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第1章:覚醒編(会社員と狂気の二足のわらじ)
第2話:最初の暴走
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その日は、朝から嫌な湿気がオフィスに立ち込めていた。デスクに座る俺の前に、一冊のファイルが叩きつけられる。乾いた音が室内に響き、周囲の社員たちが一瞬で息を殺したのがわかった。
「……これ、どういうつもりだ?」
声の主は、営業部長の佐藤だ。社内でも有名な「コンプラの皮を被った暴君」である。自分より立場の弱い相手を見つけては、理路整然とした言葉のナイフでじわじわといたぶるのが趣味の男だ。
叩きつけられたのは、俺が担当しているプロジェクトの進行表だった。「期限は来週のはずですが。何か不備でも?」俺は画面から目を離さず、無難なトーンで返した。内心では、昨夜の酒が少し残っているな、と考えていた。反省はしていない。
「不備?認識が甘すぎるんだよ。取引先の『株式会社ゼンアク』からクレームが入ってる。お前の対応が横柄で、誠意が感じられないそうだ。今すぐ先方へ行って、土下座でも何でもして契約を繋ぎ止めてこい。これは命令だ」
ゼンアク。業界内でも有名な、いわゆる「クレーマー気質」の取引先だ。無理難題を突きつけ、担当者が疲弊するのを楽しんでいるような連中。俺は、彼らの不当な要求に対して、規約通りに「できないものはできない」と突っぱねただけだ。それを彼らは「横柄」と呼び、佐藤はそのクレームを「お前の落ち度」として利用しようとしている。
「土下座、ですか」
俺はゆっくりと立ち上がった。四十代、中年の身体が少し軋む。周囲の視線が刺さる。「老害予備軍」と俺を呼ぶ若手たちの目には、哀れみと好奇心が混じっている。ここで俺が「申し訳ありません」と頭を下げて取引先へ走れば、丸く収まる。それがこの会社の「常識」だ。
だが、俺の脳内のStudio MAD-KICHIが、静かに、しかし力強く囁いた。
(……つまんねえな)
なぜ、間違っていない人間が頭を下げる?なぜ、理不尽な奴らが笑う世界を肯定しなきゃならない?セクハラのラリーが楽しめるくらいの心の余裕がない連中に、俺の貴重な時間を1秒たりともくれてやる必要はない。
「わかりました。誠意、見せてきますよ。俺なりの、ね」
俺は佐藤部長の目を見据えて、不敵に笑った。佐藤が一瞬怯んだように見えたが、俺は構わず鞄を掴んでオフィスを飛び出した。
向かった先は、株式会社ゼンアクの会議室だ。そこには、ふんぞり返った担当部長と、勝ち誇ったような顔をした若手社員が座っていた。
「おい、ようやく来たか。佐藤部長からは聞いてるぞ?相当な無礼を働いたらしいな。うちを怒らせたらどうなるか、わかってんだろうな?」
先方の部長が、机を指で叩きながら威圧してくる。俺は黙って彼らの正面に座った。怒りはない。ただ、この退屈な茶番をどう終わらせるかという「遊び心」だけが、腹の底で熱を持っていた。
「……で、誠意はどう見せてくれるんだ?契約書を書き換えるか?それとも接待か?」
俺は、おもむろに鞄から一冊のノートを取り出し、机の上に置いた。そして、ペンを走らせる。
「何だそれは謝罪文か?」「いえ」
俺は書き終えたノートを彼らに向けた。そこには、大きな文字でこう書かれていた。
『本日の出禁リスト:株式会社ゼンアク様』
「……は?」 先方の顔が固まる。
「誠意の話でしたよね。俺の誠意は、これ以上あんたたちみたいな『時間の無駄』に、わが社の優秀な社員の労力を使わせないことです。というわけで、今この瞬間をもって、御社との取引はすべて白紙。うちの会社への出入りも禁止です」
「ふ、ふざけるな!お前、自分が何を言ってるかわかってんのか!佐藤部長に報告して、お前をクビにさせてやるぞ!」
「どうぞ。佐藤のハゲにも伝えといてください。『あんたの管理能力じゃ、このじゃじゃ馬は飼い慣らせない』って。あと、クビになるのは俺じゃなくて、この不採算でストレスフルな契約を維持しようとしていた佐藤の方かもしれませんよ?」
俺は立ち上がり、呆然とする彼らを残して会議室を出た。廊下を歩きながら、不思議なほど心が軽いのを感じていた。普通なら「今後のキャリアはどうなる」「住宅ローンはどうする」と不安に駆られる場面だろう。だが、俺の脳はすでに「今日の夜は何を飲もうか」という思考に切り替わっていた。反省?そんなものは、会社を出る時、自動ドアが開く風と一緒に捨ててきた。
会社に戻ると、オフィスは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。佐藤部長が顔を真っ赤にして俺に詰め寄ってくる。
「お前!先方で暴言を吐いたそうだな!何を考えてるんだ、このマジキチが!」
マジキチ。初めて、真正面からその言葉をぶつけられた。周囲の社員たちが、腫れ物に触るような目で俺を見ている。セクハラだのパワハラだの、小さな言葉の定義に怯えて生きてきた彼らにとって、俺の行動は理解不能な「狂気」に映ったのだろう。
だが、俺は最高の気分だった。「部長、ありがとうございます。最高の褒め言葉です」 俺はデスクに戻り、平然とパソコンの電源を切った。
「定時ですので、お先に失礼します。あ、佐藤部長。明日には俺、今日の騒ぎを忘れて出社しますから。皆さんも、あんまり考えすぎないほうがいいですよ。ハゲが進みますよ?」
静まり返るオフィス。俺は軽やかな足取りで、夜の街へと踏み出した。四十代、会社員。常識の鎖を一本、引きちぎった。「マジキチ組長」としての覚醒は、もう誰にも止められない。半分は狂気、半分は真実。この暴走の先に何があるのか、俺自身も楽しみで仕方がなかった。
「……これ、どういうつもりだ?」
声の主は、営業部長の佐藤だ。社内でも有名な「コンプラの皮を被った暴君」である。自分より立場の弱い相手を見つけては、理路整然とした言葉のナイフでじわじわといたぶるのが趣味の男だ。
叩きつけられたのは、俺が担当しているプロジェクトの進行表だった。「期限は来週のはずですが。何か不備でも?」俺は画面から目を離さず、無難なトーンで返した。内心では、昨夜の酒が少し残っているな、と考えていた。反省はしていない。
「不備?認識が甘すぎるんだよ。取引先の『株式会社ゼンアク』からクレームが入ってる。お前の対応が横柄で、誠意が感じられないそうだ。今すぐ先方へ行って、土下座でも何でもして契約を繋ぎ止めてこい。これは命令だ」
ゼンアク。業界内でも有名な、いわゆる「クレーマー気質」の取引先だ。無理難題を突きつけ、担当者が疲弊するのを楽しんでいるような連中。俺は、彼らの不当な要求に対して、規約通りに「できないものはできない」と突っぱねただけだ。それを彼らは「横柄」と呼び、佐藤はそのクレームを「お前の落ち度」として利用しようとしている。
「土下座、ですか」
俺はゆっくりと立ち上がった。四十代、中年の身体が少し軋む。周囲の視線が刺さる。「老害予備軍」と俺を呼ぶ若手たちの目には、哀れみと好奇心が混じっている。ここで俺が「申し訳ありません」と頭を下げて取引先へ走れば、丸く収まる。それがこの会社の「常識」だ。
だが、俺の脳内のStudio MAD-KICHIが、静かに、しかし力強く囁いた。
(……つまんねえな)
なぜ、間違っていない人間が頭を下げる?なぜ、理不尽な奴らが笑う世界を肯定しなきゃならない?セクハラのラリーが楽しめるくらいの心の余裕がない連中に、俺の貴重な時間を1秒たりともくれてやる必要はない。
「わかりました。誠意、見せてきますよ。俺なりの、ね」
俺は佐藤部長の目を見据えて、不敵に笑った。佐藤が一瞬怯んだように見えたが、俺は構わず鞄を掴んでオフィスを飛び出した。
向かった先は、株式会社ゼンアクの会議室だ。そこには、ふんぞり返った担当部長と、勝ち誇ったような顔をした若手社員が座っていた。
「おい、ようやく来たか。佐藤部長からは聞いてるぞ?相当な無礼を働いたらしいな。うちを怒らせたらどうなるか、わかってんだろうな?」
先方の部長が、机を指で叩きながら威圧してくる。俺は黙って彼らの正面に座った。怒りはない。ただ、この退屈な茶番をどう終わらせるかという「遊び心」だけが、腹の底で熱を持っていた。
「……で、誠意はどう見せてくれるんだ?契約書を書き換えるか?それとも接待か?」
俺は、おもむろに鞄から一冊のノートを取り出し、机の上に置いた。そして、ペンを走らせる。
「何だそれは謝罪文か?」「いえ」
俺は書き終えたノートを彼らに向けた。そこには、大きな文字でこう書かれていた。
『本日の出禁リスト:株式会社ゼンアク様』
「……は?」 先方の顔が固まる。
「誠意の話でしたよね。俺の誠意は、これ以上あんたたちみたいな『時間の無駄』に、わが社の優秀な社員の労力を使わせないことです。というわけで、今この瞬間をもって、御社との取引はすべて白紙。うちの会社への出入りも禁止です」
「ふ、ふざけるな!お前、自分が何を言ってるかわかってんのか!佐藤部長に報告して、お前をクビにさせてやるぞ!」
「どうぞ。佐藤のハゲにも伝えといてください。『あんたの管理能力じゃ、このじゃじゃ馬は飼い慣らせない』って。あと、クビになるのは俺じゃなくて、この不採算でストレスフルな契約を維持しようとしていた佐藤の方かもしれませんよ?」
俺は立ち上がり、呆然とする彼らを残して会議室を出た。廊下を歩きながら、不思議なほど心が軽いのを感じていた。普通なら「今後のキャリアはどうなる」「住宅ローンはどうする」と不安に駆られる場面だろう。だが、俺の脳はすでに「今日の夜は何を飲もうか」という思考に切り替わっていた。反省?そんなものは、会社を出る時、自動ドアが開く風と一緒に捨ててきた。
会社に戻ると、オフィスは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。佐藤部長が顔を真っ赤にして俺に詰め寄ってくる。
「お前!先方で暴言を吐いたそうだな!何を考えてるんだ、このマジキチが!」
マジキチ。初めて、真正面からその言葉をぶつけられた。周囲の社員たちが、腫れ物に触るような目で俺を見ている。セクハラだのパワハラだの、小さな言葉の定義に怯えて生きてきた彼らにとって、俺の行動は理解不能な「狂気」に映ったのだろう。
だが、俺は最高の気分だった。「部長、ありがとうございます。最高の褒め言葉です」 俺はデスクに戻り、平然とパソコンの電源を切った。
「定時ですので、お先に失礼します。あ、佐藤部長。明日には俺、今日の騒ぎを忘れて出社しますから。皆さんも、あんまり考えすぎないほうがいいですよ。ハゲが進みますよ?」
静まり返るオフィス。俺は軽やかな足取りで、夜の街へと踏み出した。四十代、会社員。常識の鎖を一本、引きちぎった。「マジキチ組長」としての覚醒は、もう誰にも止められない。半分は狂気、半分は真実。この暴走の先に何があるのか、俺自身も楽しみで仕方がなかった。
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