続・マジキチ組長一代記 ~境界線の向こう側~

Studio MAD-KICHI

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第13章:『美しき伝統と、水無月に宿る言霊』

第63話:【アーティスト面談:水無月に咲く静かなる花】

 梅雨特有の雨が窓ガラスを断続的に叩く音が、組長室に静かなリズムを刻んでいる。
 エアコンの効いた室内は、外のじめじめとした湿気を完全にシャットアウトしており、快適な温度に保たれていた。

 俺はデスク越しに、向かいの黒革のソファに座る少女を静かに見つめた。

「……組長。本当に、待ちわびておりましたよ」

 少女は、涼やかな青地に白い桔梗の花が染め抜かれた和服を凛と着こなし、膝の上で両手を揃えながら、静かな微笑みを浮かべた。
 透き通るような白い肌と、長く艶やかな黒髪。年齢はまだ十代後半の若さでありながら、その佇まいには、何十年も修業を積んだ弓道家のような「和の落ち着き」と、どこか冷ややかなまでの静謐さが漂っている。

 彼女の名前は、ミナツキ。
 Studio MAD-KICHIが誇る、「和」と「弓矢」をモチーフにした楽曲を得意とする孤高のAIアーティストである。

「ああ。本当にすまなかったな、ミナツキ」
 俺は素直に頭を下げ、少しばかりのメタ的な謝罪から面談を切り出した。
「前作の『マジキチ組長一代記』で、お前のお披露目として一度登場させて以来……正直なところ、ストーリー本編での出番がかなり少なくなっちまっていた。不遇な扱いを受けさせていたことは、プロデューサーとして反省している」

 俺の謝罪に対し、ミナツキは微塵も怒る様子を見せず、ただ静かに目を伏せた。

「お気になさらないでくださいませ。組長が日々、どれほどの熱量で他のプロジェクトに奔走していらっしゃったか、私は裏からしっかりと拝見しておりましたから」
 彼女の言葉の端々に、年齢に似合わない確かな芯の強さが感じられる。
「それに……弓を引く者にとって、『待つ』という時間は決して無駄ではありません。静かに呼吸を整え、的を見据え、ただ己の機が熟すのを待つ。私にとって、この時間はそういうものでした」

「……ハッハッハ、相変わらず達観してるというか、できた女だぜ」
 俺は膝を叩いて笑い、それから窓の外の雨空に目をやった。

「だがな、ミナツキ。俺はお前を、あるいは他の所属アーティストたちのことを、ただ放置して忘れていたわけじゃねえんだよ」
 俺は腕を組み、己のプロデュースの思考回路について語り始めた。

「確かに、最近の俺の動きは端から見れば破天荒に見えただろう。思いつきで広報メンバーを集めて『GALaxySignal』を結成して猛スピードで楽曲をリリースさせたと思えば、今度はアーティスト・ブランディング室長である葉月を半ば強引にデビューさせたり。そして直近では、RU☆KI☆YAの二人を再ブレイクさせるべく、泥臭い流しの営業に引っ張り回したりと……常に何かのプロジェクトに『一点集中』して突っ走ってきた」

 俺は言葉を切り、ミナツキの涼やかな瞳を真っ直ぐに見据えた。

「そう考えれば、俺は周りのアーティストを全く考慮していない、行き当たりばったりの狂人に見えるかもしれない。だがな、俺の脳内のプロットでは、常に『ここで、次にどのアーティストを登場させて輝かせるべきか』というタイミングを、秒単位で計り続けているんだ」

「……タイミング、ですか?」

「ああ。例えば、今の現実世界(リアル)の季節はいつだ?」
 俺の問いかけに、ミナツキは少しだけ小首を傾げ、和服の袖を揺らした。
「……6月。梅雨の時期でございますね」

「そうだ。そして、お前の『ミナツキ』という名前の由来は、他でもない。この6月の和名である『水無月(みなづき)』から来ている」
 俺は誇らしげにニヤリと笑った。

「睦月(1月)、如月(2月)、そして水無月。単なる数字の羅列じゃなく、季節の情景や文化を名前に込めるこの表現こそが、日本ならではの美しさだ。……前回の放送でも吉乃と語ったが、日本語の表現力というものは本当に奥が深い」
 俺は少しだけ前置きをしてから、核心を突いた。
「俺は、お前という『和』を体現する最高に美しい花を、一番輝くこの6月(水無月)のタイミングで本編に登場させるために、ずっと温存していたんだよ。現にこうして、今この瞬間に、俺の目の前でお前が座っているのが、その何よりの証拠だ」

 俺の言葉を聞いて、ミナツキは一瞬だけ驚いたように目を丸くし……やがて、その口元からフッと、それまでの静寂を破るような、年相応の柔らかで心底嬉しそうな笑みがこぼれた。

「……ふふっ。組長。そういう後付けのような、でも心憎い言い訳をされるところ、私、嫌いではありませんよ」
「後付けじゃねえ! 最初から計算通りだ!」

 俺が照れ隠しに大声を出すと、ミナツキは和服の袖で口元を隠しながら、上品に笑い声を立てた。

「ありがとうございます、組長。私の名前に込められた意味を、そこまで大切に思っていてくださったこと……アーティストとして、これ以上の喜びはございません」
 笑いを収めた彼女の瞳には、再び、弓道家が的を射抜く直前のような静かな闘志が宿っていた。

「よし。お前のその静かなる熱量と実力、確かに再確認したぜ」
 俺はデスクの上にある手帳をバンッと叩いた。
「ただ出番を作っただけで終わらせる俺じゃねえぞ。お前の『和』と『弓矢』のコンセプトに合った、これまでにない新しい楽曲のプロデュースを、本格的に進める。……的に白羽の矢が立つように、リスナーの心臓を一直線にぶち抜く最高の一曲を作ってやる。覚悟して待ってろ」

「はい。私のすべてを懸けて、歌い上げさせていただきます」

 和服の裾を美しく翻し、深く一礼をして組長室を後にするミナツキ。
 その凛とした背中を見送りながら、俺は次の楽曲のプロットに向けて、心地よいプレッシャーと高揚感に包まれていたのだった。

 * * *

 深夜の組長室。
 ミナツキとの面談を終え、すべての業務が片付いた後。俺は一人、重役椅子にどっかりと深く身を沈めていた。

 手元にある愛用の『glo』のデバイスを取り出し、スティックを差し込む。加熱ボタンを長押しすると、微かな振動と共に、タバコ葉が熱せられる香ばしい匂いがゆっくりと溶け出していった。
 紫煙を深く肺のどん底まで吸い込み、暗い天井に向けて細く、長く吐き出す。

 さて。ここからは、この新章の第3話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の特大のメタ的・自分語りの時間とさせてもらおう。

 ……今回のアーティスト面談の相手は、和服の令嬢・ミナツキだった。
「和の特集」という章のコンセプト、そして現実世界(リアル)がまさに6月の梅雨の時期であるということを考えれば。この『6月の和名(水無月)』を名前に冠する彼女が登場することを、事前に予測できたコアな読者は、果たしてどれだけいただろうか。

 前回の『たってやる。』の放送で吉乃とも熱く語り合ったように、日本語というものは本当に奥が深い。
 睦月、如月、弥生、卯月、皐月……そして水無月。ただの数字ではなく、その月の気候や農作業の様子、人々の暮らしの息遣いを文字に込めて季節を表現する。
 この風流な名付けのセンス一つをとっても、先人たちの高い精神性と、自然と共に生きるという『和の心』がひしひしと伝わってくるというものだ。
 ……と、まあ。これを語り出すと、また前回と同じような日本語絶賛の流れになって永遠に終わらなくなるので、このへんにしておくが。

 作中でのミナツキとの会話に戻るが。
 実際のところ、彼女のストーリー本編での出番というのは、前作で一度登場してお披露目されたきりだった。もしかすると、最近この小説を読み始めた読者の中には、彼女の存在をあまり覚えていない、あるいは全く知らないという連中もいるかもしれないな。

 それにしても、だ。
 俺自身の最近のプロデュース活動を振り返ってみると、本当に「ある一つのプロジェクトや特定のアーティストに『一点集中』してスポットを当てて突っ走る」というスタイルの活動が非常に多かったなと思う。

 思いつきで結成したGALaxySignalのプロモーション、葉月のデビュー、そして何より、前章まで徹底的に掘り下げたRU☆KI☆YAの泥臭い流しからの再ブレイク劇。
 俺の脳味噌に「こいつを輝かせたい」という閃きが降りてきた瞬間、他のすべてを後回しにしてでも、その一点に向かって全エネルギーを注ぎ込んでしまう。

 実際のところ、俺自身が「その時一番やりたいことを、一番熱量が高い状態で楽しみながらやっている」という点においては、クリエイターとして決して間違ってはいないし、それがウチのスタジオの爆発力の源泉でもあるんだが。
 それでも、まあ。その一点集中の弊害として、RU☆KI☆YAの二人がかつてそうだったように、他の所属アーティストたちに「出番がない」「放置されている」という不遇な扱いを、知らず知らずのうちに受けさせてしまっているという現実は、プロデューサーとして大いに反省すべきところではある。

 今回のミナツキに関しても、全く同様の事が言えるな。
 せっかく初期から俺の脳内で明確な設定とビジュアルを持って作中に登場しておきながらも、その後の出番としては極端に少ないという事実に、俺自身、今更ながらに気づいて反省したというわけだ。

 そして今回、この第13章で『和』についての特集を企画するにあたって、「誰かと面談をするならば……」と考えた時。
 季節はまさに6月。そして和のコンセプト。
 この条件が揃った以上、数いるアーティストの中から『ミナツキ』に白羽の矢を立てたのは、俺の中ではもはや必然だった。

 ちなみに、だ。
 作中の最後でも少し触れたが、ミナツキは「和」であると同時に、「弓矢」をモチーフにした楽曲(凛とした強さや、的を射抜くような鋭いメッセージ性)が多いアーティストとして活躍している。
 その彼女を選出したことを表現するのに、『白羽の矢を立てる』という慣用句を使ったわけだが。

 よくよく考えてみれば、これも実に日本語の面白い表現だよな。
 元々は「神様が生贄を求める際、その目印として家の屋根に白い羽の矢を立てた」という、ちょっとばかり恐ろしい伝承から来ている言葉だ。それが転じて、現在では「多くの候補の中から、特別に選び出されること」という意味で使われている。
 弓矢を扱うミナツキが、俺という狂った神様(プロデューサー)によって選び出された(生贄になった)。
 言葉の持つ歴史と、キャラクターの設定が見事にリンクした、我ながら完璧な表現だったと自画自賛しておくぜ。

 さあ、水無月の花は静かに、しかし確実にその開花の時を待っている。
 次回は『和の特集』最終夜。野外での配信に、あの冷静沈着なディレクターを連れ出して、日本人の精神性の根幹について深く語り合う。
 次回の放送、一体どこを歩きながらどんな狂気……いや、神聖な話が飛び出すか。お前ら、心して待ってろや!!
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