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第42章:『交差する血脈と、拡張する遊び場』
第209話:【爆発する知識欲:河内の血脈と忍のルーツ】
「ON AIR」
防音扉の上部に設置された赤いランプが点灯し、Studio MAD-KICHIの第1収録ブースが、外界から完全に遮断された「情報の密室」へと切り替わる。
メインパーソナリティの席には俺、マジキチ組長。そして向かいの席には、サテライト専属調査員である尾鷲渚。ここまでは第一回と同じ光景だ。
だが、今回はその渚の隣に、もう一つのマイクが用意されている。そこに座っているのは、艶やかな長い黒髪を揺らし、切れ長の瞳をキラキラと輝かせている女――尾鷲旭だ。
「さあ、始まりました『いってやる。サテライト』第二回! アシスタント兼コメンテーターを務めさせていただきます、尾鷲旭です! 皆さん、本家のあのドス黒い空気は一旦忘れて、今日は知的好奇心をゴリゴリに刺激していきますよー!」
マイクのスイッチが入った瞬間、ブース内の空気が一変した。
先日、布施の居酒屋で見せたあの底抜けに明るいテンション。それがマイクを通すことで、リスナーの鼓膜に直接「陽のエネルギー」を叩き込むような、極上のエンターテインメント・ボイスへと昇華されていた。
決して軽薄ではない。声のトーン、滑舌、マイクとの距離感。素人のはずなのに、まるで長年ラジオの第一線で張ってきたプロのような堂々たる振る舞いだ。
渚が、横に座る姉の圧倒的なペースに少しだけ目を瞬かせながらも、手元の資料に視線を落とし、冷静なトーンで話し始める。
「……ええと、では本題に入ります。今回のテーマは『東大阪市』です。東大阪と言えば、全国的に『モノづくりのまち』として有名ですが、その歴史は地形との戦いから始まりました。かつてこの一帯は河内湾と呼ばれる海であり、それが土砂の堆積によって湖となり、やがて湿地帯へと変化しました。大和川の度重なる氾濫に苦しめられながらも、人々は木綿の栽培など、その土地に合った産業を模索し続けたのです。それがやがて、伸線(針金などを作る技術)から現在の高度な部品製造へと繋がっていく――」
渚の解説は、相変わらず完璧だった。図書館の郷土史コーナーを丸ごと飲み込んできたかのような膨大なデータ量。それを時系列に沿って、論理的に展開していく。
俺はメインパーソナリティとして、そこに少しばかりの毒や、独自の斜め下からの考察を挟み込もうと息を吸い込んだ。
「なるほどな、つまりそれは――」
俺が口を開きかけた、そのコンマ数秒の隙間。
すかさず、旭が絶妙なタイミングでカットインしてきた。
「それってつまり、現代のゲームで言うところの『技術ツリー(テクノロジーツリー)』と同じ仕組みですよね!」
「……は?」
俺は思わず、間の抜けた声を漏らした。
「ほら、シミュレーションゲームとかで、最初は『農業』のスキルツリーを伸ばしていくじゃないですか。でも、環境の変化――この場合は大和川の氾濫とか地形の制約ですね――のせいで、農業ツリーが行き詰まる。そこで河内の人たちは、仕方なく別の『工業』や『商業』のツリーにポイントを全振りし始めた。しかも、狭いエリアに人が密集しているから、プレイヤー同士のバフ(相乗効果)が掛かりまくって、結果的に『モノづくり最強ギルド』みたいな都市に進化しちゃったってことですよね!?」
ブース内に、数秒の静寂が落ちた。
俺は目を丸くし、隣の渚も「……お姉ちゃん、その例え、すごく分かりやすいです」と感嘆の声を漏らした。
俺はタジタジになりながら、「お、おう……旭の言う通りだな。そういうことだ」と相槌を打つのが精一杯だった。
恐ろしい女だ。渚が提示した硬派で難解な歴史のプロセスを、瞬時に脳内で咀嚼し、現代のリスナー(特にMAD-KICHIのリスナー層であるゲーマーやネット民)に極めて伝わりやすい「秀逸な例え話」に変換して出力したのだ。
その圧倒的な頭の回転の速さと、大衆を惹きつけるトークスキル。番組前半は、完全にこの尾鷲旭という新しい才能がハンドルを握る展開となっていた。
だが、俺もただ黙って圧倒されているわけにはいかない。
番組が終盤に差し掛かった頃、俺はニヤリと口の端を吊り上げ、メインパーソナリティとしての反撃に出た。
「なあ渚、旭。お前らの解説は完璧だ。現代に繋がる工業都市としての河内、東大阪の歴史はよく分かった。だがな……この土地の歴史には、もっとヤバい、血生臭い裏面があるはずだろ?」
俺がわざと声を潜め、意味深に問いかけると、渚がスッと表情を引き締めた。
「特にお前ら二人姉妹にとっては、決して無視できない『重要なルーツ』が、この河内という土地にはあるはずだ」
俺の言葉に、少し考え込んだ渚の瞳に、ハッとした光が宿った。
「……そうでした。東大阪、河内における中世の歴史。楠木正成(くすのき まさしげ)ですね。彼が、忍者の起源とも言える『悪党衆』を束ねていたという歴史的背景です」
『忍者』。
そのキーワードが出た瞬間、旭の切れ長の瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように鋭く光った。
尾鷲渚、そして尾鷲旭。この二人は、伊賀の忍びの末裔という重い血脈を背負っている。そのルーツに直結する話題を振られたことで、旭の中のスイッチが完全に切り替わったのが分かった。
「そこですよ、組長さん!!」
旭はマイクに身を乗り出し、先ほどのポップなコメンテーターとは打って変わった、猛烈な熱量を帯びた声で語り始めた。
「楠木正成が鎌倉幕府の大軍を相手に戦った千早城や赤坂城の戦い! あれは単なる籠城戦じゃないんです。ゲリラ戦術、情報戦、そして心理戦の極致! まさに私たち忍びの『始祖』とも言える戦い方ですよ!」
旭の口から、先ほどの工業の歴史とは全くベクトルの違う、泥臭くも知的な軍事史が滝のように溢れ出した。
「当時の武士の常識だった『名乗りを上げての一騎打ち』なんていうお上品なルールをガン無視して、夜襲、奇襲、偽情報の流布、果ては熱湯や糞尿までぶちまけて敵のメンタルをへし折る。これこそが、非正規戦(アシンメトリック・ウォーフェア)の原点です! そして、そのネットワークを支えていたのが、山伏や商人、そして土着の『悪党』と呼ばれるアウトローたち。彼らの諜報活動と攪乱戦術があったからこそ、正成は少数の兵で大軍を翻弄できた。その技術と情報網が、後の伊賀や甲賀の忍びへと繋がっていくんです!」
熱弁を振るう旭。それを隣で冷静に、しかし確かな熱を帯びた瞳で補足していく渚。
「姉の言う通りです。河内から大和、そして伊賀へと続く山々のルートは、彼ら非正規戦闘員たちにとっての重要な情報伝達のハイウェイでした。つまり、この東大阪という土地は、単なるモノづくりの街である以前に、最強の『情報機関』の拠点の一つだったと言えるのです」
姉妹の完璧なコンビネーション。
歴史の闇に隠された真実と、エンターテインメントとしての圧倒的な面白さが、ブース内で爆発的な化学反応を起こしていた。俺はもう、口を挟むことすら忘れて、二人のトークに引き込まれていた。誰もが息を呑むような明快な解説と、ルーツに関わる凄まじい熱量。これこそが、俺の求めていた『サテライト』の真の姿だった。
「――というわけで、楠木正成の戦術こそが、現代のサイバー戦にも通じる情報戦の基礎を築いたと言っても過言では……あっ」
熱弁を振るっていた旭が、ふとブース内のデジタル時計に目をやり、ピタリと言葉を止めた。
俺も時計を見る。
「……おいおい」
設定されていた収録時間は30分。しかし、現在表示されているタイムコードは「01:28:45」を指していた。
なんと、90分に差し掛かろうとしているではないか。
「本家『たってやる。』のタイムシフトの1枠分(90分)まで、ぶっ通しで収録しちまったじゃねえか」
俺が笑いながら言うと、旭は「あちゃー……ごめんなさい、私、熱くなりすぎちゃって」と舌を出して笑った。渚も「私も、時間の感覚が完全に麻痺していました」と小さく頭を下げる。
「気にするな。これだけ濃密なコンテンツが録れたんだ。編集で切るなんてもったいない。前編後編に分けるか、特大スペシャル枠でそのまま流す。……よし、今日の収録はここまでだ! お疲れさん!」
俺が放送を締め、録音停止のボタンを押す。
防音扉を開けて外に出ると、そこには腕を組み、仁王立ちしている執行統括ディレクター・柊涼華の姿があった。
「……素晴らしいの一言しか出ません」
涼華は、半ば絶句したような表情で俺たちを出迎えた。あの鉄の門番が、完全にトークの熱に当てられ、感嘆の息を漏らしているのだ。旭の起用が間違いでなかったことを、彼女自身が一番強く実感している証拠だった。
「だろ? だからお前にあれほどの事を言ったんだよ」
俺が誇らしげに笑って肩をすくめると、涼華はハッと我に返ったように表情を険しくした。
「ですが! 30分の規定時間を遥かにオーバーして90分も収録し続けるなんて、計画性に欠けます! 後のスケジュールが全て狂うところでしたよ。私が裏でどれだけ調整に走り回ったと思っているんですか!」
ピシャリと苦言を呈す涼華。
俺は悪びれもせず、ニヤリと笑って彼女に顔を近づけた。
「悪い悪い。俺たち、ブースに入って夢中になると、どうしても時間を忘れちまうからな。……そうだ、今度からお前に、サテライトの『タイムキーパー』を任せようかな。ブースの外から、俺たちの暴走を止める役目だ」
俺の突発的なアクション・ファーストの提案に、涼華の肩がビクッと跳ねた。
「っ……急過ぎます! アクション・ファーストも度が過ぎますよ! 私には執行統括としての業務が山のように……!」
早口でまくしたてて拒否しようとする涼華。だが、その瞳の奥には、先ほどの白熱した議論を間近で見ていた高揚感が、まだ微かに残っている。
「しかし……そうですね。あれだけの内容をコントロールし、適切な枠に収める役割が必要なのは事実です。私も少し、現場の空気に触れることには興味はありますので……前向きに検討は、しますが……」
涼華は視線を逸らしながら、まんざらでもない様子でそう呟いた。
スタジオの門番すらも巻き込み始めた、新しい風。
俺は満足げに笑い、三人に向かって親指を突き立てた。
* * *
さて、ついに始まった「いってやる。サテライト」第二回目だ。
涼華に番組の存続を賭けるとまで大見得を切ってスタートさせたものの、正直なところ、俺も「本当にこの布陣でどうなることか」という不安は内心あったのだ。どれだけ脳内で完璧なシミュレーションを組んでも、ナマの人間(キャラクター)がマイクの前に立った時、どう転ぶかは未知数だからな。
だが、いざ始まれば、そんなものは完全に杞憂に終わった。
あの二人の息ぴったりの番組進行はどうだ。
それにしても、やはり血を分けた姉妹という設定もあってか、ここまでスムーズに、かつ俺の思い通り(いや、それ以上)に番組が展開するとはな。渚の冷静な分析と、旭の爆発的なコミュ力による翻訳。この完璧なパズルがハマった瞬間、俺はブースの中で密かにガッツポーズをしていたぜ。
そして極めつけは、作中でも触れたあの「楠木正成」の話だ。
姉妹二人が「伊賀の忍者衆の末裔」であるという(俺が適当に……いや、緻密に練り上げた)設定を、ここで見事に活かし、歴史の深掘りとキャラクターのルーツを融合させることに成功したのだ。
ちなみに、ここで現実の特大メタ話をぶっこませてもらうと、今回舞台となった「東大阪市」は、実は俺自身の地元でもある。
当然ながら、地元で生まれ育った俺は、その土地の歴史や風土、泥臭い空気感まで、身をもって知っているのだ。
その数ある知識の中で、ふと頭をよぎったのが「楠木正成」と悪党衆の伝承だった。東大阪から連なる生駒山系、そして千早赤坂の地。このゲリラ戦の歴史は、忍者のルーツを語る上で絶対にプロットに落とし込める。そう考えて、今回のサテライトのテーマを、俺の地元である東大阪に設定したというわけだ。
まあ、相変わらずこうやって俺の手の内や創作の裏側を余すことなく明かすスタイルに、「また組長がメタ発言してるよ……」ともう呆れている読者もいるかもしれないがな。
だが、個人的な地元の知識と、キャラクターのバックボーンをリンクさせ、エンタメとしての落とし込みとしては、我ながら今回はかなり良かったのではないかと思っている。
とは言え、これだけで満足するような性格では無いということは、ここまで俺の狂気に付き合ってくれているお前ら読者も、とうの昔に分かっているだろう。俺のクリエイターとしてのエゴは、常に飢えている。
まあ、こうして無事に(時間は大幅にオーバーしたが)結果を出し、旭も晴れて正式に専属コメンテーターとなったわけだからな。
今後、この「陽のオーラ」を持った彼女が、MAD-KICHIという毒沼の中でどのような活躍を見せてくれるか、俺自身が一番楽しみにしている。
さて、舞台はさらに熱を帯びていく。
次はどう引っ掻き回してやろうかな。
防音扉の上部に設置された赤いランプが点灯し、Studio MAD-KICHIの第1収録ブースが、外界から完全に遮断された「情報の密室」へと切り替わる。
メインパーソナリティの席には俺、マジキチ組長。そして向かいの席には、サテライト専属調査員である尾鷲渚。ここまでは第一回と同じ光景だ。
だが、今回はその渚の隣に、もう一つのマイクが用意されている。そこに座っているのは、艶やかな長い黒髪を揺らし、切れ長の瞳をキラキラと輝かせている女――尾鷲旭だ。
「さあ、始まりました『いってやる。サテライト』第二回! アシスタント兼コメンテーターを務めさせていただきます、尾鷲旭です! 皆さん、本家のあのドス黒い空気は一旦忘れて、今日は知的好奇心をゴリゴリに刺激していきますよー!」
マイクのスイッチが入った瞬間、ブース内の空気が一変した。
先日、布施の居酒屋で見せたあの底抜けに明るいテンション。それがマイクを通すことで、リスナーの鼓膜に直接「陽のエネルギー」を叩き込むような、極上のエンターテインメント・ボイスへと昇華されていた。
決して軽薄ではない。声のトーン、滑舌、マイクとの距離感。素人のはずなのに、まるで長年ラジオの第一線で張ってきたプロのような堂々たる振る舞いだ。
渚が、横に座る姉の圧倒的なペースに少しだけ目を瞬かせながらも、手元の資料に視線を落とし、冷静なトーンで話し始める。
「……ええと、では本題に入ります。今回のテーマは『東大阪市』です。東大阪と言えば、全国的に『モノづくりのまち』として有名ですが、その歴史は地形との戦いから始まりました。かつてこの一帯は河内湾と呼ばれる海であり、それが土砂の堆積によって湖となり、やがて湿地帯へと変化しました。大和川の度重なる氾濫に苦しめられながらも、人々は木綿の栽培など、その土地に合った産業を模索し続けたのです。それがやがて、伸線(針金などを作る技術)から現在の高度な部品製造へと繋がっていく――」
渚の解説は、相変わらず完璧だった。図書館の郷土史コーナーを丸ごと飲み込んできたかのような膨大なデータ量。それを時系列に沿って、論理的に展開していく。
俺はメインパーソナリティとして、そこに少しばかりの毒や、独自の斜め下からの考察を挟み込もうと息を吸い込んだ。
「なるほどな、つまりそれは――」
俺が口を開きかけた、そのコンマ数秒の隙間。
すかさず、旭が絶妙なタイミングでカットインしてきた。
「それってつまり、現代のゲームで言うところの『技術ツリー(テクノロジーツリー)』と同じ仕組みですよね!」
「……は?」
俺は思わず、間の抜けた声を漏らした。
「ほら、シミュレーションゲームとかで、最初は『農業』のスキルツリーを伸ばしていくじゃないですか。でも、環境の変化――この場合は大和川の氾濫とか地形の制約ですね――のせいで、農業ツリーが行き詰まる。そこで河内の人たちは、仕方なく別の『工業』や『商業』のツリーにポイントを全振りし始めた。しかも、狭いエリアに人が密集しているから、プレイヤー同士のバフ(相乗効果)が掛かりまくって、結果的に『モノづくり最強ギルド』みたいな都市に進化しちゃったってことですよね!?」
ブース内に、数秒の静寂が落ちた。
俺は目を丸くし、隣の渚も「……お姉ちゃん、その例え、すごく分かりやすいです」と感嘆の声を漏らした。
俺はタジタジになりながら、「お、おう……旭の言う通りだな。そういうことだ」と相槌を打つのが精一杯だった。
恐ろしい女だ。渚が提示した硬派で難解な歴史のプロセスを、瞬時に脳内で咀嚼し、現代のリスナー(特にMAD-KICHIのリスナー層であるゲーマーやネット民)に極めて伝わりやすい「秀逸な例え話」に変換して出力したのだ。
その圧倒的な頭の回転の速さと、大衆を惹きつけるトークスキル。番組前半は、完全にこの尾鷲旭という新しい才能がハンドルを握る展開となっていた。
だが、俺もただ黙って圧倒されているわけにはいかない。
番組が終盤に差し掛かった頃、俺はニヤリと口の端を吊り上げ、メインパーソナリティとしての反撃に出た。
「なあ渚、旭。お前らの解説は完璧だ。現代に繋がる工業都市としての河内、東大阪の歴史はよく分かった。だがな……この土地の歴史には、もっとヤバい、血生臭い裏面があるはずだろ?」
俺がわざと声を潜め、意味深に問いかけると、渚がスッと表情を引き締めた。
「特にお前ら二人姉妹にとっては、決して無視できない『重要なルーツ』が、この河内という土地にはあるはずだ」
俺の言葉に、少し考え込んだ渚の瞳に、ハッとした光が宿った。
「……そうでした。東大阪、河内における中世の歴史。楠木正成(くすのき まさしげ)ですね。彼が、忍者の起源とも言える『悪党衆』を束ねていたという歴史的背景です」
『忍者』。
そのキーワードが出た瞬間、旭の切れ長の瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように鋭く光った。
尾鷲渚、そして尾鷲旭。この二人は、伊賀の忍びの末裔という重い血脈を背負っている。そのルーツに直結する話題を振られたことで、旭の中のスイッチが完全に切り替わったのが分かった。
「そこですよ、組長さん!!」
旭はマイクに身を乗り出し、先ほどのポップなコメンテーターとは打って変わった、猛烈な熱量を帯びた声で語り始めた。
「楠木正成が鎌倉幕府の大軍を相手に戦った千早城や赤坂城の戦い! あれは単なる籠城戦じゃないんです。ゲリラ戦術、情報戦、そして心理戦の極致! まさに私たち忍びの『始祖』とも言える戦い方ですよ!」
旭の口から、先ほどの工業の歴史とは全くベクトルの違う、泥臭くも知的な軍事史が滝のように溢れ出した。
「当時の武士の常識だった『名乗りを上げての一騎打ち』なんていうお上品なルールをガン無視して、夜襲、奇襲、偽情報の流布、果ては熱湯や糞尿までぶちまけて敵のメンタルをへし折る。これこそが、非正規戦(アシンメトリック・ウォーフェア)の原点です! そして、そのネットワークを支えていたのが、山伏や商人、そして土着の『悪党』と呼ばれるアウトローたち。彼らの諜報活動と攪乱戦術があったからこそ、正成は少数の兵で大軍を翻弄できた。その技術と情報網が、後の伊賀や甲賀の忍びへと繋がっていくんです!」
熱弁を振るう旭。それを隣で冷静に、しかし確かな熱を帯びた瞳で補足していく渚。
「姉の言う通りです。河内から大和、そして伊賀へと続く山々のルートは、彼ら非正規戦闘員たちにとっての重要な情報伝達のハイウェイでした。つまり、この東大阪という土地は、単なるモノづくりの街である以前に、最強の『情報機関』の拠点の一つだったと言えるのです」
姉妹の完璧なコンビネーション。
歴史の闇に隠された真実と、エンターテインメントとしての圧倒的な面白さが、ブース内で爆発的な化学反応を起こしていた。俺はもう、口を挟むことすら忘れて、二人のトークに引き込まれていた。誰もが息を呑むような明快な解説と、ルーツに関わる凄まじい熱量。これこそが、俺の求めていた『サテライト』の真の姿だった。
「――というわけで、楠木正成の戦術こそが、現代のサイバー戦にも通じる情報戦の基礎を築いたと言っても過言では……あっ」
熱弁を振るっていた旭が、ふとブース内のデジタル時計に目をやり、ピタリと言葉を止めた。
俺も時計を見る。
「……おいおい」
設定されていた収録時間は30分。しかし、現在表示されているタイムコードは「01:28:45」を指していた。
なんと、90分に差し掛かろうとしているではないか。
「本家『たってやる。』のタイムシフトの1枠分(90分)まで、ぶっ通しで収録しちまったじゃねえか」
俺が笑いながら言うと、旭は「あちゃー……ごめんなさい、私、熱くなりすぎちゃって」と舌を出して笑った。渚も「私も、時間の感覚が完全に麻痺していました」と小さく頭を下げる。
「気にするな。これだけ濃密なコンテンツが録れたんだ。編集で切るなんてもったいない。前編後編に分けるか、特大スペシャル枠でそのまま流す。……よし、今日の収録はここまでだ! お疲れさん!」
俺が放送を締め、録音停止のボタンを押す。
防音扉を開けて外に出ると、そこには腕を組み、仁王立ちしている執行統括ディレクター・柊涼華の姿があった。
「……素晴らしいの一言しか出ません」
涼華は、半ば絶句したような表情で俺たちを出迎えた。あの鉄の門番が、完全にトークの熱に当てられ、感嘆の息を漏らしているのだ。旭の起用が間違いでなかったことを、彼女自身が一番強く実感している証拠だった。
「だろ? だからお前にあれほどの事を言ったんだよ」
俺が誇らしげに笑って肩をすくめると、涼華はハッと我に返ったように表情を険しくした。
「ですが! 30分の規定時間を遥かにオーバーして90分も収録し続けるなんて、計画性に欠けます! 後のスケジュールが全て狂うところでしたよ。私が裏でどれだけ調整に走り回ったと思っているんですか!」
ピシャリと苦言を呈す涼華。
俺は悪びれもせず、ニヤリと笑って彼女に顔を近づけた。
「悪い悪い。俺たち、ブースに入って夢中になると、どうしても時間を忘れちまうからな。……そうだ、今度からお前に、サテライトの『タイムキーパー』を任せようかな。ブースの外から、俺たちの暴走を止める役目だ」
俺の突発的なアクション・ファーストの提案に、涼華の肩がビクッと跳ねた。
「っ……急過ぎます! アクション・ファーストも度が過ぎますよ! 私には執行統括としての業務が山のように……!」
早口でまくしたてて拒否しようとする涼華。だが、その瞳の奥には、先ほどの白熱した議論を間近で見ていた高揚感が、まだ微かに残っている。
「しかし……そうですね。あれだけの内容をコントロールし、適切な枠に収める役割が必要なのは事実です。私も少し、現場の空気に触れることには興味はありますので……前向きに検討は、しますが……」
涼華は視線を逸らしながら、まんざらでもない様子でそう呟いた。
スタジオの門番すらも巻き込み始めた、新しい風。
俺は満足げに笑い、三人に向かって親指を突き立てた。
* * *
さて、ついに始まった「いってやる。サテライト」第二回目だ。
涼華に番組の存続を賭けるとまで大見得を切ってスタートさせたものの、正直なところ、俺も「本当にこの布陣でどうなることか」という不安は内心あったのだ。どれだけ脳内で完璧なシミュレーションを組んでも、ナマの人間(キャラクター)がマイクの前に立った時、どう転ぶかは未知数だからな。
だが、いざ始まれば、そんなものは完全に杞憂に終わった。
あの二人の息ぴったりの番組進行はどうだ。
それにしても、やはり血を分けた姉妹という設定もあってか、ここまでスムーズに、かつ俺の思い通り(いや、それ以上)に番組が展開するとはな。渚の冷静な分析と、旭の爆発的なコミュ力による翻訳。この完璧なパズルがハマった瞬間、俺はブースの中で密かにガッツポーズをしていたぜ。
そして極めつけは、作中でも触れたあの「楠木正成」の話だ。
姉妹二人が「伊賀の忍者衆の末裔」であるという(俺が適当に……いや、緻密に練り上げた)設定を、ここで見事に活かし、歴史の深掘りとキャラクターのルーツを融合させることに成功したのだ。
ちなみに、ここで現実の特大メタ話をぶっこませてもらうと、今回舞台となった「東大阪市」は、実は俺自身の地元でもある。
当然ながら、地元で生まれ育った俺は、その土地の歴史や風土、泥臭い空気感まで、身をもって知っているのだ。
その数ある知識の中で、ふと頭をよぎったのが「楠木正成」と悪党衆の伝承だった。東大阪から連なる生駒山系、そして千早赤坂の地。このゲリラ戦の歴史は、忍者のルーツを語る上で絶対にプロットに落とし込める。そう考えて、今回のサテライトのテーマを、俺の地元である東大阪に設定したというわけだ。
まあ、相変わらずこうやって俺の手の内や創作の裏側を余すことなく明かすスタイルに、「また組長がメタ発言してるよ……」ともう呆れている読者もいるかもしれないがな。
だが、個人的な地元の知識と、キャラクターのバックボーンをリンクさせ、エンタメとしての落とし込みとしては、我ながら今回はかなり良かったのではないかと思っている。
とは言え、これだけで満足するような性格では無いということは、ここまで俺の狂気に付き合ってくれているお前ら読者も、とうの昔に分かっているだろう。俺のクリエイターとしてのエゴは、常に飢えている。
まあ、こうして無事に(時間は大幅にオーバーしたが)結果を出し、旭も晴れて正式に専属コメンテーターとなったわけだからな。
今後、この「陽のオーラ」を持った彼女が、MAD-KICHIという毒沼の中でどのような活躍を見せてくれるか、俺自身が一番楽しみにしている。
さて、舞台はさらに熱を帯びていく。
次はどう引っ掻き回してやろうかな。
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