社畜おじさん、仕事を辞めて辻ヒーラーになる。

七渕ハチ

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第二章『回復代行結社でござる』

第58話 タルタル

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「大胆な行動は意外とバレにくいものです」

 実際、ただのオブジェクトとして見逃すのが普通だ。中に入れば透明化が解除される詠唱を安全に行えるし、有効な手段だった。

「木箱とタルのどちらにするでござるか?」

 特にこだわりや好みはないというか、ある方が珍しい。

「……ちなみにコヨミさんはどちらがいいですか?」

「拙者は外で見守るでござるよ。中に入ると視界が悪いでしょうから、引き続き警戒を致します」

 コヨミさんならこだわりがありそうだと思ったが警戒は必要か。視界外のプレイヤーを見落として動けば当然不審がられる。そもそも、木箱やタルに頼るのは足の遅い自分だけでよかった。

「ではタルにします」

 動きやすさを考えて選び片側の蓋を叩いて外す。サイズ的には十分余裕があった。

「外が見えるように隙間を作るでござる」

 差し出された短剣を受け取り、タルを上からかぶって目線の位置を調整した。突き刺すのは容易で印をつけて外に出る。なるべく自然さを心掛けて穴を開けた。

「ふむ、この外観ならまったく怪しまれませんね!」

「念のため中で回復魔法を使ってみます」

 オブジェクトが干渉しての不発は本末転倒。再びタルに入って隙間を確認する。満足にとまではいかないが前方は見えた。

「トリガー、詠唱」


――シュンッ!


「トリガー、ヒール。トリガー、ヒール」

 魔導書へストックし、コヨミさんに向けて解放する。

「お! 回復がきましたよ!」

 視界を確保しターゲットできさえすれば大丈夫のようだ。後は本番。タルで身を隠せば配信区域内に行っても姿は映らない。稚拙なプレイを披露せず支援に精を出せた。

「コヨミさんは配信へ映っても平気なんですか?」

「忍者たるもの文字通り忍ぶべきではありますが、存在を偽るのもまた得意分野でござる」

 そう言って回転すると頭が変化して驚く。一瞬の間に下忍オクトパスの触手頭をかぶっていた。

「これで拙者の素性は誰にもバレません!」

 鎧とマフラーを合わせれば確かに何者だとなる。間違いなく目立つが。

「準備はできたでござるな。そろそろ行きましょう!」

「はい」

 タルの中にキュル助を招き入れて居場所に悩み、頭の上にのせる。

「キュル!」

 素早く透明になるための備えは大事だった。

『ナカノ殿は自由に動いてください。危険なときは拙者が知らせるでござる』

『分かりました』

 すでにコヨミさんの姿はない。視界が狭く不安はあるけれど、建物の側を心がけ信頼して進む。歩幅が小さく移動速度は遅いが早くても怪しさが増す。転んで醜態を晒さないよう慎重にだ。

 地図を開くと配信区域に入るところだった。誰かに見られていると思うだけで妙な気分になる。

 すぐに戦闘の音が聞こえてきて建物の角を曲がる。正面広場の荒れた噴水を挟んで三人パーティ同士が剣を交えていた。

『横の建物に入って二階へ上がってください』

 どこで見守るか考えていると指示がくる。他のプレイヤーが先にいないかドキドキしながらも建物の中に入った。

 その場で回って自分一人なのを確認する。ボロボロ具合は相当だが階段は形を保っていた。タルのまま階段を上がる苦行に勝利し、二階の床を踏む。天井は半壊に近く輝き始めた星々がよく見えた。

『ベランダが狙い目でござる』

 崩れた壁向こうにつながるベランダに出る。広場を見下ろせる抜群の位置取りだった。

 双方、前衛が二人と後衛に分かれている。まず回復役を狙うのがセオリーなのは素人でも理解できた。しかし、陣形によるものか簡単にはいかないようだ。

 参考にして今後に生かそうと思っても、タルに入るプレイスタイルとは違いすぎる。コヨミさんも忍者で特殊な気がするし、お互い成り行き任せな部分が多かった。

 戦いを眺めていると手を出したくなるが、適当な回復は混乱させるだけ。待つ時間も必要だと観客に徹する。

 この光景を純粋に楽しめばいいのだろう。ファンタジーな格好で武器を振るい合うのは迫力があり、スポーツ的とも言えた。映えるからこその配信区域か。

 見ている最中に前衛が一人倒れたなとぼんやりするが、すぐにハッとし魔導書を持つ手に力がこもる。観客を続けている場合ではなかった。

 二人になったパーティへ慌ててストックを解放する。ターゲットの体力はしっかり回復した。事前に試して分かっていてもひと安心だった。

 タルの効果は想定通りで位置がバレる様子もない。これなら最後まで見届けることができた。

『別の五人パーティが来ていますね。乱戦になるでござるな』

 道中には多くのプレイヤーがいたのだ。戦闘が行われているところへの乱入は頻発するはず。誰に回復を行うか判断が難しくなりそうだった。



 ◇



【DAO】イベント会場Part6【第二回】

136 名前:名無しの古代人
    配信区域ってかなりの数があるんだな

137 名前:名無しの古代人
    要所にだけと思ってた
    これなら不参加組も楽しめる

138 名前:名無しの古代人
    ボッチたちの集いか

139 名前:名無しの古代人
    言うな

140 名前:名無しの古代人
    ボッチプレイヤーも参加してるぞ
    配信でギルドのアピールやってた

141 名前:名無しの古代人
    人数オーバーで参加できなかったギルド員もいるんだが?

142 名前:名無しの古代人
    自慢かよ

143 名前:名無しの古代人
    冷やかしにメッセージでも送りたくなる
    イベント中だから無理ってシステムに怒られるが

144 名前:名無しの古代人
    連絡ありだと人数の豊富なギルドが有利になっちゃうし

145 名前:名無しの古代人
    対策に映らなきゃいいだけとは言ってもな
    配信を見るに人が集まる場所になってるわけで

146 名前:名無しの古代人
    最後まで生き残れば勝ちって感じじゃないっぽいしね
    ランキング入りにはプレイヤー撃破数も必要でしょ

147 名前:名無しの古代人
    倒して生き残る
    意外とシンプルな内容という

148 名前:名無しの古代人
    それより面白い配信区域を教えてくれ

149 名前:名無しの古代人
    建物が連なるエリアが結構人気?

150 名前:名無しの古代人
    廃墟が密集するとこ見てるけど漁夫が多い
    積極的に戦うのも命がけだ

151 名前:名無しの古代人
    同じ配信見てんのかな
    三対二になって押されてる方が異常に粘ってる

152 名前:名無しの古代人
    どこだろ

153 名前:名無しの古代人
    これか?
    一人のヒーラーにしては回復量が多そう

154 名前:名無しの古代人
    何か特殊なスキルがあんのか

155 名前:名無しの古代人
    後衛から倒さないのは二流

156 名前:名無しの古代人
    言うて人数差があれば力押しせん?

157 名前:名無しの古代人
    そういや古代の遺物は今回も続投だっけ
    おそらくイベント専用効果は色々ある

158 名前:名無しの古代人
    沼地でも不利側が粘り勝ちしてたぞ
    ヒーラーが単独で耐えてたはず
    差を埋める隠し要素でも用意されてたり?

159 名前:名無しの古代人
    おいおい
    妖精おじさんを知らんのか

160 名前:名無しの古代人
    知らんのかおじさんが来たな

161 名前:名無しの古代人
    妖精おじさんって?

162 名前:名無しの古代人
    DAOの都市伝説

163 名前:名無しの古代人
    信じる者は救われる

164 名前:名無しの古代人
    狂信者が出たぞ

165 名前:名無しの古代人
    お前も信者になるんだよ
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