偽りの悪女

チャイムン

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9.デビューの夜

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「驚いた!ジムスがジェイムズ王子だったなんて!」
「こっちこそ驚いたよ。レキシーがオールディス侯爵令嬢だったなんて」
 二人で笑い合った後、アレクサははっとした。

「御無礼をお許しくださいませ。王子殿下」

 言葉をただすとジェイムズ王子は慌てた。
「やめてよ、レキシー。今までの通りでいてくれ」
「そうはまいりません。ここは王城ですのよ?身分をわきまえませんと」
 ジェイムズ王子は力なく笑った。
「そうだね。いや、そうだな」
 そう言ってから、声をひそめて付け加えるように言った。
「街で会った時は、今まで通りで頼むよ」
 そして片目をつぶって見せた。アレクサはくすっと笑った。

「あと、こうやって二人で話す時も」
「ジムスとレキシーのままね?」
 二人で笑い合う。共犯者の愉快な笑いだ。

「ところで今の時間にいらっしゃったということは、最初からエスコートしてくださるの?」
「お祖父様がおっしゃっていただろう?それに」
 照れた笑いを浮かべるジェイムズ王子。
「レキシーかどうか、居ても立ってもいられなくて」
「レキシーじゃなかったら?」
「ご挨拶だけして、ダンスを待つつもりだった。でもレキシーなら話は別だ」

 そこでノックの音がした。
「はい、どうぞ」
 入ってきたのは、兄フレデリクと母コートニーだった。

「まあ!ジェイムズ王子殿下!!」
 驚きながらも礼をとる二人をジェイムズ王子が制する。

「そう畏まらないでいい。今夜の主役はデビュタントだ。私も花を添えさせていただくよ」
 まあ、立ち居振る舞いもしっかりしていらっしゃる。これがあのジムスなのかしら。
 アレクサは心の中で呟いた。

「と言うことは、まさかジェイムズ王子殿下がアレクサのエスコートをしてくださるのですか?」
 母コートニーが嬉しそうに問う。
 デビューの夜に王族の後ろ盾があれば、アレクサの立ち位置はよくなる。今後の社交にも有利になる。

「精いっぱい務めさせていただくよ」
 ジェイムズ王子の言葉に、母はうれしそうだが、兄の顔はまだ曇りが晴れない。

 もう、お兄様は本当に気が小さいのだから。

 アレクサは少し苛立った。

 夜会の始まりを知らせる鐘が鳴った。

「さあ、時間だ。行こう、アレクサ嬢」
 アレクサは余所行き顔で、ジェイムズ王子に手をあずけた。

 デビュタントのダンスは、滞りなく済んだ。
 今年は総勢三十人のデビューだった。

 そしてファースト・ダンスの曲が始まり、そこここでダンスが始まった。もちろん、アレクサはジェイムズ王子とファースト・ダンスを踊った。

 最初の一曲を踊り終わると、ジェイムズ王子はアレクサを壁側の椅子へと連れて行った。
 いくら国王と王妃が許したとはいえ、婚約もしていない男女が何曲も踊るのはマナー違反だ。
「飲み物を取ってくる」
 ジェイムズ王子がその場から一旦去った。

 すると一人の男性が近づいて来て、一枚の紙片をアレクサに渡した。
 紙片には、強そうな表情をしたブル・テリアが座っている絵が描かれていた。ブル・テリアの横には「私は優秀な番犬です」と書かれた看板があった。
「まあ、可愛い。ありがとう存じます」
 アレクサは男性に微笑みかけ、紙片を手持ちのチェーンのついたクラッチ・バッグに仕舞った。
 紙片をくれた男性は一瞬赤くなり、もじもじした。

 あら、変なの。わたくしよりも年上の方なのに、いたずらが見つかった男の子みたい。

 アレクサが首を傾げると、数人の男性が近づいて来て、次々と紙片を渡していった。

 なにかしら?

 それを確かめる暇もなく、ジェイムズ王子が戻ってきた。男性達は散って行った。

「あの人達はどうしたの?」
「これをくれたのよ」
 アレクサはブル・テリアの紙片を見せた。
「それで君はどうしたの?」
「お礼を申し上げたわ」
 途端に笑いだすジェイムズ王子。

「お行儀が悪いわ」
「君は社交では世間知らずだね。カードの意味はお母様に聞くといいよ」
「もう、意地悪ね」
 アレクサは紙片を仕舞った。

 そこへ長身の男性が近づいてきた。

「やあ、ジェイムズ。そちらの可愛らしい令嬢を紹介してくれないか」
「叔父上」
 アレクサははっとした。
 こちらが王太子殿下の弟君。アレックス王子殿下。
 つまり「デックスのアリー」だわ。

「こちらはオールディス侯爵令嬢アレクサ殿です。アレクサ嬢、こちらは私の叔父のアレックス」
「よろしく、アレクサ嬢。私と名前がお揃いですね」
 アレックス王子は気持ちの良い笑顔を向けた。
「私とも一曲踊っていただけませんか?」
 ダンスの誘いにアレクサは
「喜んで」
 と手を差し出した。

 二人は舞踏場へと滑るように進んで行き、踊った。
 アレックス王子はダンスがうまく、アレクサはゆったりとした気持ちで躍れた。

 このアレックス王子は、今三十五歳だが独身だ。
 クローディア叔母から事情を聞いてからは、彼女に心を捧げているからという、ロマンティックな理由であってほしいと思う。
 しかし、これまで何度も縁談はあったのだ。
 あったが、まとまりかけてはいつも破談になっていた。
 中には隣国の王女との縁談もあり、こればかりはまとまるだろうと誰もが思った。
 しかし、その縁談も他のものと同じように先様の都合で破談に終わったのだ。

「あなたと踊っていると」
 ふとアレックス王子は話しかけてきた。
「十数年前のダンスを思い出します。庭園で、漏れ聞こえる音楽で躍ったのです」
 相手はクローディア叔母だろうか。
「まあ、庭園でのダンスなんて素敵な思い出ですわね」
 アレックス王子は少し黙ってから、意を決したように話した。
「月も星も、誰も我々を見ていませんでした。空には雲が厚くかかり、我々を隠すかのようでした。そんな中で、私は月とも星とも言える人と踊ったのです。その人とはそれが最初で最後のダンスでした」
 クローディア叔母はこの人の心にまだ強く息づいている。アレクサは嬉しくなった。

 アレックス王子とのダンスが終わると、元の場所にはジェイムズ王子と両親と兄が揃っていた。
 それぞれがジェイムズ王子とアレックス王子に礼を述べた。

「さあ、アレクサ。帰る時間ですよ」
 母が告げる。
 まだ早い時刻だが、アレクサは従った。

 別れの挨拶をして、王宮を辞した。

 ああ、アレックス王子のお話、クローディア叔母様に話すべきかしら?

 アレクサの心は迷っていた。
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