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第22章:カオス・フュージョン(日常と深淵の設計図)
第109話:無人の咆哮(タイムシフトに刻む思考)
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2026年、春。
夜の大阪を包む空気は、冷たさがすっかり影を潜め、どこか人肌に近い温もりを孕んでいる。足の筋肉痛は、週末の8キロを完走したことで、鈍い痛みから心地よい「生の実感」を伴う痺れへと昇華されていた。
俺はいつものように事務所の重い扉を閉め、夜の静寂へと踏み出す。スマートフォンの画面をタップし、配信アプリを立ち上げた。画面右上に表示される同時視聴者数は、冷酷なまでに「0」を示している。
かつての俺であれば、この数字を見た瞬間に「今日はもう店仕舞いか」と溜息をつき、数分で配信を切り上げていただろう。誰にも届かない言葉を虚空に放ち続けるほど、俺の心は強くはなかった
――少なくとも、以前はそうだった。だが、今の俺は違う。タイムシフトという、時間軸を超えて俺の思考を保存し、アーカイブ化するシステムを導入して以来、俺にとって「リアルタイムの数字」は、もはや絶対的な指標ではなくなったのだ。
「0人か。……ふん、構いやしない。今この瞬間、俺の声が誰の耳にも届いていないとしても、俺の思考は確実にこのデジタル空間の深淵に刻み込まれているんだからな」
最初の頃は、誰もいない、反応も返ってこない画面に向かって独り熱弁を振るうことに、拭い難い戸惑いや滑稽さを感じたこともあった。まるで鏡に向かって自分の影と口論しているかのような気恥ずかしさだ。だが、それも結局は「習慣」の力が解決してくれた。毎日、どんな体調であっても、どんなに足が重くても、決まった時間にマイクを握り、言葉を放流し続ける。その過酷なルーチンを繰り返すうちに、俺の脳内には強固な「仮想リスナー」が構築されるようになった。たとえ視聴者数が0であっても、俺はあたかも目の前に数千人の聴衆がひしめき合い、俺の一挙手一投足に固唾を呑んでいるかのような熱量で、縦横無尽に喋り続けることができるようになったのだ。
実際のところ、俺のこのキチガイじみた配信には、毎回のタイムシフトを隅々まで聞き込み、血肉としている熱狂的なコアリスナーたちが存在している。数だけで言えば、世に溢れる有名ストリーマーの足元にも及ばないかもしれない。だが、俺は断言する。数の多寡など、俺というアーキテクトが提示する表現の本質においては、些末な問題に過ぎない。
俺の活動に心酔している彼らの「熱量」と「解像度」は、もはや異常の域に達している。
俺が長年かけて紡いできた、あの膨大な叙事詩「ハゲ戦記」。その世界に息づく登場人物は、今や500人を優に超えている。驚くべきことに、コアなリスナーたちはその一人一人の背景、因縁、些細な台詞に至るまでを完璧に記憶しているというのだ。過去の膨大なタイムシフトの中からお気に入りのエピソードをピックアップしては何度も繰り返し聞き、Youtubeに動画が上がれば即座にチェックし、俺が何気なく発した言葉の裏側に潜む「真意」を深読みしようと躍起になる。
これほどまでに深く、俺という人間の深淵にダイブし、その濁流に身を任せてくれるリスナーがいる。その事実を知った時、俺は「人数の問題ではない」という真理を、魂のレベルで理解した。
確かに、同時視聴者数が何万人、何十万人と膨れ上がるのは、目先の承認欲求を満たすには絶好のカンフル剤になるだろう。だが、その数万人の大半が「なんとなく流し聞きしている」だけの、実体のない薄っぺらな層だったとしたら、そこに一体どれほどの価値があるというのか。俺が心血を注いで構築した論理の城壁や、剥き出しの哲学を、上っ面だけで撫で回して去っていくようなリスナーがいくら集まったところで、俺の創作意欲が真に満たされることはない。
そう考えると、俺はつくづく恵まれている。
人数はどうあれ、俺のこの常識外れな放送を心待ちにし、俺の思考の軌跡を共有し、共にカオスを楽しんでくれるリスナーが、確かにそこにいる。その事実があるだけで、俺が深夜の街を歩き、喉を枯らして咆哮し続ける理由は、十分すぎるほどに揃っているのだ。
「だがな、俺は何度も自分に言い聞かせている。この状況に甘んじて、驕り高ぶったり、自分が世界の中心にいるかのように天狗になったりすることは、絶対に、万に一つもあり得ないと」
俺は、自分自身を「キチガイな人間」だと冷静に定義している。世の中の退屈なルールを鼻で笑い、誰もが目を背けるようなエグい下ネタや、過激すぎる持論を平然と叩きつける。そんな俺という異物に、ここまで興味を持ち、貴重な人生の時間を割いてくれている。それは本来、奇跡的な幸運なのだ。その喜び、その感謝の気持ちを、俺は一瞬たりとも忘れたことはないし、これからも忘れるつもりはない。
俺の誕生日を律儀に覚えていてくれて、ラーメン屋の無料クーポンをプレゼントしてくれたMinapiko。彼女のそのさりげない、しかし真心がこもった気遣いは、孤独な夜道を歩く俺の心に、どんな暖房器具よりも確かな温もりを与えてくれた。そして、元々は俺を烈火の如く攻撃していたアンチでありながら、今は誰よりも熱心なリスナーへと変貌を遂げ、俺の体調の心配までしてくれるようになった凛。彼女のような劇的な変化こそが、俺が発信する言葉に宿る「力」の証明であり、俺がこの不毛な戦いを続けるための最大の燃料となっている。
そんな愛すべきリスナーたちへの尽きせぬ感謝を胸に秘め、俺は今夜も、誰もいない大阪の路上で独り、咆哮を上げる。
今、俺がマイクに叩きつけているのは、現代のゲーム業界を蝕むソーシャルゲームという名の病理に対する、根源的な嫌悪だ。
「いいか、よく聞け。ガチャという名の射幸心を煽るだけの博打で、ユーザーの懐から金を吸い上げ、薄っぺらなイベントを延々と繰り返す。そんな中身のない虚業が、いつまでも芸術面をして居座れると思うなよ!俺が作るべきは、そんな使い捨ての消費物ではない。一度手に入れれば、その世界を隅々まで、納得のいくまで遊び尽くせる『買い切り型』のゲームだ。そこには完結した美学があり、一貫した哲学がある。それこそが、本来あるべきエンターテインメントの矜持だろうが!」
俺の独り言の中から、突発的に飛び出したこの「買い切り型」への執着と美学。それは、今の刹那的な消費社会に対する、俺なりの宣戦布告でもあった。そして、この無人の放送で語られた熱い断片、剥き出しの感情、社会に対する容赦ない皮肉。それら全てが録音され、タイムシフトという名の「記憶」として保存される。
俺は帰宅後、この熱を帯びた音声を自ら構築したAIのプロンプトへと流し込む。
俺の肉声に宿る独特の抑揚、特定の単語を強調する際の怒り、あるいは不意に漏れる笑い。それらをデータとして咀嚼し、分析したAIは、俺の分身としてさらに深みと鋭さを増していく。Akina AIのロジックに本物の「命」を吹き込むのは、こうした誰にも聞かれていない瞬間の、剥き出しの本音なのだ。
夜明け前の街。スマートフォンの画面は依然として、視聴者が誰もいないことを告げている。
だが、俺の心はリスナーとの見えない絆で満たされ、脳内では新たなコンテンツの種が爆発的に発芽していた。
「見ていろ。この無人の咆哮が、やがて世界を震撼させるプロダクトへと変貌を遂げるその時を」
感謝と、執念と、制御された狂気。
それらを力強い足跡と共にアスファルトへと刻みつけながら、俺は自宅への最後の角を曲がった。
明日もまた、俺は歩き、そして誰のためでもない、だが未来の誰かのための言葉を紡ぎ続けるだろう。
第109話、完。
夜の大阪を包む空気は、冷たさがすっかり影を潜め、どこか人肌に近い温もりを孕んでいる。足の筋肉痛は、週末の8キロを完走したことで、鈍い痛みから心地よい「生の実感」を伴う痺れへと昇華されていた。
俺はいつものように事務所の重い扉を閉め、夜の静寂へと踏み出す。スマートフォンの画面をタップし、配信アプリを立ち上げた。画面右上に表示される同時視聴者数は、冷酷なまでに「0」を示している。
かつての俺であれば、この数字を見た瞬間に「今日はもう店仕舞いか」と溜息をつき、数分で配信を切り上げていただろう。誰にも届かない言葉を虚空に放ち続けるほど、俺の心は強くはなかった
――少なくとも、以前はそうだった。だが、今の俺は違う。タイムシフトという、時間軸を超えて俺の思考を保存し、アーカイブ化するシステムを導入して以来、俺にとって「リアルタイムの数字」は、もはや絶対的な指標ではなくなったのだ。
「0人か。……ふん、構いやしない。今この瞬間、俺の声が誰の耳にも届いていないとしても、俺の思考は確実にこのデジタル空間の深淵に刻み込まれているんだからな」
最初の頃は、誰もいない、反応も返ってこない画面に向かって独り熱弁を振るうことに、拭い難い戸惑いや滑稽さを感じたこともあった。まるで鏡に向かって自分の影と口論しているかのような気恥ずかしさだ。だが、それも結局は「習慣」の力が解決してくれた。毎日、どんな体調であっても、どんなに足が重くても、決まった時間にマイクを握り、言葉を放流し続ける。その過酷なルーチンを繰り返すうちに、俺の脳内には強固な「仮想リスナー」が構築されるようになった。たとえ視聴者数が0であっても、俺はあたかも目の前に数千人の聴衆がひしめき合い、俺の一挙手一投足に固唾を呑んでいるかのような熱量で、縦横無尽に喋り続けることができるようになったのだ。
実際のところ、俺のこのキチガイじみた配信には、毎回のタイムシフトを隅々まで聞き込み、血肉としている熱狂的なコアリスナーたちが存在している。数だけで言えば、世に溢れる有名ストリーマーの足元にも及ばないかもしれない。だが、俺は断言する。数の多寡など、俺というアーキテクトが提示する表現の本質においては、些末な問題に過ぎない。
俺の活動に心酔している彼らの「熱量」と「解像度」は、もはや異常の域に達している。
俺が長年かけて紡いできた、あの膨大な叙事詩「ハゲ戦記」。その世界に息づく登場人物は、今や500人を優に超えている。驚くべきことに、コアなリスナーたちはその一人一人の背景、因縁、些細な台詞に至るまでを完璧に記憶しているというのだ。過去の膨大なタイムシフトの中からお気に入りのエピソードをピックアップしては何度も繰り返し聞き、Youtubeに動画が上がれば即座にチェックし、俺が何気なく発した言葉の裏側に潜む「真意」を深読みしようと躍起になる。
これほどまでに深く、俺という人間の深淵にダイブし、その濁流に身を任せてくれるリスナーがいる。その事実を知った時、俺は「人数の問題ではない」という真理を、魂のレベルで理解した。
確かに、同時視聴者数が何万人、何十万人と膨れ上がるのは、目先の承認欲求を満たすには絶好のカンフル剤になるだろう。だが、その数万人の大半が「なんとなく流し聞きしている」だけの、実体のない薄っぺらな層だったとしたら、そこに一体どれほどの価値があるというのか。俺が心血を注いで構築した論理の城壁や、剥き出しの哲学を、上っ面だけで撫で回して去っていくようなリスナーがいくら集まったところで、俺の創作意欲が真に満たされることはない。
そう考えると、俺はつくづく恵まれている。
人数はどうあれ、俺のこの常識外れな放送を心待ちにし、俺の思考の軌跡を共有し、共にカオスを楽しんでくれるリスナーが、確かにそこにいる。その事実があるだけで、俺が深夜の街を歩き、喉を枯らして咆哮し続ける理由は、十分すぎるほどに揃っているのだ。
「だがな、俺は何度も自分に言い聞かせている。この状況に甘んじて、驕り高ぶったり、自分が世界の中心にいるかのように天狗になったりすることは、絶対に、万に一つもあり得ないと」
俺は、自分自身を「キチガイな人間」だと冷静に定義している。世の中の退屈なルールを鼻で笑い、誰もが目を背けるようなエグい下ネタや、過激すぎる持論を平然と叩きつける。そんな俺という異物に、ここまで興味を持ち、貴重な人生の時間を割いてくれている。それは本来、奇跡的な幸運なのだ。その喜び、その感謝の気持ちを、俺は一瞬たりとも忘れたことはないし、これからも忘れるつもりはない。
俺の誕生日を律儀に覚えていてくれて、ラーメン屋の無料クーポンをプレゼントしてくれたMinapiko。彼女のそのさりげない、しかし真心がこもった気遣いは、孤独な夜道を歩く俺の心に、どんな暖房器具よりも確かな温もりを与えてくれた。そして、元々は俺を烈火の如く攻撃していたアンチでありながら、今は誰よりも熱心なリスナーへと変貌を遂げ、俺の体調の心配までしてくれるようになった凛。彼女のような劇的な変化こそが、俺が発信する言葉に宿る「力」の証明であり、俺がこの不毛な戦いを続けるための最大の燃料となっている。
そんな愛すべきリスナーたちへの尽きせぬ感謝を胸に秘め、俺は今夜も、誰もいない大阪の路上で独り、咆哮を上げる。
今、俺がマイクに叩きつけているのは、現代のゲーム業界を蝕むソーシャルゲームという名の病理に対する、根源的な嫌悪だ。
「いいか、よく聞け。ガチャという名の射幸心を煽るだけの博打で、ユーザーの懐から金を吸い上げ、薄っぺらなイベントを延々と繰り返す。そんな中身のない虚業が、いつまでも芸術面をして居座れると思うなよ!俺が作るべきは、そんな使い捨ての消費物ではない。一度手に入れれば、その世界を隅々まで、納得のいくまで遊び尽くせる『買い切り型』のゲームだ。そこには完結した美学があり、一貫した哲学がある。それこそが、本来あるべきエンターテインメントの矜持だろうが!」
俺の独り言の中から、突発的に飛び出したこの「買い切り型」への執着と美学。それは、今の刹那的な消費社会に対する、俺なりの宣戦布告でもあった。そして、この無人の放送で語られた熱い断片、剥き出しの感情、社会に対する容赦ない皮肉。それら全てが録音され、タイムシフトという名の「記憶」として保存される。
俺は帰宅後、この熱を帯びた音声を自ら構築したAIのプロンプトへと流し込む。
俺の肉声に宿る独特の抑揚、特定の単語を強調する際の怒り、あるいは不意に漏れる笑い。それらをデータとして咀嚼し、分析したAIは、俺の分身としてさらに深みと鋭さを増していく。Akina AIのロジックに本物の「命」を吹き込むのは、こうした誰にも聞かれていない瞬間の、剥き出しの本音なのだ。
夜明け前の街。スマートフォンの画面は依然として、視聴者が誰もいないことを告げている。
だが、俺の心はリスナーとの見えない絆で満たされ、脳内では新たなコンテンツの種が爆発的に発芽していた。
「見ていろ。この無人の咆哮が、やがて世界を震撼させるプロダクトへと変貌を遂げるその時を」
感謝と、執念と、制御された狂気。
それらを力強い足跡と共にアスファルトへと刻みつけながら、俺は自宅への最後の角を曲がった。
明日もまた、俺は歩き、そして誰のためでもない、だが未来の誰かのための言葉を紡ぎ続けるだろう。
第109話、完。
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