マジキチ組長一代記 ~半分は狂気、半分は真実~

マジキチ組長

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第2章:深淵編(夜の街と消えた境界線)

第8話:深淵からの招待状

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「今、商店街の入り口にいるんすか? マジで?」
 俺はスマホを片手に、八キロの行軍を一時停止した。画面の向こう、配信『たってやる。』のコメント欄が、かつてない速度で流れていく。

『組長、奇跡だ!』『今夜、伝説が生まれるぞ!』

 常連リスナーの一人、ハンドルネーム「おじぃ」が、たまたま仕事で俺の配信ルートの近くに来ているという。これまで電子の波を通じてしか繋がっていなかった魂が、物理的な距離をゼロにしようとしていた。

「面白え。今すぐ行く。逃げるなよ」

 俺は「キチガイミックス」の錠剤を三錠、噛み砕いた。ニンニクとマカの刺激が、夜の冷気に冷まされた身体を再点火する。
 目的の商店街。シャッターの閉まった店が並ぶ、寂れたアーケードの下。俺は「おじぃ」の顔を知らない。だが、そんなことは些細な問題だ。

 俺の性格上、人見知りなんて言葉は辞書にない。怪しいサングラスをかけた男、一人で虚空を見つめる老人、足早に過ぎ去るサラリーマン。俺は手当たり次第に、笑顔で声をかけまくった。

「よお、アンタか?おじぃか?」「人違いです」「あんた、俺のリスナーか?」「警察呼びますよ」

 そんなやり取りを十回ほど繰り返しただろうか。普通なら心が折れるか、不審者として通報される場面だ。だが、俺はダル絡みをエネルギーに変える男だ。断られれば断られるほど、声に艶が出てくる。

 そしてついに、自販機の影でスマホを見つめながら、ニヤニヤと笑っている中年男を見つけた。

「……アンタだな、おじぃ」
「く、組長!? マジで声かけまくってるからすぐ分かりましたよ!」 

 俺たちは、閉まった酒屋の前に置かれていた、錆びついたドラム缶をテーブルにして向かい合った。

「乾杯だ。ようこそ、現実の深淵へ」

 俺はコンビニで買ってきた缶チューハイを開けた。アルコール度数三パーセント。かつての俺を知る奴が見れば、腰を抜かして笑うだろう。若い頃は、アホほどハイボールを浴び、ジョッキを空にする速度で人生を駆け抜けてきた。だが、四十を過ぎてからというもの、めっきり酒に弱くなった。今では、この低アルコールの泡が、俺の脳を程よくバグらせる最適な燃料だ。

 俺は基本的に、家では一滴も飲まない。無機質な部屋で一人飲む酒ほど、虚しいものはないからだ。酒は、外で飲むものだ。そして、エグい下ネタと、この腐りきった社会への毒を吐き散らしながら、誰かと共鳴するためにある。

「組長、さっきの『たってやる。』の配信、震えましたよ。あのセクハラ・ラリーの持論、あれこそが今の日本に足りないものだ!」
「分かってるじゃねえか、おじぃ。今の奴らは、摩擦を恐れすぎてツルツルの脳みそになっちまってるんだ。いいか、人間ってのはな、泥酔して、全裸になって、月に向かって吠えるくらいの狂気を持ってて、ようやく一人前なんだよ」

 ドラム缶の上で、缶がぶつかる音が響く。アルコールが回り始めると、俺の脳内タイムスリップが始まった。

「全裸、ですか……」
「ああ、そうだ。昔の話だ。泥酔して、服を脱ぎ捨てて、都会のど真ん中を堂々と歩いたことがある。あの時の解放感、お前には分かるか? 社会という名の拘束衣をすべて脱ぎ捨てて、ただの『肉の塊』として夜の街と一体になる。警察のサイレンさえも、俺を祝福するファンファーレに聞こえたもんさ」

 おじぃは、憧憬と恐怖が混じった目で俺を見つめている。今、目の前にいるのは「無難な会社員」ではない。かといって、画面の中の「配信者」でもない。ドラム缶を囲み、エグい下ネタで盛り上がり、理不尽な世界を笑い飛ばす、ただの「マジキチ組長」だ。

 ここには、会社員としての常識なんて一ミリも通用しない。役職も、年齢も、コンプライアンスも、ドラム缶の錆と一緒に夜の闇に溶けて消えた。

「組長……俺、今日ここで死んでもいいっす」
「バカ言え。死ぬなら、もっと面白いことをやり遂げてからにしろ。いいか、俺たちの戦いはこれからだ」

 缶チューハイの最後の一口を飲み干し、俺は再び立ち上がった。残りの距離を歩かなければならない。配信はまだ続いている。

「おじぃ、楽しかったぞ。アンタも今日から、Studio MAD-KICHIの隠れ構成員だ。明日から職場で、一番嫌いな上司にダル絡みしてこい。それができなきゃ、タイムシフトは聴かせねえぞ」
「……はい! やってやりますよ!」

 俺は千鳥足にもならない確かな足取りで、商店街を抜けた。夜の街のさらに奥底。そこには、金でも名誉でも買えない「狂気の連帯」が確実に存在していた。
 家路につく道すがら、俺はスマホに語りかけた。
「……お前ら、聞いたか?これがおじぃとのリアルだ。これが、境界線が消えた瞬間の音だ」

 やりたい放題。
 酒に弱くなっても、俺の魂の純度は上がる一方だ。
 次回のタイムシフトは、間違いなく過去最高の「劇薬」になる。俺は夜の闇に向かって、全裸にはならないまでも、剥き出しの心で高らかに笑い声を上げた。
 
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