マジキチ組長一代記 ~半分は狂気、半分は真実~

マジキチ組長

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第1章:覚醒編(会社員と狂気の二足のわらじ)

第5話:さらば、平穏な日々

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 午後六時。オフィスの窓の外は、どす黒い夜が静かに街を飲み込もうとしていた。デスクの上の書類を片付け、パソコンをシャットダウンする。隣の席の若手が、腫れ物に触るような視線を向けてくる。先日の「ゼンアク出禁事件」以来、社内での俺の評価は「有能な中堅」から「いつ爆発するか分からない不発弾」へと変わっていた。

「マジキチ……」

 誰かが背後で小さく呟いた。普通なら傷つくか、あるいは怒る場面だろう。だが、今の俺にとってそれは、極上のシャンパンを開ける音よりも心地よく響いた。俺は椅子を引いて立ち上がり、わざとらしく大きく伸びをした。

「お疲れ様。みんな、あまり考えすぎてハゲるなよ」

 無言のオフィス。その静寂を切り裂くように、俺は事務所を後にした。ここからが、俺の「本当の仕事」の始まりだ。

 事務所から自宅までは、およそ八キロの道のりがある。電車に乗ればすぐだが、俺はあえて歩くことを選んでいる。なぜなら、この八キロ、一時間半以上の孤独な行軍こそが、俺の配信プラットフォーム『たってやる。』のメインステージだからだ。

 歩道に出た瞬間、俺はスマホを取り出し、配信ボタンを叩く。

「よお、お前ら。今日もしぶとく生きてるか? マジキチ組長だ」

 画面に常連たちの名前が次々と躍る。

『組長、待ってたぜ!』『今日も歩き配信か、タフだな!』『足腰、大丈夫ですか?』

 八キロという距離は、数字だけ見れば相当なものだ。普通なら疲労で足が止まる。だが、俺には秘策があった。

「おい、お前ら。今日もアレは飲んできたか? 毎日欠かすなよ、俺特製の『キチガイミックス』だ」

 俺のバッグには、ニンニクとマカのサプリが常備されている。これを毎日、胃袋に流し込む。ニンニクで血をたぎらせ、マカで魂を奮い立たせる。この二つの組み合わせを、俺は勝手に『キチガイミックス』と名付け、配信でもリスナーたちに熱烈におすすめしている。
 この「キチガイミックス」と、リスナーたちの熱いコメント。この二つが俺の血管を駆け巡っている限り、八キロの道はただのランウェイに変わる。疲れなど微塵も感じない。むしろ、歩けば歩くほど、言葉は加速し、思考は研ぎ澄まされていくのだ。

 俺の『たってやる。』は、単なる配信アプリの中だけでは収まらなくなっていた。仕事の合間を縫って、俺は公式サイトと公式ブログを自ら作成した。四十代の会社員が夜な夜なコードを叩き、デザインを整える。その力の入れようは、本業のプレゼン資料作成の比ではない。

 ブログには『タイムシフト』という、いかにも意味深なコーナーを設けた。そこには、過去に録音した配信データがずらりと並んでいる。だが、これは誰にでも開かれているわけではない。
「……いいか、ここは聖域だ。誰彼構わず入れる場所じゃねえ」

 俺はあえて、限定公開という形をとっている。面識のある人間、信頼できる常連、あるいはリスナーから紹介された「骨のある奴」だけが聴ける秘密の地下室。理由は明白だ。俺のトークは、公の場に出せば一瞬で社会から抹殺される。身バレのリスクもさることながら、運営のBANなどという生温いものではなく、倫理委員会が泡を吹いて倒れるレベルのエグい下ネタと、剥き出しの思想が詰まっているからだ。

 しかし、驚くべきことが起きていた。そんな閉ざされた空間であるにもかかわらず、コアなリスナーが一人、また一人と増え続けているのだ。

「こんなニッチな放送、誰が聴くんだよ……と思ってたけどな。ありがてえ話だよ、全く」

 暗い夜道を歩きながら、俺は独り言のように感謝を口にする。コンプラに怯え、忖度に疲れ、自分の言葉を失った連中が、この秘密の地下室に「救い」を求めてやってくる。俺のキチガイな話が、誰かの生きる糧になっているという現実。それは、これまでのサラリーマン人生では決して味わえなかった、震えるほどの充足感だった。

 自宅のマンションが見えてくる頃、俺のボルテージは最高潮に達していた。

「おい、お前ら。次はもっとキチガイなことを仕掛けてやる。世界が正気を取り戻そうとするなら、俺はもっと深く、もっと激しく狂ってやるよ」

 配信を切り、スマホをポケットに突っ込む。八キロの道のりを歩ききった身体は熱く、視界は驚くほどクリアだった。明日もまた、俺はスーツを着て会社へ行くだろう。だが、そこにあるのは「無難な会社員」ではない。それは、世界を内側から食い破るための「擬態」に過ぎない。

 事務所から自宅までの八キロ。それは、平穏な日々から、マジキチ組長としての真の人生へと続く、一本のレッドカーペットだったのだ。俺は玄関のドアに手をかけ、暗闇の中で静かに笑った。

「さらば、平穏。ようこそ、最高の狂気」

 俺の物語は、まだ始まったばかりだ。
 

 
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