で包み込む。
その瞬間、全身の水分が優しく、かつ一瞬にして吸い取られた。
ただ拭き取るのとは訳が違う。
まるでタオルそのものが意思を持ち、私の肌にとって最適な湿度だけを残して、余分な水滴を慈しむように迎え入れたような感覚だ。
肌触りは、赤子の頬よりも柔らかく、春の雲よりも軽やかだ。
摩擦などという物理現象は、この布には存在しないらしい。
全身を包まれているだけで、極上の羽毛布団の中で二度寝をしているような、蕩けるような安心感に包まれる。
王宮で使っていた、紙やすりのようにガサガサした最高級リネンとは雲泥の差だ。
あれで肌を拭くことが、いかに野蛮な行為だったかを痛感させられる。

「ふふ、気持ちいい。クロも拭いてあげるわね」

私の足元で、ブルブルと体を震わせて水気を飛ばそうとしていたクロを抱き上げる。
タオルで包んで優しく撫でてやると、彼は「クゥ~ン」と甘ったるい声を出し、全身の力を抜いて私の腕の中で液状化した。
黒曜石のように濡れていた毛並みは、一拭きするだけでフワフワの綿菓子のように広がり、一歩動くたびに星屑のような光の粉を撒き散らしている。
どうやら、お風呂の効能で彼の神獣としての格も上がってしまったらしい。
可愛いから何でもいいのだが。

身支度を整え、新しいドレスに袖を通す。
鏡に映る自分を見て、少しだけ首を傾げた。
肌のツヤが良いとか、血色が良くなったというレベルではない。
私の全身から、蛍の光を数万倍に凝縮したような、柔らかな金色のオーラが噴き出している。
歩くたびに、その光が床に落ち、そこから小さな花の芽がポコポコと顔を出す始末だ。
まあ、湯上がりの肌というのは輝いて見えるものだ。
少しばかり代謝が良くなりすぎて、発光現象が起きているだけだろう。
健康な証拠だ。

私はクロを抱き、鼻歌交じりで一階のサロンへと降りていった。
サロンの窓からは、クリスタルガラス越しに、今日も平和な「死の森(元)」の景色が見える。
はずだった。

「……あら? アルバス、お庭にいる人たちは誰?」

窓の外、完璧に整備された庭園の入り口付近に、見慣れない人影がいくつも見えた。
ボロボロの布切れを体に巻き付け、泥と煤に塗れた集団だ。
彼らは私の邸宅を見上げ、何やら拝むような仕草を繰り返している。
アルバスが音もなく私の背後に現れ、恭しく一礼した。
その顔には、隠しきれない困惑と、若干の憐憫が浮かんでいる。

「お嬢様、あれは近隣の村の者たちです」
「この森が突如として緑に包まれ、聖なる光を放ち始めたのを見て、何事かと様子を見に来たのでしょう」
「死の森に人が入ってくるなんて、珍しいわね。危なくないのかしら」

かつてのこの森は、呼吸をするだけで肺が凍りつく極寒地獄だったはずだ。
普通の人間が立ち入れば、数歩で氷像になって終わる。

「今のこの森は、大陸で最も安全かつ清浄な聖域となっておりますゆえ」
「エルナ様の魔力が、結界となって死の冷気を完全に遮断し、代わりに生命の息吹を循環させています」
「害意を持つ魔物は寄り付けず、益獣たちは楽園として集ってきているのです」

アルバスの説明によれば、私がここに住み着いて生活しているだけで、半径数十キロメートルの環境が激変してしまったらしい。
巨大な空気清浄機兼暖房器具になった気分だ。
せっかくのお客様だ。
挨拶くらいはすべきだろう。
私はクロの頭を撫でながら、重厚な玄関の扉を開け放った。

「こんにちは。何か御用かしら?」

私が一歩外に出た瞬間、世界の色が変わった。
私の背後から漏れ出した屋内の空気が、春風となって外気と混ざり合い、花の香りを爆発的に拡散させる。
そして、私の姿を認めた村人たちは、まるで雷に打たれたかのように硬直し、次の瞬間、一斉に地面に額を擦り付けた。

「あ、あぁ……っ! 女神様だ! 本物の女神様が降臨されたぞ!」
「なんという後光……! 直視できねぇ! 目が、目が洗われていく!」
「おおお、体が熱い! わし等の薄汚れた魂が、光だけで浄化されていくのがわかる!」

彼らは口々に叫び、涙を流して震えている。
一番前にいた、骨と皮だけのように痩せ細った老人が、這いつくばったまま顔を上げた。
その瞳は白く濁り、口元からは泡を吹いているが、表情だけは恍惚としている。

「村は……隣国の呪いと干ばつで、作物が何も育たなくなっちまったんです……」
「餓死寸前で、もうダメかと思っていた時に、この森から温かい風が吹いてきて……」
「枯れ木だった果樹が一瞬で実り、井戸の水が甘い蜜のように変わったんです!」
「全部、この森に住む女神様のおかげだと……村一番の占い師が!」

老人は必死に言葉を紡ぎながら、震える手で懐から布包みを取り出した。
泥のついた、小石のように小さくひしゃげたジャガイモが数個。
それが、彼らが持てる全ての財産なのだろう。
彼らにとっては、自分の命よりも重い、血の滲むような供物だ。

「こ、これは、せめてもの感謝の印です……」
「こんなゴミのような物しかありませんが、どうか、どうか受け取ってください……!」

老人が差し出したジャガイモを、私は躊躇なく素手で受け取った。
土が私の真っ白なドレスに触れるが、気にならなかった。
むしろ、彼らの一生懸命な想いが伝わってくるようで、心が温かくなる。

「ありがとう。ちょうど、お料理に使いたいと思っていたところなの」
「立派なジャガイモね。大切にいただくわ」

私が微笑みかけると、村人たちの中から「ひぎぃっ!」という奇声とともに、数人が泡を吹いて卒倒した。
どうやら私の笑顔の輝きが、彼らの視神経の許容量を超えてしまったらしい。
アルバスが慌てて彼らに回復魔法(といっても、庭の水をかけるだけだが)を施している。

私は手の中のジャガイモを見つめた。
確かに、村人たちの言う通り、痩せていて少し元気がなさそうだ。
皮は乾燥してひび割れ、中身もスカスカしているのが手触りでわかる。
これでは、美味しく食べるのは難しいかもしれない。
せっかく頂いたのだから、一番美味しい状態で食べてあげたい。
そう思った私は、無意識に指先に魔力を込めた。
ほんの少し、ジャガイモの細胞に「元気になれ」と囁きかけるイメージで。
特別な呪文などいらない。
ただ、私の「もっと美味しくなあれ」という願望を、純粋な魔力に乗せて流し込むだけだ。

カッッッ!!!

その瞬間、私の掌の中で超新星爆発が起きたような閃光が走った。
あまりの眩しさに、周囲の空間が一瞬真っ白に塗り潰される。
光が収束した後、私の手の中にあったのは、泥だらけの芋ではなかった。
それは、純金よりも眩く輝き、内側から溢れ出す生命エネルギーで脈動する、黄金の塊だった。
表面の泥は光の粒子となって消え去り、皮は薄く透き通るような琥珀色に変質している。
大きさも三倍ほどに膨れ上がり、ずっしりとした重量感が手に伝わってくる。
ほのかに漂う香りは、焼きたてのパンと、完熟した果実を合わせたような、食欲を刺激する芳醇なものだ。

「あ、あら? ちょっと磨きすぎちゃったかしら?」

私が首を傾げると、横で見ていたアルバスが、顎が外れそうなほど口を開けて固まっていた。
彼はガクガクと震える指で、私の手の中の物体を指差す。

「え、エルナ様……! そ、それは……まさか……!」
「伝説の『豊穣の黄金芋(エルドラド・ポテト)』ですか!?」
「神代の時代、神々が宴で食したとされる、一口かじれば万病が治り、一つ植えれば国一つが一生飢えないと言われる、幻の神食材!」
「それを、ただのひねくれた芋から……一瞬で創造なされたのですか!?」

アルバスが興奮のあまり、白目を剥いて叫んでいる。
相変わらず大袈裟な人だ。
ただ、少し栄養価を高めて、見栄えを良くしただけなのに。
私は苦笑しながら、黄金に輝くジャガイモを一つ、呆然としている老人に返してあげた。

「アルバスの言う通り、これを植えたらいいわ」
「きっと、たくさん増えると思うから。みんなで分けてね」

老人は、震える両手で黄金のジャガイモを受け取った。
その瞬間、奇跡が起きた。
老人の体から黒い霧のような瘴気が噴き出し、瞬く間に消散していく。
白く濁っていた瞳に光が戻り、曲がっていた腰がポキポキと音を立てて伸びた。
カサカサだった肌に血色が戻り、みるみるうちに二十歳若返ったかのような活力が漲っていく。
ただ芋に触れただけで、その生命力の余波が、彼の肉体を細胞レベルで再構築してしまったのだ。

「め、目が見える……! 腰が痛くない!」
「わしは……わしは若返ったのか!? 力が、力が湧いてくるぞぉぉ!」
「おおお! 長老のハゲ頭から、黒々とした髪が生えてきたぞ!」

村人たちは狂喜乱舞し、お互いの体を触り合って奇跡を確認している。
中には、持病のリウマチが治ったと踊り出す者や、虫歯が抜け落ちて新しい歯が生えてきたと口を開けて見せ合う者もいた。
なんだか楽しそうで何よりだ。

「あ、ありがとうございますぅぅぅ!」
「この御恩、子々孫々まで語り継ぎます! このお芋様をご神体として、村に神殿を建てますぅぅ!」

村人たちは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、何度も何度も地面に頭を打ち付け、嵐のように去っていった。
帰り道、彼らが歩いた跡には、ぺんぺん草の代わりに極彩色の花々が咲き乱れ、獣道がいつの間にか黄金の煉瓦道に舗装されていたが、気にしてはいけない。
私の魔力が、彼らの感謝の心に共鳴して、ついでにインフラ整備までしてしまったようだ。

「……さて、私たちも戻りましょうか」
「美味しいフライドポテトを作らなくちゃ」

私は残りの黄金ポテトを持って、上機嫌でキッチンへと戻った。
広々としたキッチンに立ち、私は最高級の調理器具を取り出す。
ミスリルの包丁で黄金ポテトを短冊状に切り分ける。
サクッ、サクッという、軽快で小気味良い音が響く。
切るたびに、断面から黄金の粒子が舞い上がり、キッチン全体が聖なる光に包まれていく。
まるで料理番組というよりは、魔法の儀式を行っているようだ。

次に、フライパンに油を注ぐ。
これは昨日、クロが森の奥から採ってきた『太陽花(サン・フラワー)』の種から絞った油だ。
一滴で湖の水を浄化できるほどの純度を持つ油だが、揚げ物に使うとカラッと揚がって胃もたれしないので重宝している。
コンロに火をつけると、油はすぐに適温に達し、静かなさざ波を立て始めた。

「いい香り……。これだけで幸せになれるわ」

油の香ばしい匂いと、ポテトの甘い香りが混ざり合い、至福のハーモニーを奏でている。
クロも足元で「ワンワン!」と飛び跳ね、尻尾をプロペラのように回転させていた。
彼もまた、この黄金ポテトの威力(美味しさ)を本能で理解しているのだ。

平和だ。
王宮でのあくせくした日々が嘘のように、時間は穏やかに流れている。
美味しいものを作り、可愛いペットと戯れ、時々お人好しな老人(アルバス)をからかう。
これこそが、私が求めていたスローライフ。
誰にも邪魔させない、私だけの聖域。

ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン!!!!!

突如、静寂を切り裂くように、玄関の呼び鈴が乱暴に連打された。
一度や二度ではない。
親の仇でも討つかのように、執拗かつ無遠慮に鳴り響く。
続いて、ドンドンと扉を叩く鈍い音と、下品な怒鳴り声が聞こえてきた。

「開けろ! おい、中にいるのはわかっているんだぞ!」
「我々はラインハルト王国、栄光ある聖騎士団である!」
「追放された元聖女エルナ! 貴様に国家反逆の容疑がかかっている! 直ちに出てきて拘束されろ!」

……台無しだ。
せっかくの揚げ物のゴールデンタイムが、騒音によって汚された。
油の温度管理は繊細なのだ。
一瞬の気の緩みが、ポテトの食感を左右する。
なのに、外の連中は空気を読まずにギャーギャーと騒ぎ立てている。
私はフライパンから視線を外さず、小さく溜息をついた。
こめかみがピクリと引きつるのを感じる。

「……クロ、揚げ物の邪魔をされたくないんだけど」
「ちょっと静かにさせてくれる?」

私の言葉に、足元でじゃれついていたクロの動きが止まった。
彼がゆっくりと顔を上げる。
その愛くるしいつぶらな瞳は、一瞬にして底なしの深淵――あらゆる生命を凍てつかせる『終焉』の色へと変貌していた。
彼は音もなく床を蹴り、玄関の方へと歩き出す。
その背中からは、ゆらゆらと陽炎のような漆黒の殺気が立ち上り、廊下の空間を歪ませていた。

「ワンッ(了解だ、ママ。……あのゴミども、ただでは済まさん)」

クロの心の声が聞こえた気がした。
私は再びフライパンに意識を戻す。
油の表面が細かく泡立ち、ポテトを受け入れる準備が整っている。
外で何が起きようと、知ったことではない。
私がすべきことは、この黄金のジャガイモを、最高に美味しいフライドポテトに仕上げることだけだ。

「さあ、美味しくなりなさい」

私は黄金に輝くポテトの欠片を、熱せられた油の中へと滑らせた。
ジュワアアアアアッッッ!!!
爆ぜるような音と共に、黄金の泡が立ち上る。
それは勝利のファンファーレのように、キッチンに高らかに響き渡った。
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