マジキチ組長一代記 ~半分は狂気、半分は真実~

マジキチ組長

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第1章:覚醒編(会社員と狂気の二足のわらじ)

第1話:適合不全の朝

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 午前八時三十分。
 駅のホームを埋め尽くす、死んだ魚の目をしたスーツの群れ。彼らは、昨日と同じ今日を繰り返し、明日という名の「無難」を求めて、鉄の箱に詰め込まれていく。
 俺、マジキチ組長――いや、この時間はまだ「有能で無難な中堅社員」を演じている男は、その群れの一員として、淀んだ空気の中で深く溜息をついた。

「おはようございます、組長。あ、失礼……。おはようございます、課長」

 出社するなり、空気を読めない後輩が、俺が裏で呼ばれているあだ名を口にしそうになって慌てて言い直した。

「おはよう。……朝から騒がしいな。声のボリュームを三下げろ」

 俺はデスクに鞄を置き、パソコンの電源を入れる。仕事に関しては「可もなく不可もなく、無難」が俺のモットーだ。与えられたノルマはこなし、会議では角が立たない程度の正論を吐く。たまに盛大にやらかすこともあるが、その時はその時。全力で謝り倒し、会社を出て駅の改札を抜ける頃には、何に反省していたのかすら綺麗さっぱり忘れている。

 悩んでも明日は来る。ならば考えすぎるだけ無駄だ。そんな思考のおかげか、俺の精神(メンタル)は、周囲の繊細な連中が胃薬を飲んでいる横で、凪いだ海のように常に安定している。

 だが、このオフィスに漂う「空気」だけは、どうにも我慢がならなかった。
 壁の至る所に貼られた「コンプライアンス徹底」「ハラスメント撲滅」のポスター。耳を澄ませば、あちこちで「それ、セクハラですよ」「今の言い方、パワハラじゃないですか?」という、薄ら寒い牽制が飛び交っている。

(反吐が出るな……)

 キーボードを叩く指先とは裏腹に、俺の脳内では過激な独白が止まらない。
 俺が若かった頃は、もっと世界は寛大だった。上司がケツを叩けば、部下は軽口で返した。セクハラ?パワハラ?そんな言葉ですべてを去勢する前の時代、人間関係にはもっと血の通った「ラリー」があった。

 例えば、女子社員に「今日も一段といい身体してるね」なんて言ったとしよう。今の時代なら即刻クビか左遷だ。だが、俺に言わせればそんなのはコミュニケーションの入口に過ぎない。言われた側も「課長こそ、その腹、何ヶ月目ですか?産まれるんですか?」と返せばいい。セクハラには、より純度の高いセクハラで返す。そうやってラリーを続けていけば、いつしかそれは笑いという名のエンターテインメントに変わるのだ。

 なぜ、みんなそんなに被害者になりたがる?なぜ、自分を守るための盾で相手の喉元を突こうとする?
 コンプラ、セクハラ、パワハラ。その三語を口にするたびに、人間としての生命力が削り取られていることに、こいつらは気づいていないのか。

「課長……。さっきの発言、今の時代だと少し『老害』って言われちゃうかもしれませんよ。気をつけてくださいね」

 さっきの後輩が、余計なお節介を焼いてきた。

「老害、か」

 鏡を見れば、四十代。たしかに中年の域に片足、いや両肩までどっぷり浸かっている。
 若いつもりでいても、世間から見れば俺は「過去の遺物」なのかもしれない。常識を押し付け、時代に適応できない哀れな老人。

(笑わせるな)

 俺が老害なんじゃない。この世界が、あまりにも「潔癖」になりすぎて、病んでいるんだ。
 誰もが傷つかないように、角を丸くして、無菌室のような部屋で平気な顔をして座っている。そんな場所で、面白い仕事ができるわけがない。もっとキチガイなことを、みんながやればいいんだ。会議室で全裸になるくらいの、それくらいのエネルギーを誰もが解放すれば、この退屈なオフィスも、もう少しマシな遊び場になるだろうに。

 だが、俺はまだここではそれをしない。
「無難な会社員」という仮面の下で、牙を研ぎ続ける。
 俺の心の中にあるStudio MAD-KICHIの炎は、まだ誰にも見せていない。

 ふと見ると、隣のデスクで若手社員が、上司からの些細な指摘に今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「おい」

 俺は声をかけた。

「……はい」

「気にするな。死ぬこと以外はかすり傷だ。というか、死んでもかすり傷だ。明日には忘れてろ」

 若手は呆気にとられた顔をしている。無理もない。
 俺の脳内では、すでにこのビルの窓をすべてぶち破り、街中を狂気の色に染め上げる準備ができているのだから。

 キーボードを叩く音が、今日は妙に、爆音のドラムのように聞こえていた。
 俺の覚醒は、すぐそこまで来ている。
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