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第1章:覚醒編(会社員と狂気の二足のわらじ)
第3話:夜の誘惑と二重生活
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会社という名の無菌室で、俺は今日も「無難」を演じきった。昨日の「ゼンアク出禁事件」の余波で、社内は蜂の巣をつついたような騒ぎだったが、俺は驚くほど平然とデスクに座っていた。佐藤部長が嫌味ったらしく俺の横を通り過ぎるたびに、心の中で「ハゲの進捗はどうだ?」と毒づきながら、淀みなくエクセルを埋めていく。定時。俺は誰よりも早く席を立った。スーツという名の拘束衣を脱ぎ捨てる瞬間、俺の魂はようやく呼吸を始める。ネクタイを緩め、夜の喧騒へ。そこにはコンプラも忖度もない。あるのは剥き出しの欲求と、金と、嘘だけだ。
きっかけは、馴染みの怪しい知人から回ってきた一枚の紙切れだった。
「風俗無料優待券」
表の社会では決して出回らない、毒々しい色のインクで刷られた招待状。今の俺には、こういう劇薬が必要だった。昼間のオフィスで溜まった「正気」という名の澱(おり)を、夜の毒で洗い流したかったのだ。
ネオンが網膜を刺す歓楽街。俺は指定された店へ向かった。受付のパネルには、眩いばかりの美女たちが並んでいる。俺はその中でもひときわギャル系で、ノリの良さそうな一人の女性を指名した。だが。案内された部屋の扉が開いた瞬間、俺は自分の視神経を疑った。
「お待たせしましたぁ」
現れたのは、パネルの美女ではない。いや、パネルの面影を物理的に引き伸ばし、さらに三倍の肉付けを施したような「巨体」だった。横綱。あるいは関取。部屋の床が、彼女の歩みに合わせて悲鳴を上げている。パネルとの乖離(かいり)はもはや詐欺を通り越して、ひとつの芸術的表現に近い。俺の脳内のStudio MAD-KICHIが「おい、これ、どうする?」と警報を鳴らしていた。
逃げ出すのは容易い。だが、四十代、中年のプライドがそれを許さなかった。俺は平静を装い、ベッドに腰を下ろした。だが、悲劇は見た目だけでは終わらなかった。
「……あのねぇ、お客さん。私、最近大変なのよ。本番を強要されたことが何度もあるんだから」
頼んでもいない告白。聞いてもいない過去のトラウマ。彼女は俺が服を脱ぐよりも早く、自分がいかに不遇な目にあってきたかを、喋りだした。その声にはプロの艶(つや)もなければ、サービス精神の欠片もない。ただ、自分の不満を客にぶつけているだけだ。俺の中で、怒りに似た嫌悪感が沸騰した。なんだ、これは。昼間は上司の理不尽に耐え、夜は関取の愚痴に付き合わされるのか。
(こいつ、今すぐ連れ出して道頓堀の水でも飲ませてやろうか……)
喉まで出かかった言葉を、かろうじて飲み込む。イラつきは限界を超え、もはや笑いそうだった。せっかくバイアグラでドーピングし、夜の戦に備えてきたというのに。薬の効果で身体だけはやる気満々だが、心は極北の海のように冷め切っている。結局、俺は何を求めてここに来たのか。関取とのプレイが終わった後、鏡に映る自分の顔を見て、俺は人生で初めての「夜の絶望」に陥った。自己嫌悪という名の泥水に浸かり、バイアグラの余韻で脈打つ血管が、虚しさだけを強調していた。
だが、俺はマジキチ組長だ。一度の絶望で立ち止まるほど、俺のメンタルはヤワじゃない。俺はこの泥を拭うには、さらに深い泥に浸かるしかないと判断した。店を出てすぐに、俺は次の店へと走り、人生初の「風俗ハシゴ」を決行した。
二軒目。扉を開けた先にいたのは、「アキ」という女性だった。見た瞬間、全身に衝撃が走った。これ以上ないほどに俺のタイプだ。スッと通った鼻筋、悪戯っぽく笑う口元、そして何より、こちらの心を射抜くような瞳。さっきまでの関取の残像と、道頓堀の泥水のような不快感が、アキの微笑みひとつで一瞬にして霧散した。絶望は打ち消され、俺は夜の深淵でようやく「生」を実感した。やはり、夜の世界は面白い。地獄と天国が、わずか数メートルの路地裏を挟んで同居しているのだから。
この日を境に、俺の二重生活はさらに加速した。現実の夜だけでは物足りず、俺はネットの深淵――「ランダムチャット」という配信アプリの世界にのめり込んでいった。そこは、匿名という仮面を被った魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈する電子の掃き溜めだ。俺は「マジキチ組長」の名を掲げ、あらゆる配信枠へ殴り込みをかけた。
俺の武器は、昼間のコンプラ社会への反動から生まれる、エグい下ネタと過激なコメントだ。
「おい、この枠主!その顔でセクハラ拒否とか、人類の歴史に対する冒涜だろ!」
「もっとキチガイなことやろうぜ!全員でラリーしようぜ!」
だが、結果は散々だった。コメントを打つたびに、画面には冷酷な文字が踊る。
『管理者にブロックされました』『二度と入室できません』
次から次へとブロックされる始末。俺のコメントは、どうやらネットの住人たちにとっても「毒」が強すぎたらしい。
ある時、プロフ欄に「キチガイな人、大歓迎! 面白いことしましょう!」と書いている枠主を見つけた。俺は「ここなら俺を理解できる奴がいる」と期待し、挨拶代わりに俺なりのジョークを叩き込んだ。だが、数秒後。
「……いや、ものには限度があるから。ブロックね」
枠主の冷めた声と共に、俺は弾き出された。画面を見つめたまま、俺は思わず吹き出した。
「キチガイに限度なんてあるのか?」歓迎と言いながら、自分の許容範囲を少し超えただけで排除する。結局、ネットの世界も表の社会と同じだ。自分たちの作った狭い箱の中で、「心地よい狂気」だけを求めている。本物のキチガイを前にすると、彼らは途端に正気に戻って、コンプラの番人に成り下がる。
理不尽だ。理不尽マックスだ。だが、それがいい。理解されないからこそ、俺の存在には価値がある。会社員という仮面。風俗ハシゴという逃避。そしてネットでの拒絶。それらすべてが混ざり合い、俺の中で「怪物」がゆっくりと形を成していく。俺の中に眠る狂気を飼い慣らす必要なんてない。この狂気を、いつかこの世界すべてに解き放ってやる。
俺は暗い部屋で、スマホの青白い光に照らされながら、一人で笑った。
Studio MAD-KICHIの真の歴史は、ここから始まるのだ。
きっかけは、馴染みの怪しい知人から回ってきた一枚の紙切れだった。
「風俗無料優待券」
表の社会では決して出回らない、毒々しい色のインクで刷られた招待状。今の俺には、こういう劇薬が必要だった。昼間のオフィスで溜まった「正気」という名の澱(おり)を、夜の毒で洗い流したかったのだ。
ネオンが網膜を刺す歓楽街。俺は指定された店へ向かった。受付のパネルには、眩いばかりの美女たちが並んでいる。俺はその中でもひときわギャル系で、ノリの良さそうな一人の女性を指名した。だが。案内された部屋の扉が開いた瞬間、俺は自分の視神経を疑った。
「お待たせしましたぁ」
現れたのは、パネルの美女ではない。いや、パネルの面影を物理的に引き伸ばし、さらに三倍の肉付けを施したような「巨体」だった。横綱。あるいは関取。部屋の床が、彼女の歩みに合わせて悲鳴を上げている。パネルとの乖離(かいり)はもはや詐欺を通り越して、ひとつの芸術的表現に近い。俺の脳内のStudio MAD-KICHIが「おい、これ、どうする?」と警報を鳴らしていた。
逃げ出すのは容易い。だが、四十代、中年のプライドがそれを許さなかった。俺は平静を装い、ベッドに腰を下ろした。だが、悲劇は見た目だけでは終わらなかった。
「……あのねぇ、お客さん。私、最近大変なのよ。本番を強要されたことが何度もあるんだから」
頼んでもいない告白。聞いてもいない過去のトラウマ。彼女は俺が服を脱ぐよりも早く、自分がいかに不遇な目にあってきたかを、喋りだした。その声にはプロの艶(つや)もなければ、サービス精神の欠片もない。ただ、自分の不満を客にぶつけているだけだ。俺の中で、怒りに似た嫌悪感が沸騰した。なんだ、これは。昼間は上司の理不尽に耐え、夜は関取の愚痴に付き合わされるのか。
(こいつ、今すぐ連れ出して道頓堀の水でも飲ませてやろうか……)
喉まで出かかった言葉を、かろうじて飲み込む。イラつきは限界を超え、もはや笑いそうだった。せっかくバイアグラでドーピングし、夜の戦に備えてきたというのに。薬の効果で身体だけはやる気満々だが、心は極北の海のように冷め切っている。結局、俺は何を求めてここに来たのか。関取とのプレイが終わった後、鏡に映る自分の顔を見て、俺は人生で初めての「夜の絶望」に陥った。自己嫌悪という名の泥水に浸かり、バイアグラの余韻で脈打つ血管が、虚しさだけを強調していた。
だが、俺はマジキチ組長だ。一度の絶望で立ち止まるほど、俺のメンタルはヤワじゃない。俺はこの泥を拭うには、さらに深い泥に浸かるしかないと判断した。店を出てすぐに、俺は次の店へと走り、人生初の「風俗ハシゴ」を決行した。
二軒目。扉を開けた先にいたのは、「アキ」という女性だった。見た瞬間、全身に衝撃が走った。これ以上ないほどに俺のタイプだ。スッと通った鼻筋、悪戯っぽく笑う口元、そして何より、こちらの心を射抜くような瞳。さっきまでの関取の残像と、道頓堀の泥水のような不快感が、アキの微笑みひとつで一瞬にして霧散した。絶望は打ち消され、俺は夜の深淵でようやく「生」を実感した。やはり、夜の世界は面白い。地獄と天国が、わずか数メートルの路地裏を挟んで同居しているのだから。
この日を境に、俺の二重生活はさらに加速した。現実の夜だけでは物足りず、俺はネットの深淵――「ランダムチャット」という配信アプリの世界にのめり込んでいった。そこは、匿名という仮面を被った魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈する電子の掃き溜めだ。俺は「マジキチ組長」の名を掲げ、あらゆる配信枠へ殴り込みをかけた。
俺の武器は、昼間のコンプラ社会への反動から生まれる、エグい下ネタと過激なコメントだ。
「おい、この枠主!その顔でセクハラ拒否とか、人類の歴史に対する冒涜だろ!」
「もっとキチガイなことやろうぜ!全員でラリーしようぜ!」
だが、結果は散々だった。コメントを打つたびに、画面には冷酷な文字が踊る。
『管理者にブロックされました』『二度と入室できません』
次から次へとブロックされる始末。俺のコメントは、どうやらネットの住人たちにとっても「毒」が強すぎたらしい。
ある時、プロフ欄に「キチガイな人、大歓迎! 面白いことしましょう!」と書いている枠主を見つけた。俺は「ここなら俺を理解できる奴がいる」と期待し、挨拶代わりに俺なりのジョークを叩き込んだ。だが、数秒後。
「……いや、ものには限度があるから。ブロックね」
枠主の冷めた声と共に、俺は弾き出された。画面を見つめたまま、俺は思わず吹き出した。
「キチガイに限度なんてあるのか?」歓迎と言いながら、自分の許容範囲を少し超えただけで排除する。結局、ネットの世界も表の社会と同じだ。自分たちの作った狭い箱の中で、「心地よい狂気」だけを求めている。本物のキチガイを前にすると、彼らは途端に正気に戻って、コンプラの番人に成り下がる。
理不尽だ。理不尽マックスだ。だが、それがいい。理解されないからこそ、俺の存在には価値がある。会社員という仮面。風俗ハシゴという逃避。そしてネットでの拒絶。それらすべてが混ざり合い、俺の中で「怪物」がゆっくりと形を成していく。俺の中に眠る狂気を飼い慣らす必要なんてない。この狂気を、いつかこの世界すべてに解き放ってやる。
俺は暗い部屋で、スマホの青白い光に照らされながら、一人で笑った。
Studio MAD-KICHIの真の歴史は、ここから始まるのだ。
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