マジキチ組長一代記 ~半分は狂気、半分は真実~

マジキチ組長

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第2章:深淵編(夜の街と消えた境界線)

第6話:深夜の共犯者たち

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 組織というものは、一見すると均一で、無機質な歯車が噛み合って動いているように見える。特に、俺が勤めているような中堅どころの商社ともなれば、なおさらだ。誰もが「常識」という名の型に自分を押し込み、はみ出した部分はコンプライアンスという名のヤスリで削り取る。

 だが、俺は知っている。そのヤスリの粉が積もった床の下には、どろどろとした剥き出しの本能が流れていることを。

 その日の午前、俺は他部署との合同ミーティングに参加していた。テーマは「次年度の広告運用における倫理ガイドラインの策定」という、反吐が出るほど退屈なものだ。

「最近はSNSでの不用意な発言が、即、企業のブランド毀損に繋がりますから。……課長、聞いてますか?」

 若手の女性社員が、冷ややかな視線で俺を促す。

「ああ、聞いてるよ。要するに、面白いことは何一つ言うな、というガイドラインだな」

 俺がそう返すと、会議室に失笑と困惑が混じったような沈黙が流れた。佐藤部長がまた額に青筋を立てていたが、俺は構わず「キチガイミックス」のサプリを口に放り込み、水で一気に流し込んだ。

 会議が終わった後、廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。

「課長、ちょっといいですか」

 振り返ると、そこにいたのは経理部の森山だった。森山は、社内でも一、二を争うほど「堅物」で通っている男だ。常に表情を変えず、一円単位のミスも許さない。コンプライアンスの権化のような男。正直、俺のようなタイプとは最も相性が悪いと思っていた。

「なんだ、経費の精算に不備でもあったか? 反省はしないぞ」
 俺が冗談めかして言うと、森山は周囲を一度、警戒するように見渡した。そして、俺にだけ聞こえるような低い声で呟いた。

「……タイムシフト、聴きましたよ」

 心臓の鼓動が、一瞬だけスキップした。
 タイムシフト。俺が公式サイトの奥底、限定公開のブログにひっそりと格納している、あの録音データのことか。

「……何のことだ? アニメの録画か何かか?」
「とぼけないでください。8月24日配信……『麦茶は噴射するものです🤞』。最高でした。特に後半の、愛国心と下ネタを往復するあの独白……鳥肌が立ちましたよ」

 森山の目は、いつもの冷徹な経理マンのそれではなかった。暗い穴の底で、小さな、しかし消えることのない炎が揺れている。そんな、狂気への渇望を秘めた男の目だった。

「……どこでそれを」
「私の顧客に、組長のリスナーがいましてね。紹介コードをもらったんです。まさか、あの『マジキチ組長』が、社内で有名な不発弾・マジキチ課長だったとは。合点がいきました」

 俺は背筋がゾクリとするのを感じた。恐怖ではない。これは、未知の「共犯者」を見つけた時の歓喜だ。公式ブログを限定公開にしていたのは、身バレを防ぐためでもあったが、同時に「踏み絵」でもあった。ここに入ってくる人間は、社会が強いる正気に疲れ果て、本物の毒を求めている連中だけだ。

「そうか。……感想は?」
「救われましたよ」

 森山は少しだけ口角を上げた。その笑みは、これまでのどんな社交辞令よりも本物に見えた。

「毎日、一円のズレを修正し、数字という名の檻の中で生きて、私の心は死にかけていました。でも、昨夜、あなたの八キロ歩き配信を聴きながら、私も家まで一駅分歩いたんです。キチガイミックスも、通販で買いましたよ」

 俺は思わず、その場で吹き出した。あの堅物の森山が、深夜の道端でニンニクとマカを飲み、俺の狂った演説を耳に流し込みながら、一駅分を早歩きしている姿。シュールだが、これこそが俺のやりたかったことだ。

「森山、お前も『たってやる。』の一員だな」
「ええ。ですが組長、気をつけてください。あなたのタイムシフト……実は他部署の部長連中の中にも、隠れて聴いている奴がいるという噂があります。彼らは『敵』か、それとも私のような『共犯者』か」

 森山はそれだけ言い残すと、いつもの無機質な経理マンの顔に戻り、足早に去っていった。

 俺は一人、廊下に立ち尽くした。事務所の喧騒が、遠くの波音のように聞こえる。この組織の裏側に、どれだけの「隠れマジキチ」が潜んでいるのか。俺が夜な夜な撒き散らしている毒は、知らないうちにこの会社の地下水脈を汚染し……いや、浄化し始めていた。

 デスクに戻ると、パソコンの画面に新しいメールが届いていた。件名はなし。本文には、一行だけこう書かれていた。

『今夜の8キロ、楽しみにしています。――あなたの影より』

 俺はニヤリと笑った。身バレの恐怖?そんなものは、疾走する高揚感にかき消された。むしろ、もっとバレればいい。もっと、この「正気」という名の薄氷を割り、下を流れる熱い泥沼に全員を引きずり込んでやりたい。

 俺は鞄の中から、追加のニンニクサプリを取り出し、同僚の視線も気にせず口に放り込んだ。定時まで、あと数時間。だが、俺の魂はすでに、夜の八キロのランウェイへと解き放たれていた。

「いいか、森山。限度なんて気にするな。キチガイにブレーキはいらねえんだよ」

 俺は独り言を呟き、マウスをクリックした。画面に映る、無味乾燥な予算表。だが今の俺には、それが次に配信で話すべき「理不尽な現実」という名の最高のネタ帳に見えていた。

 深夜の共犯者たちは、確実に増えている。境界線は、もう消えかかっている。
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