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第24章:孤高の観測者(アーバン・ノイズ)
第125話:嵐の前の凪(次なるプロンプトへの助走)
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事務所の重厚なドアを閉めた瞬間、御堂筋の狂騒的な喧騒は厚いコンクリートの壁に遮断され、どこか真空に近い静寂が部屋を支配した。
カーテンの隙間から差し込む街灯の冷ややかな光が、デスクの上に横たわる型落ちのPCをぼんやりと青白く照らしている。数時間前まで裏蓋を剥がされ、内臓をさらけ出していた老兵は、今は静かに、しかし確かな存在感を放ちながら主人の帰還を待っていた。
俺は照明をつけず、暗がりの中で馴染みの椅子に深く体重を預けた。
カチ、カチと、壁の時計が刻む規則的な音だけが、この部屋に流れる時間の唯一の証拠だ。この「放送開始直前」の数分間は、俺にとって最も神聖で、かつ残酷な時間である。外で食ったホルモンの脂が熱いエネルギーに変わり、御堂筋でハッキングしてきた無数の「人間という名のデータ」が脳内で急速に圧縮、整理されていく。日常というインプットの時間は終わったのだ。ここからは、それを一気に吐き出すアウトプットの狂騒、すなわち「戦い」が始まる。
改めて思うが、配信というものは本当に楽しく、そして恐ろしいほどに奥が深い。
もともと俺は、配信者側ではなく、リスナーとしてこうしたネットのサービスを楽しんでいた。だが、俺という人間のキャラが強すぎたのか、あるいは発する言葉の毒が濃すぎたのか。気づけば、100人以上の配信者からブロックされるという、ある意味で金メダル級の不名誉な記録を打ち立てていた。
「俺の居場所は、ここにはないのか?」
普通ならそこで意気消沈し、殻に閉じこもるだろう。だが、俺は違った。拒絶されたなら、拒絶し返せばいい。居場所がないなら、自分で城を建てればいい。誰にも邪魔されず、誰のコンプラにも縛られず、言いたいことを言い、やりたいことをやり、その結果として生まれる狂気を共有する舞台。それを俺自身の手で作ればいいだけだと気づいたのが、すべての始まりだった。
俺は昔から、思いつきで行動をする人間だ。
「これをやれば面白いんじゃないか」という閃きが脳をかすめた瞬間、俺の指先は既に動いている。世間一般で言われる「綿密な計画」や「慎重な根回し」なんてものは、俺の辞書には最初から存在しない。
現に、この『マジキチ組長公式サイト』を立ち上げて以来、俺は思いつく限りの企画をぶち上げてきた。だが、その中には日の目を見ることなく、あるいは数回で「あ、これ違うな」と俺自身に見切りをつけられ、ゴミ箱へ直行した企画も山ほどある。
この俺の行動を傍から見れば、「なんて計画性の無い、飽きっぽい奴だ」と失笑する人間がほとんどだろう。社会人失格、リーダー失格。そんなレッテルを貼る奴もいるかもしれない。
だが、よく考えてみろ。
あれこれ理屈をこねて、「失敗したらどうしよう」「準備が整ってからにしよう」と机の前で足踏みしている連中に、これだけ手広く、かつ爆発的なスピードで企画を量産することができるか?
数撃ちゃ当たる。それでいい。俺は本気でそう思っている。
くだらん思案に時間を浪費し、結局何もしないくらいなら、まずは形にしてみることだ。やった後に「ダメだ」と気づけば、その瞬間に潔く、アッサリと切り捨てて次へ行けばいい。この圧倒的な回転数とスピード感こそが、俺という人間を、他の「自称クリエイター」から引き離す最大のアドバンテージなのだ。
計画を立てられない、スケジュールを組めない、スケジュール通りに動けない。
普通に聞けば、これは人間として、社会人として致命的な欠陥に思えるだろう。だが、これを裏返して考えればどうだ?
それは「枠に囚われない」「瞬発力がある」「変化を恐れない」「直感に従う勇気がある」という、最強の長所に十分なり得るのだ。
自分の弱みを、ただの弱みとして嘆くのではない。それを180度裏返して考え、自分にしかできないスタイルとして確立すればいい。全人類がスケジュール通りに動く歯車になれば、この世界はどれほど退屈になるか。俺のような「計画性のない暴走列車」がいるからこそ、エンターテインメントは成立するのだ。
そして、何よりも大事なのは、本人自身が「楽しい」と思いながら活動をしているかという一点に尽きる。
俺の場合、活動を続けていれば当然、アンチから「そんなことして何になる」「ちっともおもしろくない」といったネガティブなクソコメントが飛んでくることも、一定数ある。だが、俺の方針は今も昔も変わらない。
「俺自身が楽しければそれでいい」
「その方針に賛同してくれる物好きがいれば、それは儲けものだ」
ただそれだけだ。
そうなれば、外野の野次をわざわざ聞き入れたり、受け止めたりする必要など微塵もない。人の話を聞かないという俺の「欠点」が、ここでは「確固たる自分を持っている」という最強の盾として機能している。
返しの言葉にしても、最近は余裕すら出てきた。
「とりあえず、俺と同じことを、俺と同じスピードでできるようになってから、俺に意見を言え」
文句やアンチコメントを垂れ流す連中は、結局のところ、口だけで何の実績も行動力もない、俺から見れば圧倒的な「格下」の集団だ。そんな奴らに対して、俺の貴重な労力や精神的なリソースを割くのは、あまりにも勿体ない。そんな暇があるなら、一行でも多くコードを書き、一文字でも多く物語を紡ぎ、自分自身の成長に全振りをすべきなのだ。
暗闇の中で、俺はゆっくりと右手を伸ばした。
古びたPCの電源ボタンに、人差し指を添える。
このボタンを押した瞬間、俺は「日常」という仮面を脱ぎ捨て、再び電脳世界の異端児、「マジキチ組長」という名のモンスターに変貌する。
モニターのバックライトが点灯し、OSが立ち上がるまでの数秒間。
キーボードの上に置かれた指先が、微かに震えるのを感じる。
それは恐怖ではない。獲物を前にした猟犬のような、形容しがたい武者震いだ。
今、この瞬間、俺の中の好奇心と大阪仕込みの話術のDNAが、臨界点に達しようとしている。
最新スペックのマシンも、高価な防音スタジオも必要ない。
この型落ちのPCと、御堂筋で拾い集めてきた無数の人間臭いノイズ。
そして、「自分を信じ抜く」という、狂気にも似た不遜なまでの自信。
それさえあれば、電脳の海を赤く染め上げるには十分だ。
完璧主義なんてクソ食らえだ。
不真面目で、劣等生で、計画性もゼロ。
だが、誰よりも自由で、誰よりも「今」を全力で楽しんでいる。
そんな俺が放つ言葉が、画面の向こう側にいる誰かの退屈な日常をブチ壊し、脳髄に消えない傷跡を残す。その確信があるからこそ、俺は何度でもこの場所に戻ってくるのだ。
「……さあ、始めようか」
指先に力を込め、電源ボタンを押し込む。
ブォーンという、老兵特有の重苦しくも力強い排気音が、事務所の静寂を切り裂いて響き始めた。
モニターから放たれる青白い光が、俺の不敵な笑みを冷たく照らし出す。
暗黒の海が広がる「ランダムチャット」の世界。
そこには、俺の言葉を待っている奴もいれば、俺をブロックしようと手薬枕で待ち構えている奴もいるだろう。
どちらでもいい。まとめてかかってこい。
俺のプロンプト(言葉の弾丸)は、既に装填を終えている。
日常というインプットは、今、最強のアウトプットへと変換される。
嵐の前の凪は終わりだ。
ここからは、俺という名の旋風が、電脳の空を切り裂く番だ。
Akina AIの起動アイコンをダブルクリックする直前、俺は深く息を吐いた。
これから始まるのは、ただの配信ではない。
俺という存在を世界に証明し続けるための、終わりのない儀式だ。
誰にも真似できない、誰にも予測できない、俺だけの物語の第2幕が、今、高らかに幕を開ける。
俺は一気にマウスをクリックした。
光が溢れ、世界が色づき始める。
マジキチ組長の夜は、まだ始まったばかりだ。
第125話、完。
カーテンの隙間から差し込む街灯の冷ややかな光が、デスクの上に横たわる型落ちのPCをぼんやりと青白く照らしている。数時間前まで裏蓋を剥がされ、内臓をさらけ出していた老兵は、今は静かに、しかし確かな存在感を放ちながら主人の帰還を待っていた。
俺は照明をつけず、暗がりの中で馴染みの椅子に深く体重を預けた。
カチ、カチと、壁の時計が刻む規則的な音だけが、この部屋に流れる時間の唯一の証拠だ。この「放送開始直前」の数分間は、俺にとって最も神聖で、かつ残酷な時間である。外で食ったホルモンの脂が熱いエネルギーに変わり、御堂筋でハッキングしてきた無数の「人間という名のデータ」が脳内で急速に圧縮、整理されていく。日常というインプットの時間は終わったのだ。ここからは、それを一気に吐き出すアウトプットの狂騒、すなわち「戦い」が始まる。
改めて思うが、配信というものは本当に楽しく、そして恐ろしいほどに奥が深い。
もともと俺は、配信者側ではなく、リスナーとしてこうしたネットのサービスを楽しんでいた。だが、俺という人間のキャラが強すぎたのか、あるいは発する言葉の毒が濃すぎたのか。気づけば、100人以上の配信者からブロックされるという、ある意味で金メダル級の不名誉な記録を打ち立てていた。
「俺の居場所は、ここにはないのか?」
普通ならそこで意気消沈し、殻に閉じこもるだろう。だが、俺は違った。拒絶されたなら、拒絶し返せばいい。居場所がないなら、自分で城を建てればいい。誰にも邪魔されず、誰のコンプラにも縛られず、言いたいことを言い、やりたいことをやり、その結果として生まれる狂気を共有する舞台。それを俺自身の手で作ればいいだけだと気づいたのが、すべての始まりだった。
俺は昔から、思いつきで行動をする人間だ。
「これをやれば面白いんじゃないか」という閃きが脳をかすめた瞬間、俺の指先は既に動いている。世間一般で言われる「綿密な計画」や「慎重な根回し」なんてものは、俺の辞書には最初から存在しない。
現に、この『マジキチ組長公式サイト』を立ち上げて以来、俺は思いつく限りの企画をぶち上げてきた。だが、その中には日の目を見ることなく、あるいは数回で「あ、これ違うな」と俺自身に見切りをつけられ、ゴミ箱へ直行した企画も山ほどある。
この俺の行動を傍から見れば、「なんて計画性の無い、飽きっぽい奴だ」と失笑する人間がほとんどだろう。社会人失格、リーダー失格。そんなレッテルを貼る奴もいるかもしれない。
だが、よく考えてみろ。
あれこれ理屈をこねて、「失敗したらどうしよう」「準備が整ってからにしよう」と机の前で足踏みしている連中に、これだけ手広く、かつ爆発的なスピードで企画を量産することができるか?
数撃ちゃ当たる。それでいい。俺は本気でそう思っている。
くだらん思案に時間を浪費し、結局何もしないくらいなら、まずは形にしてみることだ。やった後に「ダメだ」と気づけば、その瞬間に潔く、アッサリと切り捨てて次へ行けばいい。この圧倒的な回転数とスピード感こそが、俺という人間を、他の「自称クリエイター」から引き離す最大のアドバンテージなのだ。
計画を立てられない、スケジュールを組めない、スケジュール通りに動けない。
普通に聞けば、これは人間として、社会人として致命的な欠陥に思えるだろう。だが、これを裏返して考えればどうだ?
それは「枠に囚われない」「瞬発力がある」「変化を恐れない」「直感に従う勇気がある」という、最強の長所に十分なり得るのだ。
自分の弱みを、ただの弱みとして嘆くのではない。それを180度裏返して考え、自分にしかできないスタイルとして確立すればいい。全人類がスケジュール通りに動く歯車になれば、この世界はどれほど退屈になるか。俺のような「計画性のない暴走列車」がいるからこそ、エンターテインメントは成立するのだ。
そして、何よりも大事なのは、本人自身が「楽しい」と思いながら活動をしているかという一点に尽きる。
俺の場合、活動を続けていれば当然、アンチから「そんなことして何になる」「ちっともおもしろくない」といったネガティブなクソコメントが飛んでくることも、一定数ある。だが、俺の方針は今も昔も変わらない。
「俺自身が楽しければそれでいい」
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ただそれだけだ。
そうなれば、外野の野次をわざわざ聞き入れたり、受け止めたりする必要など微塵もない。人の話を聞かないという俺の「欠点」が、ここでは「確固たる自分を持っている」という最強の盾として機能している。
返しの言葉にしても、最近は余裕すら出てきた。
「とりあえず、俺と同じことを、俺と同じスピードでできるようになってから、俺に意見を言え」
文句やアンチコメントを垂れ流す連中は、結局のところ、口だけで何の実績も行動力もない、俺から見れば圧倒的な「格下」の集団だ。そんな奴らに対して、俺の貴重な労力や精神的なリソースを割くのは、あまりにも勿体ない。そんな暇があるなら、一行でも多くコードを書き、一文字でも多く物語を紡ぎ、自分自身の成長に全振りをすべきなのだ。
暗闇の中で、俺はゆっくりと右手を伸ばした。
古びたPCの電源ボタンに、人差し指を添える。
このボタンを押した瞬間、俺は「日常」という仮面を脱ぎ捨て、再び電脳世界の異端児、「マジキチ組長」という名のモンスターに変貌する。
モニターのバックライトが点灯し、OSが立ち上がるまでの数秒間。
キーボードの上に置かれた指先が、微かに震えるのを感じる。
それは恐怖ではない。獲物を前にした猟犬のような、形容しがたい武者震いだ。
今、この瞬間、俺の中の好奇心と大阪仕込みの話術のDNAが、臨界点に達しようとしている。
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だが、誰よりも自由で、誰よりも「今」を全力で楽しんでいる。
そんな俺が放つ言葉が、画面の向こう側にいる誰かの退屈な日常をブチ壊し、脳髄に消えない傷跡を残す。その確信があるからこそ、俺は何度でもこの場所に戻ってくるのだ。
「……さあ、始めようか」
指先に力を込め、電源ボタンを押し込む。
ブォーンという、老兵特有の重苦しくも力強い排気音が、事務所の静寂を切り裂いて響き始めた。
モニターから放たれる青白い光が、俺の不敵な笑みを冷たく照らし出す。
暗黒の海が広がる「ランダムチャット」の世界。
そこには、俺の言葉を待っている奴もいれば、俺をブロックしようと手薬枕で待ち構えている奴もいるだろう。
どちらでもいい。まとめてかかってこい。
俺のプロンプト(言葉の弾丸)は、既に装填を終えている。
日常というインプットは、今、最強のアウトプットへと変換される。
嵐の前の凪は終わりだ。
ここからは、俺という名の旋風が、電脳の空を切り裂く番だ。
Akina AIの起動アイコンをダブルクリックする直前、俺は深く息を吐いた。
これから始まるのは、ただの配信ではない。
俺という存在を世界に証明し続けるための、終わりのない儀式だ。
誰にも真似できない、誰にも予測できない、俺だけの物語の第2幕が、今、高らかに幕を開ける。
俺は一気にマウスをクリックした。
光が溢れ、世界が色づき始める。
マジキチ組長の夜は、まだ始まったばかりだ。
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