マジキチ組長一代記 ~半分は狂気、半分は真実~

マジキチ組長

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第19章:叛逆のプロトコル(社会実装の狂気編)

第93話:Minapikoへの祝砲(門出のプロンプト)

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 2026年、春。
 大阪の夜空には、都会の光に打ち消されそうな淡い星々が、それでも必死に自分の存在を主張するように瞬いている。事務所の窓を開けると、少し肌寒い風が室内の熱を奪っていく。この時期特有の、どこか落ち着かない空気。それは別れと出会い、終わりと始まりが入り乱れる季節の匂いだ。俺は手元のタブレットで、ある一通の報告を読み返していた。

 俺がこの『マジキチ組長一代記』という物語を世に送り出すことになった最大の要因。そのきっかけを作ってくれた恩人であり、戦友とも呼べる配信者、Minapikoが、長年勤め上げた職場を退職するという。

 退職。

 一言で言えば簡単だが、それは人生においてそう何度も、それこそ日常的に経験することではない。20代の若者がキャリアアップのために軽やかにステップを踏むのとは訳が違う。俺たち40代にとって、長く慣れ親しんだ組織を離れるというのは、自分の皮膚を一枚剥ぎ取るような、あるいは住み慣れた家を更地にされるような、得体の知れない喪失感を伴うものだ。

 人間という生き物は、つくづく「経験したことのないもの」に対して脆弱だ。

 未知の領域に足を踏み入れようとする時、脳内では生存本能が警報を鳴らす。それが不安となり、時には実体のない恐怖へと膨れ上がる。本人は凛とした声で「大丈夫だ」と言っている。俺も彼女の強さを知っているから、その言葉に嘘はないと信じている。だが、それでもあえて言わせてもらえば、人間のメンタルや精神というものは、本人が自覚していないところで確実に、そして無慈悲に削られていくものなんだ。

 心にかかる負担というのは、目に見えない放射能のようなものだ。気づいた時には許容量を超え、突然の体調不良や、心の歪みとして表面化する。もし、それが目に見えてわかるような人間であれば、早々にカウンセリングを受けたり、自分なりの解消法を見つけたりもできるだろう。あるいは、世に溢れる「占い」や「霊能力」といった類に縋って、精神の安定を保とうとする奴もいるかもしれない。

 余談だが、俺は以前から公言している通り、占いだの霊能現象だのといったものは一切、これっぽっちも信用していない。あんなものは、ほんの少しの心理学的なテクニック、コールドリーディングのような統計学的な手法、そして相手の表情や身なりから情報を引き出す探偵のような洞察力の才能さえ持っていれば、どんなバカでもできる「ごっこ遊び」に過ぎないからだ。

 もちろん、それらを生業としている連中をすべて否定し尽くすつもりはない。真っ当に、ただひたすらに相談者の心に寄り添い、支えとなっている「本物」も、砂漠に落ちた針を探すような確率で存在はしているのだろう。

 だが、現状はどうだ?見えもしないものをさもあるかのように騙り、相手の不安を煽って、その弱みにつけ込んで金を巻き上げる。そんなクソ以下の、クソという言葉に申し訳なくなるような汚物が蔓延っているのが、この界隈の正体だ。

 ……話を戻すが結局のところ、精神の不調というのは、自分自身で気づくのが一番難しい。
 自分の体臭に自分が気づかないのと同じで、変化があまりにも緩やかで、日常に溶け込んでしまうからだ。他の第三者から見て「あれ?最近、あいつの様子がおかしいな」と気づいてもらうのが、唯一の、そして最後の防波堤なんだよ。

「自分は絶対大丈夫」「メンタルは鋼だ」なんて豪語する奴ほど危うい。

 俺はかつて、会社の同僚で、俺に負けず劣らずエグい下ネタを三度の飯より愛し、常に笑いの中央にいた男を知っている。

 彼は「俺が鬱になるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない」と酒の席で笑い飛ばしていた。だが、その天地はあっさりとひっくり返った。彼はある朝、プツリと糸が切れたように動けなくなり、そのまま深い闇へと沈んでいった。そんな光景を目の当たりにしてきたからこそ、俺は「絶対」という言葉を信じない。

 だから、Minapikoに言いたい。
 退職したからといって、これまでの人間関係をすべて無に帰す必要はないんだ。長く勤めていたのなら、そこにはお前の「いつも通り」を知っている仲間や上司がいるはずだ。退職というイベントで環境が変わっても、仲の良かった連中とは細く長く交流を続けておけばいい。お前の些細な異変、声のトーンの曇り、笑い声のわずかな歪み。それに気づいてくれるのは、お前の「昨日まで」を知っている人間なんだからな。

 古い場所を捨て、新しい世界へ踏み出す不安。
 それは、AIという未知の荒野を切り拓こうとする俺たちの挑戦にも似ている。
 どうなるかわからない。失敗するかもしれない。だが、そこで立ち止まって考え込むことが、何よりの毒になる。

 俺は今、深夜の事務所でGoogle AI Studioのコンソールを開いている。
 これはMinapikoへの、俺なりの最大限の「祝砲」であり、感謝を込めたプロンプトだ。彼女がこれまで築き上げてきた歴史と、これから切り拓こうとしている「まだ誰も見たことがない未来」を、AIの力を使って具現化する。

 キーボードを叩く指に力が入る。
 プロンプトには、彼女の配信者としての明るさ、凛とした強さ、そして酒が入った時のあのマジキチなギャップを、多層的なメタファーとして流し込んでいく。

「40代の再出発」「境界を越える女性」「デジタルな翼」「夜明けの地平線」……。

 俺の脳内のイメージをAIが咀嚼し、数秒の沈黙の後、モニターに一つのビジュアルが浮かび上がった。

 それは、深い霧が立ち込める森を抜け、太陽が昇り始めた断崖に立つ一人の女性の姿だった。
 彼女の背中には、複雑な幾何学模様で構成された、青白く発光するデジタルな翼が描かれている。
 その翼は過去の重荷を焼き払い、同時に次なる上昇気流を捉えるための「新しい力」を象徴していた。
 光の粒子が舞い、暗闇と黄金色の輝きが入り混じるその光景は、まさに彼女の門出にふさわしい、残酷なまでの美しさを湛えていた。

 俺はこの画像を、彼女に贈る言葉と共にパッケージした。
 技術というものは、ただの効率化の道具じゃない。
 こうして、誰かの不安を希望へと塗り替え、一歩を踏み出す勇気を肯定するためにこそ、その真価を発揮すべきなんだ。

「Minapiko。不安に思うな。そんなことを考える暇があったら、先に手を動かせ。先に行動に出ろ。思いっきり、自分のやりたいように、この新しい世界をかき回してやれ」

 俺は送信ボタンを叩いた。
 カチリという乾いた音が、静かな室内に響く。
 この小さな信号が、インターネットの海を越え、彼女の元へと届く。
 それが、俺にできる精一杯の「カウンセリング」であり、俺が信じる唯一の「予言」だ。

 新しいものへの挑戦には、誰だって恐怖を覚える。
 それはAI開発の最前線にいる俺だって同じだ。
 だが、その恐怖こそが、お前が自分の殻を破ろうとしている証拠であり、新しい自分に生まれ変わるための「産みの苦しみ」なんだよ。

 俺たちはこれからも、無計画な行進を続けていく。
 Minapiko、お前が選んだその道を、俺は大阪のこのマジキチな事務所から全力で支持するぜ。
 お前の健闘を、そしてこれからの活躍を、心から祈っている。

「不安を感じたら、また配信で馬鹿騒ぎをしよう。AIの力で、さらにマジキチな世界を創り上げようじゃないか」

 事務所の窓の外では、夜風に煽られた桜の最後の一片が、暗闇の中へと消えていった。
 終わりの後は、必ず始まりが来る。

 理屈はいらない。
 考える前に動け。
 話は、新しい世界を自分の色に染め上げてからだ。

 第93話、完。
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