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「若様はどこだ!大人しく出てこい!」
男たちの一人が、ドスの利いた声で怒鳴った。その眼は血走り、明らかに尋常ではない。
「な、何奴です!ここは、飯屋でございますぞ!」
良太が、震える声で前に出ようとするのを、私はそっと手で制した。
「良太、下がっていなさい」
そして、私は男たちの前に、静かに立ちはだかった。
「お客様、当店は飯屋でございます。お刀を納めて、お静かにお願いいたします。何かご入り用でしたら、私が承りますが」
「ふん、女将か。邪魔だ、どけ!我らは、水戸の小僧に用があるのだ!」
男は私を突き飛ばそうと手を伸ばしてきた。しかし、その手が私に触れる前に、私は素早く身をかわし、男の腕を逆に取って、床にねじ伏せた。元武家の娘としての嗜みは、伊達ではない。
「ぎゃっ!」という悲鳴と共に、男が床に転がる。他の男たちが、驚いたように私を見た。
「な、なんだ、この女…!」
「お客様、もう一度申し上げます。お刀を納めて、お帰りください。さもなくば、こちらにも考えがございます」
私の言葉には、静かだが、有無を言わせぬ響きがあった。男たちは一瞬ためらったが、すぐにまた凶暴な目を光らせ、私に襲いかかろうとした。
「おのれ、小娘が!」
その時、店の入り口から、鋭い声が響いた。
「そこまでだ、悪党ども!お奉行様のご出座である!神妙にいたせ!」
金さんだった。その手には、十手が握られている。そして、その後ろには、数人の屈強な同心たちの姿が見える。
「ちっ、町奉行か…!面倒なことになったぜ!」
男たちは悪態をつきながらも、金さんの威圧感に押され、動きを止めた。
「お前たち、何者の手先だ!水戸の若君に、何の恨みがある!」
金さんの詰問に、男たちは口を噤んだまま、答えようとしない。
「ふん、言わぬか。ならば、牢に繋いで、じっくりと話を聞かせてもらうとしよう!者ども、こ奴らを捕らえよ!」
同心たちが一斉に男たちに飛びかかり、あっという間に取り押さえた。その間、若様は、私の背後に隠れるようにして、息を詰めて事の成り行きを見守っていた。
「おし乃さん、若様、ご無事であったか!間に合って良かった…」
金さんが、ほっとしたように私に声をかけた。
「はい、金さん。お陰様で…」
「若様、もうご心配には及びません。こ奴らは、儂が責任を持って裁きます故」
「…遠山殿、かたじけない。そして、おし乃…そなたにも、命を救われたな」
若様の声は、まだ少し震えていたが、その瞳には、私と金さんに対する深い感謝の色が浮かんでいた。
「いえ、とんでもないことでございます。若様が無事で、何よりでございました」
この一件は、その後、金さんの迅速な調べにより、水戸藩内の権力争いに絡む、若様の命を狙った陰謀であったことが明らかになった。首謀者たちは捕らえられ、若様はひとまず身の安全を確保することができた。
しかし、この出来事は、若様の心に大きな影を落としたであろうことは想像に難くない。そして、私にとっても、やわらぎ亭という場所が、ただ飯を出すだけの場所ではなく、時には人の命さえも左右するような、大きな出来事の舞台になるのだということを、改めて思い知らされることになった。
騒動が一段落し、金さんたちが引き上げた後、若様はぽつりと言った。
「おし乃…儂は、少し疲れたようだ。今宵は、そなたの店で、一晩休ませてもらっても良いだろうか」
その声は、か細く、そしてどこか心細げだった。
「はい、もちろんでございます。奥の間に、お布団をご用意いたします。どうぞ、ごゆっくりお休みください」
「すまぬな…」
その夜、若様は、やわらぎ亭の奥の間で、久しぶりに安らかな眠りについたという。私は、店の戸締まりをしながら、雨の音に耳を澄ませていた。この雨が上がれば、また新しい朝が来る。そして、若様の心にも、いつかきっと、晴れやかな日が訪れることを、私は心から願わずにはいられなかった。
翌朝、若様は、すっきりとした顔で目を覚ました。
「おし乃、昨夜は本当によく眠れた。こんなに安らかに眠れたのは、いつ以来だろうか…」
「それはようございました。朝餉の支度ができておりますが、いかがなさいますか?」
「うむ、ぜひいただこう。腹が、ぺこぺこだ」
若様は、久しぶりに心からの笑顔を見せた。その笑顔は、まるで憑き物が落ちたかのように、晴れやかだった。
私は、心を込めて朝餉の支度をした。炊きたてのご飯に、豆腐とわかめの味噌汁、そして、だし巻き卵と、焼き鮭。派手さはないが、日本の朝の、基本とも言える献立だ。
「…うまい。本当に、うまいぞ、おし乃。そなたの飯は、なぜこんなにも心に沁みるのだろうな」
若様は、一品一品を、噛み締めるように味わっている。その姿を見ていると、私の心も温かくなる。
「それは、若様のお心が、私の料理を受け入れてくださっているからでございますよ」
「ふふ…そうかもしれんな。おし乃、儂は、江戸に来て、そなたと出会えたことを、心から感謝しておる。そなたの料理と、その優しさに、どれほど救われたことか…」
「もったいないお言葉でございます」
「いや、本心だ。儂は、今回のことで、改めて己の未熟さを思い知らされた。だが、それと同時に、決して一人ではないということも、知ることができた。遠山殿や、そして何よりも、おし乃…そなたのような、心強い味方がいてくれるのだからな」
若様の瞳には、新たな決意の光が宿っていた。彼は、この経験を糧にして、きっと大きく成長していくのだろう。
「おし乃、儂は、水戸へ帰ることになるかもしれん」
朝餉を終えた後、若様は不意にそう切り出した。
男たちの一人が、ドスの利いた声で怒鳴った。その眼は血走り、明らかに尋常ではない。
「な、何奴です!ここは、飯屋でございますぞ!」
良太が、震える声で前に出ようとするのを、私はそっと手で制した。
「良太、下がっていなさい」
そして、私は男たちの前に、静かに立ちはだかった。
「お客様、当店は飯屋でございます。お刀を納めて、お静かにお願いいたします。何かご入り用でしたら、私が承りますが」
「ふん、女将か。邪魔だ、どけ!我らは、水戸の小僧に用があるのだ!」
男は私を突き飛ばそうと手を伸ばしてきた。しかし、その手が私に触れる前に、私は素早く身をかわし、男の腕を逆に取って、床にねじ伏せた。元武家の娘としての嗜みは、伊達ではない。
「ぎゃっ!」という悲鳴と共に、男が床に転がる。他の男たちが、驚いたように私を見た。
「な、なんだ、この女…!」
「お客様、もう一度申し上げます。お刀を納めて、お帰りください。さもなくば、こちらにも考えがございます」
私の言葉には、静かだが、有無を言わせぬ響きがあった。男たちは一瞬ためらったが、すぐにまた凶暴な目を光らせ、私に襲いかかろうとした。
「おのれ、小娘が!」
その時、店の入り口から、鋭い声が響いた。
「そこまでだ、悪党ども!お奉行様のご出座である!神妙にいたせ!」
金さんだった。その手には、十手が握られている。そして、その後ろには、数人の屈強な同心たちの姿が見える。
「ちっ、町奉行か…!面倒なことになったぜ!」
男たちは悪態をつきながらも、金さんの威圧感に押され、動きを止めた。
「お前たち、何者の手先だ!水戸の若君に、何の恨みがある!」
金さんの詰問に、男たちは口を噤んだまま、答えようとしない。
「ふん、言わぬか。ならば、牢に繋いで、じっくりと話を聞かせてもらうとしよう!者ども、こ奴らを捕らえよ!」
同心たちが一斉に男たちに飛びかかり、あっという間に取り押さえた。その間、若様は、私の背後に隠れるようにして、息を詰めて事の成り行きを見守っていた。
「おし乃さん、若様、ご無事であったか!間に合って良かった…」
金さんが、ほっとしたように私に声をかけた。
「はい、金さん。お陰様で…」
「若様、もうご心配には及びません。こ奴らは、儂が責任を持って裁きます故」
「…遠山殿、かたじけない。そして、おし乃…そなたにも、命を救われたな」
若様の声は、まだ少し震えていたが、その瞳には、私と金さんに対する深い感謝の色が浮かんでいた。
「いえ、とんでもないことでございます。若様が無事で、何よりでございました」
この一件は、その後、金さんの迅速な調べにより、水戸藩内の権力争いに絡む、若様の命を狙った陰謀であったことが明らかになった。首謀者たちは捕らえられ、若様はひとまず身の安全を確保することができた。
しかし、この出来事は、若様の心に大きな影を落としたであろうことは想像に難くない。そして、私にとっても、やわらぎ亭という場所が、ただ飯を出すだけの場所ではなく、時には人の命さえも左右するような、大きな出来事の舞台になるのだということを、改めて思い知らされることになった。
騒動が一段落し、金さんたちが引き上げた後、若様はぽつりと言った。
「おし乃…儂は、少し疲れたようだ。今宵は、そなたの店で、一晩休ませてもらっても良いだろうか」
その声は、か細く、そしてどこか心細げだった。
「はい、もちろんでございます。奥の間に、お布団をご用意いたします。どうぞ、ごゆっくりお休みください」
「すまぬな…」
その夜、若様は、やわらぎ亭の奥の間で、久しぶりに安らかな眠りについたという。私は、店の戸締まりをしながら、雨の音に耳を澄ませていた。この雨が上がれば、また新しい朝が来る。そして、若様の心にも、いつかきっと、晴れやかな日が訪れることを、私は心から願わずにはいられなかった。
翌朝、若様は、すっきりとした顔で目を覚ました。
「おし乃、昨夜は本当によく眠れた。こんなに安らかに眠れたのは、いつ以来だろうか…」
「それはようございました。朝餉の支度ができておりますが、いかがなさいますか?」
「うむ、ぜひいただこう。腹が、ぺこぺこだ」
若様は、久しぶりに心からの笑顔を見せた。その笑顔は、まるで憑き物が落ちたかのように、晴れやかだった。
私は、心を込めて朝餉の支度をした。炊きたてのご飯に、豆腐とわかめの味噌汁、そして、だし巻き卵と、焼き鮭。派手さはないが、日本の朝の、基本とも言える献立だ。
「…うまい。本当に、うまいぞ、おし乃。そなたの飯は、なぜこんなにも心に沁みるのだろうな」
若様は、一品一品を、噛み締めるように味わっている。その姿を見ていると、私の心も温かくなる。
「それは、若様のお心が、私の料理を受け入れてくださっているからでございますよ」
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「もったいないお言葉でございます」
「いや、本心だ。儂は、今回のことで、改めて己の未熟さを思い知らされた。だが、それと同時に、決して一人ではないということも、知ることができた。遠山殿や、そして何よりも、おし乃…そなたのような、心強い味方がいてくれるのだからな」
若様の瞳には、新たな決意の光が宿っていた。彼は、この経験を糧にして、きっと大きく成長していくのだろう。
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朝餉を終えた後、若様は不意にそう切り出した。
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