偽りの悪女

チャイムン

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8.偶然で必然の再会

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「十五年経った今でも証拠は不十分なの。だから、あんな幕引きにするしかなかったの」
 ただ、クローディア・オールディスは潔白だった。それだけが公表された。
「バッケス辺境伯家はなぜか否定しなかったわ」
 それでよかったの。とクローディア叔母は呟いた。

「でもそのせいで我が家は未だに針の筵なの。ごめんなさい。全てを詳らかにするには、証拠が足りなすぎるのよ。そしてそれはとても危険なの。決してそのことには干渉しないで。お願い、アレクサ」

 アレクサはクローディア叔母の過去語りに、アレックス王子と調査した内容も、何を調査したのかも触れていなかったことに今更気づいた。

「叔母さま…」
 アレクサは更に追及するつもりだったが、クローディア叔母はそれを悟って制した。
「だめよ、アレクサ。あなたには申し訳ないけれど、これ以上お話しできないの。わかってとは言えないわ。ただ…」
 クローディア叔母の目から、新しい涙が零れ落ちた。
「決してバッケス辺境伯家にも、アリスター子爵家にも近づかないで。わたくしを責めるのならば、いくらでもなじっていいわ」

「わかりました。叔母さま…」
 静かに答えると、アレクサはクローディア叔母の隣に座り、彼女の手を握り肩に頭をもたせかけた。
「あなたは何も悪くないのよ。わたくしがいけないの。どうか耐えてね。本当にごめんなさい」

 そして少しアレクサの髪を撫でた。
「このお話をしたのは、誰が危険で誰が味方を知ってほしかったからなのよ」

 アレクサは握っていた手に少し力をこめた。
「心配なさらないで、叔母様。わたくしはお兄様と違いますわ。それに社交なんてどうでもいいの。デビューしたいのは、動物医になるために高等科を修めたいのが理由ですもの」
 明るく笑う。心からの笑だった。本当に社交なんて興味がない。
「わたくし、強いのですよ。下町での立ち回りをいせてさしあげたいわ」
「まあ、レキシー!!」
 クローディア叔母は慌てた。
「まさか危ないことをしないでしょうね?それだけが心配よ」
 アレクサは片手を上げて誓うように言った。
「決して危険には飛び込みません。わたくし、動物医になるんですもの」
 そして再び笑って見せた。
 クローディア叔母のレキシーでいる気分は、いつでも心地よかった。

 デビューの支度は怒涛のような忙しさだった。
 その翌日には、祖母が準備を進めていた、デビュタントの白いドレスの仮縫いのために仕立て屋が来た。
 母はその仕立て屋に、追加で何着物ドレスを注文し、他の仕立て屋も何軒も呼んで急ぎの注文をした。

 そんなにたくさんのドレスなんていらないわ。社交なんて興味ないもの。

 そういうアレクサを遮って、母は腹を括った顔で諭した。
「デビューするとなったら、今期は何件もの催しに顔を出さなくてはなりません。あなたは宰相の娘なのですよ。今年ばかりは多くの招待がくるでしょうし、我が家でも最低限の社交の催しをしなくてはなりません」
「夏の終わりには王立学園の試験があるのに…」
 不満げなアレクサの言葉に、母コートニーがびしっと言う。
「社交シーズンは盛夏前には終わります。あなたがデビューを求めてきたのですから、オールディス家の娘として社交をこなしなさい」

 なんてめんどうな…
 アレクサはそんな時間は本を読むか、街へ出て過ごしたかった。

 ドレスの采配は母に任せたかったが
「デビューした女性はもう成人です。成人して結婚を認められるのですから。ドレスや小物の采配は覚えなくてはなりません」
 と、母は厳しく指導してきた。
「今になって悔やまれます。短期で覚えてもらわなくてなりません」

 連日の煌びやかな物の連続で、アレクサは目が回る心地がした。

 ああ、めんどうだわ。

 今ではクローディア叔母と過ごす静かな時間も失われた。

 そんな日々を乗り越えて、準備は万端に調った。

 そしてデビューの日となった。
 夕方、王族に拝謁して、国王と王妃に言葉をかけてもらうのだ。
 その後、デビュタントの夜会となる。
 アレクサのパートナーであり付添人は、兄のフレデリクだった。

 デビュタントとして謁見の間に入ると、国王夫妻はアレクサに優しい言葉をかけた。

「オールディス侯爵令嬢アレクサ、あなたの成人を認める」
 柔らかい国王の言葉に、アレクサは膝を折った。
「可愛らしい方ね。夜会で孫のジェイムズと踊ってくださる?」
 意外な言葉にアレクサは驚きながらも
「喜んで」
 と答えた。
 ジェイムズ王子殿下は、国王の一番上の孫だ。そんな大切な方と、しかも王妃自らの頼みで躍るなんて。
 アレクサも驚いたが、謁見を待つ人々も驚いていた。空気がざわっと震えた。

「ジェイムズ、こんな可愛らしい令嬢と今夜最初に踊れるなんて、お前は果報者だな」
 国王まで言う。
 最初のダンスですって?
 驚いたが、アレクサは必死で冷静を装った。
「ちゃんとお相手を務めるのだぞ、ジェイムズ」
「はい。国王陛下」
 ジェイムズ王子が答えた。

 あら?
 アレクサは思った。
 ジェイムズ王子の声に、聞き覚えがある気がしてならない。

「では夜会でね。ジェイムズがお相手しますわ」
 王妃が告げる。

 ジェイムズがお相手する?
 どこからだろう?まさかデビュタントのダンスからではないだろう。その後のダンスからだろう。それにしてもファースト・ダンスからとは荷が重い。

 アレクサもフレデリクも、その場にいた者達もそう思った。

 しかし王妃の言葉は、そのままの意味だった。

 夜会の始まる少し前に、アレクサの控室にジェイムズ王子がやってきたのだ。

 アレクサは驚いた。
 ジェイムズ王子が今日のパートナーになることはもちろんだが、それよりもずっと驚いたことがある。

「レキシー」
 ジェイムズ王子がアレクサをそう呼んだ。
「ジムス!!」

 ジェイムズ王子は、アレクサが街歩きでよく一緒になるジムスという少年だった。アレクサより一歳年上だと言っていた。

 アレクサの愛犬のジムスは、三年前にジムスが
「家では飼えない」
 と言うので、アレクサが引き取ったのだ。

「謁見の間で君を見た時、思わず話しかけそうになったよ」
 ジムスは街の中の少年と同じ笑顔を浮かべていた。
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