マジキチ組長一代記 ~半分は狂気、半分は真実~

マジキチ組長

文字の大きさ
126 / 132
第24章:孤高の観測者(アーバン・ノイズ)

第125話:嵐の前の凪(次なるプロンプトへの助走)

しおりを挟む
 事務所の重厚なドアを閉めた瞬間、御堂筋の狂騒的な喧騒は厚いコンクリートの壁に遮断され、どこか真空に近い静寂が部屋を支配した。
 カーテンの隙間から差し込む街灯の冷ややかな光が、デスクの上に横たわる型落ちのPCをぼんやりと青白く照らしている。数時間前まで裏蓋を剥がされ、内臓をさらけ出していた老兵は、今は静かに、しかし確かな存在感を放ちながら主人の帰還を待っていた。

 俺は照明をつけず、暗がりの中で馴染みの椅子に深く体重を預けた。
 カチ、カチと、壁の時計が刻む規則的な音だけが、この部屋に流れる時間の唯一の証拠だ。この「放送開始直前」の数分間は、俺にとって最も神聖で、かつ残酷な時間である。外で食ったホルモンの脂が熱いエネルギーに変わり、御堂筋でハッキングしてきた無数の「人間という名のデータ」が脳内で急速に圧縮、整理されていく。日常というインプットの時間は終わったのだ。ここからは、それを一気に吐き出すアウトプットの狂騒、すなわち「戦い」が始まる。

 改めて思うが、配信というものは本当に楽しく、そして恐ろしいほどに奥が深い。
 もともと俺は、配信者側ではなく、リスナーとしてこうしたネットのサービスを楽しんでいた。だが、俺という人間のキャラが強すぎたのか、あるいは発する言葉の毒が濃すぎたのか。気づけば、100人以上の配信者からブロックされるという、ある意味で金メダル級の不名誉な記録を打ち立てていた。

「俺の居場所は、ここにはないのか?」

 普通ならそこで意気消沈し、殻に閉じこもるだろう。だが、俺は違った。拒絶されたなら、拒絶し返せばいい。居場所がないなら、自分で城を建てればいい。誰にも邪魔されず、誰のコンプラにも縛られず、言いたいことを言い、やりたいことをやり、その結果として生まれる狂気を共有する舞台。それを俺自身の手で作ればいいだけだと気づいたのが、すべての始まりだった。

 俺は昔から、思いつきで行動をする人間だ。
「これをやれば面白いんじゃないか」という閃きが脳をかすめた瞬間、俺の指先は既に動いている。世間一般で言われる「綿密な計画」や「慎重な根回し」なんてものは、俺の辞書には最初から存在しない。
 現に、この『マジキチ組長公式サイト』を立ち上げて以来、俺は思いつく限りの企画をぶち上げてきた。だが、その中には日の目を見ることなく、あるいは数回で「あ、これ違うな」と俺自身に見切りをつけられ、ゴミ箱へ直行した企画も山ほどある。

 この俺の行動を傍から見れば、「なんて計画性の無い、飽きっぽい奴だ」と失笑する人間がほとんどだろう。社会人失格、リーダー失格。そんなレッテルを貼る奴もいるかもしれない。
 だが、よく考えてみろ。
 あれこれ理屈をこねて、「失敗したらどうしよう」「準備が整ってからにしよう」と机の前で足踏みしている連中に、これだけ手広く、かつ爆発的なスピードで企画を量産することができるか?
 数撃ちゃ当たる。それでいい。俺は本気でそう思っている。
 くだらん思案に時間を浪費し、結局何もしないくらいなら、まずは形にしてみることだ。やった後に「ダメだ」と気づけば、その瞬間に潔く、アッサリと切り捨てて次へ行けばいい。この圧倒的な回転数とスピード感こそが、俺という人間を、他の「自称クリエイター」から引き離す最大のアドバンテージなのだ。

 計画を立てられない、スケジュールを組めない、スケジュール通りに動けない。
 普通に聞けば、これは人間として、社会人として致命的な欠陥に思えるだろう。だが、これを裏返して考えればどうだ?
 それは「枠に囚われない」「瞬発力がある」「変化を恐れない」「直感に従う勇気がある」という、最強の長所に十分なり得るのだ。
 自分の弱みを、ただの弱みとして嘆くのではない。それを180度裏返して考え、自分にしかできないスタイルとして確立すればいい。全人類がスケジュール通りに動く歯車になれば、この世界はどれほど退屈になるか。俺のような「計画性のない暴走列車」がいるからこそ、エンターテインメントは成立するのだ。

 そして、何よりも大事なのは、本人自身が「楽しい」と思いながら活動をしているかという一点に尽きる。
 俺の場合、活動を続けていれば当然、アンチから「そんなことして何になる」「ちっともおもしろくない」といったネガティブなクソコメントが飛んでくることも、一定数ある。だが、俺の方針は今も昔も変わらない。

「俺自身が楽しければそれでいい」
「その方針に賛同してくれる物好きがいれば、それは儲けものだ」

 ただそれだけだ。
 そうなれば、外野の野次をわざわざ聞き入れたり、受け止めたりする必要など微塵もない。人の話を聞かないという俺の「欠点」が、ここでは「確固たる自分を持っている」という最強の盾として機能している。

 返しの言葉にしても、最近は余裕すら出てきた。

「とりあえず、俺と同じことを、俺と同じスピードでできるようになってから、俺に意見を言え」

 文句やアンチコメントを垂れ流す連中は、結局のところ、口だけで何の実績も行動力もない、俺から見れば圧倒的な「格下」の集団だ。そんな奴らに対して、俺の貴重な労力や精神的なリソースを割くのは、あまりにも勿体ない。そんな暇があるなら、一行でも多くコードを書き、一文字でも多く物語を紡ぎ、自分自身の成長に全振りをすべきなのだ。

 暗闇の中で、俺はゆっくりと右手を伸ばした。
 古びたPCの電源ボタンに、人差し指を添える。
 このボタンを押した瞬間、俺は「日常」という仮面を脱ぎ捨て、再び電脳世界の異端児、「マジキチ組長」という名のモンスターに変貌する。
 モニターのバックライトが点灯し、OSが立ち上がるまでの数秒間。
 キーボードの上に置かれた指先が、微かに震えるのを感じる。
 それは恐怖ではない。獲物を前にした猟犬のような、形容しがたい武者震いだ。
 今、この瞬間、俺の中の好奇心と大阪仕込みの話術のDNAが、臨界点に達しようとしている。

 最新スペックのマシンも、高価な防音スタジオも必要ない。
 この型落ちのPCと、御堂筋で拾い集めてきた無数の人間臭いノイズ。
 そして、「自分を信じ抜く」という、狂気にも似た不遜なまでの自信。
 それさえあれば、電脳の海を赤く染め上げるには十分だ。

 完璧主義なんてクソ食らえだ。
 不真面目で、劣等生で、計画性もゼロ。
 だが、誰よりも自由で、誰よりも「今」を全力で楽しんでいる。
 そんな俺が放つ言葉が、画面の向こう側にいる誰かの退屈な日常をブチ壊し、脳髄に消えない傷跡を残す。その確信があるからこそ、俺は何度でもこの場所に戻ってくるのだ。

「……さあ、始めようか」

 指先に力を込め、電源ボタンを押し込む。
 ブォーンという、老兵特有の重苦しくも力強い排気音が、事務所の静寂を切り裂いて響き始めた。
 モニターから放たれる青白い光が、俺の不敵な笑みを冷たく照らし出す。
 暗黒の海が広がる「ランダムチャット」の世界。
 そこには、俺の言葉を待っている奴もいれば、俺をブロックしようと手薬枕で待ち構えている奴もいるだろう。
 どちらでもいい。まとめてかかってこい。
 俺のプロンプト(言葉の弾丸)は、既に装填を終えている。

 日常というインプットは、今、最強のアウトプットへと変換される。
 嵐の前の凪は終わりだ。
 ここからは、俺という名の旋風が、電脳の空を切り裂く番だ。

 Akina AIの起動アイコンをダブルクリックする直前、俺は深く息を吐いた。
 これから始まるのは、ただの配信ではない。
 俺という存在を世界に証明し続けるための、終わりのない儀式だ。
 誰にも真似できない、誰にも予測できない、俺だけの物語の第2幕が、今、高らかに幕を開ける。

 俺は一気にマウスをクリックした。
 光が溢れ、世界が色づき始める。
 マジキチ組長の夜は、まだ始まったばかりだ。

 第125話、完。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

処理中です...