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第24章:孤高の観測者(アーバン・ノイズ)
第123話:型落ちPCの定期メンテナンス(老兵との対話)
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日曜の午後。大阪の喧騒を分厚いコンクリートの壁越しに聞きながら、俺は事務所のデスクに、戦友とも呼べる古いノートPCを横たえていた。窓から差し込む陽光が、空中に舞い上がった埃を残酷なほど白く照らし出している。こいつの腹を割くのは、もう何度目だろうか。
「……また、この焦げ付いた匂いか」
排気ファンから漏れ出すのは、吸い込まれた埃が熱で変質した独特の臭気と、長年酷使された電子基板が吐き出す微かなオゾン臭だ。10年選手。ドッグイヤーどころか、もはや光速で進化し続けるIT業界において、こいつは「現役」という言葉を辞書から抹消されてもおかしくない骨董品だ。俺は愛用のプラスドライバーを手に取り、慣れた手つきで裏蓋のネジを外していく。ネジの一本一本をトレイに並べるたび、かつて深夜の放送で叩きつけた罵詈雑言や、誰にも言えない独白が、指先を通じて脳内にフラッシュバックしてくる。
実際のところ、メタ的な話をすれば、俺はノートPCを3~4台ほど所有している。だが、そのどれもが最新のカタログスペックとは程遠い、いわゆる「化石級」の代物ばかりだ。OSの公式サポートなど、とうの昔に打ち切られた遺物。普通の人間なら、サポート終了の通知が出た時点で「買い替え時だ」と、家電量販店の店員に言われるがまま最新機種をローンで買うのだろう。だが、俺はそんな軟弱な消費主義には乗らない。
俺には、システムの知識がある。公式が「終わった」と言ったところで、別の軽量なOSを放り込み、カーネルを弄り倒し、本来なら動くはずのない環境で無理やり最新のツールを走らせる。メーカーの保証なんてものは、とっくに紙屑以下の価値しかない。全ては自己責任。何が起きても、誰にも文句は言えないし、言うつもりもない。この「剥き出しの自由」と「自己完結した責任」こそが、俺という表現者の魂には最高に心地よいのだ。
裏蓋を開けると、そこには10年分の戦いの跡が灰色の雪のように積もっていた。冷却ファンを窒息させようとする綿埃。俺はエアダスターを手に取り、勢いよく噴射した。白く舞い上がる埃の中に、これまでの俺の言葉の残滓が混じっているような錯覚に陥る。最近、原因不明のエラーが頻発していた。突然画面が固まる、あるいは不可解な再起動を繰り返す。おそらく、俺がこの老兵に強いてきた「過酷な延命措置」の限界が、ハードウェアそのものの寿命として忍び寄っているのだろう。
「お前も、よくここまで付いてきてくれたよな」
指先で熱を持ったマザーボードをなぞる。確かに、そろそろガタがきているのは否定できない事実だ。今のAI技術をより快適に、俺の思考のスピードをストレスなく受け止めてもらうためには、新しいマシンが必要だとは感じている。中古でもいい。値段が安くて、今のAIがそれなりに楽に動く程度のスペック。それで十分だ。動画編集なんていう、俺に才能のない分野は最初から潔く切り捨てているから、4K動画をヌルヌル動かすようなモンスターマシンはいらない。
それはスマホにしても同じだ。新調したいという欲求がないわけではない。だが、最新のカタログを眺めても、今の相棒より魅力的に映るものがなかなか見つからない。確かに画面は高精細になり、カメラの画素数も上がっただろう。だが、現状の型落ちのスマホであっても、俺は現在のようなクオリティの作品を生み出し続けている。俺のコンテンツの心臓部、特に画像生成や音楽制作の多くは、この数年前のスマホを使って更新されている。自分の勝手なエゴと言われればそれまでだが、こいつには俺の情熱が、指先の脂と共に染み付いている。思い入れが強すぎるのだ。
ここで、一つハッキリさせておこう。世の中には、ドヤ顔で「俺のパソコンは最高スペックだ」と自慢して回るバカが多すぎる。100万円近いマシンを買い込み、ベンチマークのスコアをSNSにアップして満足している連中。だが、その中身を見てみればどうだ。システムの深い知識もなく、そのマシンの能力を1%も引き出せていない。ただネットを見て、動画を垂れ流すだけにそのモンスターマシンを使っている。宝の持ち腐れ。豚に真珠。猫に小判。お前のパソコンは、その持て余した能力を発揮できずに、筐体の中で泣いているぞ。そのマシンの悲鳴が俺には聞こえる。
「俺を見てみろ。化石級のスペックや数年前のスマホであろうが、これだけのコンテンツを作成している」
昔から「弘法筆を選ばず」とはよく言ったものだ。どんな環境であっても、俺のようなキチガイ的なアイデアや閃きを持った人間であれば、ハードウェアの障壁など大した問題ではない。スペックを言い訳にする奴は、最初から「表現したいこと」を持っていないだけだ。道具さえ揃えれば、魔法のように何かが作れると勘違いしている。滑稽極まりない。
俺の行動指針は、いつだってシンプルだ。
「やりたいことだけやれ」
「あれこれ考えずに、まず手を動かせ」
「計画なんか立てずに行動しろ」
この3つさえ心に刻んでおけば、たとえ手元にあるのが石ころ一つであっても、世界を動かす火種を作ることだってできる。スペックなんてものは、その火種を少し大きくするだけの道具に過ぎない。
綿棒に無水エタノールを浸し、汚れで曇った端子を丁寧に磨く。武士が戦場で折れた刀を研ぎ直し、目釘を打ち替えるような感覚だ。俺たちは、最新の武器を買い漁ることよりも、今ある武器をいかに研ぎ澄ませ、いかに自分の手足のように動かすかに命を懸けてきた。
メンテナンスを終え、慎重に裏蓋を閉じ、ネジを締めていく。そして、祈るような気持ちで電源ボタンを押した。しばらくの沈黙。ファンの乾いた回転音が響き、黒い画面に白いコマンドラインの文字が走り始める。システムが立ち上がる。
「……よし。まだ行けるな」
原因不明のエラーは、いずれまた顔を出すだろう。OSが悲鳴を上げ、ハードウェアが物理的な寿命を告げる日も、そう遠くはない。だが、その最後の一瞬まで、俺はこの老兵を使い倒してやる。引き際の美学とは、単に潔く捨てることだけではない。使い古した道具に、自分の魂が完全に乗り移るまで、共に地獄を歩み抜くことだ。
俺には、高価な最新兵器など必要ない。不自由な環境、限られたリソース。その中で、どうやって限界を突破し、誰も見たことのない景色を見せるか。それこそが、俺という人間の真骨頂なのだから。
事務所の窓の外では、大阪の街が相変わらず騒々しく動いている。人々は流行を追い、新しいものを手に入れることで、自分の中の空っぽな穴を埋めようとしている。だが、俺は違う。この研ぎ澄まされた老兵と共に、再び電脳の海へとダイブする準備を整える。
「計画なんざ、いらねえんだよ。動けばいいんだ」
俺は起動したばかりの、少し暗い画面を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。明日、このPCが煙を吹いて止まったとしても、俺は後悔しない。その瞬間まで、俺は俺のやりたいことを、俺のやり方で、この老兵と共にやり遂げるだけだ。
肉体的な限界、精神的な摩耗。そんなものは滋養をつけ、精力アップに繋がるトレーニングをすればいい。だが、この古びた相棒だけは、俺の指先が動く限り、その回路を焼き切ってでも俺の意志を世界へと繋ぎ続けるだろう。
「さあ、戦いを続けようか」
俺はキーボードを叩き始めた。古い打鍵音が、事務所の静寂を心地よく切り裂いていく。この音が鳴り止むその時まで、俺のロスタイムは終わらない。
第123話、完。
「……また、この焦げ付いた匂いか」
排気ファンから漏れ出すのは、吸い込まれた埃が熱で変質した独特の臭気と、長年酷使された電子基板が吐き出す微かなオゾン臭だ。10年選手。ドッグイヤーどころか、もはや光速で進化し続けるIT業界において、こいつは「現役」という言葉を辞書から抹消されてもおかしくない骨董品だ。俺は愛用のプラスドライバーを手に取り、慣れた手つきで裏蓋のネジを外していく。ネジの一本一本をトレイに並べるたび、かつて深夜の放送で叩きつけた罵詈雑言や、誰にも言えない独白が、指先を通じて脳内にフラッシュバックしてくる。
実際のところ、メタ的な話をすれば、俺はノートPCを3~4台ほど所有している。だが、そのどれもが最新のカタログスペックとは程遠い、いわゆる「化石級」の代物ばかりだ。OSの公式サポートなど、とうの昔に打ち切られた遺物。普通の人間なら、サポート終了の通知が出た時点で「買い替え時だ」と、家電量販店の店員に言われるがまま最新機種をローンで買うのだろう。だが、俺はそんな軟弱な消費主義には乗らない。
俺には、システムの知識がある。公式が「終わった」と言ったところで、別の軽量なOSを放り込み、カーネルを弄り倒し、本来なら動くはずのない環境で無理やり最新のツールを走らせる。メーカーの保証なんてものは、とっくに紙屑以下の価値しかない。全ては自己責任。何が起きても、誰にも文句は言えないし、言うつもりもない。この「剥き出しの自由」と「自己完結した責任」こそが、俺という表現者の魂には最高に心地よいのだ。
裏蓋を開けると、そこには10年分の戦いの跡が灰色の雪のように積もっていた。冷却ファンを窒息させようとする綿埃。俺はエアダスターを手に取り、勢いよく噴射した。白く舞い上がる埃の中に、これまでの俺の言葉の残滓が混じっているような錯覚に陥る。最近、原因不明のエラーが頻発していた。突然画面が固まる、あるいは不可解な再起動を繰り返す。おそらく、俺がこの老兵に強いてきた「過酷な延命措置」の限界が、ハードウェアそのものの寿命として忍び寄っているのだろう。
「お前も、よくここまで付いてきてくれたよな」
指先で熱を持ったマザーボードをなぞる。確かに、そろそろガタがきているのは否定できない事実だ。今のAI技術をより快適に、俺の思考のスピードをストレスなく受け止めてもらうためには、新しいマシンが必要だとは感じている。中古でもいい。値段が安くて、今のAIがそれなりに楽に動く程度のスペック。それで十分だ。動画編集なんていう、俺に才能のない分野は最初から潔く切り捨てているから、4K動画をヌルヌル動かすようなモンスターマシンはいらない。
それはスマホにしても同じだ。新調したいという欲求がないわけではない。だが、最新のカタログを眺めても、今の相棒より魅力的に映るものがなかなか見つからない。確かに画面は高精細になり、カメラの画素数も上がっただろう。だが、現状の型落ちのスマホであっても、俺は現在のようなクオリティの作品を生み出し続けている。俺のコンテンツの心臓部、特に画像生成や音楽制作の多くは、この数年前のスマホを使って更新されている。自分の勝手なエゴと言われればそれまでだが、こいつには俺の情熱が、指先の脂と共に染み付いている。思い入れが強すぎるのだ。
ここで、一つハッキリさせておこう。世の中には、ドヤ顔で「俺のパソコンは最高スペックだ」と自慢して回るバカが多すぎる。100万円近いマシンを買い込み、ベンチマークのスコアをSNSにアップして満足している連中。だが、その中身を見てみればどうだ。システムの深い知識もなく、そのマシンの能力を1%も引き出せていない。ただネットを見て、動画を垂れ流すだけにそのモンスターマシンを使っている。宝の持ち腐れ。豚に真珠。猫に小判。お前のパソコンは、その持て余した能力を発揮できずに、筐体の中で泣いているぞ。そのマシンの悲鳴が俺には聞こえる。
「俺を見てみろ。化石級のスペックや数年前のスマホであろうが、これだけのコンテンツを作成している」
昔から「弘法筆を選ばず」とはよく言ったものだ。どんな環境であっても、俺のようなキチガイ的なアイデアや閃きを持った人間であれば、ハードウェアの障壁など大した問題ではない。スペックを言い訳にする奴は、最初から「表現したいこと」を持っていないだけだ。道具さえ揃えれば、魔法のように何かが作れると勘違いしている。滑稽極まりない。
俺の行動指針は、いつだってシンプルだ。
「やりたいことだけやれ」
「あれこれ考えずに、まず手を動かせ」
「計画なんか立てずに行動しろ」
この3つさえ心に刻んでおけば、たとえ手元にあるのが石ころ一つであっても、世界を動かす火種を作ることだってできる。スペックなんてものは、その火種を少し大きくするだけの道具に過ぎない。
綿棒に無水エタノールを浸し、汚れで曇った端子を丁寧に磨く。武士が戦場で折れた刀を研ぎ直し、目釘を打ち替えるような感覚だ。俺たちは、最新の武器を買い漁ることよりも、今ある武器をいかに研ぎ澄ませ、いかに自分の手足のように動かすかに命を懸けてきた。
メンテナンスを終え、慎重に裏蓋を閉じ、ネジを締めていく。そして、祈るような気持ちで電源ボタンを押した。しばらくの沈黙。ファンの乾いた回転音が響き、黒い画面に白いコマンドラインの文字が走り始める。システムが立ち上がる。
「……よし。まだ行けるな」
原因不明のエラーは、いずれまた顔を出すだろう。OSが悲鳴を上げ、ハードウェアが物理的な寿命を告げる日も、そう遠くはない。だが、その最後の一瞬まで、俺はこの老兵を使い倒してやる。引き際の美学とは、単に潔く捨てることだけではない。使い古した道具に、自分の魂が完全に乗り移るまで、共に地獄を歩み抜くことだ。
俺には、高価な最新兵器など必要ない。不自由な環境、限られたリソース。その中で、どうやって限界を突破し、誰も見たことのない景色を見せるか。それこそが、俺という人間の真骨頂なのだから。
事務所の窓の外では、大阪の街が相変わらず騒々しく動いている。人々は流行を追い、新しいものを手に入れることで、自分の中の空っぽな穴を埋めようとしている。だが、俺は違う。この研ぎ澄まされた老兵と共に、再び電脳の海へとダイブする準備を整える。
「計画なんざ、いらねえんだよ。動けばいいんだ」
俺は起動したばかりの、少し暗い画面を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。明日、このPCが煙を吹いて止まったとしても、俺は後悔しない。その瞬間まで、俺は俺のやりたいことを、俺のやり方で、この老兵と共にやり遂げるだけだ。
肉体的な限界、精神的な摩耗。そんなものは滋養をつけ、精力アップに繋がるトレーニングをすればいい。だが、この古びた相棒だけは、俺の指先が動く限り、その回路を焼き切ってでも俺の意志を世界へと繋ぎ続けるだろう。
「さあ、戦いを続けようか」
俺はキーボードを叩き始めた。古い打鍵音が、事務所の静寂を心地よく切り裂いていく。この音が鳴り止むその時まで、俺のロスタイムは終わらない。
第123話、完。
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