偽りの悪女

チャイムン

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7.恋と罪に落ちて(クローディア十七歳)

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 その日から、クローディアとアレックス王子は情報を交換し続けた。
 あらぬ噂が立ってはいけないと、アレックス王子は
「私のことは『アリー』、君のことは『デックス』と呼び合おう」
 と提案してきた。どちらも、男女共に使われる愛称だ。
 二人は主に手紙のやりとりをしていたが、この夜の様に、ブラッツ・バッケスがオリヴィア・アリスターにつきっきりの時は、庭園で落ち合って話し合った。

 そしていつしか、二人の間には仲間や友情を超える感情が芽生えてしまった。
 クローディアはブラッツ・バッケスを婚約者として好ましく思っていたが、オリヴィアにかまけてこちらを蔑ろにする今では、すっかり気持ちが冷めてしまった。そしてアレックス王子にときめきを覚えるのだ。
 アレックス王子は、淑やかで穏やかなクローディアに惹かれていった。
 二人とも、決して口にも態度には出さないが、恋の妙で、お互いがお互いの心に気づいていた。
 そしてお互いを思って決して表に出ないように努めた。

 なんて恐れ多い思いなのだろう。

 クローディアは度々震えた。

 それでも二人は、調査を建前に逢瀬を重ねた。
 実際話す内容は調査の進捗のみだった。

 しかしそんな二人を見ている人影があった。

 オリヴィア・アリスターだった。

 それからひと月後のある夜会の席で、珍しくブラッツ・バッケスはクローディアの傍にいた。そんなブラッツ・バッケスを疎ましく感じてしまう自分を、クローディアは心の中で責めた。ブラッツ・バッケスから離れて、アレックス王子に会いたいと思っている自分を恥じた。

 突然、ブラッツ・バッケスはクローディアを突き飛ばした。
 よろけたクローディアは倒れこんだ。床に膝をついたままブラッツ・バッケスを見上げると、その傍らにオリヴィア・アリスターが寄り添っていた。

 ブラッツ・バッケスが下した言葉は、青天の霹靂だった。

「クローディア・オールディス、君との婚約を解消する」

 夜会に出席していた衆人はざわついた。

「君は可哀想なオリヴィアを虐待した」

 なんのこと?
 クローディアは呆然とした。
 最初に話しかけられた時以来、クローディアはオリヴィアと話したことすらなかった。

「君は私がオリヴィアに同情しているのに嫉妬して、オリヴィアを虐げた。失望したよ。君との婚約は破棄する」

 クローディアを誰かが助け起こした。ステファニー・ホーンだった。

「わたくしは信じません!!」
 凛としたステファニー・ホーンの声が会場に響いた。
「優しいクローディアが虐待ですって?ありえませんわ」
 きっとオリヴィア・アリスターを睨むステファニー・ホーン。オリヴィア・アリスターはブラッツ・バッケスの陰に隠れた。

「婚約破棄は国王陛下にも王太子殿下にも、お許しはいただいている」
 ブラッツ・バッケスは自信満々だ。
「待って」
 急にオリヴィア・アリスターは言葉をはさんだ。
「わたくしからクローディアに説明します。別室に二人きりにしてください」

 スキャンダルの気配にわいていた夜会の参加者の多くが、それでも違和感を感じたのはこの時だ。
 子爵家の娘ごときが侯爵家の娘を呼び捨てにしている。しかも虐待された相手と二人きりになるなんて。

 しかしオリヴィアの願いはすんなり受け入れられた。

 夜会のホールから離れた部屋に二人きりにされてすぐ、オリヴィア・アリスターは嫌な笑いを浮かべてクローディアに向き合った。

「わたくしね、アレックス王子と結婚したかったの」
 呆然としながらクローディアはその言葉を聞いた。
「でもね、母はバッケス辺境伯を手に入れなさいと命じたの。そうすれば商売がやりやすくなるからって」

 バッケス領は隣国の境界を守っている。
 商売?どういうこと?
 クローディアは混乱した。

「あなたは何もかもに邪魔なのよ。全部持っているくせに」
 オリヴィア・アリスターは、クローディアを責め立てた。

「ステファニーの親友で、ブラッツ・バッケスの婚約者で、しかもアレックス王子の心も手に入れた」
 くすっと笑うオリヴィア・アリスター。
「全部わたくしのものだったはずよ。あなたはそれを盗んだの」
「盗んだ…?」
「そうよ。わたくし、今まで欲しかったものは全部手に入れたわ。意地悪なステファニーからも、誰かに頼めば手に入れてくれたわ。手に入らなかったのはアレックス王子だけ…いいえ、いつか手に入れるわ。夫じゃなくても」

 クローディアの総身がぞうっと震えた。この人、何を言っているの?

「わたくしから盗んだのだから、あなたの婚約者をいただくわ。あなたは婚約者のある身で不貞を働いたのだから、何も言えないわよね」
 そう言ってオリヴィアは笑った。
「決してこのことは、誰にも言ってはいけないわ。と言っても…」
 オリヴィアは満面の笑みを浮かべていた。
「あなたは修道院に送られるのですって。お可哀想に」
 真っ青になったクローディアに追い打ちをかけるように、オリヴィアは続けた。
「いいこと?あなたはわたくしを虐待した罪人よ。一生ね。絶対にそれを貫いて。それがあなたの贖罪なのよ。いいわね?約束しなさい。決して真実を話さないと。口をつぐむと」

 クローディアはくずおれた。
 オリヴィアは笑いながら去って行った。

 しばらくしてクローディアの侍女が彼女を探しに来たが、クローディアの力は抜けたままだった。侍女とメイドに支えられながら帰宅したクローディアは、部屋に閉じこもった。

 その一週間後、クローディアに修道院行きの命が下された。

 クローディアは家人が抗議すると言うのを止めて、粛々と従った。

 修道院へ行くささやかな準備をしていると、「アリー」から手紙が来た。
 クローディアは封も開けず、使者に
「お持ち帰りください。今後はどうぞお気にかけずとお伝えくださいませ」
 と封書を持たせて返した。

 確かにわたくしの心は不貞をはたらいたのだわ。その罪ならばあがなわなけれなならないわ。

 クローディアは諦めきっていた。

「その二年後、新国王の恩赦でわたくしは修道院から戻ってきたの。修道院の生活は優しかったわ。わたくしに合っていたのね。そして…」
 クローディア叔母は過去に目を向けながら静かに話す。
「新国王はあの時の愚行、愚行と言って謝罪してくださったの。わたくしが修道院に行っている間にもアリーは探ってくださっていたのよ」
 アリーとは今の王太子の弟殿下だったのか。アレクサは目が開いた思いだった。
「あの時のわたくしの事実をきちんと晴らそうとおっしゃってくださったけど…」
 寂しそうに目を伏せるクローディア叔母。

「セルシオ・ジェフリーはもう亡くなっていたの。あの時わたくしが流されてしまったばかりに。弱かったせいで」
「クローディア叔母様のせいじゃないわ!」
 思わず口をだしていしまったアレクサを制するクローディア。

「わたくしの潔白を証明するには、明らかにしなければならないことが多すぎたの。前国王陛下に関することもあったし…それにはまだ証拠が不十分だったのよ」
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