タイムトラベラーレイジ ~螺旋の刻を穿つ~

マジキチ組長

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第1章:始動 - 錆びついた時の中で

第2話:鏡の向こうの青い空

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 上空で、巨大な金属が擦れ合う悲鳴が上がった。見上げれば、空を覆い尽くす真鍮色の歯車が、一瞬だけ逆回転を始めている。それは、この領域の「時間」が、外部からの力によって強引に上書きされようとしている予兆だった。

「チッ、もう嗅ぎつけられたか!」

 レイジは銀鏡を抱え、崩落したビルの影へと飛び込んだ。直後、彼が先ほどまでいた場所に、真紅のレーザーが降り注ぐ。爆発音はない。ただ、照射された瓦礫が「数百年分の風化」を瞬時に強制され、砂となって崩れ落ちた。

 瓦礫の煙の向こうから、音もなく降下してきたのは三体の異形。刻限管理局の自律執行官「クロノ・センチネル」。細長い手足、昆虫のような関節、そして顔に当たる部分には巨大な時計の文字盤が一つ。針が刻むカチカチという冷徹な音が、静寂に沈んでいた「ヨミ・ノ・ソコ」に、死の秒読みのように響き渡る。

『――レイジ、止まらないで。三秒後に左の壁が崩れる。そこを抜けて!』

 背嚢(バックパック)に固定した鏡の中から、凛とした少女の声が鼓動に直接届いた。レイジは疑うよりも先に身体を動かす。彼女の言葉通り、三秒後、センチネルの狙撃によって古いレンガ壁が崩落し、新たな道が生まれた。

「あんた、未来が見えてるのか!」
『正確には、確定した演算結果を読み取っているだけ。……来るわ、逃げ場を塞がれる!』

 路地を抜けた先は大通りだったが、そこには既に二体のセンチネルが待ち構えていた。前後を挟まれ、逃げ道はない。執行官たちの顔面にある文字盤が激しく回転し、周囲の空間が重く、粘り気のある色に染まっていく。管理局の得意技「時間停止拘束(タイム・アンカー)」だ。これを受ければ、レイジという存在そのものが、永久に静止した彫像に固定されてしまう。

「……ハッ、演算結果ってやつに、これは入ってるかよ?」

 レイジは足を止め、背中の巨大な「針」――大剣クロノ・ハンドの柄を握り締めた。彼が剣の鍔(つば)にある文字盤に指を触れると、心臓の鼓動が急激に速まり、全身を熱い衝撃が駆け抜けた。

「一秒を……俺に貸せ!」

 ドクン、という重低音が世界を震わせた。次の瞬間、視界から色が消えた。センチネルの動きが、そして空気中を舞う鉄の塵さえもが、スローモーションを通り越して「静止」する。レイジの「鼓動」だけが、この凍りついた世界の中で唯一、次の一秒を刻んでいた。

 一閃。レイジの身体が青い光の残像を残して弾ける。静止した空間の中で、彼は三体のセンチネルの動力源である「核」を、一息に斬り裂いた。時間が動き出したとき、背後で三つの爆破音が重なり、機械の残骸が火花を散らして崩れ落ちる。

「ガッ……、あ、ぐ……っ」

 勝利の余韻はない。レイジは剣を杖代わりに、その場に膝をついた。右腕が、陽炎のように激しく透けている。骨の感触さえ消えかかり、内側から存在を掻き消されるような凄まじい激痛が彼を襲った。存在の対価。時間を加速させた報いだ。

『レイジ! 供給機(フィード)を早く!』

 ミライの悲鳴に近い声に促され、彼は震える手でクロノ粒子の結晶を首筋のポートに叩き込んだ。青い閃光が血管を駆け巡り、消えかけていた身体が再び、現実の質感を取り戻していく。

「……ハァ、ハァ……。死ぬかと思ったぜ……」
『無理をさせすぎたわ。ごめんなさい……でも、今はここを離れて。地下へ』

 一時間後。追っ手を振り切り、地下鉄の廃駅の奥深くに逃げ込んだレイジは、ようやく人心地ついた。カビ臭い空気と沈黙。そこだけが、管理局の目から逃れられる唯一のシェルターだった。

 レイジは銀鏡を瓦礫の壁に立てかけ、その前に座り込んだ。鏡の中に映るミライは、煤けた自分とは対照的に、透き通るような白い肌と、抜けるような青い空を背負っていた。

「……さて。聞かせてもらおうか。あんた、何者だ?」

 ミライは鏡の向こうで、少しだけ寂しそうに微笑んだ。

『私はミライ。この世界を管理する塔「アーカーシャ」の最上層に囚われている、記憶の欠片のようなもの』
「塔の最上層? あそこは神様気取りの『管理局』の連中の巣窟だろうが」
『そうよ。彼らは、歴史を自分たちの都合の良いように書き換え続けている。不要だと判断された記憶や可能性を、この『ヨミ・ノ・ソコ』に捨てながらね。レイジ、あなたもその一人……。書き換えられた結果、居場所を失った「余剰」なの』

 レイジは自分の透けかかった左手を見た。あの日、世界が歪んだ「時震」。あれは管理局による大規模な歴史改変の衝撃波だった。自分の家族も、友人も、歩んできた人生も、すべては「なかったこと」に書き換えられた。

『私は、そんな歪んだ歴史を修正したい。この鏡に映る「青い空」は、嘘偽りのない、かつて存在した正しい世界の姿。これを取り戻すために、あなたの力が必要なの』
「俺に世界を救えってか? 笑わせるな。俺はただ、自分が消えねえために走ってるだけだ」

 レイジは皮肉めいた笑みを浮かべて背を向けようとした。だが、ミライの次の言葉が、彼の足を止めた。

『……あなたは、鏡に映る自分を見るのが怖いのよね? 自分の瞳の中に、もう「明日」を期待していない絶望が映っているから』

 図星だった。レイジは答えず、ただ拳を握り締めた。

『でも、私を助けてくれた時のあなたの鼓動は、まだ生きたいと叫んでいたわ。私を「アーカーシャ」の頂上まで連れて行って。そうすれば、あなたの失われた時間も、きっと取り戻せる』

 レイジはゆっくりと振り返り、鏡の中の少女を睨みつけた。少女の瞳は、真っ直ぐに彼を見つめている。その瞳に映る自分は、確かにまだ死んでいなかった。

「……取り戻せるんだな。俺の、今日を、明日を」
『約束するわ』

 遠く、地上で再びセンチネルの駆動音が響き始める。レイジは鏡を丁寧に布で包み、背嚢にしっかりと固定した。そして、重厚なクロノ・ハンドを肩に担ぎ上げる。

「いいだろう。どうせ止まれば消えるだけの命だ。塔のてっぺんまで、付き合ってやるよ」

 レイジは地下の暗闇を抜け、光の漏れる階段へと歩き出す。
 その足取りは、先ほどまでの逃亡者のものではなかった。運命という名の歯車を逆回転させるための、確かな一歩。

 孤独な旅人に、初めての「目的」が刻まれた瞬間だった。
 
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