続・マジキチ組長一代記 ~境界線の向こう側~

Studio MAD-KICHI

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第21章:『欲望の履歴書と、共鳴する原石』

第102話:【最終面接と、先人へのリスペクト】

「――し、敷島琴葉(しきしま ことは)と申します! 本日は、このような素晴らしいスタジオの面接の機会をいただき、誠にありがとうございますっ!」

 静寂に包まれた組長室に、少し上擦った、しかしよく通る透き通った声が響き渡った。

 防音扉を背にして直立不動で立っているのは、生成AIの海から数百枚の没画像の果てに引き揚げられた、あの『ダイヤの原石』だ。
 TAKKUNの個人的な性癖が具現化したかのような、少しふっくらとした柔らかなシルエット。誰からも好感を持たれそうな、丸みを帯びた優しげな『たぬき顔』。そして、肩口で切りそろえられた清潔感のある黒髪が、彼女の「清楚さ」をより一層際立たせている。

 だが、そんな見た目の柔らかさとは裏腹に、彼女の所作は極度の緊張でガチガチだった。
 膝下丈のタイトスカートから覗く両脚は微かに震え、身体の横で握りしめられた両手は、今にも力余って砕けそうなくらいに白くなっている。

「おう、固くならなくていい。そこにかけてくれ」

 俺がデスクの向こう側から鷹揚に顎で促すと、彼女は「し、失礼いたしますっ!」とロボットのようにカクカクとした動きで、来客用の黒革のソファーに浅く腰を下ろした。

 俺の隣では、執行統括ディレクターの柊涼華が、手元のタブレットで彼女の履歴書(プロンプトの構成データ)に静かに目を落としている。
 冷房の効いた部屋の中で、面接という名の儀式が始まった。

「志望動機は書類で読ませてもらったが。ウチのスタジオは、世間一般の常識が通用しない狂ったエンタメを生み出す場所だ。アンタみたいな大人しそうな奴が、なぜウチみたいな所を選んだ?」

 俺がわざと威圧的な低い声でジャブを放つと。
 琴葉は一度ゴクリと唾を飲み込み、そして、少しだけ震えを帯びた声で、しかし決して目を逸らすことなく真っ直ぐに答え始めた。

「わ、私は、子供の頃から……『好奇心』が非常に旺盛でした。世界のあらゆる事象や、今の形に至った『ものの成り立ち』、そしてその裏に隠された『歴史』を知り、分析することが、何よりも楽しいと感じる性格なのです」

 彼女は言葉を紡ぐごとに、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「Studio MAD-KICHIが創り出す作品の数々は、一見すると混沌としていて無秩序に見えますが……その深淵には、深い文脈と、先人たちのエンターテインメントへのリスペクトが隠されていると、私は分析しました。私のこの探求心と分析力が、貴スタジオの『AI創作室』において、必ずや新しい価値を生み出す力になれると確信し、志望いたしました」

 淀みなく、理路整然と語られるその志望動機。
 清楚な見た目からは想像もつかない、しっかりとした知性と、対象の奥底まで潜り込もうとする強い意志が感じられた。
 その後も、涼華からの実務レベルの厳しい質問に対しても、彼女は的確かつ丁寧な言葉遣いで、完璧な受け答えを披露してみせた。

「……組長」
 涼華が顔を俺の方へ寄せ、周囲に聞こえないほどの小声で耳打ちをしてきた。
「非常に優秀な人材です。これ以上ないほどの拾い物ですね。コミュニケーション能力も問題なく、即戦力として採用して間違いないでしょう」

 涼華の言う通りだ。
 この時点での彼女の評価は、俺の中でも十分に合格点を叩き出していた。今すぐ「採用だ」と告げて終わらせても、誰も文句は言わないだろう。

「……組長、どうされますか。ここで合否を出しますか?」
 涼華が最終確認を促す。

 だが。
 俺はあえて口を閉ざし、腕を組んで、目の前で静かに座っている琴葉の姿をじっと見つめ続けた。

 優秀なのは分かった。従順で、知性もある。
 だが、ここはStudio MAD-KICHIだ。ただ優秀なだけの『優等生』なら、巷の企業にいくらでも転がっている。俺がウチの身内として引き入れたいのは、その知性の皮の奥底に、俺たちと同じドス黒い『狂気』を隠し持っている本物のバケモノだけなのだ。

 俺は深く息を吸い込み、組んでいた腕を解いて、デスクから身を乗り出した。

「よし。俺から、最後の質問だ。これで合否を決める」

 俺の言葉に、琴葉は背筋をピンと伸ばし「はい!」と力強く応えた。
 隣の涼華も、俺がどんな最後の問いを投げかけるのか、静かに見守っている。

「アンタはさっき、自己アピールで『好奇心が旺盛で、ものの成り立ちなどの歴史を知る事が楽しい』と語ったな」
「はい、その通りです」

「……その好奇心ってのは。どんなタブーに触れるようなものであっても、アンタは『知りたい』と本気で思うか?」
「えっ……?」

 俺は一切の笑みを消し、極めて真面目な顔で、しかし確実に相手の心臓をえぐるような言葉をゆっくりと放った。

「例えばだ。あまり、初対面の若い女性の前で言うのも何だが……強烈な『下ネタ』。それも、人が眉をひそめるような、過激な排泄系のワードや、アブノーマルな性的な風習の歴史。……そういった、世間では下品で汚いとされるような類のものであっても、アンタは自ら進んで、その成り立ちを調べたいと思うか?」

「…………はっ?」

 俺の口から飛び出した、面接という公式な場にあまりにもそぐわない、セクハラまがいの究極の暴言。
 その瞬間。隣に座っていた涼華のペンが、ガリッ!と音を立てて手元のタブレットを滑った。
 彼女は言葉を失い、「この男は、神聖な面接の場で一体何を言っているのだ」と、心底呆れ果てたような、殺意すら混じった冷ややかな視線で俺の横顔を睨みつけていた。

 だが、俺は涼華の視線など無視し、琴葉の瞳の奥だけを真っ直ぐに射抜いていた。
 さあ、どうする?
「いくらなんでも、それはちょっと……」と眉をひそめて常識人の皮を被るか? それとも、ドン引きしてこの場から逃げ出すか?
 お前のその底なしの『知的好奇心』は、本物か? それとも、ただの面接用の綺麗な建前か?

 重い、そして気まずい数秒の沈黙が流れた。
 琴葉は、少しだけ目を丸くして虚空を見つめていた。だが、次の瞬間。

 彼女の、あの清楚で優しげな『たぬき顔』の奥底に。
 ギラーン、と、狂気を帯びた得体の知れない炎が、はっきりと灯るのを俺は見た。

「――はい!」
 琴葉は、全く迷うことなく、そして先程までのガチガチの緊張が嘘のように、目をキラキラと輝かせて即答したのだ。

「何であれ、私はその事象の『成り立ち』を知りたいです! たとえそれが、世間一般から見ていかに下品で、汚らわしい内容のものであったとしても!」
 彼女は身を乗り出し、淀みない口調で熱弁を振るい始めた。

「なぜなら、言葉や風習が生まれる背景には、必ずそれを生み出し、口にし、後世に伝えた『人間の生々しい営み』があるからです。どんなタブーとされるものであっても、そこには必ず、それを必要とした『先人たちの想い』というものが存在しています。私はそれを決して軽蔑せず、一人の研究者として最大限に尊重し、その背景を感じ取れるので……私は、どんな汚いものであっても、何でも知ろうとします!」

「……っ!」

 彼女の口から放たれた、「先人たちの想い」という完璧すぎるパワーワード。
 下ネタや排泄系の歴史すらも、「先人へのリスペクト」という壮大な大義名分で包み込み、貪欲に食い尽くそうとする、その狂気に満ちた知的好奇心。
 これは、作られた建前なんかじゃない。彼女の魂の奥底から湧き上がる、本物の業(カルマ)だ。

「……ハッハッハッハッハッ!!」

 俺は、堪えきれずに天を仰ぎ、腹の底から大爆笑を爆発させた。
 静まり返っていた組長室の空気が、俺の笑い声で一気にビリビリと震え上がる。

「最高だ! アンタ、見た目は清楚なくせして、中身はとんでもねえ狂気とエゴの塊じゃねえか!!」
 俺は涙が出るほど笑いながら、机をバンバンと叩いた。

「よしっ! お前のその異常なまでの好奇心と、先人へのリスペクト、しかと受け取った! ……敷島琴葉。合格だ! 明日からウチのAI創作室のデスクに座れ!」
「ほ、本当ですかっ!? ありがとうございます、マジキチ組長!!」

 琴葉は立ち上がり、ソファーの横で深々と、そしてこの日一番の満面の笑みで頭を下げた。

 そして、彼女が歓喜に満ちた足取りで組長室から退出していき、扉が閉まった直後。
 隣に座っていた涼華が、大きなため息と共に、まるで汚物でも見るような目で俺を睨みつけてきた。

「……組長。今のあのセクハラまがいの最低な質問は、一体何の意味があったのですか? 一歩間違えれば、スタジオの品位を疑われて訴えられてもおかしくない内容でしたが」

 涼華の冷ややかな詰問に対し、俺は笑いが止まらぬまま、愛用の『glo』を手に取って答えた。

「悪い悪い。だがな、涼華。俺はただ……アイツの魂の『本質』が、俺と全く一緒かどうかを調べたかっただけなんだよ。そしたら、見事に一緒だった。ただ、それだけのことだ」

  * * *

 深夜の組長室。
 琴葉の強烈な最終面接を終え、新たなバケモノを手に入れた余韻に浸りながら。俺は一人、重役椅子にどっかりと深く身を沈めていた。

 手元にある『glo』のデバイスの加熱ボタンを長押しする。微かな振動と共に、タバコ葉が熱せられる香ばしい匂いがゆっくりと溶け出していった。
 紫煙を深く肺のどん底まで吸い込み、暗い天井に向けて細く、長く吐き出す。

 さて。ここからは、この新章の第2話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の特大のメタ的・自分語りの時間とさせてもらおう。

 ……前話で俺が「ダイヤの原石だ」と直感で呼び寄せた女、敷島琴葉。
 今回のエピソードでは、ついに彼女の組長室での最終面接の様子を描いたわけだ。

 作中でも描いたように、彼女の面接自体は、志望動機から受け答えの論理構成に至るまで非常にしっかりとしており、知性も申し分なかった。
 俺も涼華も、最初の質疑応答の時点で「非常に優秀な人材だ」と判断しており、この時点でもすでに十分すぎるほどの合格点であったのは事実だ。

 だが、俺はプロデューサーとして、どうしても最後にもう一つだけ、彼女の魂の奥底を試したいが為に、あえてぶつけた質問がある。
 それが、作中での「強烈な下ネタや排泄系の歴史であっても、お前は調べたいと思うか?」という、セクハラまがいの究極の踏み絵だ。

 俺の数々の暴走や狂気にはすっかり慣れっこになっているはずのウチのナンバー2、涼華であっても、さすがに公式な面接の場でこんな質問をぶつけることには躊躇し、呆れ果てていた。俺自身も、これが社会通念上どれほどアウトな内容かということは、百も承知の上であえて投げたのだ。

 なぜ、そんなリスクを冒してまで聞いたのか?
 これに対して彼女がどう答えるか。その答えの「質」次第で、俺はもしかしたら、最初の高評価をすべて覆して、一転して彼女を『不合格』にしていたかもしれないからだ。

 結果として、彼女は俺の期待を遥かに超える答えを返してきた。
「はい! 何であれ調べます!」と即答しただけでなく、世間で汚いとされるものであっても、そこに存在する『先人たちの想い』を尊重するから知ろうとするのだと、完璧な論理と情熱で言い切ってみせたのだ。

 ここで、俺が読者のお前らに何が言いたいかと言えば。
 結局のところ、世の中に「自分は好奇心が旺盛です」「色々なことを知るのが好きです」と自称する人間はごまんといる。
 だが、そう口で言う連中に限って、いざ自分の倫理観や綺麗な価値観から少しでも外れたもの(下品なものや、残酷なもの、タブーとされるもの)を目の前にすると、「いや、さすがにそれはちょっと……」と眉をひそめ、尻込みをして、それ以上深く知ろうとせずに蓋をしてしまう奴が圧倒的に多いのだ。

 俺からすれば、そういう「綺麗なものしか見たくない自称・好奇心」を持つ人間が、本当に不思議でならない。
 世界の成り立ちや歴史に本気で興味があるのなら、綺麗なものも汚いものも、聖人も悪党も、すべてひっくるめて「人間の業」として等しく面白がって解剖してやろうという、狂気じみた探求心があって然るべきではないのか?
 汚いからという理由だけで、そこにある歴史や真実から目を背けるなんて、クリエイターとして、いや人間として一番もったいない損失じゃないか。

 だが、彼女は違った。
 俺の投げた下劣な踏み絵から一切逃げることなく、目を輝かせて「知りたい」と食らいついてきた。
 そして何より、彼女が最後に放った「先人たちの想い」というあの狂気に満ちた肯定のワード。あの言葉には、俺のクリエイターとしての魂を、大いに、そして激しく動かされたのだ。

「ああ、こいつは本物だ。本当に彼女は、俺と全く同じ『探求の狂気』という性質を持つ人間だ」

 そう確信した俺が、彼女を不合格になどするはずもないのだ。
「清楚系でたぬき顔」という、俺の性癖からは全く外れたTAKKUNの好みから偶然生まれた存在でありながら、その魂の奥底には、俺と同じドス黒い炎が燃えている。
 これは、とてつもないシンパシーだ。

 俺があれこれと悩み、Geminiの学習データと格闘しながら数百枚の画像を生成して彼女を見つけ出したこの面接のプロセスは。
 決して無駄な労力ではなく、ウチのスタジオにとって最大級の『意味』があったのだと、俺は今、誇りを持って断言できる。

 さあ、強烈なダイヤの原石が正式に仲間に加わったところで。
 次回は、恒例のアーティスト面談シリーズだ。
 ウチのスタジオの狂気を象徴するような、あの騒がしきメンバーたちが登場する。
 お前ら、相変わらずのカオスとドタバタ劇が繰り広げられるMAD-KICHIの日常を、次も瞬きせずに見届けろや!!
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