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10.エスコート・カードと招待状
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アレクサの社交界デビューは、概ね成功をおさめた。
王族が後ろ盾になってくれたことは、大きな利点だ。
ジムスとの再会は驚いたが。
帰ってからアレクサ達は居間で一休みした。夜会から帰るに早い時間だが、家族達はいつもこんな時間で切り上げるらしい。お茶をいただきながら、ほっとした顔をしている。今夜は母も疲れ切っていない。
「本当に国王陛下のおかげで、今夜は少しすごしやすかったわ。どの方もアレクサとジェイムズ王子殿下に興味津々で」
母から笑みさえこぼれた。
そういえば。
ふと思い出した。
殿方がくださった紙片のことを、母に聞けとジムスは言った。
細い鎖の持ち手がついた夜会用の小さなバッグから、アレクサはその紙片をざざっとテーブルに落とした。
「お母様、これはなんですか?」
尋ねると母は、紙片を手に取って読んた。
「あら、これはエスコート・カードよ。ほら」
母コートニーが指し示す文字を読むと、そこには
「美しいご令嬢へ。今夜、ご自宅までお送りしてもよろしいですか」
の隣に
「はい」「いいえ」
の文字が見える。
「お相手が決まっていない殿方が、出会いのきっかけにするために配るのよ。また流行りはじめたのね。わたくしの若い頃にも、少しの間流行ったわ」
次々と目を通していく。アレクサもブル・テリアの紙片以外よく見ていないので、確認をしていった。
大抵は文字だけで、いくつかは絵が描かれていた。
誘い文句に返信用の言葉、そしてその紙片を渡した者の名前が書いてあった。
「これはちょっと下品ね。どんなつもりでいるのかしら」
母が咎めたそのカードには
「月の下でお話ししませんか」
という誘い文句が書かれていた。
他にも
「私をダンスの予定に入れてください」
「私が護衛になりましょうか?」
などといったものがあった。
中には名前の下に
「備考:当家資産多し」
などと書かれたものがあった。
「呆れた、アレクサったら、こんなにたくさんのカードを受け取るなんて」
「知らないうちに袖や肩に置かれていたおのもあるのよ。夜会に出る殿方は、気配を消すのが上手ね」
「あなたが油断していたのですよ。もう…」
母はため息をついた。
「これからは持ち帰ってはいけませんよ」
「はい。わかりました」
「きっとアレクサがお相手がいないことは知れ渡っていますから、からかったのも多いでしょうね」
母はため息をついた。
ああ、だからブル・テリアの紙片の方は、わたくしが素直に受け取ってお礼を言ったので、あんな風に決まり悪いような感じになったのね。どれどれ、名前は?
紙片には
「リーカー伯爵家ブロン」
と書かれていた。
とんだ番犬だわ。
アレクサは笑った。
わたくしを軽んじていたのでしょうね。全部拝見してお名前を憶えなきゃ。
アレクサはエスコート・カードを回収した。
「アレクサ?それをどうするの?」
尋ねる母に答えた。
「お名前を覚えるのです」
「覚えてどうするんです?」
「わたくしを軽んじたことを反省させてやりますわ」
と言って笑うアレクサに
「もう!アレクサときたら…」
母も笑った。
翌日はアレクサに、たくさんの招待状が届いた。
「このご招待状の多くは、昨夜のエスコート・カードと同じ魂胆ですよ。どんな娘か見たいのでしょうね。出席する催しは慎重に選ばなくてはなりません」
母は厳しい顔だ。
「どう区別したらいいかわからないわ。ただ、エスコート・カードを渡した方のご招待は辞退するのですよね?」
ささっと仕分けをした。
「あら、アレクサ。よくできました。まずはそれらはお断りのお手紙を書きなさい」
二人は招待状を吟味していく。
「王家主催のこの三通は、よく気をつけてお返事をお書きなさい。わたくしが付き添う旨もね。この三件はわたくしも招待状がきていますから」
王妃主催のお茶会が二通、夜会が一通だ。
ふと、ホーン侯爵家からの招待状が目についた。
「お母様、ホーン侯爵夫人からのお茶会のご招待は、受けてもよろしくて?」
一応母に確認をとる。
ステファニー・ホーンはクローディア叔母の親友だ。この方とはクローディア叔母は手紙のやりとりをしている。
クローディア叔母の昔語りで、親近感を覚える。
「そうね。わたくしにも招待状がきているわ。ホーン侯爵家は優しい人達ばかりよ。クローディアを気遣ってくださるの。マッカリスター侯爵家に嫁いだステファニー夫人も、この日、ご実家へ帰ってこられるんですって。ホーン侯爵のお孫様もいらっしゃる、気取らないお茶会よ。このご招待が一番先ね。あなたの最初の社交にはいい機会だと思うわ」
ステファニー・ホーンはマッカリスター侯爵家へ嫁いでいるのか。
アレクサはふと十五年とはそういう時間なのだと気づいた。
若い娘は他家へ嫁いで行く。子供が生まれる。新しい立場に慣れていく。
時間が止まったクローディア叔母の部屋とは、違う時間がそれぞれにあるのだ。
「とりあずは他に二通を出席でいいわね。明日中に失礼のないように、参加のお返事とお断りのお返事を書くのですよ」
今日と明日の予定がこれら三十通の返事を書くことに謀殺されるのか。
「社交って本当にめんどうだわ」
「選んだのはあなたですよ。盛夏になる前に社交シーズンは終わりますから、三か月の辛抱ですよ」
母の言葉にため息を吐く。
今年は街へ抜け出せるかしら?
試験の勉強もしなくてはならない。
結局、返事はその日のうちに書き終わったものの、母は容赦なくどこにどれを着て行くのか、アクセサリーなどの小物はどれがいいか、アレクサをビシビシと鍛えてくれた。
「お断りした方のなかには再度ご招待があるかもしれません。日程を見て、三度のご招待に一度の参加くらいに考えなさい」
「これでこのシーズンの社交は終わりかしら」
早合点するアレクサに、母は目をむいてみせた。
「甘いことを言うわね。これは今月分ですよ。まだまだ招待状は来ますから、その都度教えていきます」
頭を抱えたくなったアレクサだった。
やっぱり社交は好きになれないわ。
王族が後ろ盾になってくれたことは、大きな利点だ。
ジムスとの再会は驚いたが。
帰ってからアレクサ達は居間で一休みした。夜会から帰るに早い時間だが、家族達はいつもこんな時間で切り上げるらしい。お茶をいただきながら、ほっとした顔をしている。今夜は母も疲れ切っていない。
「本当に国王陛下のおかげで、今夜は少しすごしやすかったわ。どの方もアレクサとジェイムズ王子殿下に興味津々で」
母から笑みさえこぼれた。
そういえば。
ふと思い出した。
殿方がくださった紙片のことを、母に聞けとジムスは言った。
細い鎖の持ち手がついた夜会用の小さなバッグから、アレクサはその紙片をざざっとテーブルに落とした。
「お母様、これはなんですか?」
尋ねると母は、紙片を手に取って読んた。
「あら、これはエスコート・カードよ。ほら」
母コートニーが指し示す文字を読むと、そこには
「美しいご令嬢へ。今夜、ご自宅までお送りしてもよろしいですか」
の隣に
「はい」「いいえ」
の文字が見える。
「お相手が決まっていない殿方が、出会いのきっかけにするために配るのよ。また流行りはじめたのね。わたくしの若い頃にも、少しの間流行ったわ」
次々と目を通していく。アレクサもブル・テリアの紙片以外よく見ていないので、確認をしていった。
大抵は文字だけで、いくつかは絵が描かれていた。
誘い文句に返信用の言葉、そしてその紙片を渡した者の名前が書いてあった。
「これはちょっと下品ね。どんなつもりでいるのかしら」
母が咎めたそのカードには
「月の下でお話ししませんか」
という誘い文句が書かれていた。
他にも
「私をダンスの予定に入れてください」
「私が護衛になりましょうか?」
などといったものがあった。
中には名前の下に
「備考:当家資産多し」
などと書かれたものがあった。
「呆れた、アレクサったら、こんなにたくさんのカードを受け取るなんて」
「知らないうちに袖や肩に置かれていたおのもあるのよ。夜会に出る殿方は、気配を消すのが上手ね」
「あなたが油断していたのですよ。もう…」
母はため息をついた。
「これからは持ち帰ってはいけませんよ」
「はい。わかりました」
「きっとアレクサがお相手がいないことは知れ渡っていますから、からかったのも多いでしょうね」
母はため息をついた。
ああ、だからブル・テリアの紙片の方は、わたくしが素直に受け取ってお礼を言ったので、あんな風に決まり悪いような感じになったのね。どれどれ、名前は?
紙片には
「リーカー伯爵家ブロン」
と書かれていた。
とんだ番犬だわ。
アレクサは笑った。
わたくしを軽んじていたのでしょうね。全部拝見してお名前を憶えなきゃ。
アレクサはエスコート・カードを回収した。
「アレクサ?それをどうするの?」
尋ねる母に答えた。
「お名前を覚えるのです」
「覚えてどうするんです?」
「わたくしを軽んじたことを反省させてやりますわ」
と言って笑うアレクサに
「もう!アレクサときたら…」
母も笑った。
翌日はアレクサに、たくさんの招待状が届いた。
「このご招待状の多くは、昨夜のエスコート・カードと同じ魂胆ですよ。どんな娘か見たいのでしょうね。出席する催しは慎重に選ばなくてはなりません」
母は厳しい顔だ。
「どう区別したらいいかわからないわ。ただ、エスコート・カードを渡した方のご招待は辞退するのですよね?」
ささっと仕分けをした。
「あら、アレクサ。よくできました。まずはそれらはお断りのお手紙を書きなさい」
二人は招待状を吟味していく。
「王家主催のこの三通は、よく気をつけてお返事をお書きなさい。わたくしが付き添う旨もね。この三件はわたくしも招待状がきていますから」
王妃主催のお茶会が二通、夜会が一通だ。
ふと、ホーン侯爵家からの招待状が目についた。
「お母様、ホーン侯爵夫人からのお茶会のご招待は、受けてもよろしくて?」
一応母に確認をとる。
ステファニー・ホーンはクローディア叔母の親友だ。この方とはクローディア叔母は手紙のやりとりをしている。
クローディア叔母の昔語りで、親近感を覚える。
「そうね。わたくしにも招待状がきているわ。ホーン侯爵家は優しい人達ばかりよ。クローディアを気遣ってくださるの。マッカリスター侯爵家に嫁いだステファニー夫人も、この日、ご実家へ帰ってこられるんですって。ホーン侯爵のお孫様もいらっしゃる、気取らないお茶会よ。このご招待が一番先ね。あなたの最初の社交にはいい機会だと思うわ」
ステファニー・ホーンはマッカリスター侯爵家へ嫁いでいるのか。
アレクサはふと十五年とはそういう時間なのだと気づいた。
若い娘は他家へ嫁いで行く。子供が生まれる。新しい立場に慣れていく。
時間が止まったクローディア叔母の部屋とは、違う時間がそれぞれにあるのだ。
「とりあずは他に二通を出席でいいわね。明日中に失礼のないように、参加のお返事とお断りのお返事を書くのですよ」
今日と明日の予定がこれら三十通の返事を書くことに謀殺されるのか。
「社交って本当にめんどうだわ」
「選んだのはあなたですよ。盛夏になる前に社交シーズンは終わりますから、三か月の辛抱ですよ」
母の言葉にため息を吐く。
今年は街へ抜け出せるかしら?
試験の勉強もしなくてはならない。
結局、返事はその日のうちに書き終わったものの、母は容赦なくどこにどれを着て行くのか、アクセサリーなどの小物はどれがいいか、アレクサをビシビシと鍛えてくれた。
「お断りした方のなかには再度ご招待があるかもしれません。日程を見て、三度のご招待に一度の参加くらいに考えなさい」
「これでこのシーズンの社交は終わりかしら」
早合点するアレクサに、母は目をむいてみせた。
「甘いことを言うわね。これは今月分ですよ。まだまだ招待状は来ますから、その都度教えていきます」
頭を抱えたくなったアレクサだった。
やっぱり社交は好きになれないわ。
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