マジキチ組長一代記 ~半分は狂気、半分は真実~

マジキチ組長

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第2章:深淵編(夜の街と消えた境界線)

第7話:聖域の汚染(セクハラの逆襲)

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「声が出てねえんだよ。腹から出せ、腹から!」
 俺の独白は、もはや会議室の空気さえも物理的に震わせていたかもしれない。朝の全体ミーティング。報告を行う若手社員たちの声は、まるで消え入りそうな蚊の羽音のようだった。挨拶一つ、報告一つに「恥」を感じている。人見知りだか何だか知らないが、初めて会う人間に気後れするような甘っちょろい精神で、この弱肉強食の社会を渡っていけると思っているのか。

 社会人になるということは、「恥を捨てること」と同義だ。
 俺が若かった頃の新人研修なんてものは、軍隊並みの訓練が当たり前だった。山奥に叩き込まれ、枯れるまで声を出し、自尊心を一度木っ端微塵に粉砕される。そこから這い上がってきた奴だけが、一人前の「社会人」という戦士になれた。根性論が全てだったが、そこには確かな「生の熱量」があった。

 だが、今のオフィスはどうだ。

「……課長、今の言い方は威圧的です。パワハラのガイドラインに抵触する恐れがあります」 

 そう言って俺を遮ったのは、人事部のコンプラ担当・高木だった。眼鏡の奥で、潔癖な正義感を燃やしている。

「威圧?挨拶しろと言っているだけだ。高木、お前は隣の家の住人に挨拶する時も、コンプラ集を確認してから口を開くのか?」
「屁理屈はやめてください。それから、先日の飲み会での言動についても、女性社員から報告が上がっています。特定の女性に対し、『その服、脱いだらもっと凄そうだな』と言ったそうですね。明らかなセクハラです」

 会議室に、冷ややかな空気が流れる。俺はゆっくりと立ち上がった。デスクの下で、「キチガイミックス」のサプリが胃の中で溶け、ニンニクとマカの成分が全身の毛細血管を駆け巡っているのを感じる。脳内はクリアだ。そして、猛烈に「ダル絡み」がしたい衝動に駆られていた。

「セクハラ?高木、お前はラリーというものを知らないのか」
「ラリー……?」
「そうだ。俺が投げた球を、彼女がどう打ち返したか聞いたのか? 彼女はこう言ったぞ。『課長、脱いだら凄いのは私の性格ですよ。課長こそ、脱いだらそのお腹、床まで届くんじゃないですか?』ってな。ガハハと笑って、俺たちはさらに酒を煽った。これはコミュニケーションのラリーだ。エンターテインメントだ」

「そんなのは通用しません。受け取り側が不快に思えば、それは……」
「不快?高木、お前は『不快』という便利な盾の後ろに隠れて、人間の生命力を去勢しているだけだ。骨の無い奴が増えたのは、お前らみたいな潔癖野郎が、人間関係の摩擦をすべて『悪』と決めつけたせいだ」

 俺は一歩、高木に詰め寄った。ダル絡みのスイッチが入る。

「いいか、高木。コミュニケーション不足なら、荒業治療だ。今夜、俺と一緒に飲みに行け。そして隣の客にダル絡みしてこい。仲良くなって名刺を交換するまで帰さねえぞ。それが営業の、いや、人間の基本だ」

「な、何を言っているんですか。そんなこと、今の時代に……」
「時代だのコンプラだの、言葉に逃げるな!声を出せ!反論があるなら俺が引くぐらいのダル絡みで返してこいよ!骨のねえ奴だな、おい!」

 高木は俺の気迫に押され、数歩後退した。俺のダル絡みは、一度始まれば止まらない。相手がドン引きしようが、警察を呼びかけようが、その壁を突き破って相手の懐に手を突っ込む。それが俺のスタイルだ。

「最近の若い奴は人見知りが多すぎるんだよ。挨拶が恥ずかしい?笑わせるな。お前らが持っているそのちっぽけなプライド、道頓堀にでも投げ捨ててこい。恥を捨てて、剥き出しの自分でぶつかり合う。そこからしか信頼なんて生まれねえんだ」

 俺の声は、もはや怒号ではなく、一つの宗教的な説法のように会議室に響き渡っていた。周囲の社員たちは、あからさまに目を逸らしている。だが、中には経理の森山のように、デスクの下で拳を握り、俺の「狂気」に共鳴している奴もいるはずだ。

「セクハラ、パワハラ。結構なことだ。だがな、そんな言葉で人を縛り、自分を安全圏に置いている間は、お前は一生、他人の心に触れることはできねえ。ダル絡みされて嫌なら、もっとエグいダル絡みで返せ。それができない弱さを、社会のルールのせいにするな」

 高木は顔を真っ赤にしながら、震える声で言った。
「……あなたの論理は、今の社会では通用しません。本格的な調査を進めさせてもらいます」
「ああ、やってみろ。ただし、調査報告書は腹から声を出して読み上げろよ。文字面だけの報告なんて、俺の『キチガイミックス』の尿以下の価値もねえからな」

 俺は吐き捨て、会議室を後にした。廊下を歩く足音が、力強く響く。事務所から自宅までの八キロを歩く時と同じ、あの無敵の感覚が体を支配していた。

 事務所に戻ると、森山とすれ違った。彼は一瞬だけ俺と目を合わせ、小さく頷いた。その目には、「次は自分もダル絡みのラリーに参戦します」という、覚悟のような色が宿っていた。

 いいぞ、森山。それでいい。もっとキチガイなことを、みんながやればいい。
 デスクに戻り、俺はスマホを手に取った。今夜の配信タイトルは決まった。

『コンプラ野郎にダル絡み。——根性無しの去勢社会に告ぐ』

 やりたい放題。これこそが俺のストレス解消法であり、マジキチ組長という生き様の真髄だ。現代の潔癖なルールなんて、俺の八キロの歩行と、キチガイミックスが生み出す熱量の前では、陽炎(かげろう)のように儚いものだ。

 俺は高らかに笑い、午後の業務(という名の擬態)に取り掛かった。
 キーボードを叩く指先には、軍隊研修で培った、決して折れない根性が宿っていた。
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