偽りの悪女

チャイムン

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11.スティンキー・ガールズ

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 ホーン侯爵家の招待はお茶会だった。
 アレクサは淡いグリーンのモスリンに、幅広のレースをあしらったティー・ガウンを選んだ。

 ティー・ガウンは好きだわ。コルセットをしなくてもいいもの。

 社交が始まってアレクサが一番苦に感じているものは、夜会の時にはきつく紐を締め上げなくてはならないコルセットだ。

「去年はバッスル・ドレスを流行らせようとした人がいたのよ」
 ホーン侯爵家へ向かう馬車の中で、珍しく母が意地悪そうな笑いを浮かべる。
 バッスル・ドレスとは腰の後ろ側を膨らませるタイプの服装だ。
「スティンキー・ガールズが着始めたけれど、無作法で不器用な娘達のことですからね。自分の腰でテーブルの上のものをなぎ落としたり、人にやたらにぶつかったりして、笑いものになりましたよ」

 スティンキー・ガールズ?臭い娘達?
「スティンキー・ガールズって?」
 珍妙な呼び名に興味が湧く。
「臭いのですか?臭いまま、公の席に出てくるの?」
「ああ…」
 母は少し「しまった」という顔になったが、腹をくくったかのように話し出した。

「あなたも社交をしていけば出くわすと思いますが、オリヴィア・バッケスの信奉者達です。奇妙な匂いの香水をつけて、オリヴィア・バッケスが流行らそうとするものに飛びつく娘達です」
 オリヴィア・バッケスですって?

「オリヴィア・バッケスはバッケス家に嫁いだ当初は、ほら、スキャンダルの末の結婚でしたからね。社交界では腫れもの扱い、彼女と交流したいと思う方は少なかったの。ところがバッケス辺境伯家は隣国と接しているので、貿易品が手に入りやすいし、その地の利を活かして貿易業を始めたのですよ」
 母は皮肉っぽい口調だ。
「その貿易品を引っ提げて、八年くらい前かしら?社交界で流行作りに精を出し始めたのです」
 そこでふと笑いが顔に広がる。
「でもね、オリヴィア・バッケスの趣味は最悪。全然流行らなかったのですよ。ところがここ数年、年若の女性の間で、彼女を持て囃す一派が現れてね…」
 母は鼻に皺を寄せた。まるでいやな匂いを嗅いだかのように。
「その娘達がつけている香水の匂いは、大部分の女性には不評なの」
「臭いのですか?」
 思わず同じ問いをしてしまうアレクサ。
「臭いというか、甘ったるい匂い。でも彼女達のやっていることと併せて、スティンキー(臭い)なのです」
「何をしたの?」
「まあ、なんというか…軽々しくて蓮っ葉なのね。オリヴィア・バッケスの真似をしているかのようにね」
 母はアレクサに向かってきつく言い渡した。
「甘い香りの娘達に近寄ってはいけませんよ」

 クローディア叔母が言っていた。オリヴィアと彼女の周辺には近寄らないでと。

「ここ数年で、スティンキー・ガールズが成し遂げた、婚約破棄や婚約解消や浮気騒ぎは十件を優に超えますよ。良識のあるご家庭では、彼女達を遠ざけています」
 そして付け加えた。
「オリヴィア・バッケスもね」
 できれば「いい気味だ」と付け加えたそうな声色だ。

「ともかく、隣国で流行ったバッスル・ドレスの我が国の流行は不発に終わり、バッケス辺境伯家ではバッスルの在庫を抱えてどうしているものやら。あの針金の塊をね」
 今度こそ母は、声を出して笑った。

 そうこうしているうちに馬車は、ホーン侯爵家に到着した。

 ホーン侯爵家では二人は歓迎され、アレクサはステファニー・マッカリスターと同じテーブルに案内された。
 ステファニー・マッカリスターに紹介されたアレクサは、その優しそうな顔つきに安堵した。

「わたくしがお願いしたのです。クローディア自慢の姪ごさんとお話をしたくて」
 ステファニー・マッカリスターは微笑んだ。
「それより、先にご紹介しますわ。こちらはリーカー伯爵家のブロン。なんですか、先日の夜会で失礼をしたとかで、是非謝りたいと紹介をせがまれたのです。夫の甥なのですわ」
 ブル・テリアのブロンね。
「さ、レディー・アレクサ・オールディスに謝罪したいのでしょう?」
 ステファニー・マッカリスターに促されると、ブロン・リーカーは立ち上がって
「あの時は大変失礼を致しました。からかうつもりではなかったのです。是非お近づきになれたらとい思いまして…」
 アレクサはにっこり笑ってみせた。

「あら、失礼ってなんのことかしら?あの夜は可愛いブル・テリアの絵をありがとうございます」
 アレクサはブロン・リーカーのどぎまぎした顔に、あのエスコート・カードは「可愛いブル・テリアの絵」で通すことにした。

 ブロン・リーカーはあからさまにほっとした顔になった。
「あなたの叔母君の話を伺って…」
 声を顰める。
「実は僕の姉は、スティンキー・ガールズの被害者なんです」
 きょとんとするアレクサ。

「その話はわたくしがいたしますわ」
 ステファニー・マッカリスターが間に入った。
「どうか当たり障りのないお話をしているように振舞ってくださいね。いやなお話になりますけれど…」
 ステファニー・マッカリスターはさっと手を振って、給仕のメイド達を遠ざけた。

「ブロンの姉のレベッカは、スティンキー・ガールズの一人のアビリル・ゲイジーに婚約者を横取りされたのです。やり口はクローディアの時と同じで、わたくし、笑ってしまいましたわ。おとなしいレベッカがはねっかえりのアビリルを虐待したなんて、誰も信じません。婚約者のブライアン・アンドリュース以外はね。ところが」
 声を顰めながら、ステファニー・マッカリスターは続ける。
「殿方は、特に男の子達はあの香りを嗅ぐと、ぐにゃぐにゃになってしまうのよ。このブロンもなりかけたのよ?」
 ブロン・リーカーを責めるように言う。

「あの時、僕はどうかしていたんです。アビリル・ゲイジーとアンナ・スライに囲まれたら、くらくらして…彼女達が言うがままに、婚約者のシャーロット・アンブローズに婚約破棄を言い渡しかけていました。あの時シャーロットが僕の手を握って、彼女のつけているライラックの花の香りに気づかなければ、きっと最後まで言ってしまったでしょう」
 また「香り」だわ。
 アレクサは訝しんだ。

「その香りというのは…」
 自信がないし根拠もない。それでアレクサは言い淀んだ。

「おそらく、男性向けの媚薬効果と催眠効果のあるモノなのでしょうと、わたくしや他の方々は思っています」
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