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第4章:『路地裏の不協和音と、まだ見ぬ白紙の履歴書』
第16話:【不真面目な劣等生と、四つのトラブル】
Studio MAD-KICHIの最深部に位置するメインスタジオ。
普段は最新鋭の機材が放つ冷徹なLEDの光と、紫煙、そして俺のダミ声だけが支配するこの無機質な空間に、今夜はひどく場違いで、それでいて強烈なエネルギーを放つ『異物』たちが紛れ込んでいた。
四方を分厚い防音材で囲まれたブースの中に座るのは、どこにでもいるような、しかしどこか反抗的で個性的な着こなしをした「女子高生の制服」姿の四人の少女たち。
若さ特有の甘い香水と、なぜか微かに漂う油菓子の匂いが、このスタジオの重い空気をかき回している。
「さあ、夜のコンクリートジャングルに狂気の電波を撒き散らす、歩行ネットラジオ『たってやる。』の時間だ! 今夜は淀川の夜行軍を一休みして、スタジオからの定点放送でお送りするぜ!」
俺がマイクのフェーダーを押し上げ、朝から放り込んだニンニクとマカのサプリメントで煮えたぎらせた活力を声に乗せると、目の前のモニターに表示されたコメントビューアが凄まじい勢いで滝のように流れ始めた。
「今夜のゲストは、ウチのスタジオが放つ異端の四人組ダンスパフォーマンスユニットだ。コンセプトは『不真面目な劣等生で何が悪い』! トラブルを招き起こす問題児の女子高生たち……『トラブルメーカー』の四人が初登場だ!」
俺の紹介と共に、コメント欄が『キターーー!』『制服姿たまらん』『ついに組長のラジオに!』と一気に加速する。
「お前ら、ウチのリスナーどもに軽く自己紹介と、最近のヤバい近況でもぶちまけてやれ」
俺が話を振ると、四人の中で一番小柄で、いかにも年下らしいあどけなさを残した少女――最年少の『RIKU(リク)』が、コンデンサーマイクに身を乗り出してきた。
「はいはーい! 最年少のRIKUでーす! 最近のヤバい近況っていうか……アタシ、デビュー前に付き合ってた彼氏がいたんですけどぉ、この前完全にフラれちゃいまして」
「ほう。いきなりアイドルらしからぬ赤裸々なぶっちゃけだな」
「だって、アタシめっちゃ尽くすタイプなんですよ? 1日にLINE100件くらい送るし、GPSで常に位置情報共有したいし、愛が重いっていうか……。そしたら彼氏に、『お前と一緒に居ると、マジで逃げ出したくなる』ってガチなトーンで言われて、そのままブロックされちゃって……」
RIKUはクスンと嘘泣きのような仕草を見せたが、その恋愛観のあまりの重さと地雷っぷりに、コメント欄は『逃げて正解』『最年少でそれはエグい』と若干引いた空気に包まれた。俺自身も一瞬ドン引きしそうになったが、そこは四十路の中間管理職として、そしてMAD-KICHIのトップとしての度量の見せ所だ。
「ハッハッハ! そりゃあ男もビビッて逃げ出すわな! だがな、RIKU。分かってると思うが、ウチのスタジオは恋愛を大いに奨励している。清純派ぶってコソコソ隠れるより、愛が重くてフラれた痛々しい経験すらも、パフォーマンスのエネルギーに変えちまえばいいんだ! まだまだお前も若いんだからな、色んな経験をいっぱいしろ!」
俺が力強く激励すると、RIKUはパッと顔を輝かせ、「組長、マジリスペクトっす! 次の男は絶対に逃がさないように手錠かけます!」と、さらにヤバい発言を重ねてきた。
「……RIKU、あんまり組長を困らせないの。あんたの愛が重いのは今に始まったことじゃないでしょ」
そう言ってRIKUを嗜めたのは、グループの最年長であり、過去にはあの『Unbalance』のバックダンサーも務めていた実力派リーダーの『SHION(シオン)』だ。
「リーダーのSHIONです。まあ、アタシはRIKUみたいに男に依存したりはしないですね。ただ、思ったことはハッキリ口に出しちゃうタイプなんで。……例えば、清潔感のないオヤジとかマジで無理だし。特に、変に未練がましくバーコードみたいに数本の髪を残して足掻いてるハゲとか見ると、無性にイライラして『見苦しいから潔く全部剃れよ!』ってSNSに書いちゃうんですよね」
SHIONのその発言に、コメント欄は『出たwwww』『SHION様のハゲへの殺意ww』と大盛り上がりだ。
「おいおい、お前、そのハゲに対する異常に攻撃的な言動のせいで、この前もSNSで大炎上してただろうが。そりゃ炎上するだろ」
俺が腹を抱えて笑いながら言うと、不意に、スタジオの奥のディレクターブースから、この世の終わりのような悲痛な声が響いてきた。
「ぼ、ぼく……今日は裏方で黙って仕事してるだけなのに……完全に直撃のトバッチリじゃないですか……」
声の主は、ハゲた頭を必死に隠そうとしているウチの統括本部長、禿光太だ。彼は涙目で自身の頭頂部を押さえている。
「あ、光太さんいたんだ。別に光太さん個人のこと言ったわけじゃないから、気にしないでよ。でもそのハゲ頭、今度油性ペンで落書きさせてよね」
SHIONが容赦なく冷たい声で追い討ちをかけ、光太が「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げてブースの影に隠れた。
「やれやれ、ウチの優秀な(?)本部長をいじめるのはその辺にしておけ。……で、さっきからマイク前でひたすらボリボリとマイペースに何か食ってるお前」
俺は、紙袋を抱えたままのショートカットの少女に話を振った。
「ん……あ、NONOだよ。モグモグ……」
男子のようにラフに着崩したスラックスの制服姿。中性的でボーイッシュな顔立ちと髪型。そのクールな立ち振る舞いは、今や女子中高生の間で爆発的な人気を誇り、彼女の容姿やファッションを模倣する『ノノラー』と呼ばれる熱狂的なファン層まで生み出しているカリスマだ。体育会系のような暑苦しさは全くなく、ただ自然体で少年のような透明感を持っている。
だが、そのカリスマの本人は、カメラが回っていようがお構いなしに、己の好物である芋けんぴを貪り食っている。
「お前、ノノラー現象とか言って世間の女子からキャーキャー言われてるくせに、中身はただの芋けんぴ中毒じゃねえか。もう少しアイドルらしく振る舞う気はねえのか?」
「組長、ボクのこと怒ってる? ……んー、でも別にさ、ボクは誰かに言われてこの服を着てるわけじゃないし、自分が食べたい時に芋けんぴを食べてるだけだよ。不真面目で何が悪いの?」
NONOは飄々としたボーイッシュな口調でケロリと言い放ち、再びボリッと良い音を立てた。この圧倒的なマイペースさ。他人の目を一切気にしないその少年のような強心臓こそが、同性から支持される理由なのだろう。
「……たく、どいつもこいつも問題児ばっかりだな。最後、お前だ」
「はい! ソロでもライブ配信やってます、RUMINA(ルミナ)です!」
最後に元気よく顔の横でピースサインを作ったのは、俺のタブレットに表示された彼女の宣材画像のビジュアルそのままの、紺色のブレザーとストライプのネクタイ、プリーツスカートをキッチリと着こなし、綺麗なポニーテールを揺らすRUMINAだ。どこからどう見ても、真面目で清楚な優等生といった風貌であり、ギャル要素など一ミリも存在しない。
「お前、その優等生みたいなルックスでソロ配信も精力的にやってるのはいいが、趣味が『大衆食堂めぐり』って、女子高生にしては渋すぎるだろう。しかも『カツ丼ソムリエ』を自称してるとか」
俺が台本(プロフィール資料)を見ながらツッコミを入れると、清楚な見た目のRUMINAの瞳が、突如としてギラッと熱く輝いた。
「組長、分かってないですね! カツ丼こそ、日本のソウルフードの頂点ですよ! オシャレなカフェのパンケーキなんて腹の足しになりません。この前も、日本橋の裏路地にある、のれんがボロボロの大衆食堂に行ったんですけど……あそこのカツ丼、マジでヤバいんです! 卵の半熟具合と、出汁の甘辛さが絶妙で!」
「おい、日本橋の裏路地って……もしかして、あの角を曲がったところにある、頑固そうな親父が一人でやってる『真知吉食堂』か!?」
俺は思わず身を乗り出した。あそこは、俺が日本橋にジャンクPCパーツを漁りに行った際、たまに立ち寄る隠れた名店だ。
「そうです! あそこの親父さん、態度は無愛想だけど、カツの揚げ加減は神ですよね! 肉の脂身が信じられないくらい甘くて!」
「分かってるじゃねえかRUMINA! あそこのカツ丼は、上に乗ってる三つ葉の香りがまた良いアクセントになってんだよな! 俺はいつもご飯大盛りで、さらに豚汁までつけちまうぜ!」
「豚汁! 分かります! あの大根の染み具合、最高ですよね!」
気づけば、四十代の中間管理職のオッサンと、清楚なルックスをした女子高生が、スタジオの生放送で延々と「どこの大衆食堂のカツ丼が美味いか」という謎のディープなグルメトークで意気投合してしまっていた。
『カツ丼ソムリエすげえ』『組長と女子高生がカツ丼で意気投合するラジオ番組ww』『トラブルメーカー、キャラ濃すぎだろ』
コンプライアンスなんて知ったことか。恋愛依存、ハゲへの暴言、ボーイッシュな芋けんぴ中毒、そして清楚なカツ丼マニア。
この『不真面目な劣等生』たちの圧倒的な個性と予測不能なトークは、深夜の『たってやる。』に最高のスパイスと、大爆笑のカオスをもたらしてくれたのだった。
* * *
深夜三時。
女子高生たちの嵐のような喧騒が去り、芋けんぴの甘い匂いとカツ丼の幻影だけが微かに残る組長室。
俺は一人、重役椅子にどっかりと深く身を沈めた。
手元にある愛用の『glo』のデバイスを取り出し、スティックを差し込む。加熱ボタンを長押しすると、微かな振動と共に、タバコ葉が熱せられる香ばしい匂いが、部屋の空気にゆっくりと溶け出していった。
俺は紫煙を深く肺のどん底まで吸い込み、暗い天井に向けて細く、長く吐き出した。
さて。ここからは、この第4章の第1話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
……さて、今回は少し趣向を変えて、これまでのバケモノたちとは毛色の違う、新しいアーティストをスタジオに呼んで取り上げてみたが、どうだっただろうか。
この『トラブルメーカー』という、制服姿で奇抜なパフォーマンスを繰り広げる四人組。
作中の彼女たちの言動や「不真面目な劣等生」というコンセプトを見て、現実世界(リアル)での「モデルとなるアーティスト」が誰なのか、勘のいいお前らリスナーどもなら、もう薄々感じていることだろう。
ああ、あえてアーティストの固有名詞は完全に伏せさせてもらうが。世界を股にかけて「青春日本代表」として暴れ回っている、あのおかっぱ頭の強烈なリーダーを筆頭とした四人組の姿が、俺の脳裏にあったのは間違いない。
これも、「ウチのMAD-KICHIのラインナップに、一風変わった、少しサブカル寄りで爆発力のあるアーティストがほしいな」と俺が一人で企み、考えた末の思いつきの結果だ。
それにしてもだ。
RIKUの重すぎる恋愛観、SHIONのハゲに対する容赦のない口撃、NONOのボーイッシュなカリスマ性と芋けんぴ中毒、そしてRUMINAの清楚なルックスに反したカツ丼ソムリエというギャップ。
……メンバーたちのクセが、マジですごいな。
ちなみに言っておくが、この彼女たちの狂ったプロフィールや設定は、現実のモデルアーティストとは一切関係ない。全部、俺が自分の頭で捻り出して、俺の知識と技術をフル稼働させてAIにぶち込み、錬成した「完全オリジナルのキチガイな設定」だ。
我ながら、よくもまあこんなブッ飛んだ設定を次から次へと考えたもんだと、自分自身の妄想力に呆れると同時に、少し誇らしくも思うぜ。
実はこの『トラブルメーカー』というユニット、設定上では俺のプロデュースによって昨年にデビューを果たしているという歴史がある。
だが、前作の物語の中では、GALaxy Signal や Unbalance といった、俺が絶対に譲れない「8人組」という掟を持ったグループの展開に注力していたこともあって、なかなか表舞台に出してやる機会がなかったんだ。
そして新章の第4章に突入した今、このタイミングで彼女たちをスタジオに乱入させて登場させたら、絶対に面白い化学反応が起きると思ったので、今回思い切ってメインのゲストとして取り上げてみたというわけだ。
「いきなり新キャラを出すなんて、計画性がない」
「もっと前から伏線を張っておくべきだ」
一般の、お利口なクリエイター気取りの奴らからすれば、俺のこういう「思いつきでの行動」は、計画性がないと批判されるかもしれん。
だがな。俺は何度でも言うぞ。
綿密に計算されて、読者の予想の範疇に収まるような予定調和の展開なんて、クソくらえだ。
「今、こいつらを暴れさせたら絶対に面白い!」と思ったその瞬間の直感に従い、プロットをぶち壊してでも『アクション・ファースト』で出力する。
その方が、書いている俺自身が何倍も興奮するし、結果として生み出されるエンターテインメントも、圧倒的な熱量を持って読者の脳髄に突き刺さるんだよ。
不真面目で、計画性がなくて、思いつきで暴走する。
それで何が悪い? その圧倒的な自由とカオスこそが、俺たちStudio MAD-KICHIの最強の武器なんだ。
さあ、新しい火種(アーティスト)も投下されたことだし、第4章の熱気はまだまだこんなもんじゃ終わらねえぜ。
次はどんなトラブルが巻き起こるか、お前ら、しっかりシートベルトを締めて待ってろよ!!
普段は最新鋭の機材が放つ冷徹なLEDの光と、紫煙、そして俺のダミ声だけが支配するこの無機質な空間に、今夜はひどく場違いで、それでいて強烈なエネルギーを放つ『異物』たちが紛れ込んでいた。
四方を分厚い防音材で囲まれたブースの中に座るのは、どこにでもいるような、しかしどこか反抗的で個性的な着こなしをした「女子高生の制服」姿の四人の少女たち。
若さ特有の甘い香水と、なぜか微かに漂う油菓子の匂いが、このスタジオの重い空気をかき回している。
「さあ、夜のコンクリートジャングルに狂気の電波を撒き散らす、歩行ネットラジオ『たってやる。』の時間だ! 今夜は淀川の夜行軍を一休みして、スタジオからの定点放送でお送りするぜ!」
俺がマイクのフェーダーを押し上げ、朝から放り込んだニンニクとマカのサプリメントで煮えたぎらせた活力を声に乗せると、目の前のモニターに表示されたコメントビューアが凄まじい勢いで滝のように流れ始めた。
「今夜のゲストは、ウチのスタジオが放つ異端の四人組ダンスパフォーマンスユニットだ。コンセプトは『不真面目な劣等生で何が悪い』! トラブルを招き起こす問題児の女子高生たち……『トラブルメーカー』の四人が初登場だ!」
俺の紹介と共に、コメント欄が『キターーー!』『制服姿たまらん』『ついに組長のラジオに!』と一気に加速する。
「お前ら、ウチのリスナーどもに軽く自己紹介と、最近のヤバい近況でもぶちまけてやれ」
俺が話を振ると、四人の中で一番小柄で、いかにも年下らしいあどけなさを残した少女――最年少の『RIKU(リク)』が、コンデンサーマイクに身を乗り出してきた。
「はいはーい! 最年少のRIKUでーす! 最近のヤバい近況っていうか……アタシ、デビュー前に付き合ってた彼氏がいたんですけどぉ、この前完全にフラれちゃいまして」
「ほう。いきなりアイドルらしからぬ赤裸々なぶっちゃけだな」
「だって、アタシめっちゃ尽くすタイプなんですよ? 1日にLINE100件くらい送るし、GPSで常に位置情報共有したいし、愛が重いっていうか……。そしたら彼氏に、『お前と一緒に居ると、マジで逃げ出したくなる』ってガチなトーンで言われて、そのままブロックされちゃって……」
RIKUはクスンと嘘泣きのような仕草を見せたが、その恋愛観のあまりの重さと地雷っぷりに、コメント欄は『逃げて正解』『最年少でそれはエグい』と若干引いた空気に包まれた。俺自身も一瞬ドン引きしそうになったが、そこは四十路の中間管理職として、そしてMAD-KICHIのトップとしての度量の見せ所だ。
「ハッハッハ! そりゃあ男もビビッて逃げ出すわな! だがな、RIKU。分かってると思うが、ウチのスタジオは恋愛を大いに奨励している。清純派ぶってコソコソ隠れるより、愛が重くてフラれた痛々しい経験すらも、パフォーマンスのエネルギーに変えちまえばいいんだ! まだまだお前も若いんだからな、色んな経験をいっぱいしろ!」
俺が力強く激励すると、RIKUはパッと顔を輝かせ、「組長、マジリスペクトっす! 次の男は絶対に逃がさないように手錠かけます!」と、さらにヤバい発言を重ねてきた。
「……RIKU、あんまり組長を困らせないの。あんたの愛が重いのは今に始まったことじゃないでしょ」
そう言ってRIKUを嗜めたのは、グループの最年長であり、過去にはあの『Unbalance』のバックダンサーも務めていた実力派リーダーの『SHION(シオン)』だ。
「リーダーのSHIONです。まあ、アタシはRIKUみたいに男に依存したりはしないですね。ただ、思ったことはハッキリ口に出しちゃうタイプなんで。……例えば、清潔感のないオヤジとかマジで無理だし。特に、変に未練がましくバーコードみたいに数本の髪を残して足掻いてるハゲとか見ると、無性にイライラして『見苦しいから潔く全部剃れよ!』ってSNSに書いちゃうんですよね」
SHIONのその発言に、コメント欄は『出たwwww』『SHION様のハゲへの殺意ww』と大盛り上がりだ。
「おいおい、お前、そのハゲに対する異常に攻撃的な言動のせいで、この前もSNSで大炎上してただろうが。そりゃ炎上するだろ」
俺が腹を抱えて笑いながら言うと、不意に、スタジオの奥のディレクターブースから、この世の終わりのような悲痛な声が響いてきた。
「ぼ、ぼく……今日は裏方で黙って仕事してるだけなのに……完全に直撃のトバッチリじゃないですか……」
声の主は、ハゲた頭を必死に隠そうとしているウチの統括本部長、禿光太だ。彼は涙目で自身の頭頂部を押さえている。
「あ、光太さんいたんだ。別に光太さん個人のこと言ったわけじゃないから、気にしないでよ。でもそのハゲ頭、今度油性ペンで落書きさせてよね」
SHIONが容赦なく冷たい声で追い討ちをかけ、光太が「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げてブースの影に隠れた。
「やれやれ、ウチの優秀な(?)本部長をいじめるのはその辺にしておけ。……で、さっきからマイク前でひたすらボリボリとマイペースに何か食ってるお前」
俺は、紙袋を抱えたままのショートカットの少女に話を振った。
「ん……あ、NONOだよ。モグモグ……」
男子のようにラフに着崩したスラックスの制服姿。中性的でボーイッシュな顔立ちと髪型。そのクールな立ち振る舞いは、今や女子中高生の間で爆発的な人気を誇り、彼女の容姿やファッションを模倣する『ノノラー』と呼ばれる熱狂的なファン層まで生み出しているカリスマだ。体育会系のような暑苦しさは全くなく、ただ自然体で少年のような透明感を持っている。
だが、そのカリスマの本人は、カメラが回っていようがお構いなしに、己の好物である芋けんぴを貪り食っている。
「お前、ノノラー現象とか言って世間の女子からキャーキャー言われてるくせに、中身はただの芋けんぴ中毒じゃねえか。もう少しアイドルらしく振る舞う気はねえのか?」
「組長、ボクのこと怒ってる? ……んー、でも別にさ、ボクは誰かに言われてこの服を着てるわけじゃないし、自分が食べたい時に芋けんぴを食べてるだけだよ。不真面目で何が悪いの?」
NONOは飄々としたボーイッシュな口調でケロリと言い放ち、再びボリッと良い音を立てた。この圧倒的なマイペースさ。他人の目を一切気にしないその少年のような強心臓こそが、同性から支持される理由なのだろう。
「……たく、どいつもこいつも問題児ばっかりだな。最後、お前だ」
「はい! ソロでもライブ配信やってます、RUMINA(ルミナ)です!」
最後に元気よく顔の横でピースサインを作ったのは、俺のタブレットに表示された彼女の宣材画像のビジュアルそのままの、紺色のブレザーとストライプのネクタイ、プリーツスカートをキッチリと着こなし、綺麗なポニーテールを揺らすRUMINAだ。どこからどう見ても、真面目で清楚な優等生といった風貌であり、ギャル要素など一ミリも存在しない。
「お前、その優等生みたいなルックスでソロ配信も精力的にやってるのはいいが、趣味が『大衆食堂めぐり』って、女子高生にしては渋すぎるだろう。しかも『カツ丼ソムリエ』を自称してるとか」
俺が台本(プロフィール資料)を見ながらツッコミを入れると、清楚な見た目のRUMINAの瞳が、突如としてギラッと熱く輝いた。
「組長、分かってないですね! カツ丼こそ、日本のソウルフードの頂点ですよ! オシャレなカフェのパンケーキなんて腹の足しになりません。この前も、日本橋の裏路地にある、のれんがボロボロの大衆食堂に行ったんですけど……あそこのカツ丼、マジでヤバいんです! 卵の半熟具合と、出汁の甘辛さが絶妙で!」
「おい、日本橋の裏路地って……もしかして、あの角を曲がったところにある、頑固そうな親父が一人でやってる『真知吉食堂』か!?」
俺は思わず身を乗り出した。あそこは、俺が日本橋にジャンクPCパーツを漁りに行った際、たまに立ち寄る隠れた名店だ。
「そうです! あそこの親父さん、態度は無愛想だけど、カツの揚げ加減は神ですよね! 肉の脂身が信じられないくらい甘くて!」
「分かってるじゃねえかRUMINA! あそこのカツ丼は、上に乗ってる三つ葉の香りがまた良いアクセントになってんだよな! 俺はいつもご飯大盛りで、さらに豚汁までつけちまうぜ!」
「豚汁! 分かります! あの大根の染み具合、最高ですよね!」
気づけば、四十代の中間管理職のオッサンと、清楚なルックスをした女子高生が、スタジオの生放送で延々と「どこの大衆食堂のカツ丼が美味いか」という謎のディープなグルメトークで意気投合してしまっていた。
『カツ丼ソムリエすげえ』『組長と女子高生がカツ丼で意気投合するラジオ番組ww』『トラブルメーカー、キャラ濃すぎだろ』
コンプライアンスなんて知ったことか。恋愛依存、ハゲへの暴言、ボーイッシュな芋けんぴ中毒、そして清楚なカツ丼マニア。
この『不真面目な劣等生』たちの圧倒的な個性と予測不能なトークは、深夜の『たってやる。』に最高のスパイスと、大爆笑のカオスをもたらしてくれたのだった。
* * *
深夜三時。
女子高生たちの嵐のような喧騒が去り、芋けんぴの甘い匂いとカツ丼の幻影だけが微かに残る組長室。
俺は一人、重役椅子にどっかりと深く身を沈めた。
手元にある愛用の『glo』のデバイスを取り出し、スティックを差し込む。加熱ボタンを長押しすると、微かな振動と共に、タバコ葉が熱せられる香ばしい匂いが、部屋の空気にゆっくりと溶け出していった。
俺は紫煙を深く肺のどん底まで吸い込み、暗い天井に向けて細く、長く吐き出した。
さて。ここからは、この第4章の第1話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
……さて、今回は少し趣向を変えて、これまでのバケモノたちとは毛色の違う、新しいアーティストをスタジオに呼んで取り上げてみたが、どうだっただろうか。
この『トラブルメーカー』という、制服姿で奇抜なパフォーマンスを繰り広げる四人組。
作中の彼女たちの言動や「不真面目な劣等生」というコンセプトを見て、現実世界(リアル)での「モデルとなるアーティスト」が誰なのか、勘のいいお前らリスナーどもなら、もう薄々感じていることだろう。
ああ、あえてアーティストの固有名詞は完全に伏せさせてもらうが。世界を股にかけて「青春日本代表」として暴れ回っている、あのおかっぱ頭の強烈なリーダーを筆頭とした四人組の姿が、俺の脳裏にあったのは間違いない。
これも、「ウチのMAD-KICHIのラインナップに、一風変わった、少しサブカル寄りで爆発力のあるアーティストがほしいな」と俺が一人で企み、考えた末の思いつきの結果だ。
それにしてもだ。
RIKUの重すぎる恋愛観、SHIONのハゲに対する容赦のない口撃、NONOのボーイッシュなカリスマ性と芋けんぴ中毒、そしてRUMINAの清楚なルックスに反したカツ丼ソムリエというギャップ。
……メンバーたちのクセが、マジですごいな。
ちなみに言っておくが、この彼女たちの狂ったプロフィールや設定は、現実のモデルアーティストとは一切関係ない。全部、俺が自分の頭で捻り出して、俺の知識と技術をフル稼働させてAIにぶち込み、錬成した「完全オリジナルのキチガイな設定」だ。
我ながら、よくもまあこんなブッ飛んだ設定を次から次へと考えたもんだと、自分自身の妄想力に呆れると同時に、少し誇らしくも思うぜ。
実はこの『トラブルメーカー』というユニット、設定上では俺のプロデュースによって昨年にデビューを果たしているという歴史がある。
だが、前作の物語の中では、GALaxy Signal や Unbalance といった、俺が絶対に譲れない「8人組」という掟を持ったグループの展開に注力していたこともあって、なかなか表舞台に出してやる機会がなかったんだ。
そして新章の第4章に突入した今、このタイミングで彼女たちをスタジオに乱入させて登場させたら、絶対に面白い化学反応が起きると思ったので、今回思い切ってメインのゲストとして取り上げてみたというわけだ。
「いきなり新キャラを出すなんて、計画性がない」
「もっと前から伏線を張っておくべきだ」
一般の、お利口なクリエイター気取りの奴らからすれば、俺のこういう「思いつきでの行動」は、計画性がないと批判されるかもしれん。
だがな。俺は何度でも言うぞ。
綿密に計算されて、読者の予想の範疇に収まるような予定調和の展開なんて、クソくらえだ。
「今、こいつらを暴れさせたら絶対に面白い!」と思ったその瞬間の直感に従い、プロットをぶち壊してでも『アクション・ファースト』で出力する。
その方が、書いている俺自身が何倍も興奮するし、結果として生み出されるエンターテインメントも、圧倒的な熱量を持って読者の脳髄に突き刺さるんだよ。
不真面目で、計画性がなくて、思いつきで暴走する。
それで何が悪い? その圧倒的な自由とカオスこそが、俺たちStudio MAD-KICHIの最強の武器なんだ。
さあ、新しい火種(アーティスト)も投下されたことだし、第4章の熱気はまだまだこんなもんじゃ終わらねえぜ。
次はどんなトラブルが巻き起こるか、お前ら、しっかりシートベルトを締めて待ってろよ!!
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