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9.強くなりたい
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「皆さんの証言を聞きましょう。とりあえず今日はこちらに名前を書いてください。一人ずつ伺います」
学院長は用意していたのだろう紙とペンを差し出した。次々と氏名が書かれるのを、私は驚いで見ていた。
こんなに多くの人が私の味方になってくれたのだ。
私は恥ずかしかった。悔しかった。
ただ自分を哀れんで、怒りを正面からぶつけられなかった弱さが。
「今日はもう、何も頭に入らないでしょう?このまま我が家にいらっしゃい。お家の方へは言付けを差し上げるわ」
イザドラ様が私の肩を抱いて言った。
私達、私とアナベルとエラとフィオナは、イザドラ様の招待を受けてレンネップ家へ向かった。
イザドラ様の厚意で度々寄せていただいているレンネップ家では、茶菓の用意が調っていた。
薫り高い紅茶をいただくと、今日の緊張が解けていくような気がした。
「今日は本当にありがとうございました」
改めて礼を言うと
「悪いのはレオン様です。あなたは少しも悪くないのよ」
と、イザドラ様が労わってくれた。
「わたくし、強くなりたい」
言葉にすると、知らず涙がぽろりとこぼれた。
「あんな無体に負けないように、抵抗できる力が欲しいのです」
フィオナが肩を抱いてくれる。アナベルが手を握ってくれる。エラは席を立って背後に回って、両肩に手を置いてくれた。
「あと一か月です」
イザドラ様が静かに言った。
「あと一か月でわたくしもレオン様も中等部が終わります。高等部の校舎に移ってしまえば、もう中等部の施設に入りこむことはできません。それに…」
少し言い淀んだ。
「おそらくレオン様は、学期末まで停学を言い渡されるでしょう」
イザドラ様が手を伸ばして、私の頬を撫でた。
「それでも強くなりたいと思うことは、立派ですよ、サーシャ」
私はこれ以上泣くまいと、目をしばたたかせた。
「あなたは"姫"と呼ばれることが嫌いで、そうされるたびに怒っていますね」
「はい。何度やめてと言っても効果がありません」
「無視するのですよ」
「無視…」
私は目をみひらいてしまった。
いやなことはいやと言う。それでも効果がなかったのに?
「あなたが反応して、注目するから余計増長するのですよ」
イザドラ様は笑った。
「可愛いあなたがむきになって、自分に注目する。男子生徒の目的はそれなのです」
「それで合点がいきました」
フィオナが言う。
「サーシャに嫌いだとかいやだとか言われても、男の子達が嬉しそうなのはそれが理由なのですね」
「そうです」
フィオナのことばに微笑むイザドラ様。
「あの年頃の男の子は不思議ですね。好きな子のいやがることをして注目を集めるのです。レオン様も、行き過ぎていますが同じなのです。尤も…」
少し考えてイザドラ様が続ける。
「公爵令息を庶民が無視することはできませんものね。本当に困りましたわ」
少し沈黙が落ちた。イザドラ様は紅茶を優雅に飲んでから、私達に顔を向けた。
「実は、前にもお話ししましたが、わたくしの婚約が解消されそうなのです。いえ、解消ではなく破棄のようです」
それは私達には朗報だったが、イザドラ様は悲しそうだ。
「あの…」
私はためらいながら尋ねた。
「わたくしのせいですか?」
今ではなんとも不遜な物言いだと思うが、その時の私は視野が狭すぎたのだ。
「それもありますが…」
イザドラ様は笑った。悲しそうな笑い顔だった。
「何人もの女生徒を取り巻きにして、不謹慎極まりないことをしていたようです。あなたに関しては、元王女への狼藉とみなされています」
私達はそれぞれの席について、神妙に耳を傾けていた。
「それだけではないようなのです。まだわたくしにはぼんやりとしかわからないのですが、シャバタ侯爵家自体の問題があるようなのです」
少し声をひそめた。
「ここだけのお話です。いずれは色々お耳に入ると思いますが…」
真剣な表情で続けるイザドラ様。
「父が言うには、まだ今の段階ならば、わたくしの疵が少なくて済むから、婚約を破棄すると…」
イザドラ様は少し俯いた。
「元々はわたくしの我儘から調った婚約でしたし、わたくしもレオン様のお顔に夢中になっていたのですわ。でも」
顔を上げて明るい笑顔になる。
「今日のレオン様の言い訳顔や、人を脅す顔を見ていたら、なんだこの人はこんなお顔だったのねと、まるで憑き物が落ちたようになったのです。卑しいお顔でしたわ」
私はまた泣きそうな顔をしていたのかもしれない。イザドラ様の夢を私が壊してしまったのかもしれないと、不遜にも思っていた。イザドラ様は私の手を握った。
「もしもレオン様がサーシャに執着しなかったら、きっと我儘を通して結婚していたかもしれません。そうしたら、わたくしはきっと不幸になっていたでしょう」
私達を見回してイザドラ様は言った。
「強くなりましょうね、わたくし達。女だからと言って、人生は殿方に左右されてはなりませんわ」
イザドラ様の眦に、少し涙が光っていた。
おそらくこの日、イザドラ様が幼いころから大切にしていた初恋が潰えたのだ。
学院長は用意していたのだろう紙とペンを差し出した。次々と氏名が書かれるのを、私は驚いで見ていた。
こんなに多くの人が私の味方になってくれたのだ。
私は恥ずかしかった。悔しかった。
ただ自分を哀れんで、怒りを正面からぶつけられなかった弱さが。
「今日はもう、何も頭に入らないでしょう?このまま我が家にいらっしゃい。お家の方へは言付けを差し上げるわ」
イザドラ様が私の肩を抱いて言った。
私達、私とアナベルとエラとフィオナは、イザドラ様の招待を受けてレンネップ家へ向かった。
イザドラ様の厚意で度々寄せていただいているレンネップ家では、茶菓の用意が調っていた。
薫り高い紅茶をいただくと、今日の緊張が解けていくような気がした。
「今日は本当にありがとうございました」
改めて礼を言うと
「悪いのはレオン様です。あなたは少しも悪くないのよ」
と、イザドラ様が労わってくれた。
「わたくし、強くなりたい」
言葉にすると、知らず涙がぽろりとこぼれた。
「あんな無体に負けないように、抵抗できる力が欲しいのです」
フィオナが肩を抱いてくれる。アナベルが手を握ってくれる。エラは席を立って背後に回って、両肩に手を置いてくれた。
「あと一か月です」
イザドラ様が静かに言った。
「あと一か月でわたくしもレオン様も中等部が終わります。高等部の校舎に移ってしまえば、もう中等部の施設に入りこむことはできません。それに…」
少し言い淀んだ。
「おそらくレオン様は、学期末まで停学を言い渡されるでしょう」
イザドラ様が手を伸ばして、私の頬を撫でた。
「それでも強くなりたいと思うことは、立派ですよ、サーシャ」
私はこれ以上泣くまいと、目をしばたたかせた。
「あなたは"姫"と呼ばれることが嫌いで、そうされるたびに怒っていますね」
「はい。何度やめてと言っても効果がありません」
「無視するのですよ」
「無視…」
私は目をみひらいてしまった。
いやなことはいやと言う。それでも効果がなかったのに?
「あなたが反応して、注目するから余計増長するのですよ」
イザドラ様は笑った。
「可愛いあなたがむきになって、自分に注目する。男子生徒の目的はそれなのです」
「それで合点がいきました」
フィオナが言う。
「サーシャに嫌いだとかいやだとか言われても、男の子達が嬉しそうなのはそれが理由なのですね」
「そうです」
フィオナのことばに微笑むイザドラ様。
「あの年頃の男の子は不思議ですね。好きな子のいやがることをして注目を集めるのです。レオン様も、行き過ぎていますが同じなのです。尤も…」
少し考えてイザドラ様が続ける。
「公爵令息を庶民が無視することはできませんものね。本当に困りましたわ」
少し沈黙が落ちた。イザドラ様は紅茶を優雅に飲んでから、私達に顔を向けた。
「実は、前にもお話ししましたが、わたくしの婚約が解消されそうなのです。いえ、解消ではなく破棄のようです」
それは私達には朗報だったが、イザドラ様は悲しそうだ。
「あの…」
私はためらいながら尋ねた。
「わたくしのせいですか?」
今ではなんとも不遜な物言いだと思うが、その時の私は視野が狭すぎたのだ。
「それもありますが…」
イザドラ様は笑った。悲しそうな笑い顔だった。
「何人もの女生徒を取り巻きにして、不謹慎極まりないことをしていたようです。あなたに関しては、元王女への狼藉とみなされています」
私達はそれぞれの席について、神妙に耳を傾けていた。
「それだけではないようなのです。まだわたくしにはぼんやりとしかわからないのですが、シャバタ侯爵家自体の問題があるようなのです」
少し声をひそめた。
「ここだけのお話です。いずれは色々お耳に入ると思いますが…」
真剣な表情で続けるイザドラ様。
「父が言うには、まだ今の段階ならば、わたくしの疵が少なくて済むから、婚約を破棄すると…」
イザドラ様は少し俯いた。
「元々はわたくしの我儘から調った婚約でしたし、わたくしもレオン様のお顔に夢中になっていたのですわ。でも」
顔を上げて明るい笑顔になる。
「今日のレオン様の言い訳顔や、人を脅す顔を見ていたら、なんだこの人はこんなお顔だったのねと、まるで憑き物が落ちたようになったのです。卑しいお顔でしたわ」
私はまた泣きそうな顔をしていたのかもしれない。イザドラ様の夢を私が壊してしまったのかもしれないと、不遜にも思っていた。イザドラ様は私の手を握った。
「もしもレオン様がサーシャに執着しなかったら、きっと我儘を通して結婚していたかもしれません。そうしたら、わたくしはきっと不幸になっていたでしょう」
私達を見回してイザドラ様は言った。
「強くなりましょうね、わたくし達。女だからと言って、人生は殿方に左右されてはなりませんわ」
イザドラ様の眦に、少し涙が光っていた。
おそらくこの日、イザドラ様が幼いころから大切にしていた初恋が潰えたのだ。
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