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第66話【第1章完結】 レガシーシステムの強制アップデート
「――以上が、現在の我が国のサーバー……いえ、魔力循環システムの健康診断結果です」
王宮の一角、私のために用意された特別執務室。
壁一面に投影された魔法のスクリーンには、国内の地図と、そこに浮かぶ無数の赤い警告灯(アラート)が映し出されている。
その光景は、納期直前の炎上プロジェクトの進捗管理画面そのものだった。
部屋に集まったのは、この国の最高意思決定機関とも言える面々だ。
皇帝アルベルト陛下、騎士団長レオン様、そして帝国の頭脳であるクラウス王子。
彼らは私の説明に、息を呑んで見入っている。
「赤い点が、システムエラーが発生している場所です。北方の地割れも、実家のゴミ屋敷化も、すべてはこのエラーが連鎖的に引き起こしたバグに過ぎません」
私は指示棒で、地図の中心を叩いた。
「原因は明白です。数百年前の転生者、『賢者サトウ』が遺した管理システム。それが長年メンテナンスされずに放置され、経年劣化で暴走しているのです」
「……管理されていない、だと?」
アルベルト陛下が、信じられないといった表情で呟く。
「そうだ。サトウ氏は優秀なエンジニアでしたが、ワンオペ……たった一人で全てのシステムを構築しようとしました。ですが、彼は志半ばで倒れた。遺されたのは、ドキュメントも引き継ぎ書もない、スパゲッティコード化した巨大な負の遺産です」
私の言葉に、クラウス王子が眼鏡の位置を直しながら口を開いた。
「スパゲッティ……。つまり、複雑に絡み合いすぎて、誰も手が出せなくなった術式ということですね。それを、ミカ殿が解きほぐすと?」
「ええ。解きほぐすだけではありません。現在の人口増加と魔力消費量に合わせて、システム全体を『最適化(リファクタリング)』します」
私は不敵に微笑み、三人の英雄を見渡した。
「場所は特定済みです。この王都の地下深くに、メインサーバー……『中央演算処理施設』が眠っています。そこへ直接乗り込み、管理者権限を奪取。システムを強制的にアップデートします」
「王都の地下にか。灯台下暗しとはこのことだな」
レオン様が剣の柄に手を置き、鋭い眼光を放つ。
「だが、そこは重要施設なのだろう? 当然、防衛機能が働いているはずだ」
「ご明察です、レオン様。おそらく、サトウ氏が配置した自動防衛プログラムが、私たちをウィルスとして排除しにかかるでしょう」
「ウィルス扱いか。面白い」
陛下が獰猛な笑みを浮かべ、立ち上がった。
「私の国を蝕むバグ掃除だ。王として、陣頭指揮を執らねばなるまい」
「俺が先頭を行く。ミカ、君には指一本触れさせない」
レオン様も即座に呼応する。
最強の盾と矛。そして天才的な頭脳を持つ王子。
私の「お片付け」チームとしては、これ以上ない布陣だ。
「では、参りましょうか。数百年溜まったシステムログの大掃除です」
◇
王宮の地下、さらにその奥深く。
普段は誰も立ち入ることのない禁足地の床に、私はチョークで複雑な幾何学模様を描いた。
サトウ氏の日誌から解析した、管理者用バックドアの起動コードだ。
「アクセスコード、承認。ルートディレクトリへ接続」
私が指を鳴らすと、床が音もなくスライドし、暗い闇へと続く螺旋階段が口を開けた。
吹き上げてくるのは、カビ臭い空気ではなく、どこか焦げ臭いような、熱を持った乾燥した風。
それは、過酷な稼働を続けるサーバルーム特有の排熱の臭いだった。
「……なんという熱気だ。地下だというのに、まるで砂漠のようではないか」
クラウス王子が額の汗を拭う。
「演算処理の熱です。冷却システムも限界なのでしょう。急ぎましょう」
私たちは階段を降りていった。
降りるにつれて、耳鳴りのような低い唸り音が大きくなっていく。
数百段の階段を降りきった先に広がっていたのは、この世のものとは思えない光景だった。
広大な地下空洞。
その壁面、天井、床のすべてを、脈打つように明滅する光のラインが覆い尽くしている。
無数の魔力管が複雑に絡み合い、中央に鎮座する巨大な水晶塊へと接続されていた。
水晶は赤黒く濁り、苦しげに明滅を繰り返している。
処理落ち寸前。CPU使用率100%の悲鳴が聞こえてくるようだ。
「これが、世界の心臓部……」
陛下が圧倒されたように呟く。
「いいえ、ただのサーバー室です。……そして、あそこにいるのが『管理人』ですね」
私が指差した先。
巨大水晶の前に、一人の老人が浮いていた。
いや、人ではない。
半透明の身体に、ノイズのような横線が走っている。
魔力で構成された幻影。あるいは、サトウ氏が遺した自動管理AIのアバターか。
「――警告。不正なアクセスを検知。直ちに退去せよ」
老人の口が動いていないのに、頭の中に直接響くような機械的な声が空間を震わせた。
その瞳には感情の色がなく、ただ冷徹に排除の意志だけが宿っている。
「退去はしません。私はミカ・アシュフィールド。新たな管理者として、システムの引き継ぎに来ました」
私は一歩前へ出て、堂々と宣言した。
老人の視線が私を捉える。
「管理者権限の譲渡は認められない。私のマスターはサトウ・ケンジのみ。それ以外のアクセスは全て棄却する」
「あなたのマスターはもういません! 三百年前の仕様書をいつまで守り続けるつもりですか! 今のユーザー数に、あなたのシステムは対応しきれていないのですよ!」
「……否定する。システムは正常だ。私は完璧に維持している」
老人の姿が、怒りのように赤く明滅した。
古いAI特有の融通の利かなさ。
仕様変更を拒み、現状維持こそが正義だと信じ込む、悲しき番人。
「排除する。セキュリティレベル5、実力行使モード起動」
老人が手を振り上げると、周囲の空間からどす黒いモヤが噴き出した。
そのモヤは瞬く間に形を変え、異形の怪物たちへと実体化する。
手足がバラバラについた人形。テクスチャが貼り忘れたようなのっぺらぼうの巨人。
バグが具現化した、エラーモンスターの群れだ。
「ミカ! 下がれ!」
レオン様が疾風のごとく私の前に立ち、剣を抜いた。
同時に、陛下も掌から炎の魔力を迸らせる。
「数は多いが、動きは単調だ! レオン、露払いは任せろ!」
「御意! ミカ、君はあの中央の水晶へ向かえ! こいつらは俺たちが食い止める!」
「クラウス殿下、防御結界をお願いします!」
「了解しました! 全方位シールド、展開!」
三人の男たちが、私を守るための鉄壁の布陣を敷く。
レオン様の剣が一閃するたびに、バグの怪物が光の粒子となって霧散する。
陛下の炎が群がる敵を焼き払い、クラウス王子の結界があらゆる攻撃を弾き返す。
彼らは強い。
この世界の物理的な脅威に対しては、無敵の強さを誇る。
だからこそ、私は私の戦場に集中できる。
「行きます。論理(ロジック)戦争の開始です!」
私は戦いの喧騒を背に、中央の水晶――メインコンソールへと走った。
老人が立ちはだかる。
「触れさせん。ここは神聖なる領域」
「神聖? 笑わせないでください。ここはただの、整理されていない汚部屋です!」
私は右手を突き出した。
スキル《完璧なる整理整頓》、アドミニストレータ権限、強制発動。
私の指先から放たれた青い光のラインが、老人の身体を貫き、背後の水晶へと接続(リンク)する。
視界が切り替わる。
物理的な地下空間から、0と1が支配する電子の海へ。
目の前には、老人の正体である巨大なプログラムコードの壁がそびえ立っていた。
『排除、排除、排除――』
無限に繰り返される拒絶のコマンド。
私はそのコードの羅列を一瞥し、鼻で笑った。
「……なんて汚いコード。継ぎ接ぎだらけで、コメントアウトもされていない。これじゃあ、バグが起きるのも当然です」
サトウ氏の苦労が偲ばれる。
彼は、場当たり的な修正(パッチ)を繰り返して、なんとか世界を維持しようとしていたのだ。
だが、それももう限界だ。
「私が直してあげます。もっとシンプルに、美しく!」
私は脳内の仮想キーボードを叩いた。
指先が残像になるほどの高速タイピング。
「まずはメモリ領域の解放! 不要なキャッシュデータ、三百年分を一括削除!」
エンターキーを叩き込む。
現実世界で、水晶から噴き出していた黒いモヤが一瞬で晴れた。
老人の動きが鈍る。
『グゥ……ッ! 処理速度ガ……低下……?』
「低下しているのではありません。軽くなりすぎて驚いているのです!」
私は畳み掛ける。
「次はタスクキル! 『無限増殖』『異常気象』『魔物生成』……暴走しているプロセスを全て強制終了!」
バチバチと火花が散る。
私が一つコマンドを打ち込むたびに、老人の身体を構成していたノイズが剥がれ落ち、本来の美しい光の姿へと変わっていく。
『ヤメロ……ワタシノ仕事ヲ……奪ウナ……』
老人の意識が、悲痛な叫びを上げる。
彼はプログラムだ。
その存在意義は、「システムを維持すること」。
それを否定されることは、死に等しい恐怖なのだ。
私は手を止めず、しかし声には慈悲を込めた。
「奪うのではありません。引き継ぐのです。サトウさんは、あなたに無理をさせすぎました。もう、休んでいいのですよ」
『休ム……? ワタシガ……?』
「ええ。あなたは十分働きました。これからは、自動化(オートメーション)の時代です」
私は最後の仕上げに取り掛かった。
新しいOSのインストール。
『ミカ・アシュフィールド Ver.2.0』。
複雑怪奇だった世界管理システムを、誰でも扱えるシンプルなUIに刷新する。
「リブート(再起動)、開始!」
私が叫び、水晶に掌を押し当てた瞬間。
地下空間全体が、まばゆい純白の光に包まれた。
『アア……コレガ……最適化……。軽イ……ナンテ静カナンダ……』
老人の顔から、険しいノイズが消えた。
そこには、穏やかな笑みを浮かべた、優しげな老紳士の姿があった。
彼は私に向かって深々と一礼する。
『新シイ管理者ヨ。コノ世界ヲ……頼ンダゾ』
光の粒子となって、老人は崩れ去った。
同時に、周囲で暴れていたバグの怪物たちも、一斉に消滅する。
赤黒く濁っていた水晶は、透き通るような美しいサファイアブルーへと輝きを変え、静かな脈動を始めた。
「……システムオールグリーン。正常稼働を確認しました」
私は大きく息を吐き、その場にへたり込んだ。
精神的なリソースを使い果たし、指一本動かせない。
「ミカ!」
すぐさまレオン様が駆け寄り、倒れ込む私を抱きとめた。
汗と硝煙の匂い。
戦い抜いた男の熱気が、私を包み込む。
「終わったのか?」
「ええ、レオン様。完璧なお片付けでした」
「そうか。……無事でよかった」
彼は強く、強く私を抱きしめる。
骨が軋むほどだが、今はその痛みが心地よい。
「見事だ、ミカ。君はまたしても、常識を覆してしまったな」
陛下が歩み寄り、私の髪を優しく撫でた。
その手には、戦いの煤がついているが、王の威厳はいささかも損なわれていない。
「魔法で殴り合うのではなく、説得して消滅させるとは……。君の戦い方は、いつ見ても独創的ですね」
クラウス王子も、呆れたように、しかし尊敬の眼差しで私を見ている。
「ただの、業務改善ですわ。古いシステムを新しくしただけ。……それに、一人ではありませんでしたから」
私は三人の顔を見渡して微笑んだ。
彼らが時間を稼いでくれなければ、私はコードの書き換えに集中できなかった。
これは、チームの勝利だ。
地下施設の浄化が完了したことで、地上にも劇的な変化が起きていた。
王都を覆っていた重苦しい雲が晴れ、清浄なマナの風が吹き抜ける。
北方の地割れは自然と塞がり、汚染されていた土地からは一斉に緑が芽吹き始めたという報告が、後に届くことになる。
まさに、世界が生まれ変わった瞬間だった。
「さて、と。仕事は終わりましたし、帰りましょうか」
私はレオン様の腕の中で伸びをした。
緊張が解けて、急激にお腹が空いてきた。
「ああ。帰ろう、我々の家へ」
陛下が満足げに頷く。
「今日の夕食は何にしましょうか。これだけ働いたのですから、最高級のお肉が食べたいです」
「いいだろう。王宮のシェフに命じて、国一番のステーキを用意させよう」
「デザートもだ。君が好きな南方のフルーツを取り寄せてある」
レオン様が補足する。
私の好みを完全に把握している二人の過保護ぶりに、私は苦笑した。
「それから、特別なハーブティーも淹れてあげよう。疲労回復と、リラックス効果があるやつだ」
クラウス王子までが話に乗ってくる。
「皆さん、私を甘やかしすぎです」
「何を言う。世界を救った英雄なのだ。これくらいでは足りないくらいだ」
レオン様が私を軽々と抱き上げる。
お姫様抱っこのまま、私たちは螺旋階段を上がり始めた。
三人の英雄に囲まれ、甘やかされながら地上へ戻る。
私の「お片付け」の旅は、ひとまずの大団円を迎えたようだ。
だが、私のことだ。
きっと明日にはまた、新しい「散らかった場所」を見つけて、目を輝かせているに違いない。
だって私は、世界一の社畜SE兼、お片付け令嬢なのだから。
(了)
王宮の一角、私のために用意された特別執務室。
壁一面に投影された魔法のスクリーンには、国内の地図と、そこに浮かぶ無数の赤い警告灯(アラート)が映し出されている。
その光景は、納期直前の炎上プロジェクトの進捗管理画面そのものだった。
部屋に集まったのは、この国の最高意思決定機関とも言える面々だ。
皇帝アルベルト陛下、騎士団長レオン様、そして帝国の頭脳であるクラウス王子。
彼らは私の説明に、息を呑んで見入っている。
「赤い点が、システムエラーが発生している場所です。北方の地割れも、実家のゴミ屋敷化も、すべてはこのエラーが連鎖的に引き起こしたバグに過ぎません」
私は指示棒で、地図の中心を叩いた。
「原因は明白です。数百年前の転生者、『賢者サトウ』が遺した管理システム。それが長年メンテナンスされずに放置され、経年劣化で暴走しているのです」
「……管理されていない、だと?」
アルベルト陛下が、信じられないといった表情で呟く。
「そうだ。サトウ氏は優秀なエンジニアでしたが、ワンオペ……たった一人で全てのシステムを構築しようとしました。ですが、彼は志半ばで倒れた。遺されたのは、ドキュメントも引き継ぎ書もない、スパゲッティコード化した巨大な負の遺産です」
私の言葉に、クラウス王子が眼鏡の位置を直しながら口を開いた。
「スパゲッティ……。つまり、複雑に絡み合いすぎて、誰も手が出せなくなった術式ということですね。それを、ミカ殿が解きほぐすと?」
「ええ。解きほぐすだけではありません。現在の人口増加と魔力消費量に合わせて、システム全体を『最適化(リファクタリング)』します」
私は不敵に微笑み、三人の英雄を見渡した。
「場所は特定済みです。この王都の地下深くに、メインサーバー……『中央演算処理施設』が眠っています。そこへ直接乗り込み、管理者権限を奪取。システムを強制的にアップデートします」
「王都の地下にか。灯台下暗しとはこのことだな」
レオン様が剣の柄に手を置き、鋭い眼光を放つ。
「だが、そこは重要施設なのだろう? 当然、防衛機能が働いているはずだ」
「ご明察です、レオン様。おそらく、サトウ氏が配置した自動防衛プログラムが、私たちをウィルスとして排除しにかかるでしょう」
「ウィルス扱いか。面白い」
陛下が獰猛な笑みを浮かべ、立ち上がった。
「私の国を蝕むバグ掃除だ。王として、陣頭指揮を執らねばなるまい」
「俺が先頭を行く。ミカ、君には指一本触れさせない」
レオン様も即座に呼応する。
最強の盾と矛。そして天才的な頭脳を持つ王子。
私の「お片付け」チームとしては、これ以上ない布陣だ。
「では、参りましょうか。数百年溜まったシステムログの大掃除です」
◇
王宮の地下、さらにその奥深く。
普段は誰も立ち入ることのない禁足地の床に、私はチョークで複雑な幾何学模様を描いた。
サトウ氏の日誌から解析した、管理者用バックドアの起動コードだ。
「アクセスコード、承認。ルートディレクトリへ接続」
私が指を鳴らすと、床が音もなくスライドし、暗い闇へと続く螺旋階段が口を開けた。
吹き上げてくるのは、カビ臭い空気ではなく、どこか焦げ臭いような、熱を持った乾燥した風。
それは、過酷な稼働を続けるサーバルーム特有の排熱の臭いだった。
「……なんという熱気だ。地下だというのに、まるで砂漠のようではないか」
クラウス王子が額の汗を拭う。
「演算処理の熱です。冷却システムも限界なのでしょう。急ぎましょう」
私たちは階段を降りていった。
降りるにつれて、耳鳴りのような低い唸り音が大きくなっていく。
数百段の階段を降りきった先に広がっていたのは、この世のものとは思えない光景だった。
広大な地下空洞。
その壁面、天井、床のすべてを、脈打つように明滅する光のラインが覆い尽くしている。
無数の魔力管が複雑に絡み合い、中央に鎮座する巨大な水晶塊へと接続されていた。
水晶は赤黒く濁り、苦しげに明滅を繰り返している。
処理落ち寸前。CPU使用率100%の悲鳴が聞こえてくるようだ。
「これが、世界の心臓部……」
陛下が圧倒されたように呟く。
「いいえ、ただのサーバー室です。……そして、あそこにいるのが『管理人』ですね」
私が指差した先。
巨大水晶の前に、一人の老人が浮いていた。
いや、人ではない。
半透明の身体に、ノイズのような横線が走っている。
魔力で構成された幻影。あるいは、サトウ氏が遺した自動管理AIのアバターか。
「――警告。不正なアクセスを検知。直ちに退去せよ」
老人の口が動いていないのに、頭の中に直接響くような機械的な声が空間を震わせた。
その瞳には感情の色がなく、ただ冷徹に排除の意志だけが宿っている。
「退去はしません。私はミカ・アシュフィールド。新たな管理者として、システムの引き継ぎに来ました」
私は一歩前へ出て、堂々と宣言した。
老人の視線が私を捉える。
「管理者権限の譲渡は認められない。私のマスターはサトウ・ケンジのみ。それ以外のアクセスは全て棄却する」
「あなたのマスターはもういません! 三百年前の仕様書をいつまで守り続けるつもりですか! 今のユーザー数に、あなたのシステムは対応しきれていないのですよ!」
「……否定する。システムは正常だ。私は完璧に維持している」
老人の姿が、怒りのように赤く明滅した。
古いAI特有の融通の利かなさ。
仕様変更を拒み、現状維持こそが正義だと信じ込む、悲しき番人。
「排除する。セキュリティレベル5、実力行使モード起動」
老人が手を振り上げると、周囲の空間からどす黒いモヤが噴き出した。
そのモヤは瞬く間に形を変え、異形の怪物たちへと実体化する。
手足がバラバラについた人形。テクスチャが貼り忘れたようなのっぺらぼうの巨人。
バグが具現化した、エラーモンスターの群れだ。
「ミカ! 下がれ!」
レオン様が疾風のごとく私の前に立ち、剣を抜いた。
同時に、陛下も掌から炎の魔力を迸らせる。
「数は多いが、動きは単調だ! レオン、露払いは任せろ!」
「御意! ミカ、君はあの中央の水晶へ向かえ! こいつらは俺たちが食い止める!」
「クラウス殿下、防御結界をお願いします!」
「了解しました! 全方位シールド、展開!」
三人の男たちが、私を守るための鉄壁の布陣を敷く。
レオン様の剣が一閃するたびに、バグの怪物が光の粒子となって霧散する。
陛下の炎が群がる敵を焼き払い、クラウス王子の結界があらゆる攻撃を弾き返す。
彼らは強い。
この世界の物理的な脅威に対しては、無敵の強さを誇る。
だからこそ、私は私の戦場に集中できる。
「行きます。論理(ロジック)戦争の開始です!」
私は戦いの喧騒を背に、中央の水晶――メインコンソールへと走った。
老人が立ちはだかる。
「触れさせん。ここは神聖なる領域」
「神聖? 笑わせないでください。ここはただの、整理されていない汚部屋です!」
私は右手を突き出した。
スキル《完璧なる整理整頓》、アドミニストレータ権限、強制発動。
私の指先から放たれた青い光のラインが、老人の身体を貫き、背後の水晶へと接続(リンク)する。
視界が切り替わる。
物理的な地下空間から、0と1が支配する電子の海へ。
目の前には、老人の正体である巨大なプログラムコードの壁がそびえ立っていた。
『排除、排除、排除――』
無限に繰り返される拒絶のコマンド。
私はそのコードの羅列を一瞥し、鼻で笑った。
「……なんて汚いコード。継ぎ接ぎだらけで、コメントアウトもされていない。これじゃあ、バグが起きるのも当然です」
サトウ氏の苦労が偲ばれる。
彼は、場当たり的な修正(パッチ)を繰り返して、なんとか世界を維持しようとしていたのだ。
だが、それももう限界だ。
「私が直してあげます。もっとシンプルに、美しく!」
私は脳内の仮想キーボードを叩いた。
指先が残像になるほどの高速タイピング。
「まずはメモリ領域の解放! 不要なキャッシュデータ、三百年分を一括削除!」
エンターキーを叩き込む。
現実世界で、水晶から噴き出していた黒いモヤが一瞬で晴れた。
老人の動きが鈍る。
『グゥ……ッ! 処理速度ガ……低下……?』
「低下しているのではありません。軽くなりすぎて驚いているのです!」
私は畳み掛ける。
「次はタスクキル! 『無限増殖』『異常気象』『魔物生成』……暴走しているプロセスを全て強制終了!」
バチバチと火花が散る。
私が一つコマンドを打ち込むたびに、老人の身体を構成していたノイズが剥がれ落ち、本来の美しい光の姿へと変わっていく。
『ヤメロ……ワタシノ仕事ヲ……奪ウナ……』
老人の意識が、悲痛な叫びを上げる。
彼はプログラムだ。
その存在意義は、「システムを維持すること」。
それを否定されることは、死に等しい恐怖なのだ。
私は手を止めず、しかし声には慈悲を込めた。
「奪うのではありません。引き継ぐのです。サトウさんは、あなたに無理をさせすぎました。もう、休んでいいのですよ」
『休ム……? ワタシガ……?』
「ええ。あなたは十分働きました。これからは、自動化(オートメーション)の時代です」
私は最後の仕上げに取り掛かった。
新しいOSのインストール。
『ミカ・アシュフィールド Ver.2.0』。
複雑怪奇だった世界管理システムを、誰でも扱えるシンプルなUIに刷新する。
「リブート(再起動)、開始!」
私が叫び、水晶に掌を押し当てた瞬間。
地下空間全体が、まばゆい純白の光に包まれた。
『アア……コレガ……最適化……。軽イ……ナンテ静カナンダ……』
老人の顔から、険しいノイズが消えた。
そこには、穏やかな笑みを浮かべた、優しげな老紳士の姿があった。
彼は私に向かって深々と一礼する。
『新シイ管理者ヨ。コノ世界ヲ……頼ンダゾ』
光の粒子となって、老人は崩れ去った。
同時に、周囲で暴れていたバグの怪物たちも、一斉に消滅する。
赤黒く濁っていた水晶は、透き通るような美しいサファイアブルーへと輝きを変え、静かな脈動を始めた。
「……システムオールグリーン。正常稼働を確認しました」
私は大きく息を吐き、その場にへたり込んだ。
精神的なリソースを使い果たし、指一本動かせない。
「ミカ!」
すぐさまレオン様が駆け寄り、倒れ込む私を抱きとめた。
汗と硝煙の匂い。
戦い抜いた男の熱気が、私を包み込む。
「終わったのか?」
「ええ、レオン様。完璧なお片付けでした」
「そうか。……無事でよかった」
彼は強く、強く私を抱きしめる。
骨が軋むほどだが、今はその痛みが心地よい。
「見事だ、ミカ。君はまたしても、常識を覆してしまったな」
陛下が歩み寄り、私の髪を優しく撫でた。
その手には、戦いの煤がついているが、王の威厳はいささかも損なわれていない。
「魔法で殴り合うのではなく、説得して消滅させるとは……。君の戦い方は、いつ見ても独創的ですね」
クラウス王子も、呆れたように、しかし尊敬の眼差しで私を見ている。
「ただの、業務改善ですわ。古いシステムを新しくしただけ。……それに、一人ではありませんでしたから」
私は三人の顔を見渡して微笑んだ。
彼らが時間を稼いでくれなければ、私はコードの書き換えに集中できなかった。
これは、チームの勝利だ。
地下施設の浄化が完了したことで、地上にも劇的な変化が起きていた。
王都を覆っていた重苦しい雲が晴れ、清浄なマナの風が吹き抜ける。
北方の地割れは自然と塞がり、汚染されていた土地からは一斉に緑が芽吹き始めたという報告が、後に届くことになる。
まさに、世界が生まれ変わった瞬間だった。
「さて、と。仕事は終わりましたし、帰りましょうか」
私はレオン様の腕の中で伸びをした。
緊張が解けて、急激にお腹が空いてきた。
「ああ。帰ろう、我々の家へ」
陛下が満足げに頷く。
「今日の夕食は何にしましょうか。これだけ働いたのですから、最高級のお肉が食べたいです」
「いいだろう。王宮のシェフに命じて、国一番のステーキを用意させよう」
「デザートもだ。君が好きな南方のフルーツを取り寄せてある」
レオン様が補足する。
私の好みを完全に把握している二人の過保護ぶりに、私は苦笑した。
「それから、特別なハーブティーも淹れてあげよう。疲労回復と、リラックス効果があるやつだ」
クラウス王子までが話に乗ってくる。
「皆さん、私を甘やかしすぎです」
「何を言う。世界を救った英雄なのだ。これくらいでは足りないくらいだ」
レオン様が私を軽々と抱き上げる。
お姫様抱っこのまま、私たちは螺旋階段を上がり始めた。
三人の英雄に囲まれ、甘やかされながら地上へ戻る。
私の「お片付け」の旅は、ひとまずの大団円を迎えたようだ。
だが、私のことだ。
きっと明日にはまた、新しい「散らかった場所」を見つけて、目を輝かせているに違いない。
だって私は、世界一の社畜SE兼、お片付け令嬢なのだから。
(了)
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ちょっとオネェだったり、
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すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
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本の虫な転生赤ちゃんは血塗りの宰相の義愛娘~本の世界に入れる『ひみちゅのちから』でピンチの帝国を救ったら、冷酷パパに溺愛されてます
青空あかな
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ブラック企業に勤める本の虫でアラサーOLの星花は、突然水に突き落とされた衝撃を感じる。
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溺死寸前の彼女を助けたのは、冷徹な手腕により周囲から「血塗りの宰相」と恐れられるアイザック・リヴィエール公爵だった。
その後、熱に浮かされながら見た夢で前世を思い出し、星花は異世界の赤ちゃんに転生したことを自覚する。
目覚めた彼女は周囲の会話から、赤ちゃんの自分を川に落としたのは実の両親だと知って、強いショックを受けた。
前世の両親もいわゆる毒親であり、今世では「親」に愛されたかったと……。
リヴィエール公爵家の屋敷に連れて行かれると、星花にはとても貴重な聖属性の魔力があるとわかった。
アイザックに星花は「ステラ」と名付けられ彼の屋敷で暮らすようになる。
当のアイザックとはほとんど会わない塩対応だが、屋敷の善良な人たちに温かく育てられる。
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ステラには「本の世界に入り込み、その本の知識や内容を実際に体験したように習得できる特別な力」があったのだ。
彼女はその力を使って、隣国との条約締結に関する通訳不在問題や皇帝陛下の病気を治す薬草探索など、様々な問題を解決する。
やがて、アイザックは最初は煩わしかったはずのステラの活躍と愛らしさを目の当たりにし、彼女を「娘として」大切に思うようになる。
これは赤ちゃんに転生した本好きアラサーの社畜OLが、前世の知識と本好きの力を活かして活躍した結果、冷徹な義父から溺愛される話である。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
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貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
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言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
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【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
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お片付けのスキルは嬉しいかな…最適化って言葉に憧れます。中々、最適化出来ないことに毎日悩んでいます。
いろんなデーターを自分の頭の中で最適化できないのが一番の悩みですね。ミカ、お疲れさまでした。
【五話】
財財政 ✕
財政 ○
目覚めちゃいけない負の精神が…(´;ω;`)
お話とても面白く読ませていただいております
ただ、なんとなく意味はわかるのですが横文字専門用語が多すぎて理解が難しかったので、できれば日本語に置き換えできる部分を日本語に変換していただけたら嬉しいです