マジキチ組長一代記 ~半分は狂気、半分は真実~

マジキチ組長

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第1章:覚醒編(会社員と狂気の二足のわらじ)

第4話:境界線の崩壊

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 会社員という仮面は、もはや薄皮一枚の強度しか持っていなかった。日中の会議では「コンプライアンスの遵守」を唱える上司のハゲ頭を眺め、脳内でそいつの毛根を一本ずつピンセットで抜くイメージトレーニングをしながら、俺の魂は別の場所にいた。

 俺は、自分自身の表現の場として「ランダムチャット」での配信を開始していた。最初はリスナーとして潜り込んでいたが、誰の枠に行ってもブロックされる現実に嫌気がさしたのだ。理解されないなら、自分で国を作る。それがStudio MAD-KICHIの根本思想だ。

 記念すべき初配信。俺が掲げたタイトルは、これ以上なくシンプルで力強いものだった。

『生でやる。』

 もちろん、俺の意図は「台本なし、小細工なしの、剥き出しのトークを届ける」という純粋なものだ。だが、配信を開始してわずか数分。画面に無情な通知が表示された。

『規約違反により、アカウントを停止(BAN)しました』

 理由は、タイトルが「性的で公序良俗に反する」というものだった。
「……はあ?」俺は暗い部屋で、スマホに向かって毒を吐いた。この世の中はいつからこんなに想像力が貧困になったのか。運営の頭が硬すぎるのか、それとも俺の存在がこの世界の倫理基準を軽々と越境してしまったのか。理不尽極まりない。だが、ここで折れるようなメンタルは、あの「関取」との夜に置いてきた。

 BANが解除されるやいなや、俺は即座に配信を再開した。今度のタイトルはこれだ。

『たってやる。』

 今度は「不屈の精神で立ち上がる」という不退転の決意を込めた。これで文句があるなら、もう日本語そのものを禁止するしかないだろう。放送の内容は、さらに純度を増した。 話題の8割は、世間様が顔を赤らめて逃げ出すようなエグい下ネタ。そして残りの2割は、この腐りきった日本を憂う、熱すぎるほどの愛国思想。下ネタで人間の本能を揺さぶり、愛国心で魂を叩き起こす。エロと愛国のハイブリッド・トーク。まさに、正気と狂気のカクテルだ。

 最初は誰も見向きもしなかった。同時視聴者数はゼロ。流れるコメントもない。だが、俺は構わず喋り続けた。会社でのストレス、コンプラへの呪い、そしてこの国の未来。やりたい放題に言葉を吐き出す。これが俺にとっての最高のデトックスであり、ストレス解消法だった。

 すると、奇妙なことが起き始めた。ランダムチャット内のリスナーだけでなく、その知り合い、さらにはその顧客といった、アプリの枠を超えたルートから「面白い奴がいる」と口コミが広がり始めたのだ。
 ニッチ。あまりにもニッチすぎる放送だ。だが、その狭い針の穴を通るようなメッセージが、どこかの誰かの「解放」に繋がっている。

(ありがたい話だ……。こんな狂気に付き合ってくれる奴らが、まだこの日本にもいたんだな)

 そんなある日の夜。俺は配信の熱量に耐えきれず、外へ飛び出した。スマホを片手に、近所のディスカウントストアの前で立ち止まる。蛍光灯の青白い光の下、俺のテンションは最高潮に達していた。エグい下ネタのラリーの最中、愛国心の火がつき、大声で日本の夜明けを語っていた。

 その時だ。

「ちょっと、お客さん。何してるんですか?」

 制服を着た店員が、不審者を見るような……いや、明確に「不審者」を見る目で声をかけてきた。背後には、すでに電話を手に取り、警察を呼びかけようとしている別の店員の姿が見える。

「配信ですよ。日本の未来を語ってるんです」 

 俺は平然と答えたが、店員の顔は引きつっている。四十代のスーツ姿の男が、深夜にスマホに向かって「立て! 立ち上がるんだ!」と叫んでいれば、通報案件なのは明白だ。

 ふと、記憶がフラッシュバックした。このディスカウントストアの前。以前、夏の暑い日にここで麦茶を飲んでいた時だ。あまりの喉の渇きに急いで流し込んだせいで、麦茶が気管に入った。その瞬間、俺は盛大に、文字通り噴水のように麦茶を噴射した。通行人の主婦が悲鳴を上げ、俺は肺を焼かれるような痛みの中で「これが生の解放か」と悦に浸っていた。

 あの時も警察を呼ばれかけた。そして今、また同じ場所で、俺は社会の境界線(ライン)の上に立っている。

「……おい、組長! 大丈夫か!?」

 スマホの画面越しに、ファンたちが心配そうな、あるいは楽しそうなコメントを飛ばしてくる。

 警察沙汰。会社員としての地位。社会的な信用。そんなものが、今この瞬間の「やりたい放題」の快感に比べれば、あまりにもちっぽけに思えた。

「店員さん、落ち着け。俺はただの会社員だ。……半分はね」

 俺は店員に不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりとその場を去った。背後で「……マジであぶねえな」と呟く声が聞こえたが、それは俺にとって最高のファンファーレだった。
 境界線は、もう崩壊した。俺の中に飼っていた怪物は、もはやスーツのボタン一つで閉じ込められるようなサイズではない。明日、会社で何が起きようと、このスリルだけは誰にも奪えない。

 夜の冷気が、妙に心地よかった。
「マジキチ組長」としての真の暴走。そのカウントダウンは、ゼロを指した。
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